第125話 采配と配球 vs伊賀皇桜学園
「ナイスリード」
竜崎を三振に仕留め、ベンチに戻ってくる司に巧は声をかけた。
「ありがと。でもそれは伊澄に言いなよ?」
「もう言った」
一足先にベンチに戻って来た伊澄は、すでに休みながら水分補給をしている。
司とは少し話したいことがあったため、窮屈な防具をある程度外させると隣に座らせる。
元々隣に座っていた光は、状況によっては代走を送ると伝えたため準備中だ。
「伊澄、あとどれくらいいけそう?」
本来であれば伊澄に聞くことだが、本人は『最後までいく』と言いそうだ。
そのため、キャッチャーである司が客観的に見た状態を巧は知りたかった。
「うーん……。あと一イニングか、長くても二イニングかな?」
「なるほど……」
球数によりけりだが、一イニングか二イニングくらいということは大体三十球前後ということだろう。
巧は「ちょっとすいません」と言い、美雪先生が取っていたスコアを見る。すると、四回表終了時点で五十八球となっている。伊澄の体力を考えて八十球を目安にすれば、司の言う一、二イニングというのはあながち間違えではなさそうだ。
「……伊澄。次の回から外野に回ってくれ」
巧は一方的にそう告げた。
無表情なことが多い伊澄も、流石にこればかりは驚いた表情を浮かべる。
「なんで?」
投げたいと言うわけではなく、伊澄はただ疑問を口にする。
何も理由をなしには交代させないということを、理解しているのだろう。それなりに信頼はしてくれていると解釈し、巧は少しだけ嬉しくなって笑いながら言った。
「棗と黒絵が捕まったら、伊澄しかいないから。余力を残しておいてくれ」
巧がそう言うと、「わかった」とだけ言って引き下がった。
恐らく……いや、確実に伊澄は投げたかっただろう。
しかし、明鈴の勝利のために、伊澄は身を引いた。
自分が一番、余力が残されていないことはわかっている。自覚した上での交代だった。
「棗と黒絵はしっかりと準備をして、六回と七回に投げてもらう。五回は陽依、頼めるか?」
「おっしゃ! やったるで!」
「夜空も、念のために準備はしておいてくれ」
「はいはーい」
陽依はやる気は十分。夜空も適当な返事だが、その余裕が頼もしい。
本来であれば、棗と黒絵で五、六、七回の三イニングを投げてもらうのが理想だったが、準備させるのが遅すぎた。
それは、巧の見通しの甘さが原因だ。
伊澄は二回に失点したとはいえ、三回までで三十六球と、完投ペースだった。多少球数が増えたところで、六回までは投げれる球数だ。
もちろんすんなりいくと思っていなかったが、監督経験の浅さ、そして伊澄なら抑えてくれるという信頼からくる希望的観測や楽観視したことが原因だ。
早いうちに棗と黒絵に投げさせたいところだが、まだ不十分だ。
投げられないということはないが、中途半端な準備で投げさせ、片方がすぐに捕まってしまえば、もう片方をすぐに出さなければいけなくなる。
そうなれば、また伊澄がすぐに登板せざるを得ない。
しかし、陽依と夜空であれば、肩を作るのが早い。
もちろん時間をかけた方が確実性は増すが、野手を中心に出場し、途中で投手として投げるという起用法が今まで多かったこともあり、準備が短くてもそれなりのクオリティで投げられる。
元々野手で出場しているため、体自体はあったまっているという点を考えると、一イニングをこの二人に投げ抜いてもらった方が、チームとしても良いのではないかと巧は考えた。
その結果の采配だった。
マウンドには当然の如く竜崎が立っている。
先ほどの打席で代打を出さなかったのだ、当然だろう。
一度崩れた竜崎を四回まで引っ張るということは、竜崎の調子が上がってきたという理由以外にも、恐らく最初に考えていた采配を実行したいという理由もあるだろう。
そして、二番手ピッチャーの候補である狩野は準備をしていない。奈良坂もだ。
つまり、五回からは柳生が投げると考えて良いだろう。
柳生が登板するとなれば、得点は望みにくくなる。
三点差に縮まったこの状況の優位を保つことを考えると、この回に得点しておきたいところだ。
そしてこの回の先頭打者は、九番の白雪だ。
白雪はパワーが足りないため、良いところには打てるが、ヒットにはならない。
そのため、とにかく三遊間を狙うことを指示していた。
そんな白雪に、竜崎は初球から真っ向勝負だ。
ストレート。前の回とは違ってコントロール無視ではないが、コーナーを突きつつ初球は内角高めへストレートを投げ込んだ。
「ストライク!」
空振りだ。
