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第117話 流れを変える一球 vs伊賀皇桜学園

 三回表、二対一。逆転したことで優勢にも見えるが、絶好のチャンスを抑えられたことで皇桜に流れが向きかけているという状況でもあった。


 そして、九番の鬼頭から皇桜の打順は始まる。下位打線と考えれば明鈴としてはいいようにも思えるが、すぐに一番に回る打順のため、気の抜ける打順ではなかった。


 鬼頭が打席に入り、伊澄と対峙する。


 チームの流れとしては微妙かもしれないが、伊澄は打席で同点となるタイムリーヒットを放っている。気持ちとしては上々だろう。


 初球から気持ちの乗った球を放つ。鬼頭のバットは、食い込むスラーブに空を切った。


 伊澄からは圧倒的な気迫を感じる。そんな二球目、ただのストレートだ。そんな球に鬼頭はついていけていない。タイミングが外れたのか、バットはまたもや空を切った。


 二球で追い込んでからの三球目、ワインドアップから伊澄が放ったのは、やや高めに浮いた球だ。ただ、これはバッターの手前で一気に変化する。


 縦に大きく割れるドロップカーブだ。すでに鬼頭のバットは動いているが、ただただ空振りだけでは終わらない。


 鬼頭のバットはドロップカーブを辛うじて捉える。しかし、打球はセカンドへの弱い当たりだ。セカンドの夜空は軽やかに打球を捌き、一塁へと送球した。


「アウト!」


 ボテボテの平凡なセカンドゴロだ。しかし、初球、二球目と完全にタイミングが合っていない中でもなんとか転がすことができたというのは、それだけで適応力の早さを感じられる打席だった。


 そして、ここで一番に回って早瀬が打席に入る。前の打席では三振に打ち取ったが、二巡目となるこの打席では要注意するバッターの一人とも言える。


 そんな初球、早瀬のバットはボールを捉えた。


 緩い軌道を描きながら曲がるカーブに、しっかりと待ち、引きつけてからバットを振るった。


 打球はジャストミートでピッチャー横を抜け、二遊間までも抜ける。センター前に転がるクリーンヒットとなった。


 追い込まれてからの変化球は厄介だと思ったのか、初球から狙ってきた。


 その初球打ちが功を奏し、早瀬は出塁する。


「ここでかぁ……」


 巧は苦虫を潰したような表情を浮かべた。ただランナーを出すだけなら問題ない。出したランナーが早瀬だということが問題だ。早瀬は足があるため盗塁があり、ヒット一本でもホームに還る可能性もある。


 二番の的場と三番の鳩羽を打ち取れれば良いのだが、どちらかが出塁すれば四番の和氣まで打席が回る。しかも同点になった状態でか、チャンスで、だ。


 それは避けたいところ。可能であれば的場と鳩羽を打ち取り、次の先頭打者として和氣を迎えたいところだ。


 ワンアウトランナー一塁で的場を打席に迎える。ここは一つ、流れを引き戻すためにも抑えなくてはいけない。


 初球、完全に外すわけでもない際どく力強い外角高めへのストレートだ。盗塁を警戒してのことだが、ファーストランナーの早瀬に動きはなく、投球はただ司のミットに収まるだけだ。


「……ボール」


 ストライクを狙いにいきながらも盗塁を警戒するようなボールに、審判はボールの判定を下す。


 ボール先行となるのはやや苦しいところだ。まだ初球のためカウントを取り返すことは容易ではあるが、粘られた末にフォアボールとなればさらに苦しくなるのが目に見えている。


 早い段階で決着をつけたいところ。巧はこの的場の打席でそんなことを考えていた。


 しかし、司の思惑は違った。


 二球目、伊澄が足を上げた瞬間、ファーストランナーの早瀬はスタートを切った。


「ここで盗塁……!」


 初球の外し気味のストレートであれば盗塁阻止のチャンスはあっただろう。しかし、ボール先行となった状況で、この二球目はストライクが欲しいところだ。二球続けて同じところであればチャンスはあるが、ストレートが外角高めに初球が外れたことを考えれば、二球目は低めに変化球が欲しい。


