第1話 前哨戦
以前投稿していた「おーばー」とは少し内容を変えての再度投稿です。
以前のものは今回のものの大筋を変えて執筆したものなのでこの「おーばー!」が本来のものです!
痛い。
肩も肘も背中も限界が近づいていることには気がついていた。しかし、このままマウンドを降りるわけにはいかない。
小学生の時にもUー12の日本代表に選ばれ、中学一年生になってからすぐにシニアチームのレギュラーとなり、三年間その座を守ってきた。
一年生の頃には唯一、一年生でUー15日本代表に選ばれ、二年生ではレギュラー、三年生はまだ先だが代表入りは確実と言われている。
そして複数の強豪校からの推薦や特待生の話も来ていた。
そんな自分がここで降板するわけにはいかない。
しかし、中学一年生……いや、それ以前から酷使し続けてきた身体が悲鳴を上げようとも、自分の口からこの場を去ると口にすることを許さなかった。
まだ戦い続けたいという負けん気と、今の立場に来るまでに培ってきたプライドがそうさせていた。
シニアリーグの全国大会出場をかけた一戦。勝った方がその切符を手にする。
全国大会の一試合ならあるいは身体の大事をとって自ら降板を志願しただろうが、まだ全国にすら届いていない状況にチームの柱であるエースで四番の自分が根を上げるわけにはいかない。
アウトもあと一つ。最終回である七回裏の一点差、味方のエラーでツーアウトながらランナーは二、三塁と、一打で逆転されるピンチ。
それでもこの目の前にいる小柄な少女を打ち取ることさえできれば、全国大会への切符を手にする。
女子選手であっても手加減はしない。最も、目の前の少女は女子野球の日本代表にも選ばれる実力者だ。手加減などすれば打ち崩されるだろう。
初球。ど真ん中。そこから外角低めに滑り曲がるスライダーに少女は反応出来ず、ストライクのコールが響く。
二球目。外角高めにストレートを要求され、それに頷きセットポジションで構える。
投球動作に入り腕を振り下ろそうとした瞬間、肘に激痛が走る。うまくリリースはできたが、要求されたコースよりも大きく外れ、ワンボールワンストライクとなった。
右手に力が入らない。キャッチャーから返球されたボールを受け取り、感覚を確かめるために右手に持ちかえようとしたが、手が痺れて落としてしまう。
まだやれる。
落としたボールを拾い上げ、握り直す。やはりいつもの感覚とは全く違う。右手が自分のものではないみたいだ。
三球目、出されたサインには何度も首を振る。どのコースに投げるかに迷うわけではない。ストレート系は今の力では伝わらないのはわかっているため、力を込めて投げるストレートやツーシーム、カットボールは投げられない。シュートはまだ未完成のため今の状況で投げるにはリスクが高い。
そうなればあとは、比較的力をかけずに投げられる、横に曲がるスライダーと縦に落ちるスライダーの二択しかない。
数回サインのやり取りをした後、スライダーのサインが出る。これも投げられる確信はないが、幾分かマシだろう。
セットポジションから投球動作に入り、なんとかボールを落とさずにリリースする。しかしそれも力のこもっていないボールだ。
本来のスライダーとは程遠い、ゆっくりと曲がるカーブに近い不完全なボール。ただ、意表を突かれたのか、バッターもタイミングが合わず、レフト側に大きく割れる。
「すいません、タイムお願いします」
異変に気がついたのか、キャッチャーはマウンドに駆け寄ってきた。
「どうしたんですか? どこか痛むんですか?」
ハッキリと言わなくてもわかっている。今までに比べて、今の投球が不出来だと遠回しに言われているのだ。
「いや、一打でひっくり返る場面だし、これで全国決まるから緊張してるのかな。ちょっと滑っただけだ」
もちろん大嘘だ。それもわかっているのか、キャッチャーは半信半疑の様子だ。
「さっきもボール落としてましたし……」
「汗で滑ることなんて誰でもあるだろ。ロージン付けるのが甘かった」
キャッチャーの言葉を途中で遮り、あくまでも指に付けた滑り止めのロージンが少なかったから滑っただけだ、と言い張る。
明らかに様子がおかしいとはいえ、キャッチャー自身一学年下だということもありそれ以上強くは言えない。
半信半疑ではあるが、無理矢理納得させる。
「スライダーで交わすか、ストレートで押し切るかの二択だと思う。次は見せ球で、その次で勝負だ」
微妙な反応だったが、渋々といった表情で守備位置に戻る。
そうは言ったものの、正直スライダーを決める自信も、ストレートもいつも通り投げられる自身もない。
四球目のサインはストレート、外角高めにボール一個半分外したボール球だ。
人によっては手を出してもおかしくないが、バッターもやはり実力者、しっかりと見極められる。
ただ、タイムの時間で少しばかり感覚が戻ったか、力のあるボールを投げられることができた。
五球目は縦に落ちるスライダー。いつもより不出来で変化が少なくなった分、バッターはボールの下を叩いてしまい、打球はバックネットのフェンスに直撃してガシャンと音を立てて落ちる。
これでカウントはツーボールツーストライク。
追い込んだ。
あと一球。痛みも何もこれで終わりだと思えば我慢出来る。打たれても終わり、打ち取っても終わり。
その勝負の一球で選択したのは……。
セットポジションからのモーション。全てを込めて投げた。
バットの遥か上を通過する、ノビもキレも自己最高、球速も自己最高の140km/hを計測したど真ん中のストレートだ。
そしてこの瞬間、全国大会進出を決めた。
チームメイトで勝利を喜びハイタッチする中、右腕は上がらなかった。
そして、藤崎巧の野球人生は幕を閉じた。
ゆっくり投稿していこうと思います。
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