第10話 合宿と再会
合宿編初日です!
他校でも交流があったり人間関係があるのでそのあたりを少し書きました。他の部員も知り合い同士の設定があるのでそこはまた書いていきます。
「合宿やー!」
まだ朝の九時前。既にハイテンションなのは陽依だ。
わかりにくいが伊澄も目をギラギラさせており、既に戦闘態勢といったところだ。
合宿の日程は六日間。ゴールデンウィークは一週間だが、最終日は休養ということで各校とも六日目に終了することとなっている。
二日目は平日だが、明鈴と水色学園は休日となっており、光陵高校は公休だそうだ。
各校の集合時間は九時となっているため、そろそろ着いてもおかしくない。
はしゃいでる陽依を止め、準備に向かわせる。そうこうしているうちに時間は過ぎていき、校門には大所帯が到着していた。
「巧くん。夜空ちゃん。挨拶行くから着いてきてもらっていいかな?」
「わかりました」
美雪先生に言われて後に続く。
今後の練習の打ち合わせなどでは、美雪先生よりも巧の方が理解があるため基本的には選手側ではなく顧問側として動く予定だ。そして夜空はキャプテンなので、チームの代表として同行している。
到着したのは一校だけでなく水色学園と光陵高校、あとは鳳凰寺院学園の三校全てだ。
「ちょうど水色学園さんと同じ電車だったみたいでね。せっかくなんで一緒に来ました」
代表して光陵の神代先生が口を開く。
「そうだったんですね。では、まず宿舎に荷物を下ろしてもらうので……夜空さん、案内お願いします」
「わかりました。みなさん、こちらへどうぞ」
当たり前だが夜空はいつもの調子とは違い、キャプテンらしい堅めの雰囲気だ。
「では先生方もこちらへ……」
先生も荷物があるので移動しようと美雪先生が促したが、神代先生によってそれは遮られた。
「巧、久しぶりじゃん」
一昨年の日本代表選考会で何度か会って少し会話した程度なので、忘れられていても不思議ではないと思っていたが、覚えてもらっていた。
「神代さん。お久しぶりです」
一昨年時点では神代先生はまだ先生ではなかった。そもそも巧にとっては先生ではなく、そのため「神代先生」ではなく「神代さん」と呼んでいた。
「怪我をしたって聞いてたけど、まさか女子野球部の監督とはね」
「あはは……。まあ、成り行きで」
確かに知っている人からすれば、全国でも指折りの選手が消えたと思ったら女子野球の監督をしていた、なんて思わないだろう。
「私も橋本先生から聞いて驚きましたよ。中学高校で野球に関わっている人の中では藤崎くんは有名ですから」
水色学園の佐伯先生も口を開いた。佐伯先生とは初対面だが、認知されているということに驚いた。自分自身、女子高校野球の監督に認知されるほど有名だと思っていなかったから。
「とりあえず、話はまた後でゆっくりするとして、私たちも準備だけ済ませましょう?」
ゆっくりしすぎると部員たちの準備が終わって待たせてしまう。そう判断した美雪先生は会話を終了させた。
「そうですね。じゃあ巧はみんなの準備が整ったら、明鈴のやり方でいいからアップするように伝えておいて欲しいから、先に戻っておいて」
「わかりました」
今回の合宿の主導は神代先生だ。神代先生に言われたように、巧は部員たちの待つグラウンドに戻っていった。
「じゃあ、まずアップを始めてください」
神代先生の言う通り、先に部員たちの方が戻ってきたため、野球道具を下ろしてもらい集合させると全員でアップを始めた。
ランニング、準備運動、ストレッチとしていると、先生たちも戻ってきたため、指揮は神代先生にバトンタッチする。
「せっかくアップをしたので体を冷やさないように簡単に挨拶だけ。私は光陵高校の神代燈子です。鳳凰寺院学園の二人は部には所属しているけど、事情があむて現在は実質休部状態です。そのため私が個人的に勧誘しました。学校での参加というよりも個人参加ということで理解しておいてください」
人数が少ない鳳凰の二人のことも触れた。元々は二、三人と聞いていたが、今回は二人。そうやったことにも、神代先生が言う通り、なんらかの事情があるようだ。
多くの人が疑問に思っている状態のため、軽く説明しておいたというところだろう。
個人参加というのは正確に言うと違うだろう。生徒のみでの参加となれば、何かあった時に責任が取れない。ただ、神代先生はその辺りも抜かりないはず。
何かしらの建前を建ててから参加しているだろうというのは予想がついた。
「私は水色学園の佐伯です。いつも明鈴さんとは合宿をさせていただいて、去年からは光陵さん、今年は人数は少ないながらも鳳凰さんと交流が広がってきました。各校が当たるとしても甲子園、お互いの良いところを吸収して互いに力をつけていきましょう」
