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第123話 エースの弱点 vs伊賀皇桜学園

 バックスクリーンに表示された『1』の数字が重くのしかかる。

 高めのボール球。失投ではあるが、ボール球を完璧に捉えられた完璧な一撃だった。


 和氣のホームランによって一点を返されたが、それでもまだスコアは二対六だ。四点ものリードがある。


 それでも、巧は動揺を隠せない。


 ホームランの一撃は、ただ一点を追加するという以外にも大きな力を持つ。


 ホームランは、ピッチャーが完敗したという証明だ。

 もちろん偶然ということもあるが、和氣のこの打撃に関して言えば、打たれるべくして打たれたものだ。


 高めの失投を狙われた。

 伊澄はコントロールの良い投手で、失投はあまり多くない。多少のコントロールのズレは生じるとはいえ、平均的に見れば確実に良いと言える。


 そのコントロールは間違いなく伊澄の強みだ。そしてそのコントロールとともに、複数のカーブを持ち合わせているため、それは相手に的を絞らせないという大きな武器でもある。


 一見完璧にも近い伊澄の強みは、弱点を隠すものでもあった。そして、疲れが出始めたこの場面で、その弱点が露呈していた。




 五番の柳生が打席に入る。


 ホームランを打たれてからの初球、ここは大事にいきたい。そう考えていると、司が選択した初球は、外角へ外したボール球だった。


 柳生はその球を平然と見送った。


 伊澄の弱点の一つ、それは変化球の種類だ。

 伊澄は七色のカーブを扱う。そのカーブは七色のカーブと言うだけあって、変化量に違いがある。そしてスラーブのように横方向に滑りながら曲がる変化したり、ドロップカーブのように縦方向に割れながら曲がる変化するように、多少の方向は変わる。

 しかし、右打者からすれば外角、左打者からすれば内角へ外れていれば、ストライクゾーンへと変化しないことが確定する。

 そのため、今の柳生のように自信を持って見送ることができる。


 ただ、伊澄の変化球の完成度は高い。

 もちろんそれは、強打者相手にも通用すると言うことだ。

 しかし、逆に言えば伊澄の限界値が近いということだ。

 そのため、相性の悪い相手やさらにレベルの高い選手に勝ることは難しい。

 相手が成長していく中で、伊澄は大きな成長ができない。完成度が高いがために、下手に改良しようと考えても、改悪となる結果になる可能性を考えると、手の施し方がわからないのだ。


 これはわかっていたことだ。

 少なくとも入学からこの大会までの短い期間で賭けに出れば失敗する確率は高い。対策を講じることは、公式戦のない冬の時期に伊澄と相談しながらと考えていた。


 しかし、弱点はそれだけでない。もう一つ大きな弱点があった。


 伊澄は二球目を投じるが、外角低めへのスラーブを痛打される。

 打球は右中間を破り、綺麗なツーベースヒットとなる。


 先ほどの和氣のホームラン、そしてこの柳生のツーベースは、伊澄の弱点を突かれた結果だ。


 伊澄はコントロールが良く、変化球が多彩だ。

 しかし、体格は良いとは言えず、球威のある球が投げられない。


 もちろん全力のストレートであれば、それなりの球威を誇るが、和氣のような強打者を相手にすれば、力で押し勝つ可能性は低い。

 そのため、ストレートだろうと変化球だろうと、完璧に捉えられれば、痛打となってしまう。そして、元々球威としても押し負けており、その上失投となった、完全なる打ち頃の球を和氣に打たれてしまった。


 伊澄は痛打される可能性を出来るだけ下げるために、躱しながら打ち取るという今のような投球スタイルを確立したのだ。


 弱点を埋めるため伊澄は努力を続けた。

 その結果、中学生の日本代表にまで選ばれる程にまでなったと考えると、どれだけの努力を重ねれば良いのか、巧にはわからない。


 避けるということは、打たれないために逃げるということでもある。ただ、その逃げるというのも、立派な戦い方の一つだ。

 そして、逃げのピッチングスタイルが完成度高く確立しているということは、さらに上のレベルを目指すための課題として、球威で押すピッチングスタイルを身につけるという明らかにわかりやすい目標が目に見えていた。


