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第119話 広がるチャンスと迎える打席 vs伊賀皇桜学園

 ワンアウトランナー一、二塁。この場面で打席に入るのは亜澄。


 ヒット一本が長打にもなり得る亜澄であれば、一気に二点を追加することも期待できる。かと言って過度な期待をすればその分落胆も大きくなるため、ここはヒットを打っている後ろの伊澄へと繋がる打撃を期待するだけだ。


 ヒットを二本続けて打たれ、ピンチの状況になった皇桜はたまらず伝令を送った。竜崎はいたって冷静には見えるが、一旦悪い流れを断ち切るために時間を使いたいのだろう。


 そんな中、美雪先生は雑談混じりに疑問を投げかけてきた。


「巧くん、戦況はどう感じてる?」


 戦況と言われても、それは人によって感じ方が多少変わってくるものだ。巧は少し悩んだ後に答えた。


「七回制ということを考えると、もう折り返しに差し掛かってはいますけど……正直俺が思うに、若干有利程度ですね」


 巧は正直な考察を述べる。意外に何も起こらないまま終わっていくなんてこともあるが、そんなことはごく稀だろう。そのため、何も起こらないまま終わればという可能性を考えれば、若干有利というのが巧の考えだった。


「この状況で大きく点差が動くなんてことがあれば、明鈴からすると勝利がグッと近づきますね」


 今はたった一点差だ。しかし、あと一点……ではやや心許ないが、二、三点あればかなり有利な状況に傾く。


 もちろん、最後のアウトが決まるまでは試合がどうなるかはわからないが、それでも三、四点差となれば、皇桜がランナーを溜めた上で連打か、ホームランが一発でなければ戦況はひっくり返らない。


 それを考えると、このチャンスを掴むかどうかが鍵となる。


 ただ一つ、懸念材料があった。


「二回の攻撃で、チャンスを作りながら二点で終わりました。逆転したと考えれば大きいですけど、連打を途中で止められた形になったので、うちはイマイチ流れに乗り切れてない気がしますね」


 皇桜の一点は、ヒット一本とエラーが絡んだだけで、小さなチャンスをモノにしていた。しかし明鈴は、相手のミス……フィルダースチョイスもあり、その上ヒット三本とフォアボールが一つあったにも関わらず、たった二点しかモノにできていない。


 これは流れを明鈴が掴みきれていない証拠だった。


「今ひとつ、物足りないと?」


「そういうことです」


 巧がそう答えると、ちょうど伝令が終わり、各選手ポジションに戻っているところだった。


 自然と巧と美雪先生の視線は、打席に入る亜澄へと注がれた。


 一度時間を空けたからか、相手の守備は珠姫の打席の時に比べて固さが抜けている。皇桜からすると明鈴は、いくら格下とはいえ珠姫が要注意人物ということには変わりない。その珠姫が打席に入っていたことで、知らず知らずのうちに緊張もしていたのかもしれない。


 ただ、今の皇桜はいつも通りだ。大きなミスはもちろん、一歩目の若干の出遅れにだって期待できない。


 実力でこのチャンスを掴み取るしかない。


 そして、実力でこのピンチを切り抜けなければいけないのは皇桜も一緒だ。竜崎がセットポジションから放つ初球、内角へのストレートだ。亜澄はこれには手が出ない。


「ストライク!」


 内角高めいっぱい。打たれれば怖いコースに怖気付くこともなく、竜崎は強気のストレートを放った。


 二球目、今度は高低差と内外角を目一杯使った地を這うような高速スライダーに、亜澄は当てるだけで精一杯で、ファウルとなった。


 淡々と追い込んだ後、どのような配球をするのかは自由自在だ。亜澄は様々な可能性を考えながら、戦わなくてはならない。


 そんな三球目。竜崎が放つのは、高めの球だ。


 三球勝負ではない。亜澄はそう思い、ベンチで見守る巧でさえもそう思った。


 しかし……、


「ストライク! バッターアウト!」


 その考えがこの一球で否定された。


 スプリット、高めのボールゾーンからストライクゾーンへと変化する球で見逃し三振を奪われた。


 高めの変化球はおおよそがすっぽ抜けた棒球だ。そうでなくとも、落ちる変化球というのは重力を利用することもあって、高めだと変化しにくい。


 その打ちごろにもなり得る高めのスプリットを上手く使い、ただの釣り球だと思わせられた結果、亜澄は見逃してしまった。


 ただただ、竜崎のピッチングに圧倒されてしまう。


 しかし、ここで打席に入るのは、そんな竜崎に特に対抗心を燃やしている一人だ。


『六番ピッチャー、瀬川伊澄さん』


 コールされた伊澄がゆっくりと打席に入る。まるでマウンド上に立っているかのような威圧感を、バッターボックス内でも放つ伊澄。それは打撃も投球も、ノっているという証拠でもあった。


