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第140話 強烈な一撃 vs伊賀皇桜学園

『明鈴高校、選手の交代並びにシートの変更をお知らせします』


 状態でアナウンスが鳴り響く。

 これで選手を使い切る。明鈴最後の選手交代だ。


『ピッチャー豊川黒絵さんに代わりましてライトに千鳥煌さん、ライトの月島光さんがレフトに、レフトの瀬川伊澄さんがピッチャーに入ります。

 二番レフト月島光さん。背番号8。

 五番ライト千鳥煌さん。背番号9。

 六番ピッチャー瀬川伊澄さん。背番号1。

 以上に代わります』


 黒絵はベンチに下げた。

 もしここで同点ないし、逆転された場合、明鈴は二番の光からの攻撃となる。そこから夜空、珠姫と続く打線のため、恐らく五番に入った煌に打席が回るだろうが、その際には梨々香を代打に送れる。

 それまでに決着がつくか、これ以上の失点を凌ぎ切れば打席も回らないため、守備の強化として黒絵を下げて煌を代わりに送った。


 そしてマウンドには伊澄だ。


 現時点、明鈴の中では確実に一番信頼の置けるピッチャー、それは間違いなく伊澄だった。


 負担をかけていることは明白だ。

 しかし、現状ではこのピンチを凌げるのは伊澄しかいないと思っており、ここで伊澄をマウンドに送らなければ後悔してしまう。


 巧はそう考えていた。




 私はマウンドに向かう。


 その前に一度ベンチに戻り、外野手用のグローブと投手用のグローブを入れ替える。

 外野手用のグローブでピッチャーを、投手用よグローブで外野を守るのは、ルール上可能ではあるが、異なる特徴を持つグローブはやはり使い分けた方がいい。


 外野手用はフライの捕りやすいように長くなっているのが特徴で、投手用は握りが見えにくいように親指と人差し指の間の網が塞がっているのが特徴だ。

 他にも特徴はあるが、大まかにそんな感じ。

 守備位置によって色々なグローブの種類があるのだから、それに合った物を使うのが一番良い。


 そして何より投手用のグローブを使うと、自分がピッチャーとしてマウンドに立っているという実感が湧くため、私はマウンドに立つ時は必ず投手用のグローブを使う。

 万全の状態で挑んだ方が、本来の力を発揮できると思うから。


 グローブを入れ替えてマウンドに向かおうとする。

 その時に巧が私に声をかけた。


「伊澄!」


 名前を呼ばれ、私は振り返る。

 苦虫を噛み潰したような表情をする巧が、続けて口を開いた。


「……すまん」


 何に対して謝られているのか、私はピンと来なかった。

 考えてみると、巧は自分自身を責めているのだということはわかった。


 私はあまり表情や言葉で表現することが得意ではない。

 別に落ち着いているわけでも気取っているわけでもないけど、そんな私を嫌う人がいるし、私自身その自覚はある。……中学時代がそうだったから。


 そんな言葉足らずの私は、精一杯の言葉を巧に返した。


「……マウンドは任された」


 そう言って、私はマウンドに戻っていった。



 私がマウンドに戻ると、数球投球練習を行った。


 一度マウンドに上がっているとはいえ、最初に投げていた時と今では状況も違うし、時間が空いているため肩だって十分にできていない。

 それでも、レフトとして体を動かし、守備機会もあったため、その数球で十分に肩はあったまった。


 体の状態は十分だ。


 そしてバッターと対峙する。

 そのバッターは、この試合で初めて顔を出すバッターだ。


『七番大町小牧さんに代わりまして、バッターは湯浅広さん。背番号20』


 ツーアウトランナー満塁。明鈴が一点リードしている。

 この状況で打席に立つのは、同じ一年生の湯浅。


 湯浅は中学時代、県内でも有名な選手だった……と聞いている。

 私は知らない。それは湯浅が三重県出身の選手ではないから。

 チャンスに強く、走攻守バランスの取れた選手。練習試合やこの大会のこれまでの試合でも目立った成績は残していないが、中学時代の湯浅は皇桜で言えば鳩羽のような選手だったようだ。


 中学時代、湯浅は愛知県で野球をしていて、しかもガールズ。私はシニアで野球をしていたため、男女混合のシニアと女子だけのガールズでは、どうあっても試合をすることはない。

