ポチインザ宇宙
ポチは第二宇宙速度を超えました。
もちろん、生身ではなく宇宙船に乗っています。
まばゆい光が薄れていくにつれて、彼の引き攣った顔も元に戻っていきます。彼は種族的な意味で表情筋を器用に操るという事はできません。強力な重力加速度が働いたので、彼の顔も後ろに引っ張られていたのです。
彼が今何を考えているかは表情から読み取る事は出来ませんが、その瞳には今飛び出したばかりの昏く輝く星が映っています。
かつては青く澄んだ色をした星でした。
つい先ほどまではポチだけが唯一の生き物でした。
そして、今はもうそこには誰もいません。
そんな場所でただ一人生き残ったところで結末は何も変わりません。
つまりは、昏き星はとうの昔に眠りについていたのです。
長い眠りです。次に目覚めるのはいつかは想像もつきません。多くの幸運が重なる必要があります。
ポチがそこまで考えていたかは別にして、しばらくの間、惜しむように眠る故郷を眺めていました。
やがて、故郷が眼下へ沈んでいくと新たな星が見えてきます。
赤い星です。
これもまた、眠りの星です。ゆくゆくは起きる運命にありましたが、それはまだしばらく先になりそうです。
金色のディスクによると、こういった近隣の星を足掛かりに星々を起こす計画があったそうですが、それらは失敗に終わりました。
結局は、唯一ポチだけを救った形になります。
彼は赤い星に何を思うでしょうか。
飴舐めたい、とかでしょうか。
赤茶けた飴は何味なのでしょう。
船はあっという間に星々を通り過ぎます。
ポチが赤い星への興味を失くすと同時に、新たな星が見えてきます。
今度はマーブル色の大きな星です。
白と茶の縞模様が特徴的で、絶えずぐねぐねとお互い擦れ合っています。
ポチはどう思うでしょうか。
ソフトクリームでしょうか。
床屋さんのくるくるでしょうか。
ぐねぐねの星では魚が空を舞っています。
魚は近くの星から自力で泳いできましたが、ポチとはちょっと違う世界の住人なので今回はパスです。
ものすごい速さの世界にいる人たちなので、ポチとはちょっと波長が合わないのです。
物理的に無理ってやつです。
次に見えてきたのは大きな輪がついた星です。
輪はよく見ると、クジラが群れになって泳いでいます。
ポチは比較的親しみやすい存在に出会えた事で興奮気味な様子でしたが、船がクジラに近づくにつれて首を傾げました。
クジラはポチの1万倍以上のサイズ感があり、まるでそびえ立つ壁のようです。
そして彼らは半透明で、光を反射してキラキラと光っていました。氷のクジラ達でした。
やっぱり彼らもポチとは生きる世界が異なります。
クジラたちが群れを成したはじまりは、宇宙の捕食者であるブラックホールから逃れる為でした。
クジラ一頭では歯が立たない相手でも、群を成して巨大な天体へと形を変えることで大きな抵抗力を得る事ができたのです。
近隣の星が長く生き続けているのも、クジラ達のおかげと言えるでしょう。
彼らは彼らの義務があるために、この場を離れるわけにはいきません。
ポチが真剣な彼らを見て敬意の念を抱いたかは分かりませんが、ひとつ、わんっと吠えました。
やがて、いくつかの星や魚を通り過ぎると真っ暗なところに出ました。
遠くを見ると、きらきらと星々が輝いていますが現在ポチがいる場所はほとんど何も無いように見えます。
しかしそこはポチです。鼻が効くので、真っ暗な空間に黒くて透明なカラスが飛んでいる事に気付きました。
ものすごい量のカラスです。恐らく遠くに見えるキラキラまでびっしりと飛んでいるに違いありません。
ポチは少し疲れてきたようなので、休憩する事にしました。
これからも長い間、孤独とたたかわなければなりません。
目指すは宇宙の反対側。
そこには鏡写しのように、ポチやその仲間達が住む青く澄んだ星があるはずです。
私はポチを優しく抱きしめると、ベッドの上へ寝転がりました。
次に目覚める時は、もう少し明るい場所に到着している事でしょう。
それまで、おやすみなさい。