 もちろん、そんなスタイルは一朝一夕で身に付けることはできず、ましてやこの試合中にいきなり出来るなんてことはない。

 ごく稀に試合中の急成長はあるが、それは潜在的にその力を発揮する能力があるということ。


 今の伊澄には、球威のある……120キロのストレートは到底投げられないし、投げれたとしても身体の方が耐えられるとは到底思えない。


 現状の能力で戦うしかないのだ。




 六番の本堂が打席に入る。

 本堂の一打席目は、力で押し切った結果となっていた。そのため、本堂に対しては力で押すピッチングができるが、それは全力投球での話だ。

 伊澄にとって力のある球は体力の消耗が激しい。多投はできないため、最初は躱しつつ、決め球で全力投球が理想だ。


 巧がそう考えながら迎えた初球、ワンアウトではあるがランナー二塁と打たれたくない場面のため、際どい内角低めへ食い込むスラーブだ。


「……ボール」


 惜しくもその球はコースを外れる。

 本堂としても、チャンスのこの場面であえて難しい球を打つ必要はない。ストライクだろうとボールだろうと、見送るつもりだったのだろう。バットは僅かに動いただけだった。


 ストライクは取りたいが、甘い球は投げたくない。

 確実にストライクを取るため、伊澄は選択した二球目を投じる。


 コースは外角。ただ、低めというのには少し高い。

 その球に本堂はバットを振り抜いた。


「ストライク!」


 本堂のバットは空を切った。


 選択したのはパワーカーブ。球速自体はストライクを取りにいった緩めのストレートとさほど変わらないため、誤認したのだろう。

 球はバットから逃げるようにして急激に変化した。


 ここまであまり投げてこなかったパワーカーブ。それは勝負どころで使いたかったのだろう。

 そして投げないことで希少性が増し、狙いづらくなる。狙ったところでそもそも投げてこなかったら、バッターとしても選択肢から外さざるを得ない。


 そして、選択肢から外すということは必然と警戒が薄くなるため、今回のように空振りとなるか、僅かに当たるだけの凡打となる。


 ただ、攻め方も単調となり始めている。ストライクを確実に取りにいくためとはいえ、今の状況で投げたということは、今後もパワーカーブの球数は増えていくだろう。


 そして三球目、今度はゆったりとした軌道を描きながら、大きな変化をするカーブを投じる。


 しかし、その球は低めに外れてボールだ。

 大きなカーブ。緊迫した場面ではタイミングも位置も外す武器となるが、見送っても大丈夫というこの状況で投じたのは、一つのミスとも言えるかもしれない。


 慎重にいきたい四球目、今度は内角低めへの変化球だ。

 本堂はその球を上手く引っ張った。


「セカンド!」


 一、二塁間際どいところ。セカンドの夜空が飛びつくが、そのグラブは打球に追いつかない。


 綺麗に一、二塁間を割った打球は、ライト前に転がる。

 ランナー二塁で外野は前進守備だったため、セカンドランナーの柳生は三塁で止まる。しかし、これでワンアウトランナー一、三塁だ。


 三連打。思うようにアウトカウントが増えない。


 本堂が打ったのはただのカーブだ。

 普通のカーブは少し球数が減っている。それでも狙い叩かれたのは、単調になりすぎている証拠だ。


 ストレート、スラーブ、ドロップカーブを中心に組み立てており、通常カーブは球数が減っていた。

 そして、この回からチェンジカーブを投げ始め、先ほどからあまり投げていなかった大きいカーブとパワーカーブを投げ出した。

 そうなれば、残りは通常カーブかスローカーブだけだ。どちらにしても緩めの球なので、投げてからでも本堂は対応できたということだ。


 意表を突こうとした結果、逆にそれを読まれている。

 慎重にいくべきではあるが、消極的になり過ぎている。


 リードが広がったため、それを守ろうとするあまり、打たれても致命傷になりにくい低めに、司は集めている。

 

 そして際どい内角か外角だ。

 それ自体は悪いことではない。


 しかし、いくら変化球を投げたとしても、内角低めもしくは外角低めに来るとわかっていれば、対応の仕方はいくらでもある。


 いつもは独特の攻めのリードをする司が、守りに入りすぎていて逆に守れていない。


 ……ここは一つ、プレッシャーをかけておくべきかもしれない。


「光、ちょっといいか?」


「ん? どうしたの?」


 少し離れた位置にいた光を呼び出し、隣に座らせた。


 試合に集中していて、どれだけベンチを見ていなかったとしても、連打が続いたこの場面ではベンチの動きが気になるだろう。

 選手の交代の可能性もあるから。

 もしくは、伝令だってある。

 どちらにしても、光を呼んだことによって、その可能性を考える可能性が高い。


「ちょっとプレッシャーをかけるために、ここに座っててくれないか?」


「なんかわからないけど了解!」


 光は特に何も考えていない様子で、巧の隣に座りながら試合へと視線を戻した。


 一度目の伝令で、光がグラウンドに行った後、選手たちの気持ちが引き締まった。

 何を言ったのか光は教えてくれなかったが、そんな光が巧の隣にいるとなれば、選手の緊張感も増すだろう。


 どれだけ効果があるかはわからない。

 ただ、これに気付けば何も思わないはずがない。


 そうして、七番の太田が打席を迎えた。

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