第102話 VS中峰高校 想いと継承
五分、十分。時間が過ぎていく。
相手エースの依田が治療のために退いてから、試合は中断していた。
十五分も経った頃、審判もそろそろ試合を再開したいため、中峰高校側のベンチへ行き、話をしていた。
そして……、
『中峰高校、選手の交代をお知らせします。三番ピッチャー依田さんに代わりまして、倉さんがピッチャーに入ります。三番ピッチャー倉さん、背番号11』
依田はグラウンドには出てこなかった。治療しても良くならず、中峰高校も泣く泣く三番手の倉をマウンドに送った。
状況は、五対〇で明鈴高校が圧倒しており、ワンアウトランナー一塁から再開だ。
そして、打席には三番の夜空が入った。
「ごめんね」
初球、夜空は放った。
ライトスタンドに突き刺さる、相手の息の根を止めるかのように、試合を決定づける大きな大きなホームランだった。
「ゲーム!」
審判の掛け声によって、集合していた全員が礼をする。
十一対〇。明鈴高校対中峰高校の試合は、五回裏が終了した時点でコールドゲームとなり試合が終了した。
夜空のツーランホームランで七点差となると、続く亜澄がフォアボールで出塁し、代走に煌を送った。そして司と光がヒットを放ち、ワンアウト満塁となった状況で、七番の黒絵に代わって梨々香が打席に入る。梨々香は走者一掃のタイムリーツーベースを放ち、十点差とさらに突き放した。
出塁した梨々香に代走として鈴里を送り、続く瑞歩は平凡なセンターフライながら、セカンドランナーの鈴里はその間に三塁へと進塁を決めた。
九番へと周り、白雪の打順。ヒットを放ち、さらに一点を追加するものの、果敢に二塁を狙った白雪は守備に阻まれ走塁死という結果に終わった。
これで十一対〇だ。
最後の守備、由真を休ませながらも守備固めを行った。大幅な変更を行い、
二番サード藤峰七海
四番ライト千鳥煌
五番レフト瀬川伊澄
六番センター月島光
七番ショート水瀬鈴里
八番キャッチャー姉崎陽依
九番ピッチャー結城棗
というようにオーダーは変更した。
そして、登板した棗の投球。棗は見事な投球で相手打線をピシャリと抑え込んだ。
六番の永山をライトフライに打ち取ると、七番の保田を平凡なショートゴロ、八番の紺野は変化球を中心に躱しながら三振に打ち取った。
五回の攻撃が終了となり、この時点で十点以上の差がついていることで試合終了、コールドゲームが成立した。
序盤は苦戦したものの、相手ピッチャーを打ち崩し始めてからは早かった。明鈴も着実に力をつけている。そして繋がり始めれば得点に繋がっている。チャンスをしっかりと掴めているというのは大きなことだ。
「じゃあ、とりあえずベンチから撤収な。まずはダウンするぞ。そして次の試合見てから一旦学校に帰って、明日の準々決勝に向けてミーティングだ」
時刻はまだ十二時前だ。通常、七イニングすれば二時間だ。しかし、今回は五回までのコールドゲームだったことで試合時間自体は短く、それでも依田の怪我の治療で中断する時間があったため、通常よりもやや短い程度の試合時間だった。
次の試合は十二時半からのため、ダウンをしてからでも次の試合までは十分時間がある。試合を見ながらご飯を食べるという形になりそうだ。
ベンチを片付けた後、ダウンを行うためには球場から一度離れなくてはいけない。そのために一度、球場の正面玄関まで選手を誘導する。邪魔にならないためにもとりあえず、一度正面玄関を出たところで人数確認をしていた。そこから近くの広場へと足を運ぶ流れだ。軽いランニングとストレッチのため、その程度なら他校もその場所で体を動かしているため、明鈴もそれに倣って行っていた。
「よし、じゃあ……」
巧が選手に、移動するように声をかけようとしたが、それを途中で止めた。視線の先には、チームメイトに支えられ、こちらに向かう依田の姿があった。
依田は巧に視線を向けると、口を開いた。
「明鈴の監督さん。あと、瀬川さんも姉崎さんもありがとう」
依田は巧だけでなく、怪我をした際に駆けつけてくれた伊澄と陽依に礼を言った。
「姉崎さんから聞いたよ。監督さんがすぐに指示出したって」
「当然のことですよ」
戦うべき相手でも、同じ野球をする人として、助け合うことは大切だと巧は思っている。自分がされて嬉しいことは相手にもしたい。