佐伯先生は優しそうな先生で、見た感じ先生の中では一番歳上だ。とは言っても美雪先生は二十五歳、神代先生が二十六歳で佐伯先生は三十歳前後といったところだろう。
「明鈴高校の橋本美雪です。今回はわざわざ遠方からありがとうございます。二、三年生の方は去年もお会いしているのでご存知かもしれないですが、私自身は野球に関しては素人なので、合宿での指導はできないのでご了承ください。じゃあ、次は巧くん」
「はい。……明鈴高校一年生の藤崎巧です。元々選手でしたが怪我で選手としてのプレーが難しくなったのと、あとは部員の勧誘もあって監督となりました。よろしくお願いします」
何人か知っている人はいる。怪我で選手生命が絶たれたのも知っている人もいる。先ほどアップを始める際に、この場にいることに驚いた顔をされたのが見えた。
「じゃあ、まずは他校同士でキャッチボールから。まあ全員が他校と当たるのは難しいかもしれないから出来るだけっていうことで」
神代先生の指示に従い、部員がそれぞれ他校の生徒に声をかけていく。コミュ力の高い陽依は真っ先に相手を見つけていた。
「じゃあ、私たちはこの後の打ち合わせでもしていきますか」
監督チームも神代先生によって話を始める。とは言っても一応選手たちを見ながら横並びになって会話を続けていく形だ。
「この後バッテリー組と内野、外野組の三チームで分かれようと思うんだけど、巧くんはまだあんまりノック打てない?」
「そうですね……、勉強中です。自分たちでやる分には多少曖昧でも許されるところあるんで、なんとかやれてますけど」
ノックはケースによって打ち分けたりランナーを想定して指示したりと打つ側としても実は結構難しい。
外野は打ってからのバックホームの練習でも良いが、特に内野はまだまだわからないところが多い。
選手として立っている時は自分の仕事が終わればカバーに入るだけでそこまで考えなくてよかったのと、あとは感覚で動いていた。
「じゃあバッテリー組かな。走り込みと軽くピッチング見るだけでいいから。佐伯先生は内野で私が外野を見ようかな」
「わかりました」
巧と佐伯先生が同時に返事をする。美雪先生はすることがないため、巧たちバッテリー組のペースのタイム読みということになった。
午前中の練習を終えると、昼休憩となる。
明鈴には食堂があり、今日の昼食はその食堂で摂ることとなっている。
しかし、出されるご飯は食堂で作った食事ではなく、取り寄せた弁当だ。
広い食堂の中、各々好きなところに座り、昼食を摂り始める。
陽依に誘われた巧だったが、それを断る。
約束をしていたわけではない。巧が個人的に話をしたかっただけだ。
巧は一人で席に座っている少女の元に向かった。
「ここいいか?」
「……うん」
彼女の対面に座り、巧は弁当を広げる。
弁当は色々入っていて美味しそうだ。
色とりどりの弁当に舌鼓を打ちながら、巧はその少女に声をかけた。
「久しぶりだな」
「そうだね」
光陵高校の一年生、立花琥珀。
巧と琥珀は一、二年生の時に日本代表合宿で一緒だった。
代表合宿は男女別チームではあるが、同じ施設で行われている。当時の一年生は男子に巧、女子に琥珀しかいなかったため、同学年で話しやすいことから自然と仲良くなっていた。
「女子野球部の監督になったのを知って、ついに女漁りに目覚めたのかと思ったけど、変わってないから安心したよ」
琥珀はジト目を巧に向けてポツリと呟く。絡んでくる部員を適当に躱していたため、それを見て判断したのだろうか。
確かに、高校生で野球しかなかった巧が野球をしないとなると、不本意ではあるがそう思われてもおかしくないかもしれない。
「そういう琥珀こそ、相変わらず一人なんだな」
中学時代はシニアでも孤立していたということは知っている。それでも、先ほどの練習中は同じ光陵の選手たちと悪い関係ではなさそうだった。
ただ、昼食中は一人でいたため、巧は声をかけた。
「みんないい人たちなんだけどね。でも後の考えると一人でいた方が気楽だから」
仲良くなった分、嫌われて離れていったときに傷つくのが怖いというところだろうか。
「考えたところで何もわからんだろ」
これから好かれる保証もなければ、嫌われるのが決まっているわけではない。
巧は嫌われたらその時はその時という考え方だが、琥珀にとってはそう考えられないというだけだ。
「ま、何かあったら相談くらい乗るよ」
中学時代もお互いの悩みを話し合った仲だ。
それに、入部早々夜空のことに巻き込まれているため、今更相談事が一つや二つ増えたところで変わらない。
神代先生や佐伯先生、美雪先生と同じく、部員の実力アップとメンタルのケアをするのが巧の仕事だ。それが同学年だろうと、上級生の二、三年生だろうと、することは変わらない。
会話をしながら巧は食事を進めていた。
そして食事を終えた後、少しばかりの食後の休憩を挟むと、午後の練習が始まった。