第135話 正捕手の実力 vs伊賀皇桜学園
二者連続の三振。
ワンアウトランナー二、三塁だった状況が、二つの三振で終わりを告げた。
ヒット一本で二失点もありえるピンチの中、無失点で切り抜けたことは大きい。
今度はこちらの反撃だ。
『伊賀皇桜学園、選手の交代をお知らせします。先ほど代打致しました光本幸さんに代わりまして、レフトに大町小牧さんが入ります。
八番レフト大町小牧さん。背番号14』
順当に行けば、代打の光本がそのままレフトに入ると思われたが、二年生の大町が交代でレフトに入った。
皇桜にとってはあと一度残されているだけの攻撃で、よほどのことがなければ八番までは回らない。代打もまだ控えているため、少しでも守備を良くするという選択だろう。
大町は打撃は普通、足がそこそこ速く、守備もそこそこという皇桜の中では平凡な選手だ。
それでも総合的に見てバランスが取れるため、どんな状況でも使いやすいスーパーサブ的な立ち位置だ。
そしてセカンドの控え選手。レギュラーの的場との差は圧倒的なため出場機会には恵まれないが、その分他のポジションが守れるユーティリティプレイヤーでもあった。
ただ、先ほどまでレフトに入っていた太田と比較すると守備力が落ちるのは確かだ。
ほんの少しの差ではあるが、それでも間違いなく大きなことだった。
そんな中の六回裏、明鈴の攻撃は八番の陽依から始まる。
例えばの話だが、もし一月前、由真が部に戻って来なければ一番打者の有力候補は陽依だった。
今となっては光の打撃も向上しているが、打撃能力を考えて盗塁も狙える選手となれば陽依と伊澄が有力な候補だ。
しかし伊澄はピッチャーが主なポジションで、負担が大きい。短期的な決戦であればまだしも、固定させるには無理が出てくる。そうなると陽依になるのが自然だ。
司と七海も打撃としては十分だが、積極的に盗塁を狙える選手ではない。こちらも機動力を考えずに起用した場合の候補で、固定まではできない。
どちらにせよ、先頭打者としては申し分のない選手だ。
その陽依が打席に立つ。
試合も終盤で、どの打順だろうとすでに関係がなくなっているが、良い状況を作って上位打線に繋げるためには陽依の出塁は必須だった。
「よく見ていけよ!」
まずはここ。
ヒットを打てるのであれば問題ないが、打てる球を投げて来なければ、しぶとく粘っていくことが今の陽依に求められている打撃だ。
「おっしゃー! やったるで!」
陽依は意気揚々と打席に入る。
二点のリードをしていて、明鈴が優勢。あと一回の攻撃を抑え切れば勝ちとなる上に、明鈴にはまだ二回の攻撃力すら残されている。
心の余裕があるからかもしれないが、たとえ強敵だろうとその闘志が消えることはない。
じっくりと攻めていきたい状況だが、もちろん甘い球が来れば積極的にいく。
柳生の投じた初球は、甘い……甘く見える球だ。
外角低め、僅かに内側に入る球。甘いコースに投げない柳生の中では比較的な甘めなコースに、陽依は思わず手を出した。
ほぼ真芯で捉えるようなスイングだが、そのバットから響いたのは鈍い金属音だった。
「サード!」
ボテボテのゴロがサード前に転がる。バットの先に当てただけの打球だ。
甘く見えて直前で逃げるようなシュートに、陽依は目測を見誤った。
そんな打球は変な回転がかかり、転がりながら軌道を変えた。
「ファウルボール!」
最初はフェアゾーンに落ちた打球だが、最終的にファウルゾーンに転がったところをサードの本堂が捕球した。
最初はフェアゾーンでも、ベース手前でファウルゾーンで捕球した場合はファウルとなる。逆にベースに当たった場合やベースを超えた場合はフェアとなるのだ。
今回は前者。フェアゾーンで捕球できるタイミングであったが、ボテボテのゴロでタイミングは際どく、内野安打になりそうな打球だった。徐々にファウルゾーンへと変化していく打球を見て、あえて見送ったのだろう。
一塁へと全力疾走した陽依が打席に戻り、バットを構え直す。
甘く入ったボールを叩きたくとも、その先には鋭い変化球が待っているかもしれない。
甘いコースにほとんど投げない柳生から、一打席という数球の中で甘い球を狙うことは難しい。
厳しいコースでも、球種やコースを絞って叩くしか選択肢がなかった。
陽依もそのことがわかっているようで、二球目の内角低めに落ちる縦スライダーにバットが動く様子はなかった。
この球は僅かに低くなったため、ボールとなる。
しかし、その一球の見逃し方で察したのか、吉高のリードが少し変わった。
三球目、やや真ん中よりの内角高めのストレートだ。しかしその球はゾーンから僅かに外れる高さの球だ。
四球目は外角高め。その球に陽依は反応した。
ただ、ボールはバットから逃げるように変化するシュート。それになんとか陽依は食らいつき、かろうじてファウルにした。
際どくボールゾーンに逃げる球だったため、凌ぐだけしかできなかった。
それでも十分。
際どいコースはカットしていけばいい。特にツーボールツーストライクと追い込まれた現状は、際どいコースはカットしなくてはならない。
五球目、今度は外角低めに鋭い球だ。
その球は少し遠く、瞬時の判断では難しいところだが、外れたボール球だ。
その球はミットに収まる直前で軌道を変える。
ストライクゾーンへと吸い込まれようとする球。ただそれでも際どいコースというだけで、ボール球だと判断した陽依は見送った。
外れるとわかっていてもドキッとするコース。
陽依はバットを構え直そうとする。
しかし……、
「ストライク! バッターアウト!」
審判がそうコールした。
その判定に、陽依は審判の方を振り向き、唖然としていた。
今の球は確かにボールゾーンを通過したコースだ。
ただ、吉高ミットはストライクゾーンで捕球していた。
「フレーミング、か」
何度か司もやっている技術。
際どいコースであれば、外側から内側へとミットを動かしながら捕球して止めることによって、審判にストライクだと思わせる技術だ。
そうでなくても入っていたかもしれないが、フレーミングによってそのストライクは確実なものとなった。
陽依は何も言えずに打席から戻ってくる。残念ではあるが、抗議をするなんてことはできないのだ。
肩を落とす陽依に、巧は一言だけ慰めの言葉を言っておいた。
「ドンマイ」
「相手の実力見誤りすぎた……」
一度対戦しているとはいえ、吉高のリードはこの試合までは映像や結果を確認するだけで未知だった。
フレーミングの技術もそうだ。
ボールゾーンを通過してからストライクゾーンに食い込む球で、ギリギリのコースであればボール判定される可能性が高い。
ただ、それすらも吉高の技術によって覆されたということだった。
試合終盤こそ、実力というものが顕著に出ると思っています。
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