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第137話 集中とミス vs伊賀皇桜学園

 七回表、マウンドに上がるのは黒絵だ。

 コントロールは安定していないものの、元々あまり良くない黒絵からすれば安定している方だ。

 そして何より、打撃の良い溝脇と吉高から三振を奪っている。


 ピッチャーを出し尽くしており、一度登板した陽依や夜空といったピッチャーができる守備の要か、エースだからこそ余力を残して降板し、野手として最後まで出場している伊澄くらいしか交代の選択肢はない。

 好調の黒絵を代えてまで出す理由はない。


 そして、明鈴は最後の仕上げと言わんばかりに、元々予定してあった通りの守備交代を行う。


『明鈴高校、選手の交代をお知らせします。先程代打いたしました椎名瑞歩さんに代わりまして、水瀬鈴里さんがショートに入ります。

 九番ショート、水瀬鈴里さん。背番号12』


 守備の要、鈴里をショートの守備位置に送った。


 白雪も十分守ってくれたが、瑞歩を代打に送ったため交代は免れない。

 それに、ショートの守備だけで見れば大差があるわけではないが、セカンドでは夜空と同等の守備力を持っている鈴里の方がやはり上手い。

 大差がないため、バッティングの期待込みで白雪を起用していたが終盤ということもあり、白雪以上に打撃に期待ができる瑞歩を代打に送って守備固めとして鈴里に代えないという選択肢はなかった。


 煌も守備固めとして出す選択肢もあるが、エースであり念のために最後まで出場させておきたい伊澄と、足が速いため打球反応の早い煌とほぼ同格の守備範囲を持つ光を下げる理由はない。

