第17話 殺し屋ロフィの最期の仕事
1カ月後ーー
俺は波の荒立つ、崖の先にいた。
そして眺める。
広大な海を。
広く何処までも、何処までも続きそうな海を。
視界を下へ。
“Here lies Barrettsilence”
“バレットサイレンスここに眠る“
俺は長きに渡って殺し屋稼業を支えてくれた、相棒を土に埋めた。
それは、今までして来た殺し屋を殺すことであり、俺は自らの手でそうした。
理由は、今回ローサと人間の体を取り戻すまでの間に、殺し屋は俺には向いていないと思ったからだ。
もちろん、モンスターにされてしまった人間を撃ってしまった負い目もある。
だが、それは今更どうこうしようと何も出来やしない。
それが一番の原因と言われればそうかもしれない。
ただ、少なからず14の時から殺し屋としてやって来た。
よく、今までやって来たもんだ。
初めて人を殺した日、眠れない日もあった。
吐き気に襲われ、眠っても殺した人間の夢を見る。
そんな日に嫌気がさした時もあった。
だが、俺は殺し屋を続けた。
なんで?
分からない。
ただ、殺し屋としていることが俺の道だと思っていたから。
殺し屋だから、と半分諦めた気持ちで受け入れていた。
だが、今はもう……
〇
自宅に帰り、懐かしい服を手に取る。
“バレットサイレンス”と同じように、長く使って来た黒服だ。
ただ、それも今日でおしまい。
今日は、ゴミの日だ。
たたんで、黒服を。
そして袋に入れた。
工場で使ったもう1つの拳銃“サタンゼクス”と、防護服とナイフ2本はこっそりと店に返しに行った。
殺し屋になってから久しく着なかったまともな普通の格好で。
こっぱずかしく、今も慣れない。
本当は、これが逆なんだろうが、俺にとってはその“普通”が“普通”ではない。
これから、どう生きていこうか。
もう、殺し屋でやって行くと思っていた。
その殺し屋の仕事の中で命を落とすのが俺の人生だと思っていた。
こんなまともな“普通”の格好をするなんて思ってもいなかった。
何をどうすればいいのか。
何も浮かんでこない。
また、殺し屋に戻ることはもうない。
ただ、今まで身について来た人殺しの手に、一体何が出来るというのか。
俺は俺。
ターゲットはあくまで他人。
何の面識も感情もない。
幾つもの屍の上に立ち、そして俺はここにいる。
殺し屋の仕事で死ぬんだなと思った時もあった。
返り討ちにされてしまい、惨めな気持ちに殺されそうになった時もあった。
そんな楽しくもないことを乗り越えて、俺はここにいる。
やはり、一度、闇の世界に入った人間に居場所はそこにしかないのか。
どうしようもない気持ちとはこのことだろう。
ベッドの上に仰向けになって、天井を眺める。
殺し屋なんて、見方を変えればただの犯罪者だ。
天井が遠い。
伸ばしても伸ばしても届く気がしない。
殺し屋を捨て、表の世界に出て来たとしても、大きな、大きな心の闇が俺を抑えつけてくる。
何度も、何度も思っていたこと。
それが、どんどんどんどん俺の心にまた重なって行く。
天井ってこんなにも遠かったのか?
このまま目を閉じたら楽になれるか?
ただ、また殺した人間の悪夢を見そうだ。
でも、もうそれもいい。
瞼を閉じようとしたーー
その時、インターホンが1つ鳴った。
「誰だ?」
重くなっていた瞼が上がる。
だいだいの予想は出来る。
俺の元に来る人間など、配達員か、近所の人間だ。
俺が殺し屋だなんてことは彼等は知らない。
ただ、この町に住んでいる1人の少年という認識だろう。
「よっ!」
扉を開けた瞬間、ひょこっと顔を覗かせたのはローサだった。
あれから1ヶ月、音沙汰もなく何をしていたのか。
まあ、俺とローサはただこの町にある広場で出会っただけの関係。
何をしていようが俺には関係ない。
「なんだ?」
「なんだはないでしょ! せっかく来てやったのに! お邪魔〜」
そう言って勝手に入って来る。
俺はお前の友達か。
図々しく、身勝手。
1ヶ月そこらじゃ変わらないか。
ただ、こうして誰かとまともに接するのも久し振りな感覚だ。
殺し屋から足を洗ってからというもの、この1ヶ月、外には買い出しに出かけるくらいか、空いた時間は、適当に町中を散策して過ごしていただけ。
「ローサ、何の用だ?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」
何やら持っているリュックをゴソゴソとして、一枚の紙切れを取り出した。
それを俺に見せる。
長ったらしい文字が書いてある。
「……本当なのか?」
「本当!」
ローサはとても嬉しそうだ。
その見た内容によると、何と魔導士育成学園に入学が決まったというではないか。
それはいいことだ。
あんな貧弱っぷりを散々見て来たんだ。
入って、しっかり勉強して来い。
と、偉そうにもの言ってるが、俺は俺で自身のことを何とかしなければ。
ローサが来たことで、後ろ向きになっていた感情が何故か前を向いた。
「良かったじゃないか。これで、やっとまともな魔導士になれるな」
「うるさい! ロフィが驚くくらいうんと立派な魔導士になって見せるんだから!」
「……そうか」
そのいきじゃあ、本当になりそうだな。
俺もローサのそんなところは見習おう。
ローサは首を傾げ、何か言いたそうに見える。
「……ロフィは、まだ殺し屋やってるの?」
「いや……俺はもう」
「うんうん! それがいいよ! それで、今は何をして?」
俺は首を横に振った。
「そうなんだ……だったら、私と一緒に魔導士育成学園に入学しない? グラス先生に言ったらきっと大丈夫だよ!」
「俺が魔導士に?」
そんなこと、考えたこともなかった。
殺し屋として一生をやっていくつもりだった。
だが、その道も自らの手で閉ざし、もう、俺には何も残されていないと、そう思っていた。
「ロフィなら、魔導士くらいなれるよ! 私が言うのも変だけど……ロフィは賢いし、誰かを救える魔導士になれる!」
「……考えておこう」
俺が誰かを救う?
殺し屋とはまるで対極。
魔導士育成学園は、そもそもモンスターを退治する目的として建設された。
また、モンスターの相手か。
もし、それがモンスターに変えられた人間なら……
「大丈夫だよ。ロフィは本当はとっても優しいんだもの」
急に震え出した手を、ローサはぎゅっと握る。
なんだ?
ローサのくせに、いやに落ち着く。
震える手が止まっていく。
「今日は、もう帰ってくれ」
そっと突き放し、そう言った。
「待ってるからね」
そう言い残し、ローサは帰って行った。
〇
1週間後ーー
俺は魔導士育成学園の門の前にいた。
未だ慣れない私服を着て。
何か腰にぶら下げていないと落ち着かないくせはまだ直っていないが、少しずつ、それは慣れて来ている。
隣にはニコニコとしている黒魔導士がいる。
そう、俺は決めた。
「行くよ」
「ああ」
魔導士育成学園の門を潜り、俺は新たな人生を歩み始める。
〜おしまい〜




