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第138話 調子と実力 vs伊賀皇桜学園

「顔付きが変わった、か」


 棗を伝令に送り、黒絵の様子が普段通りに戻ったのがわかる。

 時折とてつもない集中力を発揮する黒絵だが、球威が増すというメリットと、考え込みすぎて周りが見えなくなるデメリットがある。

 その集中力は自分のプレーだけのもので、上手く使いこなせていないために周りが見えていないのだ。


 諸刃の剣とも言えるその集中力は、強豪校の強打者から三振を奪えるほどの力を持っている。

 逆に自滅する可能性を帯びたものでもある。


 そしてその集中力が切れた……と言うよりも少しだけ和らいだ黒絵の球が通用するのか。

 それは今から打席に入る的場との勝負を見ればわかることだ。


 黒絵は初球、投球へと移る前に一度一塁へと牽制を入れる。

 牽制はまだまだで、引っ掛からずに戻れるものではあるが、球速の速い黒絵の牽制は当然速い。

 それでも盗塁に長けているファーストランナーの早瀬は、落ち着いて一塁へと戻った。


 そんな駆け引きが行われた後の初球。

 ストレート。


 的場の胸元を抉る内角高めのストレートに、的場は手が出ない。


「ストライク!」


 球速も球威も上々。この球は120キロをマークしていた。

 集中力が多少和らいだとしても、今まで投げてきた感覚を身体は覚えている。


 そして、そんな球を内角に投げ込まれた的場は、たまったものではない。

 左投げの黒絵が右打ちの的場に投げ込む、抉るような内角の球は『クロスファイヤー』と呼ばれるもの。

 諸説はあるため厳密には違うところもあるが、左投げの黒絵のリリースポイントは右打ちの的場から見れば一番遠い位置。外角の延長線上だ。

 その位置から斜めに横切るように内角に向かうため、ただのストレートでもただのストレートではない。


 遠いところから一気に近いところ。変化球でもないのにただ素直に真っ直ぐ向かってこない。

 決して打てないわけではないが、打ちづらいことには変わらなかった。


 意識的になのか無意識なのか、それとも司がわかってやったのかはわからない。

 それでもその球を投じたことで、的場は半歩後ろに下がった。


 そうなればもう、司の思うがままだ。


 二球目、黒絵が投球動作に入る。

 その瞬間、ファーストランナーの早瀬はスタートを切った。


 それでも司はお構いなしで、捕球しながら送球する姿勢に入らない。

 その理由は、黒絵の指先から放たれた球を見た瞬間に理解した。


 今度も内角。

 しかし、初球とは打って変わって遅い遅い球だ。


 完璧にタイミングを外された的場のバットは空を切る。

 そして司はその球をしっかりとミットで掴んだ。


「ストライク!」


 完璧なスタートを切っていた早瀬は二塁へと滑り込む。

 司は送球していない。


 盗塁されたのは司の失態かもしれない。ただ、ランナーに意識が行きすぎて打たれてしまっていては元も子もないと判断して、警戒しながらも盗塁をされることは割り切っていたようにも見えた。


