第10話 カーバンクルを愛でる殺し屋
オーガが去ってから夜通し歩きに歩いた。
オーガと交戦中に突如現れたフェアリーのおかげだ。
疲れを吹っ飛ばす鱗粉とやらを俺とローサにかけてくれた。
オーガにも説得してくれたようで、本当に助かった。
モンスターの中にも良いモンスターもいるもんだ。
目的の町も近い。
日が昇るにつれて、遠くにマメルの町も見える。
待っていろルアード。
きっちり、俺を人間に戻させてやる。
「やっぱりスープだけじゃあ足りないよ〜」
そう駄々をこねるのはローサ。
セフ婆がいつのまにかローサに持たしていたカボチャスープの粉末。
それを、またいつのまにか持たしていた折りたたみ式の耐熱式紙コップに入れる。
適当な大きさの木を集めて火打ち石の要領で点火し、川の水を沸騰させて、カボチャスープの粉末が入った耐熱式紙コップに注いだ。
飲んだ感想としては……甘い、だ。
アップルクッキーにしても、紅茶にしても、大陸一の魔導士は甘いもの好きなのか?
朝から目が覚めた。
「贅沢言うな。持たせてもらってただけ、師匠に感謝するんだ」
「そうだね〜」
なんとも気の抜けた声だ。
随分とまあ、甘やかされて来たんだな。
これでは、大陸一の魔導士も手を焼くのも頷ける。
一体、どういう経緯でローサとセフ婆が繋がったのかは不明だが。
まあ、俺には関係ない。
俺はさっさと人間に戻って、それで……
「こいつは……」
可愛らしいモンスターがいた。
その愛くるしい目を輝かせてちょこんと座っている。
青い尻尾をフリフリとさせて、顔よりも大きな二つの耳が特徴的。
額の中心にはキラキラと輝く赤い石のようなもの。
カーバンクルだ。
モンスターの中でも希少性が高く、戦闘を好まない平和主義者。
俺とローサが近寄っても逃げようともしない。
ましてや俺は子竜の姿。
逃げないどころか近寄って来る。
「可愛いな」
思わずカーバンクルの頭を撫でる。
目を瞑って尻尾をさらにふりふりさせる。
「な、何だ?」
それを横で見ていたローサがなんとも言えない表情をしている。
「ううん! 可愛いね、カーバンクル」
ローサもカーバンクルを撫でる。
とてもサラサラな毛並みで、黒い目は澄み切っている。
こんな場所にいて、他のモンスターに襲われやしないか?
心配で堪らない。
そうしてしばらくの間、カーバンクルを愛でていたが、親らしいもう一体の大きめのカーバンクルが来てそそくさと俺たちの元を去って行った。
朝からなんて良い気分だ。
子竜の姿でも、人間の手の触感が残っていて本当に良かった。
そして、さっきから肩を震わせているローサに妙に腹が立つが放っておく。
殺し屋でも癒されたい時もあるんだ。
マメルの町へ向かい、また歩みを進めた。
○
あれから、カーバンクル以来モンスターと出会わなかった。
そして着いた場所。
マメルの町。
石工造りの巨大彫刻がある町。
落ち着いた雰囲気のある町で、俺をモンスターに変えた輩がいるとは到底思えない。
それほどの優雅な町。
人通りはない。
何故だろうか?
だが、それは都合がいい。
俺は子竜の姿なんだ。
悪目立ちしなくていい。
「すごいね。あれってグリフォンでしょ!」
ローサは人がいないことなど気にしていないようで、一つの彫刻を指差す。
石工造りのグリフォンの彫刻だ。
全長5メートル近くあり、よくもまあこんな物が作れたなと感心しかない。
そして左を向けば、マメルの町に来る途中に出会ったカーバンクルの彫刻。
違うのは石で出来ているということと、その大きさ。
先ほどのグリフォンと言わないまでも、近いくらいある。
さすがにここまで大きいカーバンクルはどうかなと思うが、巨大な石でも可愛いものは可愛い。
道を歩いていけば、何かしらの石の彫刻がある。
まただ。
あれは、ドラゴンだ。
グリフォンより大きい。
どれほどの時間をかけて作りあげたのだろう。
鱗の一つ一つが精巧に再現されており、皮膚の感じやリアル感が職人技を感じる。
ここに、また職人技によって色が付いたならばまさしくドラゴンそのものになるだろう。
また見えて来た。
これは、戦乙女の異名を持つヴァルキリー。
凛とした表情や羽の一つ一つが今にも動き始めそう。
持つ槍を振るえば、異名の通りの活躍をしそうだ。
これほど巨大ではないとは思うが……実際はどうなのだろう。
ただ、どれもこれもカーバンクルには及ばないな。
俺はもう一度カーバンクルのある彫刻の方へ向った。
「そういえば……」
そして気づく。
あの魔導士はどこに行ったのだと。




