第11話 黒魔導士は誘拐される
「ローサ! 居たら返事をしろ!」
割とでかい声で呼びかけたつもりだが、返事はない。
「ローサ!」
耳を澄ませてみる。
だが、返事はない。
まさか……いや、あり得る。
マメルの町の人々はどうかはわからない。
だが、何かしらの関係はある可能性もある。
見上げるほどに巨大な石の彫刻を見ながら、マメルの町の奥へと歩いて行く。
民家にも、見る限りでは人は居ないようだ。
町中は不気味なほどに静まり返っている。
昼間にも関わらずこうも人が居ないと、不気味さが際立つな。
セフ婆によると、ルアードはこのマメルの町にいると言った。
そうなれば、何かしらこの町の状態と関係があるかもしれない。
いきなり注射針を打ってくるようなイカれた奴だ。
このマメルの町で何をしている?
ローサは、確かにいきなり居なくなるようなやつだが、今回ばかりは違う気がしてならない。
誘拐。
可能性はそれだ。
いつ、どこで、どうやってローサをさらったか知らないが、それでは俺が困る。
少しばかりの道中で顔なじみになったこと。
少しばかりの道中で放っておけないと思ったこと。
そして極め付けは、師匠がセフ婆であること。
無事、俺が元の人間の姿に戻れたとしても、ローサが居なければどんな目にあわされるか。
想像したくもない。
「……お前は」
歩いて行くと、民家と民家の間から黒いマント頭から羽織った者が現れる。
俺はこいつの風貌を覚えている。
ルアードと一緒にいたマントのやつだ。
「女は預かった。返して欲しければ日の沈んだ時に町の外れの工場に来い。……もし、来なければ、女もお前と同じモンスターだ」
マントの者はそう言って、民家の横に走って行った。
「……消えた」
直ぐに追いかけて民家の間を見たのだが、そこには向こう側の道があるだけだった。
俺は深く深呼吸した。
元々、俺はそこに行くつもりだったんだ。
工場なんて言うくらいだから、それこそ、怪しい何かを作っていそうだ。
俺をモンスターの姿に変えた薬とかな。
セフ婆、感謝するよ。
たとえこんな子竜の姿でも、もう慣れに慣れた。
暴れまくって工場をぶっ壊す。
ローサももちろん助ける。
そうだ。思い出した。
セフ婆はマメルの町にルアードがいると言った条件として、ローサを一人前の魔導士にしろと言っていた。
無理だろ。普通に考えて。
殺し屋の俺がどう転んだって、1人の、しかも最弱スライムにも負ける黒魔導士を一人前に?
何を思って大陸一の魔導士は俺に言ったんだ?
そのこともある。
この人っ子ひとり見えないマメルの町もおかしい。
さっき現れたマントの者とルアードが絡んでいるのかもしれない。
民家と民家を蹴り上げて行って屋根の上に乗る。
「あれっぽいな」
俺の居る位置からそう遠くはない。
日の沈んだ時に来いということだから、しばらくは待つしかない。
そうなれば……
屋根から屋根へ。
跳んで移動する。
そして、地面に着地。
武器屋の前だ。
品揃えは申し分ない。
俺を盗人だと思うなよ?
もしも、ルアードの件でマメルの町の住人が居ないのなら、助ける為の行動になるかもしれないんだ。
俺は装着しているベルトに魔導士対策用の拳銃。
俺の持つ拳銃と引けをとらない威力と言われている拳銃。
そして、予備の弾丸。
さらには、殺し屋にとっては拳銃と同じように必要なナイフ。
それを2本。
斬れ味は……いい。
試し斬りで、店の壁を斬りつけた。
ここに店主がいたら、怒鳴られたことだろう。
大目に見てくれ。
俺の持つ拳銃を含めると、合計3つの拳銃。
そして斬れ味抜群のナイフが2本。
……さて。
武器屋を出て次に防具店に行く。
直ぐ近くにあった。
鍵は閉められていない。
人もいない。
これは、いよいよもって、何かの事件に巻き込まれた可能性がある。
防具店の中には、魔導士が使いそうな防具や鎧が置いてある。
殺し屋に似合いそうなものは……あった。
黒くて耐久性が高そうな防護服。
それでいて柔らかく伸縮性もいい。
値段は……見なかったことにしよう。
そうだ、と思い付く。
今来ている黒の服を置いて、その黒の防護服を着ようとした。
だが……
「俺だと分かるな」
こんな破れて汚れまくった黒服を置いて行けば、直ぐに持ち主が分かるだろう。
指紋や匂いもあるし、こんな特徴的な黒服を来ているのは個性的な人間か殺し屋くらいしかいない。
返り血はつけないのが俺の殺し屋流儀だが、鼻に自信のある探索犬が嗅げば直ぐに俺だと分かられるかもしれない。
「少しでかいがちょうどいいな」
それでも、俺は着替えた。
どうやら魔力が込められていたようで、子竜の姿に合わさるように小さくなった。
前来ていた黒服は、事が終わった後で取りにくればいい。
草むらの中にでも隠しておいて。
もしくは、事情を説明すれば大丈夫だろう。
……いや、そんな上手い話はないか。
店の物を勝手に取って来ているんだ。
事が終われば、返そう。
道具店を出た。
「まだまだだな」
日の入りまではもうしばらくかかりそうだ。
また、マメルの町を歩き出す。
そして見えて来た一軒の店。
戦い前の腹ごしらえだ。
サンドイッチや食パン。
目に付いたものを手に取って食べる。
空腹を満たして準備もした。
後はその時を待つだけだ。