 そして控えとして残しておけるのであれば、一人は残しておきたいという気持ちがあり、煌の出場は見送った。



 最終回。七回表。

 ここで三つのアウトを奪うだけで、勝利となる状況。


 好調の黒絵が静かに初球を投じた。


 しかし、それは司の構えるミットから大きく外れ、内角低めワンバウンドとなるものだった。


 少し内側にも入っており、早瀬は避けながらボールを見送る。

 指に引っかかった球に、黒絵は顔を顰めていた。


 これは仕方がない。

 切り替えていきたい二球目、今度は内角高めにズバッと決まるストレートだ。


 しかし……、


「ボール」


 際どいコースに、残念な判定が下る。


 やや高かったか。

 ストレート自体は119キロと速球を投げ込めている。多少なら甘くなったとしても十分勝負できる球威を持っている。

 ただ、打たれまいとする意識からか、少しボールゾーンへの意識が強いようだ。


 手元が狂った球、僅かに外れた球と続いて三球目。

 司が要求したのは、力の入りすぎている黒絵をリラックスさせるために抜いた球だ。


 外れてもいい。そんなつもりで厳しいコースどころかボール球となる可能性の高い外角低めのコースに要求している。


 しかし、その球は甘い、ど真ん中に寄ってしまう失投だ。


 その球を早瀬は見逃すはずもない。

 思い切りバットを振り抜く。


 ただ、ストレートが続いての球速差のあるチェンジアップにタイミングが外れ、ライト側への大きなファウルとなった。


 コントロールは乱れているが、やはり投球は悪くない。

 しっかりと勢いのあるストレートを投げ切ったからこそ、当てられたとはいえチェンジアップを捉え切れさせなかった。

 もしストレートとチェンジアップ、どちらかの完成度が低ければ、打たれていた球だ。


 問題はコントロールだ。

 極端に悪いわけではないとはいえ、審判がストライクを取ってくれないというのは痛い。

 甘すぎなければ、十分に力で押せる球威があるだけにもったいなさを感じる。


「棗、ちょっといいか?」


 巧は打席途中だが棗を呼ぶ。

 理由はもちろん、伝令に出すためだ。

 自分で気づいてくれればそれが一番。今後の試合で崩れるタイミングがあったとしても、自分で修正するだけの力をつけられる。


 ただ、気づかないようであれば、この最終盤に最後の伝令を投じる。

 ここまで来たら、悩んで後手に回ると手遅れとなる。早いうちに対処しなくてはならない。


 この早瀬の打席が終わり次第、内容によっては伝令を送るために棗に内容を伝える。

 一通りのことを伝えると、四球目に入った。


 今度も甘い球。外角高めのやや真ん中寄りだ。

 投げた瞬間わかるような肝を冷やす球を、早瀬は見逃すはずもない。


「レフト!」


 金属音が響き、打球はレフト線へと飛球する。


 早い打球。伊澄は追いつけそうもない。


「くそっ!」


 打球が落ちる。そして打球はすぐにフェンスまで到達すると、それを確認して早瀬は一塁を蹴った。


 しかし、三塁審判は身振り手振りしながら、誰もがわかるように声を上げた。


「ファウル! ファウル!」


 危ない。

 打球が落ちたのはギリギリラインの外側、ファウルゾーンだった。


 命拾いしたのはこの試合で何度目だろう。


 ただ、そのギリギリの打球を打たせたのは運ではなく、紛れもなくピッチャー達の実力だ。


 偶然ではない。必然なのだ。


 早瀬が打席に戻り、バットを構える。

 その五球目。


「ボール」


 今度はど真ん中の低め、ワンバウンドする明らかなボール球だ。

 内外どころか高さも合っていない。完全にコントロールミスとわかる投球。それも多少ではない。


 打球にビビってる。そんな球だ。


 これでフルカウントとなる。

 お互いに追い込まれた状況。


 バッターとしてはヒット、フォアボールで出塁することができる上にファウルで凌ぐこともできる。

 甘い球は打ち、厳しい球は凌ぐ。そしてボール球は見逃せる。


 対してピッチャーは、甘い球もボール球も投げられない。厳しいコースに投げ込まなければいけない。


 カウントだけを見ればピッチャーが不利ではあるが、試合展開としては追いかけるバッターの方が苦しい。

 出塁しなくてはアウトカウントを増やし、チャンスを作ることができない。


 明鈴は得点されても一点までなら大丈夫で、二点でも裏の攻撃がある上に負けがなく、不利な状況になるとはいえ延長戦もある。

 三点以上でも、攻撃機会はあるため負けが決まるわけでもない。


 逆に皇桜のは、二点以上奪わなくては負けが確定するのだ。


 良くて中堅校……弱小寸前の明鈴が、強豪校として名を馳せる皇桜を追い詰めている。

 その事実は変わりない。


 ただ、そのままではやはり終わらないのが皇桜。

 今まで何度も何度も粘り強さを見せてきた皇桜は、ここでも粘り強さを見せる。


 六球目、内角高めのストレートだ。

 今度は司の構えたミットに一直線に突き進む。

 完璧な球だ。


 それでも、早瀬はその球をファウルにして凌いだ。


 その打ち方は、まるで打つ気などさらさらないというような、凌ぐだけのバッティングだ。


 強豪に入るだけの実力を持ち、そこでレギュラーを張るだけの実力すら持っている早瀬が、完全に無名の黒絵に対して勝負を避けている。


 それはただ逃げ腰なわけではない。


 自分のプライドなどかなぐり捨て、ただただ勝利を掴むため、チームのために自分の活躍するチャンスを捨てているのだ。


 七球目。


「ボール。フォアボール」


 高めに外れた球。

 お互いに根気の勝負となるところに、早々に折れたのは黒絵だった。


 甘い球でも痛打されなかったことに、自分のストレートが通用するのは分かっていたはずだ。

 それでも際どい球を投げてもカットされることも理解していたのだろう、コントロールミスというよりも、無意識に逃げるような球だった。


「棗、伝令」


「行ってくる!」


 早瀬が出塁し、一塁へと向かう中、棗はグラウンドへと駆け出していた。




 ……黒絵が心配だ。


 私はマウンドに向かおうとしたところ、ベンチから一人のチームメイトが駆け出してきた。


 それを見て、私もマウンドへと向かう。



「しっかり勝負していこう!」


 巧くんからの伝令を伝え終わると、棗さんはそう締めくくった。


 内容は私も思っていた通り、勝負していけばストレートは十分通用するということだ。

 ただ、ボール球となれば相手も振ってこないし、甘くなれば打たれてしまう。際どいコースを狙いながらも、多少は大雑把になっても良い。逃げ腰になっているため、甘すぎなければもっと思い切っても良いということだ。