 そしてチェンジアップを要求した二球目に走られた。送球したところで間に合わないため、チェンジアップをしっかりと溢さないことに注力したのだろう。


 間に合わないとわかっていてもとりあえず投げろ。……なんてことを巧は言うつもりもない。

 盗塁だけでなく内野ゴロもそうだが、もしかしたら間に合うかもしれないというタイミングはある。その場合は積極的に行くべきだと巧は思っている。


 しかし、それも状況次第だ。


 体勢が不十分で投げたとしても逸れる可能性が高いという状況で、送球が逸れてピンチになるリスクを負う必要はない。

 それでもやってみないとわからないから投げろ、と言う人はいるかもしれない。

 しかしその一球で勝負を左右してしまう、もしくは逸れてしまえばランナーが生還して試合が終わるなんて状況であれば、わざわざ投げる必要はない。


 前提として、間に合わない送球の話ではあるが。


 何も、がむしゃらにプレーすることがイコール本気ということではないのだ。


 堅実にできるプレーを徹する。

 そして勝負に出る場面では積極的に行く。


 多少手を抜いたとしても、体力を温存することが悪いと言うのであれば、ピッチャーなんて二イニングも持たない。

 全力投球がせいぜい二、三十球と言われるピッチャーが、毎回毎回本気で投げれば何人いても足りない。


 それぞれが与えられた役割を、いかに冷静にかつ状況によっては熱く戦うことが、巧の考える本気だ。

 手を抜ける場面で手を抜かないのは、それこそ後々のプレーに悪影響を及ぼす怠慢だった。


 そして司は全力でプレーした結果、送球しないという判断を下した。

 これを責められる人なんて誰一人いなかった。


 チームとしてはピンチの場面、それでも打者の的場に対しては有利な場面だ。


 出塁している早瀬の足を考えると、盗塁されていようがされていまいが、結果的に自由にされていただろう。

 それでも、バッターを打ち取ればなんら問題はないのだ。


 二点のリードを保持しており、還したくはないとはいえ早瀬が還ってもリードは保っている状況。

 的場をノーボールツーストライクと追い込んでいる場面は、アウトを一つ奪えるチャンスだ。


 ストレート、チェンジアップで追い込んでからの三球目。

 選択したのはもちろん……、


 ストレート。


 黒絵の全力投球が外角低めに突き刺さる。

 それに的場もバットで応戦する。


 しかし黒絵のストレートは、的場にバットを当てさせることを許さない。


「ストライク! バッターアウト!」


 三球三振。

 気持ちの良い三振。

 これは黒絵のストレートもそうだが、司の作戦が上手くハマったことも要因だ。


 内角の打ちづらいコースを続けたため、的場は対応するために半歩下がっている。

 司はこれを見逃さなかった。


 追い込んでから際どい球は打たないといけなくなった的場に対して、外角へのボール球を要求した。

 すると打たなければいけない状況で、普通でも打ちづらい外角のボール球に的場は反応せざるを得なかった。

 そして内角を意識するあまりに下がってしまったことで、バットがボールに届かない。

 正確には届く場所ではあるが、二球目のチェンジアップで緩い球を意識して僅かにタイミングを外されたことによって、的場は対応できなかったのだ。


 黒絵の球、司のリードのどちらもが噛み合っている。

 そして司のリードに応えて躊躇なくボール球を投げ込んだ黒絵、見送られていれば攻め方が難しくなる状況でボール球を要求した司、どちらも肝が据わっている。


 黒絵と伊澄、違うタイプのピッチャーを操る司は、強豪校にも勝るとも劣らないリードをする明鈴の正捕手だ。



 そして続くバッターは三番の鳩羽。

 総合力では確実に県内トップクラスの彼女とどう戦っていくのか、注目の初球。

 黒絵は全力で投げ込んだ。


「なっ!?」


 完全な失投。

 ど真ん中への甘いチェンジアップだ。


 その球に、鳩羽は照準を合わせる。


 嫌で軽快な金属音を響かせながら、打球は遥か高く飛んでいく。


 ライト方向への大きな打球。

 しかし、打球は大きく逸れてファウルゾーンのスタンドに入った。


「ファウルボール!」


 タイミングが合っていれば……つまりストレートであれば場合によっては入っていた。もちろんストレートは力があるためスタンドまで届かなかった可能性もあるが、ストレートを狙っていたにも関わらず、タイミングを外されたチェンジアップをあそこまで飛ばすことを考えると可能性としては大いにあり得る。


 守備でも高レベルな鳩羽は打撃も高レベルだ。


 流石は総合力県内トップクラスだが、そこで一つ疑問が生じた。


「……夜空とどっちが上なんだろうか?」


 夜空は全国で総合力ナンバーワンだったが、それは中学での話だ。

 強豪校で三年間研鑽し続けた的場と、練習をしっかり続けたとはいえ、環境が強豪校に劣る明鈴に三年間いた夜空。

 プレーを見る限り大きな差はないが、県内で争っているだけではわからないことだ。


 ただ、大差がないと言うことは、黒絵にも抑えられるチャンスはある。

 練習だって、黒絵と夜空で対戦することはあった。もちろん公式戦という極限にまで高まった集中力での戦いではないが、打たれることもあれば打ち取ることだってあった。

 鳩羽の集中力も上がっているだろうが、それは黒絵も同じだ。


 初球に大きいのを打たれたが、ビビらずに戦えるのか。

 二球目。


 ストレートが外角高めに外れる。

 打たれたら飛びやすい高めに投げ込んだが、僅かに高く外れてしまった。


 そして、チェンジアップで緩急差をつけたにも関わらず、それが無駄となってしまった。


 ただ、たったの二球種でリードしてきた司だ。配球パターンは容易に変えられる。


 三球目もストレート。今度も高め……しかし内角への球だ。

 この球に鳩羽は打てないと判断したのか、バットは反応しながらもスイングする直前で止める。


「ストライク!」


 際どいコースではあったが、今度はストライクの判定。

 打てないコースではないが、外角を意識した直後の内角は相当打ちづらい。的場の時とは逆で、外角を打とうとすればややベース寄りに立つことを意識してしまうため、その分内角のストライクのコースが体に近くなるのだ。


