リンデルハイムの影
俺達はガーランドさんからの連絡を受け、王城に向かっていた。
王城への道は、石畳で馬車が並んで走れるほど広かった。
「思ったよりも早かったな」
「ふふ……彼を選んで良かったわ」
「どうしよ、緊張してきたんだけど……」
クロネらしからぬ緊張っぷりだ……。
さっきからずっと、手を握ったり開いたりしている。
てっきり、緊張などと言うものとは無縁だと思っていたのだが、可愛らしいところもあるんだな。
「おいおい、いつもの大物感はどうしたよ?」
「……うぅ」
いつもなら食ってかかって来るところだが、クロネの顔はどんよりと晴れない。
「ふふ、クロネちゃんがそんな顔するなんてね」
「う、うるさいな……」
「お、ガーランドさんだ」
王城の吊り橋の手前で、人懐っこい笑みを浮かべながら大きく手を振っている。
「みなさーん! どうもー!」
「こんにちは、今日は本当にありがとうございます」
礼を言うと、ガーランドさんは手を大きく振って、
「いえいえ、とんでもない! ささ、もうすぐに時間になりますので早速向かいましょう」と、吊り橋の衛兵に何やら書状を渡した。
屈強そうな衛兵が道を空ける。
ガーランドさんは書状を衛兵から返してもらい、そのまま吊り橋を渡り始めた。
王城はとても美しかった。
至る所に彫像や装飾が施されており、天辺にはレグルス皇国の燃えるような紅い旗が靡いている。
炎の鬣を持つ獅子に跨がる騎士が、両脇から王冠を支えるシンボルは、まさにこの国を表しているようだ。
吊り橋を渡りきる前に、ガーランドさんが俺達に小声で言った。
「陛下は、その、一風変わった御方ですが、決して侮られませんように」
「へ?」
俺はクロネと顔を見合わせた。
一国の王を侮るなど、そんなことあるわけがない。
なぜ、わざわざそんな忠告をする必要があるんだろうか……。
リターナがクスッと笑う。
「会ってからのお楽しみね」
「……」
ますます意味がわからない。
俺とクロネはモヤモヤしたまま、城門をくぐった。
* * *
四大貴族家が治める貴族領は、
リンデルハイム[Rindellheym]
アンダーウッド[Underwood]
ネルリンガー[Nerlinger]
エイリスヴェレダ[Eiliswereda]
四家の頭文字を取り『R・U・N・E』と呼ばれていた。
中でも、西方に広がる豊かな土地を治めるのは、クラインの父、リンデルハイム公爵家15代当主、アルン・リンデルハイム。推定レベル400を超える貴族最強の名主であり、その武勇は『王剣』と賞賛されるほどであった。
そして、その父の武を強く受け継いだのが、次男のボリス・リンデルハイム。
ボリスは生まれながらに身体が小さく、幼い頃は期待外れだと、父からあまり目を掛けられなかった。
そんなボリスを周りも気遣い、腫れ物に触るように扱うようになっていたが、そんな環境が彼に人一倍の反骨精神を与え、数年後、周囲の評価は一変することになる。
元々、ボリスは体格には恵まれなかったものの、それを補って余る程の《《センス》》があった。ただ、いくら生まれ持った才能があったとしても、鍛え、育て上げなければ意味を成さない。
だが、ボリスは努力した。
そう、反骨精神はボリスをただの天才から、努力する天才へと変えたのだ。
程なく成人の儀を迎え、ボリスは『竜騎士』の職能を授かる。
あれほど冷たかった父は、手の平を返したようにボリスを寵愛した。
竜騎士の職能は、貴族の中でも家系に一人出るか出ないかの希少職。地上に生存する種の中でも、最強である『竜』に匹敵する力を持つと言われ、一人出ればその家は七代続くと言う古い言葉もある程。
父が喜ぶのも無理はなかった。
*
「――ぐはっ⁉」
巨体が舞う。
訓練場の壁に訓練用の鎧を纏った男が叩き付けられた。
「ぐ……、ま、参りました」
片膝を付き、男が頭を垂れる。
ボリスは男を一瞥し、控えている男達に声を上げた。
「ふん、まだまだだな、よし、次――」
と、そこに一人の従者がやって来た。
「ボリス様、ご報告がございます」
「何だ、訓練中だ後にしろ」
「はっ、ですが……」
「急ぎか?」
「それが、クライン……さまの件でして」
従者が絞り出すように言うと、ボリスは「今日はここまで!」と男達に告げた。
「後で俺の部屋へ来い」
従者にそう言って、ボリスは訓練場を後にした。
*
ボリスの部屋は、一般的な貴族の部屋に比べて少し地味だった。
これは、単にボリスの求めるものは威厳と力であり、その中に美は含まれていないからだ。
僅かばかり置かれている調度品と最低限の装飾は、執事が頭を悩ませながら揃えたものである。
扉をノックする音が響いた。
「入れ」
「失礼致します」
先ほどの従者が、静かに扉を開けて入って来た。
ボリスは足を組んで椅子に座り、「聞こう」とだけ言った。
「はっ、実は定期報告で、クラインさまがレグルス皇国へ向かったという情報が入りました」
「……その前にひとついいか?」
「は、はい……」
従者の顔が強ばる。
「クラインさまではない、あいつはただのクラインだ」
「こ、これは失礼致しました!」
慌てて深く頭を下げる従者。
「いい、続けろ」
「はっ! クラインは女を二人連れて行動しています。女の一人は獣人のようです」
「獣人だと⁉ チッ……面汚しめが。で、目的は?」
「それが……、まだわかっておりません」
「まあいい、引き続き目を離すな。それと……例の件はどうであった?」
「はい、遺体を確認した者の報告によりますと、ウィリアム・ドレイクで間違いございません」
「あいつがドレイクを……」
いくら老いたとは言え、ドレイクは魔剣士だ。
とてもじゃないがクラインに勝ち目があるとは思えない。
しかも、クラインはレベル0……。
ポーションを作る以外に、何の取り柄もないはずだ。
一体、何が起こっている?
たかがレベル0の動向が、なぜこうも気に掛かるのだ。
普段のボリスなら家を追われた愚弟の事など、それこそ夏の羽虫のように気にも留めぬはず。
だが、何か……。
ボリス・リンデルハイムの中の何かが、しきりに警鐘を鳴らしていた。
ボリスは立ち上がり、従者に背を向けて手を払う。
従者は一礼し、部屋を後にした。
大きな窓から外を眺め、
「……何が起きている?」とボリスは独り呟いた。
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