第127話 それぞれの戦い vs伊賀皇桜学園
「あーもー! くっそ!」
攻守交代の最中、夜空はベンチで荒れていた。
チャンスでのゲッツー、悔しくないはずがない。
ただ、物には当たらないというところは夜空らしく、それが逆に悔しさの捌け口がないということでもあった。
「落ち着け。打球は良かったんだ。相手が一枚上手だっただけだよ」
当たり障りのない言葉を並べるが、夜空は苛立ちを隠せない。
普段は飄々としている夜空は、中学時代に比べて落ち着いてきていると思っていた。しかし、やはり熱くなった時の根は変わっていない。
「打てないのは悔しいよ。ただ、結局あの一年生に負け越したのが悔しいし、多分さっきの打席で戦うのが最後になる」
チームに貢献できなかった悔しさがあると同時に、勝負する楽しさがあったからこそ、これで終わりということが悔しいのだろう。
ただ、今日の結果は三打数一安打で決して悪くない。それも夜空にとっては慰めにはならないだろうが。
しかし、早く守備位置に就かないといけないところ。多少なりとも落ち着きを取り戻さないといけないが、どうすればいいのか巧にはわからない。
そう考えていると、夜空は水分補給用のボトルの蓋を外し、巧に手渡した。
「かけて」
そう言いながら一歩ベンチの外に出る。
一瞬考えたが、迷っている時間もない。
巧は言われるがまま、水を夜空の顔にぶっかけた。
「何か一言ちょうだい」
難しい注文だ。ただ、これも悩んでいる暇もないため、伝えたいことをまとめて言い放った。
「落ち込んでないで切り替えて早く行け」
「行ってくる」
夜空はずぶ濡れになりながらも、グローブを手に取り、帽子を深く被ると守備位置まで走り去っていった。
「……はぁぁ……」
巧は項垂れるようにしてベンチへと座り込む。
いくら対等で選手とはいえ、歳上に対して水をかけたり横暴な言葉を吐き出すことは精神的に堪える。
ただ、何故か夜空は嬉しそうに笑いながら守備位置まで行ったため、間違ってはいなかったのだろう。
「美雪先生、俺には夜空のことがよくわかりません……」
「まあまあ。いつも上に立ってるからむしろ叱られたいのかもね」
普段はドSそうな夜空も、時折ドMになるため、よくわからない。
もうこれがわかるのは、夜空の幼馴染で男子野球部のキャプテンである砂原大地くらいだろう。
ただ、これだけで多少なりとも切り替えられるのであれば、安いものかもしれない。
『明鈴高校、選手の交代並びにシートの変更をお知らせします。先ほど代走致しました月島光さんがライトに、ライトの姉崎陽依さんがピッチャーに、ピッチャーの瀬川伊澄さんがレフトに、レフトの諏訪亜澄さんがサードに入ります。
二番ライト月島光さん。背番号9。
五番サード諏訪亜澄さん。背番号3。
六番レフト瀬川伊澄さん。背番号1。
八番ピッチャー姉崎陽依さん。背番号7。
以上に代わります』
明鈴は大幅な守備位置の変更を行なったが、順当な変更だ。
サードを守れるのはレギュラーである七海の他に、亜澄、瑞歩、陽依だ。
守備能力であれば陽依だが、陽依はピッチャーとして登板するため交代はできない。
そして、亜澄と瑞歩の守備能力はさほど変わらず、伊澄や光を下げてまで出すというのももったいない。というのも、延長戦があることや、怪我のことを考えて出来るだけ控えの選手は残しておきたい。
そのため、瑞歩を出すことはあえてしなかった。
そして、亜澄がサードに入るということは、伊澄と光はそのまま外野に入れるということ。
どちらをレフトとライトに入れるかというのは、皇桜は現状、若干左打者が多いため足の速い光をライトに入れた。それと同時に、一二塁間よりも弱くなる三遊間のフォローを考え、光よりも打球反応が良く、経験豊富で処理の上手い伊澄をレフトに回した。
ほぼ半数になる四人もの選手が守備位置の変更をしているが、実際は適材適所に配置しただけだ。
そして、マウンドに上がった陽依は、何球かの投球練習を終えると、この試合初めてのバッターと対峙する。そのバッターも、この試合初めての打席だ。
『九番キャッチャー、吉高要さん』
キャッチャーの吉高はどんなバッティングをするのか。
打撃は良いのはわかっているが、そのバッティングがどのようなものかはまだあまりわかってはいない。
配球を読むのか、それとも直感的に打つのか。
ただ、長打だけはいることはわかっているため、そこは気をつけたいところだ。
陽依も野手を中心にしているが、投手としての能力は決して低くはない。
変化量こそ小さいものの変化球にはキレがある。
球種はスライダー、カーブ、フォーク、シンカー、シュート、チェンジアップ、あとはお遊び程度ながらナックルまでも投げられる。
的を絞らせない投球ということに関しては、ある意味伊澄よりも上だろう。
そんな陽依の初球をどのように司は操るのか。
じっくりとサインを交換し、ワインドアップから初球を放つ。
その球は無惨にも吉高のバットによって打ち返された。
「センター!」
右中間を破る長打に、すかさず司は指示を送る。