 初球に失投はあったものの、これでワンボールツーストライクと追い込んだ。


 司はどのように鳩羽を打ち取るのか、四球目。


 黒絵が投じた球は鳩羽から一番遠いところ、外角低めだ。

 鳩羽の体の延長線上から放たれたボールは、一番遠い外角の低めに構える司のミットへと吸い込まれていく。


 そして、鳩羽のバットは反応しながらも、動かない。


「……ボール」


 際どい。しかし、僅かに外れる。


 鳩羽は選球眼が良いが、ボール球と判断して見送ったというよりも、手が出なかったという反応だ。

 実際にここまで際どいコースであれば、追い込まれている今は打ちに行くところだ。

 ボール球と思ったとしても、際どいコースは審判の裁量によってストライクにもボールにもなり得るのだから。


 ただ、今回はボールの判定。

 確かに外れていたが、鳩羽が見送ったこともボールの判定となった要因の一つだろう。鳩羽レベルの打者が見逃せば、ボールだったと考えられてもおかしくはない。


 厳しいか。


 追い込んではいるが、ストライク先行からボール球を増やしてこれでツーボール。あと二球のボールでフォアボールとなってしまう。

 勝負していけば問題ないのだが、ストレートだけでもそれも難しい。


 そして今の球はチェンジアップを外してもいいところだっただろうが、初球の失投が頭にチラついているのか、チェンジアップを要求しなかった。

 カウントがまだワンボールツーストライクであれば、一球外したとしてもツーボールツーストライクで、勝負出来たのだから。


 そして五球目。


「ファウルボール!」


 内角高めのストレートは、鳩羽がボールの下を叩きすぎてバックネットに直撃するファウルとなった。


 内角で打ちづらいだろうが、ストレートが来るとわかっていれば打てない球ではない。

 三球目はチェンジアップ、ストレートと続いていたため、チェンジアップも警戒していたのだろう。ただ、勝負球でもチェンジアップを投げなかったことで、ストレートで押すスタイルで勝負するのだと鳩羽は読んだのだろう。


 そして勝負球で来ると予想できる、まだ投げられていない内角低めを意識して、照準が少しばかり低くなってしまったようなバッティングだ。


 逃げていては勝てない。


 ストレートでも読みを外せば捉えさせないだろうが、鳩羽もそれは同じこと。外されてもカットして凌ぐことはできるだろう。


 これは鳩羽の読み通りのコースに投げるか否かの戦いとなり、勝ち目がない状態だ。


 一方的に負けるだけの心理戦。

 リードが消極的になっていると、巧は考えていた。


 六球目。


 黒絵が投球動作に入ると、鳩羽も打撃の体勢へと移る。


 白球が指先から離れ、司の構えるミットへと向かう。

 その白球を阻もうと、鳩羽のバットは向かっている。


 白球へと向かうバット。

 バットへと向かう白球。


 その二つが交錯……しない。


「ストライクッ! バッターアウトォ!」


 鳩羽のバットは空を切り、白球は司のミットに収まっている。


 空振り三振。

 二者連続の三振だ。


 巧が危惧していたリードの消極性。チェンジアップを使わないということ。

 それは鳩羽も同じことを考えていただろう。

 そして、司はそう思わせるようなリードをしていた。それだけだった。


 チェンジアップと使いどころを外して、ストレートに絞らせたところを、しかも三コースだけを攻めて内角低めを意識させたところ、タイミングもコースも外したリードで、鳩羽を打ち取ったのだった。



 黒絵が絶好調なことは間違いない。

 六回途中からの登板で、四つのアウトを奪っていずれも三振。出塁を許したのは早瀬をフォアボールで出しただけだ。


 しかし、コースやタイミングを外しても、容易に打ち取れない打者がいる。


『四番ファースト、和氣美波さん』


 バッティングは確実に鳩羽よりも上。

 県内トップクラスのバッター、和氣美波と黒絵は対峙していた。

少し体調を崩していて夜更新できなさそうなので、早めに更新させていただきます!


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