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第4話 手を握ってあら不思議


森を進んで行くと、古ぼけた家が見えて来る。

煙突からは白い煙が立ち込めていて、何とも香ばしい匂いが風に揺られて漂って来る。


「着いたよ」


「……ここが、大陸一の魔導士の家」


そう言うのだが、大陸一の魔導士が住んでいるなんて到底見えない家。

家の外壁がところどころ崩れており、強い突風でも吹けば、屋根の瓦は吹っ飛び、たちまち崩れて壊れてしまう。

そんな家。


「セフ婆様、ただいま! お客さんだよ!」


ローサはドアを開けるなりそう言った。


そして、俺は確信した。

今、目の前の家にはとんでもない人物が住んでいると。

それは、ローサがドアを開けた瞬間、ピリピリとした空気が俺の肌を刺したからだ。


殺し屋の仕事をしていても、滅多に感じない空気。

ただならない空気。

ギャング団のボスがひよこ程度に感じるほどの空気。


とっさにいつもの体勢をとってしまう。

殺し屋体術。

腰を低く落とし、軽く手を握る。

急所を狙われない為の基本姿勢。


「おかえり、ローサ」


ゆっくりとした話し口調で出て来たのは、紫と白が混合した髪の老人。

目ははっきりと開いておらず、杖をついている。


この婆さんが、大陸一の魔導士……


目は何処を向いているのか分からない。

これは閉じている。

それが分かった。

殺し屋が視力が低いなんてことはあり得ない。

そして今、小竜の姿になっているおかげか、何故か視力は数倍アップしていた。

いつもより、鮮やかに色が見える。


目を閉じているのを確認できるのはもちろんのこと、ドアの奥に見える本棚の一冊の文字も読める。“TRAVELER”と書いている。


「ーーうん、うん、そうか。そうか。ーー残念じゃがの、それはわしにも直せない」


「おい、婆さん。俺はまだ何も話していないぞ」


「ばっ! ちょっとなんて言い方するの! ちゃんとセフ婆様って呼んで!」


「いいんだよ、ローサ。彼はこんな醜きモンスターにされて、心を痛めてしまっておる。少々のことくらい許してやろう」


俺はまだ、目の前のセフ婆が大陸一の魔導士だと思っていなかった。

同じ名前を名乗ることくらいだれでもできる。

確かに空気感こそただならないが、大陸一の魔導士と呼べる根拠がない。


今では既に死んだ人間と噂されていた人物。

そんな人物が目の前に現れたところで、顔も魔法も見たこともない俺にとっては、信じられなかった。


「もう! セフ婆様ったら甘いんだから!」


俺はセフ婆に醜いモンスター呼ばわりされようと屁でもなかった。

そんなことでいちいち腹を立てていたら、殺し屋なんて務まらない。


それよりも、セフ婆が直ぐに現状を理解したのかが気になった。

恐らく魔法の力でも使ったのだろうが、やはり、得体が知れない。


大陸一の魔導士なら、瞬時に状況を把握することなんて造作もないということだろう。


「まあ、突然のことでお主もびっくりしておろう。どや? 甘いクッキーをさっき焼いたから家でゆっくりしていくといい」


「婆さん、俺はそんなことしてるーーっ! 何するんだお前!」


俺をぶったのはローサだった。


「セフ婆様! 次言ったら、私の魔法の洗礼を浴びることになるわよ!」


「やってみろ、貧弱魔導士」


「カッチーン! 言ったわね! いてっ!?」


ローサをぶったのはセフ婆だった。


「やめい! 呼び方なんぞなんとでもいい。それよか、せっかくのあつあつ出来立てクッキーが冷めてしまうんじゃ! はよ、家に入れ」


セフ婆が扉を閉めようとすると、俺とローサは引力に引き寄せられるように家に入った。


勢いよく閉められたドアが揺れる。


「セフ婆様ってば強引なんだから!」


「ローサたちがもたもたしているからじゃ」


セフ婆はオーブンの中からクッキーを取り出している。

りんごの仄かな甘い香りがするクッキー。

どれも均等な大きさで、一口サイズだ。


セフ婆は取り出したクッキーを皿に盛り付け、テーブルに置く。

それを、「わあっ!」と言うローサは、くんくんと匂いを嗅いでいる。


「さあ、午後の優雅なティータイムの時間じゃ。ほれ、席に座って」


「……ばあ……セフ婆、俺を人間の姿に戻せないなら、用はないよな?」


「まあそう慌てなさんな。別にその姿でもさほど問題あるまい?」


セフ婆は俺のことなど人ごとのようで、今度は甘い香りがする紅茶をテーブルの上に並べ始める。


ローサはというと、目の前のクッキーに目を奪はれたようで席に座ってそわそわしている。


「……はぁ」


俺は遣る瀬無い溜め息をついた。


俺を人間の姿に戻してくれると思って来たはずだが、何故か大陸一の魔導士と、まるでその反対にいる魔導士と午後のティータイム。


こんなに優雅な時間を過ごすなんてしたことも無かった俺にとっては、本当に意味のない時間だった。


「アップルクッキーじゃ。さあ、お食べ」


セフ婆がそう言った瞬間、ローサは待ってましたと言わんばかりに、「いただきます!」の“す”が言い終わると同時にアップルクッキーを口に入れた。


そして、座っている状態で手足を上下にバタつかせる。


「おやおや嬉しいねえ、そんなに美味しかったかい?」


「とっても!」


ローサは更に1枚、そして1枚と口に運ぶ。


……そんなに美味いのか? ーー……


俺もテーブルの上のアップルクッキーを手に取ろうとした。

だが、あまりにも短い手足。まるで届かない。


「ん?」


口一杯にアップルクッキーを頬張らせ、ローサがじっと俺を見る。


そして、テーブルから1枚のアップルクッキーを手に取るなり渡す。


「ふん」


素直に感謝出来ず、鼻を鳴らして受け取った。


そして、受け取ったアップルクッキーを一口。


水分は飛び切っているはずなのに、口一杯に広がるアップルクッキーからは、濃厚な、それも甘い甘いりんごの味が口の中を支配する。


それほどの甘み。


俺はもう一つ、手に取ろうする。



だが、取れない。


大陸一の魔導士が作ったアップルクッキーは絶品だった。


短い手を伸ばすに伸ばすも……取れない。


それを見かねてローサがまた、ひょいっと俺に渡す。


「ん」


と、不器用にも感謝を伝える。


そして食べる。

やみつきになる味。

食べても食べても食べたくなる。


ローサが一心不乱に食べるのは、食べてこそ分かることだと、俺はもぐもぐと口を動かしながら思った。


「それにしても、ロフィの手ってほんとに短い」


「うるさい、好きでこうなったんじゃない」


50センチも無い腕から手。

子竜の姿の俺は、モンスターそのもの。


ローサは空いている俺の片方の手を手に取った。


「「「!」」」


唐突なことが起きた。


俺の姿が変身前の人間に戻ったのだ。

黒服が似合う殺し屋に戻ることが出来たのだ。


だが、袖は破れ、中途半端に下部が破けた黒服はお世辞にも綺麗な状態とは言えない。

歩いて来た最中にひきずって来た砂が黒服の下部にびっしりとついている。


一体、どれほどの仕事ころしをして来たのかというほどだった。




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