東の森②
「――⁉」
『グォォォオーーーーーーーーーーー!!!』
飛び出して来たのは、猪のお化けのような巨体を誇る、ヒュージ・ケルウスだった。
何という神タイミング!
「クロネ!」
「おっけーっ!」
クロネが迎撃態勢を取ろうとした時、ヒュージ・ケルウスの巨体が消える――。
「は?」
「え?」
俺達は影に包まれる。
そこに現れたのは、ヒュージ・ケルウスを軽々と咀嚼するベヒーモスだった。
「ま……、まずい! クロネ、逃げろ!」
「うわわわわわーーーーーーーーっ!」
俺とクロネは一目散にベヒーモスから距離を取る。
おいおいおいおい!
何であんな化け物が、こんな森の浅い場所に出てきてるんだよ⁉
ベヒーモスって普通はダンジョンの中か、森の深層部にいるはずだろーーーっ⁉
『ゴガァアアアアア!!!!!』
――空気が振動した。
身体全体が音圧に押される。
「うっひょぉ!」
「どーすんのクライン⁉」
クソッ! 何て奴だ! あんなのに勝てんのか⁉
えー、ポーションポーション、何かなかったっけ?
えっと、えっと、あ~~! 急げ俺!
――そうだ!
走りながら袋に手を突っ込み、水の入った瓶を握る。
「クロネ! それ飲め!」
俺はクロネにプロテクトポーションを投げると同時に自分も同じ物を飲む。
無いよりマシだ、防御力を上げないと一発でやられる。
「次、これでも喰らえ!」
背後に迫るベヒーモスに俺はポイズンポーションを投げつけた。
あいつに毒の効果が利くかどうか……。
ベヒーモスの頭に当たるが、全くと言っていいほど変化は無かった。
『ゴァアアーーーーーーー!!!』
「き、利いてねぇーーーっ⁉」
ダメだ、ええい、クソッ! こうなったらヤケクソだ!
ファイアポーション! サンダーポーション! あー、ブリザードポーション!
次々に攻撃性のあるポーションを投げつけてみるが、ビクともしない!
と、その時――、木の根に足を取られ、俺はその場に転がった。
「ちょ、クライン⁉」
「うぅ……クソ……」
荒い鼻息が迫ってくる。
起き上がろうとした時、もう目の前には涎を垂らすベヒーモスが俺を見下ろしていた。
「はは、笑ってるように見えるな……」
――巨大な魔獣。
二本の大きな角の表面は、乱暴にナイフで削り出したようにガタガタだ。
吐き出す息は瘴気のように重く、息苦しい臭いを放つ。
そして、何よりも恐ろしいのはその目だ。
一切の意思の疎通は敵わないと、見ただけで理解できる。
筋肉の塊のような巨体から、とてつもない力が具現化したような圧迫感を感じる――。
「どりゃああーーーーーーーーっ!!!」
風のように飛んできたクロネの膝蹴りが入る。
ベヒーモスの顎が天を向いた。
「す、すげぇ……」
だが、次の瞬間――、
ベヒーモスが振り下ろした頭突きを受け、クロネは地面に叩き付けられた!
「ぐはっ⁉」
「クロネーーーっ!!」
『グガァァァ…………』
ま、まずい……。
俺はクロネを起こし、エクスポーションを無理矢理飲ませた。
「クライン……いっててて……」
「おぉ、良かった、早く逃げないと……」
「だめ!」
クロネが逃げようとする俺の手を掴んだ。
「あいつをぶっ倒す! クライン、何かないの? 前の属性攻撃のやつとか、あるんでしょ?」
「それは……」
ある、そりゃ、なんぼでもある。
だが、属性攻撃やパワーポーションくらいじゃ、ベヒーモスには勝てないだろう。
それに、レアポーションは……。
「あ、あるけど、ポーションの副作用はポーションでは治せないから……」
「馬鹿! 何でも良いから早く出して! このままじゃ私達死ぬわよ⁉」
「ぐ……⁉」
よし、大丈夫大丈夫、クロネなら大丈夫だ!