ワンバウンド、ツーバウンドと転がる打球は、気が付けば外野フェンスまで到達している。
反応が良かった由真はすぐに打球を処理すると、すぐに中継へと送る。
ただ、すでに吉高は二塁へと到達していた。
いきなり初球を打たれた。
お互いに初打席で慎重に行きたいところだったが、それは吉高のバットによって拒否される。
吉高はあまり足が速い選手ではないが、それでも余裕で二塁へ到達するほどの綺麗なツーベースヒットだった。
「やられたなぁ……」
安全に行きたかった場面で、丁寧に外角低めを突いたスライダーだったが、吉高の打撃がそれを上回った。
本来であれば、投手交代直後なので球を見たいところ。
しかし、こちらはすでに二人のピッチャーが準備中のため、早期交代を予想しているだろう。
だからこそ、あえてお互いに慎重にいく初球を叩いた。
厄介な相手だ。
そして皇桜の攻撃は上位打線へと向かっていく。
皇桜からすれば得点が欲しい場面ではあるが、吉高に代走は送られない。これから始まる一番の早瀬からの攻撃であれば、吉高の足でも十分返せると言うことだろう。
それにせっかく出した正捕手を代えたくないということと、控えのキャッチャーがいない状態にはしたくないという理由もあるだろう。
早瀬が打席に入ると、異様な空気に包まれる。
どんな攻撃でもできるのだ。現状ではある意味一番怖いバッターかもしれない。
普通にヒッティングもでき、セーフティーバントが狙える。バントも自分がアウトになったとしても、ある程度いいところに転がせれば、ランナーを送るということもできる。
このどうやって戦っていくのか悩む状況での初球。
内角高めに気持ちのいいストレートが決まる。
「ストライク!」
流石に今度は初球からは振って来ず、早瀬は見逃した。
早瀬は決して積極的に振れないバッターではないが、一番を任されている上で球数を見るということには慣れているのだろう。
二球目のカーブも見逃し、これは内角低めにやや外れてボールだ。
三球目は外角低めへの際どいシンカー。これは当てるだけのファウルボールとなる。
ワンボールツーストライクと追い込んでいる。
陽依は三振を奪うというよりも、多彩な変化球で打ち取るピッチャーだ。
ただ、追い込んでいるということは、バッターからすると打ちにいかなければならないということ。際どいところを攻めていけばいい。
四球目、陽依が放った球は地を這うような鋭い球だ。
その球は早瀬のバットに吸い込まれようとしている。
不味い。
綺麗な球筋でミットへ向かうボールは、早瀬の綺麗なスイングに吸い込まれる。
しかし、鈍い金属音とともに打球が放たれた。
「セカンド!」
打球は夜空の真正面に転がるボテボテのゴロだ。
足に定評のある早瀬でもこれには間に合わず、ただ夜空の送球を待つだけだった。
「アウト!」
俊足の早瀬はセカンド真正面のゴロに倒れた。
その間にセカンドランナーだった吉高が三塁へと到達しているため、最低限の仕事はこなしていると言えよう。
ただ、アウトカウントが一つ灯った。
「ワンナウト、ワンナウト!」
陽依は外野まで通るようなハッキリとした声でアウトカウントを示す。
その声を聞いた外野陣は、タッチアップを警戒して少しだけ前進をし、内野陣もバックホーム体制で前進している。
ムードメーカーであり主力。陽依はなくてはならない存在だと改めて認識する。
ピッチャーとしての練習はあまり力を入れていないはずだが、それでも強豪の切り込み隊長である早瀬を打ち取った。
それは鋭く落ちるフォークだ。
落差こそあまりなかったものの、ストレートであれば確実に外野まで飛ぶ痛烈な当たりとなっていただろう。
それも、フォークだと認識しづらいキレ味と、どの球種でもほとんど変わらない投球フォームのため、早瀬は打ち損じてしまったのだろう。
投手としても優秀。野手としても優秀。
そんな陽依の起用法は、監督になってから今までずっと悩んでいる。
それぞれ器用にこなすため、超一流にはなれないだろう。しかし、全部を一流にこなせるというのが陽依だ。
今まで通り野手を中心とするか、それとも投手に注力していくか。どちらにしても悩ましい選択だ。
ただ、投手として練習をあまりしてこなかったとはいえ、投手としての陽依はやや物足りないのも事実だ。
変化量が足りないため、吉高のように打者によっては反応だけで打ち返される。
そして三振が望めない打ち取るという戦い方は、本人だけではアウトが取れないということ。どうしても三振が欲しい場面で、それができないということだ。
そして、その三振が欲しい場面というのはまさに今のことだ。
ワンアウトでランナー三塁。外野フライでも内野ゴロでも一点となる可能性がある場面だ。
ここで三振を奪えればそんな悩みもなくなるが、そこまで求めるのは欲張りかもしれない。
ただ、ここでどのようなピッチングをするのか。
それはチーム全体の勝利にも関わっていくことだった。
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