第5話 大魔導士からの条件
「これがあなたなのね」
「ああ……驚いた。まさか、こんな方法で戻るなんて」
俺が人間の姿に戻った方法。
それは、ローサが俺の手を握ったことで起きた。
タイミング的に、セフ婆が作ったアップルクッキーを食べたおかげで戻ったようにも見えるし、どうなのだろう。
「ほぉ、それがお主か。なかなかいい面構えをしておる」
「まさか、セフ婆様が!?」
ローサはばっと残っているアップルクッキーを手に取って見せる。
しかし、セフ婆は首を横に振る。
そうなれば、俺が人間の姿に戻ったのは明らかにローサが手を握った為。
「……私に、そんな力が……」
ローサは自身の両手を見つめる。
その時、せっかく戻った人間の姿がみるみる子竜の姿に戻って行く。
「……戻った」
「……ローサ、もう一度彼の手を握ってみい」
そうセフ婆は言うのだが、ローサはまだ自分の両手を見つめている。
セフ婆はやれやれと言った様子だ。
「ローサ!」
「はい! 何!? セフ婆様!」
ローサはまだ気づいていない。
セフ婆が俺の方を向いて漸く気づく。
「あれ? また戻ってる」
「彼の! 手を! 握ってみなさい!」
「わかったわ! セフ婆様!」
2度目。セフ婆にそう言われて、ローサは俺の小さな手を握った。
すると、やはり俺は人間の姿になった。
「……どうやら、ローサが手を握っている間だけ元の人間の姿に戻れるようじゃな」
「そのようだな」
そして顔を赤らめるローサは俺から目を逸らす。
「じゃ、じゃあ! ずっとこうしていなきゃいけないわけ!? 食事中も、寝るときも、お、お、お風呂入る時、も?」
「そこまではしなくていいんじゃないかの? 確かに、ローサが彼の手を握っている時だけ戻れるようじゃか……う〜ん、こればっかりはわしにもお手上げじゃ」
ふるふると首を左右に振るセフ婆。
「ルアード、俺をモンスターの姿に変えた奴の名前だ。セフ婆、そいつの居場所を知らないか?」
「……ルアード、はて? 知らないなぁ。ーーじゃが」
セフ婆は俺の額に人差し指を押し付けた。
目を瞑り、何かをしているように見える。
すると俺の体が少しばかり光出した。
しばらくの間そうしていると、間も無く人差し指を退ける。
こくこくと頷くセフ婆を見て、俺はローサと顔を見合わせた。
「マメルの町、そこに其奴はおる」
「……リードメモリー」
ローサがそう呟いた。
俺も殺し屋として過ごして来たとしてもその言葉は知っていた。
リードメモリー。
対象の記憶を読み取ることが出来る魔法。
多くは上級魔導士以上しか扱えない魔法で、誰かを探す時や犯罪捜査などで使われる。
上級魔導士以上しか扱えない理由は、他人の記憶を読み取ることは読み取り手の心体に少なからず影響を及ぼす為。
中級、下級魔導士が安易に使おうものなら、読み取った情報次第では精神が崩壊する。
俺がリードメモリーのことを知っていた理由。
それは、過去の仕事の時に、俺の記憶を読み取ろうとした魔導士がいたから。
しかし、殺し屋の仕事というものを知らないであろう相手にとっては精神がおかしくなるほどだったようだ。
血相を変え、気絶してしまった。
その時ばかりは流石に殺す気は失せた。
勝手に自爆したのだ。
それはそうだ。
人を殺めるなんてことは、殺し屋か犯罪者くらいしかしない。
俺の記憶を読み取った者にとっては一生残るトラウマだろう。
14で殺し屋の世界に入って以来、人を殺めて来たのだから。
中にはえげつないやり方で殺した相手もいた。
銃声一発で殺められるのならあっさりことは済むのだが、そうもいかない時もある。
何をしても殺さなければいけない。
それを確実に実行する。無論、100%ではないが限りなく近づける。
それが殺し屋。
そんな情報を読み取ってしまったのだ。
もちろん、俺の記憶を読み取った以上、セフ婆も同じだ。
だが、以前として平然としているのは、大陸一の魔導士たる所以だからだろう。
人生経験に雲泥の差があり過ぎるセフ婆と俺。
たかだか18年生きて経験してきたものが殺しの仕事だとしても、青二才の記憶なんて大したことではないのだろう。
「セフ婆、ルアードはその町にいるんだな?」
深く頷くセフ婆。
「よし、なら今すぐにでも行く」
「待って! 私もついて行ってあげる! セフ婆様、いいでしょ?」
また、深く頷くセフ婆。
俺とローサは早々にドアから出ようとした。
だがーー
「っな!?」
ドアノブに手をかけようとした瞬間、体が急に動かなくなった。びたりと。
そして背後に感じるただならぬ気配。
ふり向こうにも振り向けない。
俺の額からつうっと汗が伝う。
「ただで行かすとでも思っておったか?」
「セフ婆様!」
「……どうしろと?」
言葉は話せた。
俺は恐る恐る、そう聞いた。
「もし、人間の姿に戻ることが出来たのなら、ローサを……一人前の魔導士にせよ」
「は……はあ!? 何言ってんだ婆さん!?」
話した瞬間、俺は動けるようになっていた。
振り向いてセフ婆の方を見る。
そして言葉を待つ。ローサも同じように。
「……ロフィ、そう言ったな。お主は殺し屋なんぞ向いておらん」
「だ、だからそれとこれとは話は別だろう!?」
俺は否定はしなかった。
少なからず、殺し屋が自分に向いているとは思っていなかったからだ。
人を殺める度に、何のためにこんなことをしているのか? と自問を繰り返す日々。
俺の記憶を読み取ったから知ったのだろうが、セフ婆の言葉は的を得ていた。
「時期にわかる。さあ行け! お前自身を取り戻す為に!」
ドアがバンッと開き、飛ばされるように俺とローサは宙を舞った。