俺は自分に言い聞かせ、半ばヤケクソでレアポーションを渡した。
クロネは躊躇いなくそれを飲み干す。
『グガァアアアッ!!!』
その瞬間、巨大なベヒーモスの前足が頭上に迫るのが見えた。
「うわっ⁉」
……あ、あれ?
そっと目を開けると、巨大な前足が宙に浮いたままだった。
長い歴史の中でも、ベヒーモスの足の裏をこんなにまじまじと見たのは俺くらいだろう。
「クライン、これならイケるわ……」
片手でベヒーモスの前足を止めるクロネ。
全身から金色のオーラが立ち上っていた。
「クロネ……?」
「――すぐ、終わらせる」
クロネがそう告げた瞬間、ベヒーモスの巨体が近くの木々に激突する。
数本の巨木がなぎ倒され、ベヒーモスが横たわる。
な、なんて力だ……。
これほどの力があるとは思っていなかったぞ……。
いや、これはクロネの力が凄いのか?
時間制限付きだが、使用者の潜在能力+αを引き出す最高クラスのレアポーション――神の滴。
あのベヒーモスを吹き飛ばす程の力……、今のクロネには拳聖並の力があるのかも知れない。
吹き飛ばされたベヒーモスが起き上がろうとしている。
「クロネ?」
クロネの姿が無い。
どこに?
「うぉりゃーーーーーーーーーー!!!」
上だ!
空高く舞い上がっていたクロネは、ベヒーモスの頭部目掛けて拳を振り下ろした!
『グォオオオオオオオーーーーーーー!!!』
ベヒーモスの断末魔に、森中の木々の枝葉が震える。
声が消えた後も、俺の顔はじーんと痺れていた。
ぐったりと横たわったベヒーモスの死骸の上で、クロネはニッと笑い、俺にピースサインを向けた。
「ク……クロネ! やった……、うぉーっ! やったな、おい!」
俺は急いで駆け寄る。
元気そうに見えたクロネが、ふらっと地面に落ちた。
「クロネ! おい! しっかりしろ!」
身体に触れると、燃えるように熱かった。
「まずい……副作用が始まってる……しっかりしろ! 絶対、助けてやるからな!」
何か、何か無いのか!
辺りを見回し、何か使えそうな物はないか探していると、少し先に川が見えた。
ありがたい! ひとまずあそこで身体を冷やさなければ……。
クロネを抱え、俺は川まで走った。
川の側でクロネを降ろし、急いで外套とグローブを外す。外套を川で濡らし、クロネの身体に巻き付け、ブリザードポーションを少しだけ垂らしながら、温度を調節した。
後は、ちゃんと休める場所があれば……。
ふと見ると、大きな屋敷が見えた。
「あれは……」
こんな森の中に、誰が住んでいるんだろう……。
ただの物好きにしては、立派な屋敷だが。
――考えてる場合じゃないな。
「クロネ、少し待ってろよ、必ず迎えに来る!」
俺は屋敷に向かって走った。
森の中にひっそりと隠れるように建つ屋敷は、近づくにつれ、その全貌を現した。
「こ、こんなに……」
広大な敷地が、鉄の柵に囲まれている。
俺が見ていたのは、屋敷のほんの一部分だったのか⁉
だが、入り口を探している暇は無い。
俺は鉄柵を乗り越え、屋敷に向かって走った。
広いエントランスに着き、重厚な扉を力一杯叩いた。
「すみません、誰か! 誰かいらっしゃいませんか!」
返事はない……。
クソッ!
もう一度扉を叩くと、スーッと音も無く扉が開く。
だが、誰も出てくる気配は無い。
カギが掛かっていなかったようだ。
「すみません……どなたか! すみません!」
静まり返った屋敷の中に、俺の声だけが響いた。
「……」
中はとてもセンスの良い調度品が飾られ、床にはふかふかの絨毯が敷かれている。
正面にある階段の手すりを見ると、うっすら埃が積もっていた。
ここは……無人のようだな。
どこかの貴族の避暑地なのかも知れない……。
えぇい、迷ってる暇など無い、ここに連れて来よう。
何か言われれば後でいくらでも謝ってやるさ。
俺はクロネの元へ走った。
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