第101話 VS中峰高校 均衡と離脱
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誤字修正しました。(2021/03/21)
明鈴高校対中峰高校。
一対〇。
五回表。
ワンアウト。
ランナーは満塁。
ここで打席を迎えるのは……、
『一番ファースト本田さん』
明鈴の主砲、本田珠姫。毎度敬遠されるため、出塁重視で一番に起用したが、本来では四番の役割だ。
そしてこの場面、一点を失っても珠姫を敬遠するという選択肢はあったが、中峰高校のキャッチャーは座っている。つまり勝負を選択したということだ。
「まあ、二点はどっちにしてもきついからな」
現状、明鈴の先発、黒絵に中峰打線は手も足も出ていない。ヒット一本とフォアボールが二つと、打てていない打線が爆発しない限りは得点に結びつけるのは難しい。特に打撃よりも守備を重視し、守り勝つのがチームカラーの中峰としては一点でも失点を防ぎたいという思惑があるだろう。
しかし、巧はわかっていた。このフラストレーションが溜まった珠姫に対して、一点の失点を覚悟して敬遠しないということが愚策であるということに。
珠姫が打席に入る。
その初球、珠姫はバットを振り抜いた。
奏でる金属音とともに飛球する打球。その打球に観客の全員が静まり返り息を飲む。
「レフトォ!」
静寂なその場に、痛々しくこだまする相手キャッチャーの叫びだけが響いていた。
強烈な打球。レフトスタンドに響く、「ドスン」と打球が打球が直撃する音が聞こえ、ようやく観客が歓声と悲痛な声を上げた。
ガックリと項垂れるピッチャーの柳岡。
対照的に、冷静にダイヤモンドを回る珠姫。
チームの明暗がここで決まったとも言っていい。
そして、初回以降、ゼロが続いていたスコアボードには「4」の数字が叩きつけられた。
珠姫は一体どれだけ打ったのだろうか。
この試合は敬遠が二つ。この打席でホームランを放ち、一打数一安打一本塁打。
一回戦から考えると、七打数七安打五本塁打打点十七、三四球だ。もちろん打率も出塁率も十割、打てない球などないというような活躍だった。
フォアボールは敬遠の三つだけ、そして当たり前のように凡打もない。つまり、勝負をすれば必ず打つ打者だ。
巧がもし、明鈴高校がこんなバッターと対峙すれば、迷わず敬遠を指示するだろう。それだけの実力のバッターが明鈴高校にはいた。
そして、珠姫はその一振りで中峰高校の希望を打ち砕いた。
勝負あったな……。
もう五点差だ。そして中峰高校は守備型のチーム。でも諦めきれないのが、甲子園という夢の舞台に向かって突き進むチームの悪あがきともいえよう。
相手ベンチは動いた。
『中峰高校、選手の交代並びにシートの交代をお知らせします。ピッチャー柳岡さんに代わりまして、山根さんがサードに、サードの永山さんがレフトに、レフトの依田さんがピッチャーに入ります。
三番ピッチャー依田さん、背番号1。
六番レフト永山さん、背番号15。
九番サード山根さん、背番号5。
以上に代わります』
相手はエースの投入と、守備の上手いレギュラーの三塁手を起用してきた。そして打撃力も低下させまいと、永山をレフトで起用する。
相手はまだまだ戦うつもりだ。
「こっちも負けてられないな……」
気は抜けない。やる気がなくなったチームなら、主力を全員下げたところで五点差があれば勝てるだろう。しかし、まだ勝つつもりのチームに対して、気を抜いてしまえば五点差なんてないようなものだ。
「十点でも、二十点でも取ってこい。絶対に気は抜くなよ」
どんな相手に対しても、気を抜いてはいけない。巧はそれを明鈴メンバーに伝えると、選手の全員は息を飲んだ。
例え百対〇で勝っていたとしても、自分たちが百点を入れられたのだから、相手にも入れられる可能性はある。五点入れれたのだ、相手も入れられる可能性なんて大いにある。
そして、そんな油断が別の試合での油断にも繋がる。
常に本気でプレーをする。ペース配分などで手を抜くこともある意味本気で戦っているのと同義だが、理由もなく適当なプレーをすることは許されない。
巧は全力でこの試合を勝ちにいくことだけを考えていた。
