第124話 ぶつかり合う視線 vs伊賀皇桜学園
「すいません、タイムお願いします」
連打を浴び、伊澄の状態を確認するためと、一つ気になったことがあるため、私はマウンドに向かった。
「まだ余裕ある?」
私はミットで口元を隠しながら、伊澄に尋ねた。これはただ相手に会話を推測されないためだ。
伊澄も同じく、グローブを口元に当てながら、返事をした。
「余裕」
そう返答し、ポーカーフェイスのままの伊澄だけど、少し息が荒いように感じる。
まだ大丈夫だろうけど、疲れは出始めているようだ。
「光さん、巧くんの隣に行ったけど、なんだと思う?」
「さあ? どこかで交代するんじゃない?」
伝令であれば、すぐに出てくるだろう。しかし、光さんは伝令に出る様子がない。
どこかで交代するタイミングを伺っているように思える。
ただ、外野にミスはない。気が抜けているわけでもない。内野もそうだ。
そうなれば、疲れ始めた伊澄か、私を交代させるということしか考えられない。
しかし、伊澄はフルイニング出場予定だ。つまり、交代の対象は私だ。
「……私、ダメなところあったかな?」
思い当たる節がない。
打席でも打った。
確かに連打を浴びているが、打たれるのはキャッチャーだけの責任ではない。
もちろん私のリードで打たれているのもあるけど、しっかりとコースを突きながら、序盤ではあまり投げてこなかった変化球も解禁した。
打たれたのは相手が一枚上手だった。
私はそう考えていた。
しかし、伊澄は少し言いづらそうにしながら、口を開く。
「……気付いてないの?」
伊澄は思い当たる節があったようだ。
「教えてほしい」
これは聞くべきだ。
タイムという時間のない中、私には悩んでいる時間はなかった。
伊澄は、「作戦かもしれないけど……、」と前置きをした後、言葉を続けた。
「低めが多い。いや、低めしかなかった」
そう言われて私は一瞬で理解した。
自分が守りに入りすぎていたということを。
「ありがと」
そう言って、私はマウンドを後にした。
連打を浴びて流石に応えたのか、司がマウンドへと向かった。今後の配球の方針をすり合わせるためだろう。
それが終わり、司が守備位置に戻ると、七番の太田が打席に入る。
ワンアウトランナー一、三塁。ゲッツーを狙える場面ではあるが、外野フライやゲッツー崩れでは一点が入る場面だ。
まずは初球、外角低めのパワーカーブでストライクを取りにいった。
決め球にもなり得る球を初球に投げ、ストライクカウントを取りにいく。それだけで先ほどまでのリードと変わっているように感じる。
そして二球目で、その感じたことが間違いではないと確信した。
内角高めのストレート。内外だけではなく、高低を使った対極の球に、太田のバットは空を切った。
「ストライク!」
巧は安堵し、隣にいる光に声をかけた。
「どこかで代走に出すかもしれないから、準備だけはしておいてくれ」
「え、本当? 了解!」
巧の言葉を聞き、光は嬉しそうに声を上げた。
試合に出たいという気持ちはみんな同じだ。チャンスも機会もあれば出す。
全員の力が、今の明鈴には必要だ。
司の交代は考えていない。
先ほどまでのリードを続けるのであれば考えようと思っていたが、その心配は一切なくなった。
三球目でも、司は強気なリードを見せた。
高めのチェンジカーブ。
その球に太田はタイミングを外されながら、ただ当てるだけだ。ファウルとなり、打球は音を立てながらバックネットに当たる。
打たれれば長打となる高めの球だ。
しかし、打たれることは嫌って、ボール球覚悟でコースギリギリを狙っていた。
これで良い。
カウントが悪い状況でボール球覚悟となれば、状況を悪化させるだけだ。ただ、今回は追い込んだ有利な状況だった。
それを考えれば、一球外したところで問題ない。
痛打はされないようにタイミングを外し、あわよくば凡打をさせる。
凡打をさせようとするために打たれていた、先ほどまでとは大違いだ。
そして四球目、高め高めと続いて今度は低めだ。
その球に太田のバットは快音を響かせる。
しかし打球はファースト正面への強い打球。
スタートの早かったサードランナーの柳生はホームに突っ込んでくる。
タイミングとしては際どいところだが、セーフとなればランナー一、二塁だ。
ゲッツーも狙えるが、ゲッツー崩れとなれば一点が追加される。
ここで司が選択したのは……、
「ボールセカンド!」