「……怪我の状態はどうですか?」
「やー、肉離れっぽいね。かろうじて歩けるけど痛いし、こうやって支えてもらってるの。うちの監督がタクシー呼んでくれたから、今から病院」
最初は攣っただけだと思っていたが、予想以上に重症だった。陽依から肉離れかもしれないと聞かされていたが、どうやらその通りのようだ。
「心配してくれてありがとう」
「いえいえ。陽依……姉崎なんか心配しすぎて泣いてましたよ」
巧の冗談まじりの言葉に依田は小さく笑った。それと同時に陽依は照れながら巧の頭を軽く叩いた。
「よ、余計なことは言わんでええから!」
「ふふ……。ありがとう、姉崎さん」
「い、いや、……はい」
陽依は照れながら返事をする。それを見て依田は再び小さく笑った。
「強いチームだね、明鈴さん。次も絶対勝ってね。私たちの分まで戦ってね」
依田はそう言うと、ちょうど中峰高校の監督がやってきた。タクシーを拾ったのだろう、息を切らしながら走ってきた。白髪混じりの髪の四十代くらいの中年男性だ。温和そうな印象を受ける。
「あ、明鈴高校さん。試合中はありがとうございました。依田がうずくまった時はパニックになってしまって。……藤崎監督はお若いのに的確にですね」
自分の二倍以上は歳上の、しかも監督としては経験が巧よりも断然多い中峰高校の監督に褒められて、巧は少しむず痒くなった。
「いえ、自分も昔教えてもらったことをたまたま覚えていただけですから」
「それでも、ですよ。中学時代のことは知っていますけど、やはり試合慣れをしていてすごいですね」
「お褒めいただいて嬉しい限りです」
この監督だけではないだろうが、やはり巧のことは知られているようだ。巧が中学時代、同世代でナンバーワンプレイヤーとして活躍していたことは記憶に新しい。しかも高校の監督となれば、中学生の試合を見ることもあるだろうから、知られているのだろう。
「それでは、私たちはここで失礼します。また機会があれば、練習試合でもお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。……依田さん、お大事にしてください」
そう言って、中峰高校の監督と依田たちはこの場を去った。
巧は嬉しかった。褒められたこともそうだが、依田から中峰高校の分まで勝ってくれと言われたことに、だ。
大差で中峰高校を負かした明鈴高校に対して、悪感情を抱くと思っていた。しかし、負けた事実を受け入れ、明鈴を応援してくれるということが嬉しくてたまらなかった。
勝つことは怖かった。相手に嫌な感情を持たれてしまうかもしれないと思っていたから。
ただ、明鈴の選手のためにも、そして負けても明鈴を応援してくれる中峰高校のためにも、巧たち明鈴高校は勝利を目指さなくてはならない。改めてそう認識した。
「陽依」
「なんや?」
「絶対勝つぞ」
そう言った巧の言葉に、陽依はふき出した。
「当たり前やんか、勝つで」
陽依は当然だと言う。当然だが、言葉にして、この気持ちを共有したかった。
「みんなも、準々決勝で勝って、準決勝、決勝に絶対進むぞ」
巧がそうやって決意を言葉にすると、選手は返事の代わりに、笑いながら巧の頭を次々に叩いていく。
そして最後、夜空が頭を叩くと巧は振り返る。選手は全員こちらを向いている。
「みんな気持ちは一緒だよ。……さあ、行こう」
勝つことに怯えていたのは、巧だけだ。勝ちたいという気持ちがありながらも巧は怯えていた。ただ、今この瞬間、躊躇など何もなく、全員が勝ちたいという気持ちを持っていた。
夜空の言葉に、巧は冗談めかして返答する。
「行くって言っても、今からはダウンだけどな」
「ちょっとー、締まらないんですけどー」
文句を言いながらも夜空は、明鈴のみんなは笑っている。
勝ちたい。
体が熱い。
この熱さは、気温が高いという熱さではなく、胸に秘めた勝利へと渇望だった。
中峰高校戦が終わり、準々決勝となりました!
準々決勝はどうなるのか。皇桜とのリベンジマッチか、それとも他校になるのか、ご期待ください!
【作者からのお願い】
面白いと思った方や、応援してくださる方、続きが見たいと思った方は、下にある☆☆☆☆☆の評価や感想、ブックマークの登録をお願いします!
閲覧数や応援が執筆活動の励みになりますので、どうかよろしくお願いします!