相手ピッチャー、依田の投球練習中を見る。野手からの交代ということで通常五球のところ、十球の練習を得られている。そして、元々野手で出場して体があったまっていたとはいえ、急な登板でまだ肩が出来上がっていないのは確実だ。
珠姫のホームランが出るまで、柳岡からはなかなか打てていなかった。依田はそんな柳岡よりも上のピッチャーだ。しかし、付け入る隙はある。
「よし、いってこい」
点差が開いて緩みかけていた気合を入れ直す。巧の声に、打席に向かう由真も「っし!」と気合を入れる声をあげた。
勝利を確実なものにするための第二ラウンド開幕、といったところだろうか。
由真が打席に入る。
まだ不十分な依田の初球、内角低めを丁寧に突くストレートだ。
「ストライーク!」
まだ準備ができていないということを感じさせないほど丁寧な球に、驚きを隠せない。しかし……、
「まだ良くて六割かな」
球威はない。完全にはできていない肩で、球威よりもコントロールを意識しているのだろう。いきなりの登板でもここまで投げられることには、「流石エース」と言えよう。
ただ、すでに準備をしていた三番手でなく、まだ不十分なエースを登板させたということは、三番手以降では明鈴打線に太刀打ちできないと考えているからなのだろう。そして、三番手を用意させていたのは、依田の状態次第で万が一に備えてということだろうか。
依田をマウンドから引きずり下ろし、三番手以降が出てくればこちらはさらに有利になる。明鈴の方は、まだ捕まっていない黒絵に、リリーフエースの棗、万能選手の夜空や陽依、最終手段としてはエースの伊澄まで残っている。
投手戦はもう終わった。打ち合うしかない。
そして二球目、依田が振りかぶり、投じたボールは外角へのボールだ。ボールは滑りながら曲がり、ボールゾーンからストライクゾーンへと食い込んでくる。
「ストライク!」
由真はボールを見逃す。スライダーは狙うべきではないというのは事前に話をしていた。
しかし、そのスライダーもややキレがないように思える。横側のベンチから見ているだけのためハッキリとは言えないが、曲がり方に違和感を覚えた。
やはりまだ不完全。畳み掛けるのは今だ。
三球目、ど真ん中の甘いコースだ。しかし、依田はそんな甘いところに投げ込むわけがない。
球は途中で軌道を変え、由真の内角に食い込む。ミーティングでの予想通りのカーブだった。
由真もその球を見逃すはずがなく、バットで応戦する。
バットとボールが交わり、鈍い音が響く。
「ピッチャー!」
ピッチャー横への鈍いゴロ。由真は打球を見ながら一塁へ全力疾走だ。
完全に打ち取られた引っ掛けた当たり。
しかし……、
「セーフ! セーフ!」
送球は逸れ、カバーに入った相手セカンドが捕球して一塁を踏みにいくものの、由真の方が速かった。
ピッチャーの送球エラーで由真は出塁。アウトカウントは増えずに、ワンアウトランナー一塁となった。
ただ、相手ピッチャー、依田に異変が起こった。
「陽依、伊澄、行ってきてくれ」
巧は目に入った二人に呼びかけ、未開封のペットボトルとコールドスプレーを手渡した。
咄嗟のことだったが、二人はそれに反応すると、すぐさまグラウンドに繰り出した。
「……足攣ったか」
依田は足を押さえてうずくまっている。もちろん、その状況を見た審判が試合を止めている。インプレーであれば、陽依も伊澄もグラウンドに出れないが、タイムがかかっており、緊急事態のためそれは許された。
暑さか、疲労か、急な登板による負荷か。恐らく全てだろう。そして捕球し、送球するために足を踏み込んだことで足を攣ったようだ。そのため送球が逸れたということだろう。
陽依は攣った足にコールドスプレーを振りかけ、伊澄はペットボトルを渡して水分補給をさせる。足を攣る時は脱水症状手前と言われるため、水分補給をさせるために未開封のペットボトルを渡した。
そこまで迷うことなく行動を起こしたことに、美雪先生は疑問を持ったのか、問いかけてきた。
「巧くん、こういうの慣れてる?」
「まあ、中学の頃、ベンチ入りすることが多かったからこういう状況になることもあったので、慣れてると言えば慣れてますね」