ゲッツー狙いだ。
司の指示を聞くと、珠姫は身体を回転させて二塁の白雪へと送球する。
「アウト!」
ここは余裕でアウトだ。
そして白雪は一塁ベースカバーに入った夜空へと送球した。
判定は……、
「セーフ! セーフ!」
際どい判定。しかし、セーフの判定だ。
この間に柳生はホームに生還し、一点を返された。
これで和氣のホームランと合わせたこの回に二点。スコアボードは三対六と表示された。
残念ではあるが、これで良い。最悪なのは、一つもアウトを取れずに点を取られることだ。
そして、ツーアウトランナー一塁となったこの状況。長打か連打がなければ得点にはならないこの場面で打席に入るのは、八番ピッチャー竜崎流花だ。
代打が送られずに竜崎は打席へと入る。
皇桜には打撃が良い選手である、溝脇、園田、万代、光本が控えている。
竜崎の経験のためという可能性も否定できないが、負けている皇桜がそれだけのために代打を送らないとは考えにくい。
つまり、次の回も竜崎は続投する可能性が高いということだ。
その竜崎が打席に入ると、グラウンドの空気が変わった。
二人の視線がぶつかり合う。
伊澄と竜崎、無名校と強豪校に所属する二人は、つい一年前までは強豪シニアと弱小シニアで全く逆の立場だった。
しかし、その二人がこうして意識し合い、対峙している。
これはもう、ライバル関係と言っても良いかもしれない。
そして投打お互いに二回ずつ、これで四回目の対決の初球はゆったりと始まった。
外角低めを丁寧に突くスローカーブに、竜崎のバットは動かない。
「……ストライク!」
初球から振り抜くにはリスクの高い球に、竜崎は手を出さなかった。
お互いに勝ちたいからこそ、伊澄は打ちにくい球を投げ、竜崎は打てない球には手を出さない。
真っ向勝負は、何も打てる球を投げて、全部打たなければならないわけではないのだから。
そして二球目。
「ボール!」
逃げるスラーブは外角低めへ。際どいながらも、竜崎は手を出さない。
何かを待っているというよりも、確実に決めていくという意思が強いのだろう。
そして、伊澄の投じた三球目は地を這うような球だ。
その球に、ついに竜崎のバットは動く。
「ファウルボール!」
打球はバットの先に当たっただけのファウルだ。
二球目とほとんどコースに投じたスラーブ。同じコースではあるが、竜崎がバットを振ったということは打てると判断したのだろう。
少しだけストライクゾーンに入った球。恐らくボール一個分……いや半個分程度の差だろう。
その球に手を出す竜崎もだが、ほとんど変わらないコースに同じ球を投げ込んだ伊澄も流石だ。
しかし、これでワンボールツーストライク。伊澄としては追い込んだおり、カウントにも余裕がある。
そして、竜崎としては追い込まれており、際どい球には手を出していかないといけない。
決め球で一気に勝負にケリをつけることも、ボール球で一回牽制して間を挟むことも、どのようにも戦える四球目、伊澄が選択したのは……、
勝負だ。
竜崎の内角高めに速い球が襲いかかる。
そして、竜崎のバットは心地の良い金属を奏でた。
しかし……、打球は前へと飛ばない。
バックネットに直撃しながら音を立てて落ちる。
タイミングはほぼ完璧。ただボールの下を叩きすぎたために前に飛ばなかった。
ここで巧は、竜崎の恐ろしさを実感した。
低めの球が続き、変化球が続いていた。しかも外角ばかりだ。
それでも竜崎は反応して、合わせてきた。
それも、変化球が続いてストレートが欲しい場面であえて投じたパワーカーブにだ。
対極のコースの上、打ちにくいパワーカーブに、竜崎は合わせてきた。
狙っていたのか、来た球に手を出しただけなのかどちらかはわからない。
パワーカーブを狙ったにしたら、球種を読めるだけでも驚くべきことだ。
来た球に反応しただけであったとしても、それは対極で鋭く変化するパワーカーブについていけるだけの反射神経があるということだ。
どちらにせよ、簡単にできることではない。
決めにいった球を凌がれてしまった。もう一度勝負に出ても良いが、流石にここは一拍置く。あわよくば振ってくれれば良いと言わんばかりに際どい外角低めにパワーカーブを投げ込んだが、これは外れてボールだ。
一度仕留めに行ったパワーカーブはもう通用しないと踏んだのだろう。決め球を見せ球に使う。
ツーボールツーストライクとなったため、これ以上ボール球を投げれば状況は悪くなる。
