第11話 境遇と経緯
ここ何話か試合をしてません!
まあ、練習が大半で試合を毎日行うわけじゃないので当たり前ですが、試合パートがないと野球小説っぽくないですね。
どちらかといえば人間関係の問題が多いですが、ただただ野球をしているだけだと物語として成立しないですし、こういった複雑な人間関係と野球の物語が『おーばー!』なので、そういったところを楽しんでいただけたらと思います。
合宿なので今後ちゃんと試合はしますよ!
合宿初日は主に部員の交流を兼ねた練習だけで終わった。明鈴以外は遠方から遠征という形で来ているため、わざわざ初日からハードな練習は行わなかったのだろう。
ただ、巧はもう少し体を動かしたかったため、夕食後に軽いジョギングと素振りをして汗を流していた。部活後だろうが構わず妹に練習に付き合わされているため、体力は有り余っている。
他にも動き足りない連中がグラウンドに出ている。
「元気だねぇ」
ちょうど素振りを終えたタイミングで声をかけてきたのは珠姫だ。彼女もジョギングを終えた様子で、額に汗を浮かべている。
「珠姫こそ」
「私は裏方が多かったからね」
珠姫は午前中のノックは参加していたが、午後のバッティング練習では少し入っただけでボール拾いや審判などほとんどは練習の補助に回っていた。
「ここぞの場面になったら使うからちゃんと準備しておけよ?」
「はーい」
中学時代のバッティングは夜空以上だ。余程鈍っていなければ控え組でも一番の打力を誇るのは間違いない。
巧が監督する前の一試合目で代打として登場しており、一打席だけだったが全く打てていなかった。それでもフリーバッティングではブランクを感じないほど相変わらずの打棒だ。
「珠姫に似た境遇でいくと、水色学園の鈴鹿明日香とかも怪我だったよな。鈴鹿は選手だけど」
鈴鹿明日香は中卒でドラフトにかかっている現一年生でもトップレベルの選手だ。中卒でプロにスカウトを受ける人は年々増加しているのだが、中卒でのプロ入りというのはあまり多くない。理由としては様々だが、甲子園に行きたいとか高校で力をつけてプロ入りしたいという人が大半だ。
毎年トップレベルの選手はスカウトから声がかかっているが、実現するのは数年に一人や二人。その中でも今の一年生でプロ入りしたのは二人。その中の一人である明日香は契約直前に怪我をして入団拒否という形で高校進学を決めている。
「今思うと結構すごいメンバーが揃ってるよな、この合宿」
明鈴は夜空や伊澄と陽依、怪我でマネージャーをしているとはいえ珠姫を含め、水色の鈴鹿明日香、光陵の琥珀のように日本代表レベルがゴロゴロいる。
「伊澄ちゃんと陽依ちゃんは一緒に野球がしたかったからっていうのと、陽依ちゃんはお姉さんが明鈴のOBらしいよ? あと陽依ちゃん、夜空ちゃんを尊敬してるのもあって明鈴にしたって言ってた」
陽依が明鈴に決めたことで伊澄が着いてきたということだ。監督をする身としてはありがたいセットだが、監督をせざるを得なくなった原因の一つでもあるため素直に喜べない。
「夜空は……まあ、大地さんかな」
「本人は絶対認めないけどそうだろうねぇ」
男子野球部の大地が強豪の明鈴を選ぶのは不思議ではない。ただ、夜空にはもっと良い進学先があったはずだ。それでも明鈴を選んだのは小学生の頃からずっと二遊間を組んでいた大地の存在が大きいだろう。
「中学の頃に、私がチームを強くして甲子園に行く、って言ってたからそれもあるんだろうけど」
むしろそれが空回りして部員と仲違いをしてしまったというのがなんとも言えない気持ちだ。
「珠姫はなんで明鈴にしたんだ?」
「巧くんと一緒の理由だよ」
巧が明鈴に進学したのは近いのと学力が自分に合っているからだ。確かに家が近所の珠姫にとっては明鈴は通いやすい学校だ。
「明日香ちゃんはちょっと話したけど、怪我の影響で強豪から声がかからなかったみたいだよ。私もそうだったけど選手生命に影響が出る怪我だと余程のことがないと一般入試で受かっても入部拒否されるかもしれないし。色々考えたら煙たがられる強豪よりも歓迎してくれる中堅校の方がお互い納得できるしね」
ここに関しては巧にはわからない悩みだ。そもそも野球を辞めるつもりだったため強豪からの推薦が来なくなっても気にしなかったし、明鈴に進学してからは貴重な推薦枠を使わずに入ってきたということもあって代打枠としてでも勧誘されたため、入部したとしても雑な扱いはされなかっただろう。
「明日香ちゃん、元々静岡だけど愛知に慣れたいからっていうのと佐伯先生に声をかけられたらしいよ。元々入団が決まってたチームが愛知だから高校卒業したらもう一度指名してもらいたいってさ」
明日香にも明日香で条件がマッチしたため水色学園を選んだのだろう。
「ところで琥珀ちゃんはどうなの? 結構話してたみたいだけど」
琥珀とは進学先について中学時代から雑談がてら話すことはあった。
「神代さんにスカウトされたってさ。去年から光陵の監督になるのが一昨年の時点で決まってたから二年生の時にはもう決めてたみたい。そうじゃなくてもどこかで監督をすることになったらうちに来いって一年生の頃から声はかけられて、っていうのは聞いてたな」
「あー……。神代先生すごい人だもんね」
詳細は忘れたが、神代先生は高校時代から以前の夜空のように選手兼監督をしており、当時所属していた高校の黄金期を築いていたのは知っている。そのため高校卒業後は選手としてではなく監督として全国を飛び回っている。
「元々うちと水色の合宿に参加したのだって新設の部で昔から交流がある学校があった訳じゃないし、夜空ちゃんがいるし、昔とはいえ強豪だった時代があったから強くなっていくのを見込んで、って去年言ってたなぁ」
神代先生が見込んだ選手がいるからこの合宿に加わり、その神代先生が見込んだ選手たちを集めたチームが光陵高校でもある。
明日香が水色学園に入学したのはたまたまとはいえ、それ以外のメンバーが合宿に集まったのはある意味全ての原因は夜空だ。偶然すごいメンバーになったと思っていたが、改めて整理してみると必然のことだ。
「……っと、そろそろお風呂入って寝る準備しないと明日に響きそうだね。みんなに声かけにいこっか」
「そうだな」
校舎にある時計に目を向けると既に八時を超えていた。まだそこまで遅い時間ではないが、明日は六時起きで練習が始まることを考えるとそろそろ練習は終わりにした方が良い。特に女子は色々と時間がかかる。
巧と珠姫はグラウンドに向かい声をかける。大人しく宿舎に戻る人がほとんどだが、陽依や伊澄は最後まで粘っていた。