ストライクゾーンに入ってはいたが、際どいコースだ。いきなり初球から振っていくには向いていない球だが、その球威で振らされた感じになっている。
当たれば飛ぶコース。しかし、それでも押し負けないと判断しての配球だろう。
この回、やっと正捕手である吉高のリードがちゃんと見れる。
そのリードをしっかりと見て対策を立てるためにも、白雪には粘ってもらいたいところだ。
しかし、二球目の高速スライダーが外角低めを捉え、あっさりと追い込まれてしまった。
振りたい球に振れず、振りたくない球に振らされてしまう。
もちろん竜崎の能力があってこそだが、打者の能力を把握しながら投手の能力を最大限に活かしている。
たった二球だが、巧はそんな感想を抱いた。
そして三球目、竜崎が繰り出したのはタイミングを外す緩い球だ。
しかし白雪のタイミングは外れない。
このゆったりとしたボールを待って、しっかりとバットを振り抜いた。
「ショート!」
打球が上がると、すかさず吉高が声を上げる。
フラフラっと上がった打球はショート横、やや後方への小フライ。鳩羽はしっかりと打球を掴んだ。
「アウト!」
打たされた。そんな打球だ。
ただ、白雪も二球目の速い球から三球目の緩い球……カーブに、緩急をつけられたがタイミングをしっかりと合わせていた。
配球を読んだのだろう。その点は白雪の能力が向上した証拠だ。
しかし、吉高が一枚上手だった。
外角低めに続けた配球だが、やや甘めにあえて要求した。
タイミングを外せなかったとはいえ、先ほどよりも高い球でボールの下部を当てさせた。
タイミングを外しながらも、それをクリアしても照準を外させる。二重の罠だ。
白雪は結果的に三球で凡退。しかしこれから一番の由真となる。
転がせればそれだけで出塁が見込めるバッターだ。
限界が近いであろう竜崎に、あまり球数は投げさせたくないはずだ。そしてゴロでさえ打たせたくもないだろう。
そんな中で吉高はどんなリードをするのか。
由真の打席。初球から積極的に振っていく。
竜崎の放った球は一直線に吉高のミットに向かっていくが、由真のバットはそれを阻もうとしている。
しかしだ。その投球は由真の目の前に来た瞬間、バットを避けるようにスルリと落ちる。
それでも由真のバットはそれを阻んだ。
「ショート!」
ショート後方、やや横への弱い打球。
白雪の打席と同じような打球ではあるが、やや違う点があった。
それは、打球が僅かに伸びたことだ。
打球は鳩羽のグラブには触れず、レフト前に転がった。完全に打ち取られた当たりだったが、結果的にはレフト前のヒットとなった。
いきなり想定外の配球に巧は驚きを隠せない。
空振りを奪えるスプリットとはいえ、初球から、しかも甘いコースへと竜崎は放った。それも、失投ではなく、吉高が要求したコースにだ。
それを当てた由真も流石だが、当たりとしては打ち取られている。白雪と同じような打球を打たされた。
ただ違うことと言えば、由真には打球の伸びがあったことだ。ボールの下部を打たされたのは変わらないが、若干捉えた打球だった。
しかしながら、これで由真が出塁した。
盗塁も狙え、エンドランもかけられる。
エンドランは、打席に入る七海に当たりが出ていないため、リスクは高いが、仕掛けるという意味では有効な手段のため、悩んでしまう。
そして、吉高の肩と由真の足、どちらが勝るのかはまったくもって予想がつかない。
アウトを献上するつもりで仕掛けるのも、得点に繋がるための賭けかもしれない。
ただ、無理をする場面かと言えばそうでもない。
リードをしている場面でもあり、七海の次の打者は夜空だ。
もちろん盗塁をしてチャンスを広げることも手ではあるが、ランナーがいる状態で確実に夜空に回した方が得点に結びつく可能性が高いだろう。
ただ、もし盗塁失敗で七海も凡退となれば、次の回は夜空から始まる。
夜空、珠姫と続く打線は得点の可能性が高いため、それも悪くないとは思うが、二人が得点に結びつかずに出塁しただけであれば、後続が続くかはわからないことだ。
それならば、チャンスを広げられなくとも、今出ているランナーを確実に残しておくべきだ。
七海が出塁すれば、チャンスで夜空という場面も期待できる。
巧は七海に自由に打てとサインを送った。
七海の打席は初球、ストレートから始まった。
「ストライク!」
やや甘めだが、確実に入れていった外角高めの球。
打ちやすいところではあるが、七海は慎重になっていた。
ゲッツーは避けたいが、ここは最悪でも進塁打と考えているのかもしれない。甘めの高めの球に手を出さなかったということは、ライナーやフライを嫌ったのだと予想できる。それと、初球ということもあって警戒していたこともあるだろう。