ここは勝負球だ。
どこに投げるか。
外角低めは見せに行くために投げているため、ないだろう。
となれば、他のコースを突く球となる。
ストレートはまだこの打席で投げていない。
勝負球として取って置いているのであれば、四球目に使ってもおかしくない。
ただ、使わなかったということは、力です押す戦い方ではなく、バットを躱す戦い方を徹底するということだろうか。
巧であれば、この状況では内角低めか、外角高めにストレートを投げ込みたいところだ。
外角低めは今まで多投しているため勝負しづらいそして内角高めは先ほど決めに行って失敗しているからだ。
ただ、ストレートを捨てているのであれば、変化球……内角低めか外角高めだと巧は予想する。
そして六球目。
巧の予想は見事に外れた。
セットポジションから放たれた六球目、伊澄の放った球は、抜いた球だ。
そしてコースは……外角低め。
攻め続けている外角低め。だからこそ警戒は薄くなっている。
それに加えて緊迫したこの状況を気が抜けるような抜いたチェンジカーブに、竜崎のバットは早く反応してしまう。
タイミングは合っていない。竜崎は完全に体勢を崩されていた。
確実に打てない。
それでも竜崎はまだ諦めていなかった。
かろうじてチェンジカーブをバットに当て、転がした。
「ファウルボール!」
当てただけのバッティング。完全に体重が乗っていない、手だけで当てた打球は弱々しい。
しかし、確実に空振りになるであろう状況で、竜崎はバットに当てたのだ。
一瞬の出来事で完璧には把握できていない。
ただ、タイミングが外されたと直感した瞬間にバットを止め、空振りとなることを防いだということだけは分かった。
そして、これはあくまでも予想だが、バットに力のこもっていない状況ではどこに飛ぶかわからないため、当たる瞬間に押し込んだのだろう。
止まったバットにボールが当たるというのは、バントにも近い状態だが、バントの場合は力負けしないようにバットのグリップだけでなく、芯付近を支えて当てる。
それでも思った方向にいかないのに、グリップだけを持った状態で当たれば、ボールの勢いに押し負けるだろう。
しかも、ハーフスイングのように、バットに力が残った状態でもなく、完全にバットを止めているためなおさらだ。
これは巧の推測のため確実とは言えないが、それでもタイミングを崩された状態でもファウルにして凌ぐという咄嗟の判断ができた竜崎は、投手としてだけでなく、打者としてと相当の力を持っていると考えられる。
「司よりも打撃上手かったみたいだしな……」
司はまだまだ粗いとはいえ、一年生の中でも相当のバットコントロールを持っている。
経験値では伊澄、当てる上手さは陽依、打ち分ける技術は白雪だが、当てる上手さと打ち分ける技術の二番目の位置にいるのは司かもしれないと、巧は考えている。
その司よりも打撃が良いのであれば、このファウルで凌いだというのは偶然ではなく、意識的にか直感的にやって除けたことだろう。
そして、ここを凌がれたことによって、伊澄は苦しくなったはずだ。
リードをしている司もだ。
決め球であるパワーカーブを凌がれ、その対極であるチェンジカーブで決めに行っても凌がれる。
選択肢の幅がかなり狭くなってしまった。
巧は嫌な予感がしているが、伊澄と司は不思議と焦った様子はなかった。
……まだ何か隠しているのか?
不安がよぎりながらも、期待はしてしまう。
司は巧が思いもよらないリードをやってのけるから。
七球目。
サインを何度か交わし、伊澄が頷く。
セットポジションから投球動作へ。
左脚を軽く上げながら、すぐにスライドするような滑らかな動作。
踏み込んだ後に右腕は高く上がり、やがて肘、腕、手首、そしてその細い指先で握られた白球と、徐々に見えてくる。
そして伊澄の指先から、名残惜しく白球は放たれた。
それと同時に竜崎も白球を待ち構え、足を踏み込んだ。
1秒足らずの決着だ。
心地の良い音が響く。
それは軽快な金属音……ではなく、革を叩く乾いた音だった。
「……ストライク! バッターアウト!」
その瞬間、歓声が響き渡った。
伊澄の投じたラストボール。
それは、109キロを計測した、外角高めのストレートだった。
伊澄と流花の対決でした!
ライバルっていいですよね。
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