 私の思った通りだ。

 グラウンドにいる私を含めた選手たちならともかく、巧くんはベンチからでも平気で見破ってくる。

 私が弱気になった時もそうだった。


 逃げていては勝てない。絶対ではないが、可能性は限りなく高かった。

 勝負しなければ、相手のペースに飲まれるままだ。


「ねえ司ちゃん」


「ん? どうしたの?」


 黒絵の言葉に反応し、棗さんに向けていた視線を黒絵へと向ける。


 その瞬間、私はゾッとした。


「私、逃げてたの?」


 まるで何を言われているのかわからないと言った表情だ。

 ただ、それは私が受け止めなければならない。


「逃げてた。少なくとも、最後の球は逃げてるように私は見えた」


 私はそう言い放った。絶対に誰かが言わなくてはいけないことだ。

 自覚がないのなら気づかせなければいけない。


 その言葉に黒絵は、ガツンと打たれたような表情を浮かべる。


 黒絵はまだまだ技術が足りない。

 私が言えることではないかもしれないが、独学で野球をしていた分、基本的なことが疎かになっている。

 ただそれは今更言っても仕方のないことで、それが分かった上で巧くんは起用しているのだ。


 足りないところが多くても、黒絵は非凡な才能を持っていて、チームに貢献している。

 だからこそ、チームに貢献している長所を生かせないようなこと、気持ちで負けることがあれば、ただ才能に胡座をかいているだけの凡才となってしまう。


「……棗さん、巧くんは黒絵が捕まったら伊澄をマウンドに戻すつもりですよね?」


「え、どうだろう。そこまで聞いてないけど」


 昨日、皇桜の試合を見ながら巧くんが語っていたことを思い出しながら棗さんに尋ねたが、そこまで伝えていなかったらしい。

 それでも一度言っていたことだ、頭の中には選択肢としてあるのだろう。


「黒絵はまだ投げたい?」


 まるで脅すかのように私はそう言った。

 そして、黒絵は即答だ。


「投げたい!」


 ハッキリとそう言った。

 それならやるべきことは一つだ。


「打たれても、フォアボールでも、全部私の責任だから、甘すぎない球をストライクゾーンにちょうだい」


 抑えなければ巧くんは代えるだろう。

 それ以上に気持ちで負けていれば、打たれなくても代えるだろう。


 打たれたりフォアボールになったりしたら私の責任なんて言葉は無責任だ。ただの一年生の一部員が責任なんて取れないし、取る方法なんてないのだから。


 それでも、黒絵の気持ちを楽にさせるために私はそう言った。


 それに助け舟を出すように、今度は夜空さんが口を開く。


「まあ、気楽に打たせていきなさいよ。……あ、もちろん三振でもいいけど」


 続けて珠姫さんと鈴里さんが、


「一人で気負わずに、ね?」


「私は守るだけしかできないから、その機会くらいちょうだいよ」


 と言った。


 頼もしい言葉だ。


 明鈴はバランス型のチームだが、打撃も守備もそこそこという意味ではない。

 どちらも基盤がしっかりとしており、それに加えてそれぞれの選手に役割がある。


 基礎はしっかりしていて、守備を固めれば穴すらないのだ。


 そして今まで黙っていた陽依が、最後に口を開いた。


「まあ、うちらは一年生やから、頼れる先輩達がおる。もちろん一年生やから適当なことやってええわけやないけど、二、三年生が支えてくれとるんやから、それに甘えたらええんちゃう?」


 良いところは陽依に持っていかれる。

 ただそれは、私が言うよりも裏表がなく、チームのムードメーカーの陽依が言った方が効果的だった。


 黒絵は気を引き締めたように、「ありがとう!」と言うと、いつものような表情に戻った。

 それは、集中しすぎて考え込みすぎているわけでもなく、適度に集中とリラックスができている表情だった。


 伝令の時間が終わり、それぞれが守備位置に戻ろうとする。


「司! 黒絵!」


 戻ろうしたところに、陽依が私を呼び止めた。


「うちらも、来年再来年はああいう先輩になるで」


 そう言うだけ言うと、守備位置へと戻った。


 私たちはまだ一年生。それでも一年の大部分を占める夏の大会に、すでに突入しているのだ。


 ……もう夏なのだ。

集中しすぎると周りが見えなくなる人と、集中したら周りもよく見える人っていますよね。

結局、何に集中しているかってことなのかなと思います。


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