足を攣るということはたまにある。真夏であれば特に脱水症状から攣りやすくなるため、試合中に誰かが足を攣るということは何度か経験したことがあった。
多くあることではないが、巧は強豪シニアということもあって多くの試合数をこなしていたため、単純に試合数が多かったため、遭遇する確率は高くなる。
巧自身もセルフケアのために気をつけていたことでもあるため、咄嗟に判断することができた。
そして、あえて陽依と伊澄を名指しをしたことは、「誰か行ってくれ」と名指しせずに言っても戸惑ってしまうからだ。救急車を呼ぶ際にもあることだが、不特定多数に呼び掛けても、「誰かがするだろう」という意識が働く。
確か、『傍観者効果』というものだっただろう。人数が多ければ多いほど、当事者という意識が薄くなり、傍観者となる。それ故に、誰かがもうしている、もしくはしようとしている、と考えて結局誰もしないという事態が起こる。
何もしないのが悪いということではなく、ある種パニック状態になっているということもある。
対策としては、まず心理的なことから『誰もしない』ことが起こるということを理解していること。そのために指名して、具体的にすることを指示するとスムーズだ。
実際に陽依や伊澄も最初は戸惑っていたが、巧が声をかけた瞬間に理解していた。
あとは、試合中ということに限るが、しっかりとルールを把握しておくことだ。
試合中にチームの選手が病気や熱中症で倒れて試合どころではないとなれば巧もベンチから飛び出すだろう。しかし、足を攣ったり怪我をしたりした場合はベンチから出られない。流石に怪我などで緊急性があれば問題ないだろうけど、最悪の場合、規則を破ったことで没収試合となる可能性だってある。
今回の場合はむやみやたらに巧が出ていく場面ではない。しかし、相手チームの選手が怪我をして、その治療のためにベンチ入りしている選手が治療のためにグラウンドに出ることは咎める人はいない。緊急性もあるので罰則もない。そのため、今回巧は躊躇なく選手をグラウンドに出すことができた。もし知らなければ巧だって躊躇していただろう。
このことに関しては、巧自身が勉強したというよりも、シニア時代に監督が同じようなことをしていたり、甲子園でも相手チームの選手が怪我をした際に治療に繰り出して美談となっていたニュースを見たことがあった。『傍観者効果』についても、シニア時代にコーチから雑談混じりに話を聞いたことだった。
結局、すぐに治療を始めたこともあったからか、依田はすぐに立ち上がることができていたが、足に力が入らないようでチームメイトに支えられている。
依田はベンチに引き上げ、陽依と伊澄も戻ってきた。
「どうだった?」
「まあまあヤバそうやったな。攣ったっちゅうよりも、肉離れかもしれん」
陽依は心配そうに依田の方に視線を向けていた。目尻に涙まで溜めている。
「あの人、泣いてたで。最後の夏やのに、急とはゆうても登板したばっかやのに。絶対悔しいやろ」
陽依は依田に感情移入しているようだ。溜まっていた涙がボロボロと溢れ始める。それを見て美雪先生は静かにタオルを陽依に渡した。
「今日勝って、明日も勝って、今までうちらが負かしてきた人らの分まで絶対勝ちたい」
陽依の心からの叫びだ。自分たちが負かしてきたチームが自分たちにどんな感情を抱いているかはわからない。自分たちを負かしたのだから勝ち続けろと思うのか、自分たちを負かしたチームが勝つのが嫌だから負けろと思うのか、そんなことはわからない。
しかし、ハッキリしていることはある。他のチームを蹴落として勝ち上がっているのだから、自分たちがビビってはいけない。上を向いて突き進まなければならない。
陽依の言葉で巧の心は揺れた。
負けたチームのことを考えると心苦しかった。勝ち進むというのが怖いことだとも思ってしまうこともあった。しかし、ビビってはいけない。特に巧はチーム全体を左右しかねない。強くいなれけばいけないのだ。
「……勝つぞ」
次も、その次も、最後まで勝ち抜く。
巧はそれだけを考えていた。
昨日、100話を達成し、新しくスタートを切りました。
今後もよろしくお願いします!