表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/151

第128話 先輩の姿 vs伊賀皇桜学園

 ワンアウトランナー三塁。一点を失うピンチだ。

 そして二番の的場が打席を迎える。


 三点のリードを持っている明鈴としては、無理にサードランナーをアウトにすることよりも、確実に一つのアウトを取りに行くことが先決だ。

 もちろん、サードランナーをアウトにできるに越したことはない。

 ただ、続くのが三番の鳩羽と四番の和氣だ。

 出来る限りランナーは残したくない。


 しかしながら、的場も好打者だ。簡単に打ち取れるはずはない。

 となれば、選択肢は一つとなる。


 陽依はセットポジションから、早いクイックモーションで初球を投じる。


「ストライク!」


 際どい内角低めにに落としたフォークに、的場のバットは空を切る。

 陽依の変化球では空振りを取りにくいとはいえ、決して取れないわけではない。

 今回は的場のスイングよりも陽依のフォークが上回った、それだけだ。


 これが追い込んだ後であれば最高ではあったが、そう上手くいかないのが野球だ。どれだけ素晴らしい球を投げたとしても、結局最後に打たれればそれも無と化すのだ。


 油断してはならない。そんな二球目も、陽依は内角高めに際どい球を投げ込んだ。


「……ボール」


 ストライクゾーンに入れるようなスライダーだったが、僅かながら外れてしまう。そんな判定に陽依は悔しそうな表情を浮かべた。


 厳しいコースを攻める。それが今の陽依と司バッテリーの方針だ。

 しかし、三球目、四球目と厳しいコースに変化球を投げるが、どちらも僅かながらコースから外れた。


 スリーボールワンストライクの苦しい場面で巧は悩んでいた。



 陽依は間違いなく好投手だ。

 それでも明鈴ではエースにはなれないだろう。

 その理由は簡単で、同じタイプでありながら、投球面に関しては遥かに伊澄の方がレベルの高い投手だ。


 陽依は伊澄と同じく、多彩な変化球と精密なコントロールを持ち合わせているが、球速、球威が足りていない。それ故に躱して三振か打ち取るしかないのだが、伊澄と違う点は三振が奪いづらいことだ。