 初球から伊澄は積極的に振っていく。


 内角の膝付近からストライクゾーンへと向かう高速スライダーを、伊澄はしっかりと捉える。


 ただ、そんな際どく難しいコースを打ったとしても、打球は素直に飛ぶはずもなく、三塁線を大きく割るファウルボールだ。


 初球から何故こんな球を狙ったのかはわからないが、積極的に振っていくことによって、プレッシャーを与えようということなのだろう、と巧は予想した。


 ツーアウトのため、繋げれなければこのチャンスは伊澄で終わってしまう。


 ピッチャーの竜崎からすれば、ピンチの状況で打たれたくはない。ただ、フォアボールを出したところで、満塁になるだけだ。際どいコースで勝負しても、確実に失点に繋がるわけではない。


 その点を考えると、まだ気持ちとして余裕のある竜崎の方が有利だ。伊澄は厳しいコースでも、見逃して追い込まれてしまえばあとは竜崎の思うがままとなる。


 このチャンスを掴むため、伊澄は勝負を仕掛けていた。


 二球目、今度も厳しいコースだ。外角低めのストレートは、これも見分けがつかない際どいところ。そんなところに竜崎は積極的に投げ込んだ。


「……ボール」


 際どいコースながら、伊澄は悠然と見送った。


 審判も迷うようなギリギリのコースを、ボール球だと断定して自信を持って伊澄は見送っている。


 ……審判の癖も見切っているのか?


 そんなことを思わせられるような選球眼に、巧は脱帽せざるを得ない。


 三球目、今度は外角に滑るような高速スライダーだ。伊澄はまたもこれを見切り、ボールとなる。


 これでカウントを有利に持ち返した。


 ツーボールワンストライクのカウントで、竜崎は伊澄の出塁を許しても、まだ次の司と勝負ができる。とはいえ、打ち取れるのであればわざわざ出塁させる理由もなく、さらに厳しいコースへの精度を上げる。


 四球目、ストレートとほとんど変わらない投球フォームから繰り出されたのは、内角低めの際どいコースへと置くようなゆったりとした球……チェンジアップだ。


 その球に伊澄のバットは反応するが、タイミングを外され、思うように振れずにバットは回らない。


「ストライクッ!」


 有利だったはずが、たった一級の最高の球で追い込まれた。ただ、伊澄も簡単には終われない。


 五球目の外角へ逃げる高速スライダーをファウルにして凌ぎ、六球目の内角高めへの力で押し切るストレートもなんとか当てて持ち堪えた。


 甘い球は一切投げない。多少の制球の狂いは、気迫で押し切っている投球だ。


 そして七球目。外角への力強い球が、竜崎の指先から放たれた。


「……ボール」


 高めに僅かに外れた球を、伊澄は見送った。


 フルカウント。この一球で勝負が決まる。


 ファウルで決着を先延ばしにするという選択肢が伊澄にはあるため、その点を考えると伊澄の方が優勢とも言える。


 ただ、お互いに一歩も譲るつもりもなく、睨み合っている。


 そんなラストボール。


 セットポジションから竜崎は投球動作に入る。


 ツーアウトのフルカウントのため、どのような結果になってもランナーは進まざるを得ない。夜空と珠姫は自動スタートだ。


 竜崎の放った球は外角低め、やや低いか。しかし、伊澄は惜しげもなくバットを振った。


 そして……、


 スプリットだ。鋭く落ちるスプリットはベース付近でワンバウンドし、伊澄のバットは空を切る。


 三振。誰もがそう思っただろう。


「伊澄! 走れ!」


 キャッチャーの鬼頭はそのスプリットを後逸した。転々とする白球は、バックネットまで到達する。


 しかし、瞬時に本塁のベースカバーに入った竜崎と、後逸してすぐに鬼頭は反応してボールを処理したため、スタートしていたセカンドランナーであった夜空は三塁を回ったところで止まる。


 そして、鬼頭は一塁にも二塁にも送球できず、オールセーフだ。


 これでツーアウトながら満塁。たった一つのアウトでチャンスは崩壊し、たった一本のヒットでこの試合をさらに有利に進めることができるかもしれない。


 そんな緊迫した場面。


 この場面、この状況、今ここで打席に入るのは……、


『七番キャッチャー、神崎司さん』


 試合を司る、明鈴高校の正捕手だ。

チャンスが広がり、元相棒対決が始まります!

考えていた方向から若干逸れてきて、キャラクターって本当に勝手に動くんだなと実感しています……。


私ごとですが、応募していたとある大賞が、2次選考で落ちてしましました。

まだまだ実力もありませんでしたが、やはり本気でやっているため、悔しさがあります。

ただ、今後も本作を大切にしていきたいと思いますので、執筆活動に精進していこうと思います!

落ち込んでいるので、更新頻度が落ちたらすいません……。


【作者からのお願い】

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