 そんな巧の考えも、この一球で司を過小評価し過ぎていたことを思い知らされた。


 外角高めのストレート、同じコースではない。さらに明らかに外したウエストボールだ。


 的場は盗塁補助のため、慌ててバットを振るが、それも目眩しにならないほど明らかに外れている。


 司は捕球と同時に送球の体勢に入り、低く、速い送球を繰り出した。


 セカンドの夜空が二塁へ入り、司の送球を受けてスライディングしてくる早瀬へとタッチした。


「アウトォ!」


 際どくもない、余裕のアウトだ。送球はワンバウンドしているが、タッチしやすい二塁より若干一塁側の低い位置にドンピシャだ。


 それだけではない。


 柔らかいキャッチング、これはまるで水色学園の小清水柚葉を見ているようだった。


 捕球から送球までの速さ、そして低く叩きつけるような送球は鳳凰寺院学園の白夜楓そのものだ。


 そして、正確な送球。野手がランナーをタッチしやすくするような、送球の勢いをそのまま利用してタッチできるようなコントロールは光陵学園の三船魁と重なる。


 常にこの送球ができているわけではない。一月前での練習試合では、片鱗を見せていたものの、やはりどこか物足りなさを感じていた。


 しかし、練習を重ね、精度を上げることによって、この場面、この状況、一番欲しいところで最高の送球を司は見せた。


 そして、刺したランナーは早瀬だ。少なくとも皇桜内で一番、県内でもトップクラスの盗塁技術を誇る選手だ。確かに盗塁は百発百中ではないため、どんな選手だろうと失敗することはある。ただ、皇桜内で一番盗塁に秀でている選手が刺されたとなれば、他の選手は容易に盗塁できる状況ではなくなった。


 それだけでも司のこの一球は大きな意味を持っていた。


 そして、流れを引き戻す大きなプレーでもあった。


「ツーアウト、ツーアウト!」


 司はさも当然かのように声かけをする。どちらかといえば、早瀬の実力を知る観客はもちろん、皇桜のベンチ内、明鈴のベンチ内もが驚きを隠せない。それどころか伊澄もポーカーフェイスの中から動揺が見え隠れしている。


 ただ平然としているのは、司だけだった。それは確実に刺せると思っていたのか、それとも当然のように見せかけて相手を警戒させて隙を見せないための行動かもしれない。


 どちらにしても、ワンアウトランナー一塁、ランナーが俊足の早瀬という状況から一転、ツーアウトランナーなしという状況へと覆した。


 カウントはワンボールワンストライク。打席状況も悪くない。ただ、ここは一つ、すんなりと終わらせたいところだ。恐らく司も同じことを考えているだろう。


 三球目は外角へ落としていくドロップカーブだ。これには流石の的場もついていくだけで精一杯のようで、一塁線を切れるファウルとなった。


 そして四球目。伊澄が振りかぶり投じた緩い球は、的場を目掛けて一直線だ。


 その球に、的場は大きくのけ反った。


 しかし……、


「ストライク! バッターアウト!」


 司の構えるミットはほぼど真ん中で止まっている。


 的場は打席内で状況を把握できていないようで、少しの間呆然とした後、やっと打席から離れた。


 一見危険球に見えた投球、それは顔面直撃のコースからほぼど真ん中まで変化する大きなカーブだった。


 何も危なくない、余裕を持って曲がり始めた球は、ゆっくりと司のミットに収まった。しかし、危険球と察知して反射的に避けようとした的場の目にはその球さえ映っていなかった。


 そもそも危険球に見えていたその球は、変化しないままだったとしても当たっていなかっただろう。


 この一球、伊澄は普段とは違い立ち位置を変えていた。いつもはピッチャープレートの三塁側に立っている伊澄は、この投球に限って一塁側から投げていた。それによって、投球が自分に向かってくるように的場は錯覚したのだ。


 司の盗塁阻止、そして伊澄の一球によって一気に流れを引き戻すことに成功した。


 これからさらに流れに乗れるかどうか、それは先頭打者、七海にかかっていた。

どこから流れが変わるのか、わからないですよね。

ピンチでもスーパープレーが飛び出したら、それだけで攻撃にも勢いがつきそうに思えます。

今回はそんな話でした。


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