 ただその一点だけで大きな差を生んでいる。


 それでも陽依は自分の長所を生かしながら戦っていた。


 巧は以前、起用法について尋ねたことがあった。

 それは、様々なポジションをたらい回しにされるということや、必要の際にだけピッチャーとして登板することに不満を持っていないかということ。


 それに対して陽依はこう答えた。


「うちは野球が好きや。やから色んなポジションを守れてお得やと思っとる。うちが色んなポジションを守るっちゅーことは、うちが必要やとされとるっちゅーことやから」


 ポジションを固定されていない。その便利屋とも言える起用が、陽依にとっては一番の起用だということも。

 そして陽依は続けて言った。


「うちが一番嫌なんは、ポジションが空いとるのにうちを使わんことや」


 どんなポジションでもバックアップをする。どんな役割だろうと、チームに貢献できるポジションに就くのが、陽依にとって最高の起用法だと。


 最後に陽依は言った。


「やからうちを好き勝手に使ってや。うちが使えやんと思ったら見限ってくれてええから、使えるなら使って欲しい」


 その言葉を思い出しながら、巧は一人小さく「すまない」と呟いた。




「ボール! フォアボール!」


 五球目、初球と同じように内角高めにストレートで攻めたが、これは残念ながら外れてしまう。


 アウトを一つ奪ったとはいえ、ヒットとフォアボールでワンアウトランナー一、三塁。

 そして打席には鳩羽、和氣と続くクリーンナップだ。

 力で押せない陽依が、長所でいる精密なコントロールでさえも崩れている。


 巧は動くしかなかった。


「投手交代。光、伝令頼む」


 光が審判に交代を伝えに行く。

 そしてグラブを変えるために、陽依と夜空がベンチへと一度戻って来た。


「……こんな交代をしてしまって申し訳ない」


 たった十球。そしてたった一つのアウトでの交代となってしまった。


 しかし、陽依は笑顔を見せながらこう言った。


「ピンチ作ったうちが悪いんやから、うちを使ったんがあかんみたいに言うのやめてやー。まだまだうちにはやることあるし、カントクのやりたいようにやってや」


 そう言いながら陽依は守備位置へと向かう。

 その後ろ姿は悔しさを隠しきれない、不甲斐ない自分に怒りがこもった背中だった。




『明鈴高校、シートの変更をお知らせします。ピッチャー姉崎陽依さんがセカンドに、セカンド大星夜空さんがピッチャーに入ります。

 三番ピッチャー大星夜空さん。背番号4。

 八番セカンド姉崎陽依さん。背番号7。

 以上に代わります』


 夜空をマウンドへと送る。これはただ棗や黒絵の準備が整うまでの繋ぎではない。


 夜空の本職はセカンド。これは間違いなく、夜空自身セカンドにこだわりを持っていた。

 しかし中学時代、男子に比べて球速が劣りながらも、力負けしないピッチングが夜空の持ち味だった。


 中学時代は男女混合のシニアに入っており、強豪だったため他のピッチャーが揃っており、エースの立ち位置には立てなかった。

 しかし、女子だけのガールズに入っていれば、間違いなくエースだっただろう。


 その夜空は今年の明鈴にはピッチャーが揃い、あまり登板機会こそなかったものの、去年までの人数不足だった明鈴を投手としても支えていた。


 パワーピッチングという点に置いては黒絵に劣るものの、黒絵は調子のムラが激しい。

 それに引き換え、夜空は多少のムラはあるものの安定している。

 どちらが上かと問われれば悩ましいが、少なくともピッチャーとしての実力も申し分ない。


 陽依を登板させずに夜空を登板させるという選択肢もあったが、タイプの違うピッチャーのため、良し悪しはある。陽依は夜空の立てなかった清峰シニアにのエースという立場を、そのピッチングスタイルでもぎ取っており、そこを信頼しての起用だった。


 後輩の作ったピンチを先輩が凌ぐ。

 夜空の眼でそう語り、背中で陽依に自分という野球人の生き様を伝えようとしていた。


 そんな夜空は投球練習を終えると、打席に立つ鳩羽に睨みを効かせた。


 ワンアウトランナー一、三塁。ゲッツーが取れるように前進守備から中間守備に切り替えた内野陣のことを考えると、外野フライのみならず内野ゴロでも一点の可能性は高い。

 こうなってしまえば、一点は仕方ないと巧は割り切っていた。


 このリードを守るため、夜空はどのようなピッチングをするのか。

 注目の初球。


「ファウルボール!」


 外角低めの縦スライダー。流れるように落ちる縦スライダーに鳩羽ついていくものの、捉えきれない。打球はバックネットまで転がる、掠っただけのファウルとなった。


 初球から変化球。カウントを確実に取りに行くためではなく、空振りを狙うような球だった。


 どういう意図で初球から空振りを奪いに行く縦スライダーを投げたのかはわからないが、ストライクカウントが増えたことで有利になったことは違いない。


 そして二球目、今度も外角低めを突くボールだ。

 逃げるように変化する球に、鳩羽は見送った。


「ストライク!」


 際どい球だが、審判の手は上がる。


 キレのある鋭いシュートだが、それは変化量の小さいものだ。

 小さいからこそ、逃げるように見えてストライクゾーンに入っている。あわよくば打ち損じを狙える球だった。


 ここまで無駄な球はなく、二球で追い込んだ。

 しかし、簡単に追い込んだからこそ慎重にいかなければならない。


 三球目は様子を見るように、夜空は外角高めに外したシュートを投じた。


 二球連続のシュートを投じたため、次の球でシュートはないだろう。

 流石に三球連続となれば球筋も見極められ、良くてボール球、悪くて痛打を浴びる。


 鳩羽は簡単に打ち取れる打者ではないのだから。


 そうなれば、他の球種で勝負するしかない。

 そんな勝負の四球目。


 夜空の指先から放たれた白球は、司の構えるミットへと一直線で向かう。


 内角低めの際どい球だ。


 鳩羽はその球に応戦する。

 綺麗なスイングから繰り出されるバットは、夜空の球を捉えた。


 しかし鳩羽のバットは、根本に当たっただけの鈍い金属音を奏でた。


「ショート!」


 打ち取った打球。ただ鳩羽の振り抜いたスイングから繰り出された打球は、詰まりながらも鋭い打球となり、夜空の横を抜けてショートの白雪を襲う。


 打球はセカンドベース、ややショート寄りの打球だ。中間守備のためやや前進していたため、追いつくのか際どい打球だ。


 打ち取ってはいる。詰まっている。

 そんな打球をみすみす外野まで運ばせる白雪ではない。


 白雪は打球に目掛けて飛び込んだ。



 ……しかし、あと一歩足りない。



 白雪のグラブは、その打球を弾いていた。

今回はちょっと終わりを変えてみました!

結果がわからない。そんな話の終わり方ですが、よろしければコメントでどう思ったか教えていただければ幸いです!


【作者からのお願い】

「面白い!」と思った方や、「続きが読みたい!」と思った方、応援してくださる方、下にある☆☆☆☆☆の評価や感想、ブックマークの登録をお願いします!

閲覧数や応援で作者のモチベーションが上がり、執筆活動の励みになりますので、どうかよろしくお願いします!


面白かったかどうか、☆☆☆☆☆の評価だけでも頂ければ幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