 そして湯浅は日本代表に選ばれたわけではなく、県内での選考に落ちている選手だ。そもそも存在自体知らなかった。


 私は日本代表に選ばれている。もちろんそのことが湯浅より上であるという証明ではない。

 強豪に入り、一年生からベンチ入りする実力を持っている湯浅を前にして、慢心できるほど私は自信過剰ではない。


 ただ、打ち取る自信もないわけではない。

 私だって明鈴のエースなのだ。そのエースが弱気になっていては、チームの士気も下がる。


 この場合の登板で、私は少なからず緊張している。

 それでも、絶対に打ち取るという自信を持って、私はマウンドに立っていた。


「勝負」


 司とサインを交わし、初球へと入る。

 一切手を抜くはずもなく、要求されたコースに要求された球を投げ込んだ。


「ストライク!」


 内角低めへのパワーカーブ。

 初球から決め球にもなる球を惜しげもなく投げ込んだ。

 湯浅はその球を空振りした。


 その空振りは、ただの空振りではない。

 ピッチャーからすると、恐ろしいことだった。

 代打というたった一度のチャンスで、しかも凡打となれば試合自体が終わる場面。そこで躊躇なく湯浅は打ちに来たのだ。


 結果的に空振りとはいえ、積極的に振ってくるバッターは嫌だ。

 バットを振ってこなければヒットを打たれることはない。そのため、積極的に振ってくるバッターに比べると、消極的なバッターはまだ気持ち的に楽に感じる。


 そしてこの湯浅はバットを振ってくる。

 だからこそ……、


 躱す。


 私は二球目、今度も内角低めへの球を投じた。

 しかし今度は初球とは違う。球速差もあり、縦に大きく割れるドロップカーブだ。

 その球に湯浅のバットは空を切る。


「ストライク!」


 二球で追い込んだ。

 これが精神的にどれだけ楽なことか。

 あと一球のストライクで打ち取ることができ、三球までボール球を投げられる。

 ゆとりを持った投球ができるのだ。


 そんな状況で、簡単にストライクに入れるはずもない。

 余裕があるのだから、自分が有利になるように攻めていって相手のペースに乗らないことが、今できる最高の投球だ。


 そのために求められるのは、際どいコースへの球。

 ボール球を投げる余裕はあるが、わざわざ相手に少しでも有利にさせる必要もない。ボール球はボール球でも、打ち取れる可能性のある、際どい球だ。


 私が投じた三球目、それは遅くて欠伸が出るような球だ。

 ジワジワと進んでいくその球に合わせようと、湯浅はバットを振った。


「ファウルボール!」


 体勢もタイミングも外されながらも湯浅は、かろうじてバットに当てる。

 外角低めへのチェンジカーブ……私のオリジナルの変化球。

 完璧に捉えるというわけではないが、その球に初見で対応してきた。

 ただ、ボールカウントを増やすことなく緩い球を投げることができた。それによって、変わらず有利に投球が進められる。


 十分すぎる配球の運び。

 司の要求するラストボールに、私は首を縦に振った。


 これで締めだ。


 セットポジション。私は投球動作に入り、左足を思い切り踏み込んだ。

 そして斜め横、サイドスロー気味のスリークォーターから一気に白球を手放した。


 最高。


 私は白球を放した瞬間、間違いなく今日一番の球だと確信した。

 ボールの指へのかかり具合。リリースポイント。

 指の先に全神経が集中しているかのように、鮮明にボールを操ることができた。


 そんな球だった。


 そして司の構えるミットに、寸分の狂いもなく向かっていく。

 自分でも惚れ惚れするような球だ。


 しかし、それを素直に認めてくれないが、湯浅のバットだ。

 私の投球が気持ちよく司のミットに収まることを、湯浅のバットは拒んだ。


 つんざくような金属音と共に、打球は高々と上がった。


「ライト!」


 平凡なライトフライ。

 あまりにも上がりすぎた打球に、ライトの煌さんは少し下がった位置で立ち止まった。


 私の勝ちだ。


 打球と煌さんの動きを見て、私はそう確信した。


 しかし……、


 打球は伸びる。

 煌さんが下がる。

 伸びる。

 下がる。

 伸びる。

 下がる。


 ただの平凡なライトフライだ。誰もがそう信じて疑わなかった。


 打った湯浅以外は。


 高々と上がった打球。

 それはライトスタンドに突き刺さった。

更新ペース落とします。

2〜3日に一回くらいにできたらいいかなって思ってます。


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