二球目、これもやや甘い。
内角高めのストライクゾーンギリギリいっぱいから確実に入れてくる高速スライダーだ。
これにも七海は反応しない。
白雪と由真の打席を見る限り、二人は甘い球を振らされている。
安易に甘い餌に飛びつくことがないように、七海はじっくりと見極めているのだろう。
ただ、そればかりでは打席が終わってしまう。
ツーストライクと簡単に追い込まれた状況では、明らかなボール球以外は振っていかないといけない。
三球目はスプリット。しかし、空振りを狙うような低めに落としてくるものではなく、高めのボールゾーンからストライクゾーンに入れようとする球だ。
際どい球に、七海は流石に無視できない。
七海のバットはスプリットを捉えようとするが、ミスショットとなる。
僅かにボールの下を叩いたため、打球はバックネットに当たるだけのファウルだ。
……もしかしたらミスショットではないかもしれない。
初球からそうだが、高めの球に手を出そうとはしなかった。ただ、追い込まれた状況のため、手を出さざるを得なかっただけかもしれない。
そうなれば、七海は低めを狙っていると考えられる。恐らくそれは進塁打を狙いながら、あわよくばヒットを狙うためだろう。
高めが続いており、いつ低めが来るのかわからない。
そして、速い球も続いている。緩い球でタイミングを外そうとするかもしれない。
しかも、相手バッテリーからすると、ボールカウントが一つもないまま追い込んでいる圧倒的に有利な状況だ。まだまだカウントには余裕がある。
どんな球が来るのかまるで読み切れない。
来た球に反応するか、当てずっぽうでも狙い球を絞って振るか。
そんな四球目。
七海は鋭い打球を放った。
「サード!」
タイミングが早く、引っ張った打球は三塁線ギリギリへの当たり。
そんな打球にサードの本堂は飛びついた。
低く鋭い打球だが、ライナー性の当たりだ。
ファーストランナーの由真は迂闊には動けない。
ダイレクトキャッチするか、ワンバウンドするか、際どい打球。
その打球を……本堂のグラブは弾いた。
「フェア!」
弾いた打球は一度高く上がった後、本堂の真後ろを転々と転がった。
打球はグラブに当たったことで勢いが殺され、外野までは転がらない。
本堂は起き上がると、すぐに打球を処理した。
しかし、どこにも投げられない。
すでに由真は二塁へ、七海は一塁へと到達している。オールセーフだ。
そして記録は、ヒットとなっている。これで打ち取られた当たりながら、二連打でワンアウトランナー一、二塁となった。
グラブで弾いたのにエラーはつかなかった。それは、そもそも止めるだけで精一杯な打球だったこと、打球がベースに当たってイレギュラーしたからと予想する。
本堂は打球に追いついていたし、問題なくワンバウンドしていれば捕球していただろう。動きは良かった。
ただ、それはベースに阻まれたというだけだ。
そして、そんな打球を放った七海も、しっかりとバットを振り切った結果だった。
外角低めの球に、しっかりと食らいついた。
待っていた低めの球を、待ち望んだ球を七海は見事に打ち返した。
ただ、本来打ちたかったのは一、二塁間だろう。
進塁打を打つといつ点に置いて適している。
しかし、早く振りすぎてしまった。これは球種がチェンジアップだったからだ。
それでもフェアゾーンに入っているくらいだから、極端に早すぎたというわけでもない。速い球を狙っていれば打てないか、良くてもファウルとなるだろう。
しっかりとバットを振り切れたということは、ある程度タイミングが合っていたということになる。
それは恐らく、速い球と遅い球の中間のタイミングで待っていたと予想できる。
速い球よりも遅い、遅い球よりも速いタイミングで待てば、タイミングが外れようともある程度合わせることができる。
七海はそんなバッティングをやってのけた。
そしてチャンスを作ることができ、クリーンナップへと入っていく打順だ。
得点にも期待ができる。
リードがあるとはいえ、三点差。しかも前の回に二点を奪われて点差を縮められている。
何が起こるのかわからない。掴めるチャンスは掴みたい。
さらに突き放すことができるのか。
それは夜空のバットにかかっていた。
試合も終盤近いですが、まだ展開に悩んでいます……。
最後までどうなるのか、楽しみにしながら読んでいただけると幸いです!
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