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076. 三人と三体

 アルドス出身の亜人の内、三人しかいない青年男子の一人で、赤い髪が特徴のジリオンは森と草原の境に居た。


 彼は前髪の隙間から見える額に汗を浮かべ、


「――っと、やっと乗れたけど……うぉっ、危な!?」


 揺れる足場でふらつきながら、なんとか落下しないようにしていた。


 彼が乗っているのは、アルカ・ディアスに属する竜のうちの一体で、ミドガルズオルムの眷属であるサラマンダーの背だった。


 サラマンダーはジリオンが背中に乗ったことを確認すると、ふざけて身体を揺らす。


「ちょっ!? マジで止めろよサラマンダー! すっげえ怖いんだよ!」


 ジリオンが狼狽して言うが、おそらくサラマンダー側は意味が解らないだろう。言葉自体ではなく怖いと言う意味が、だ。


 そしてそんな様子を見ながら言葉を漏らす者もいた。


「いいなぁジリオン。僕なんか、未だ乗せてくれるの認めてくれないよ。サキト様が居ない時でも触るのは許してくれたけど……」


 もう一人の青年で、年齢はジリオンと一緒ながらも少年によく間違えられる、キリューはため息混じりにそう言った。


 キリューの横には、深緑色の鱗を身にまとった竜、リンドブルムが鎮座している。


「まあまあ、焦っても仕方が無い事だ。なにせ相手は竜だ。そう簡単なことじゃないさ」


 言うのは、青年三人組の最後の一人、三人の中で最も高身長のベリオスだ。彼もまた、ミドガルズオルムの眷属竜の最後の一体、ジルニトラの背に乗っていた。


「ベリオスは本当にすごいよね。もう飛ぶところまでいってるんだもん」


 キリューの言うとおり、ベリオスを乗せたジルニトラは空中で浮いていた。翼による羽ばたきではなく、魔法による飛行を得意とするジルニトラの特徴だ。


「なんとなく、お互い似ている部分がある気がするからな。やはり相性が良かったのだろう」


「うーん、確かにベリオスもジルニトラも落ち着いてて大人って感じはするよね。ジリオンとサラマンダーも似てるような気がするし。こう……赤いところとか?」


「色だけじゃねーか!」


 ジリオンもジリオンで器用なのだろう。既にサラマンダーの上でツッコミを入れるぐらいには慣れが生じていた。


「てか、あれだな。ベリオスの言うとおりなら、キリューとリンドブルムにも共通点があるって事だよな?」


「そ、そうなるよね……。でも、僕とリンドブルムって……」


「「…………似てないな」」


 ジリオンとベリオスが二人揃って言った。


「えぇ……」


 そんな様子に困惑するキリュー。その時だ。


「おーい」


 新たな声が発生した。場所は森の方。三人が視線を送ると、そこに居たのはサキトだった。



●●●



「やってるかー、お前ら」


 三人と三体を相手に、俺は右手を上げて言った。


「……お、サキトさん! やってるやってる。見てくれよ、やっとサラマンダーが背中に乗せてくれたんだ!」


 サラマンダーの上から手を振るジリオンに手を振り返し、頷いた。


「いい傾向だな。ベリオスとジルニトラもそうだったけど、俺が予想しているより早いじゃないか」


 実際、予想外ではあった。彼らの成長具合もそうだが、彼らが竜と共に在る事を選んだ事が、だ。


 俺は一ヶ月前を思い出す。それこそ、ジークフリートたちとの再会のすぐ後の話だった。



●●●



 アルカ・ディアスの防衛を考える時、俺とゼルシア、ジンタロウたち、そして魔人たちの役割と配置はスキルや戦闘スタイルから大方決めていた。


 問題はミドガルズオルムが連れてきた三体の竜の扱いだった。


 元から強大な存在である竜がミドガルズオルムの眷属――正確にはミドガルズオルムを通した俺の眷属だが――となった事で、いずれは『魔竜』かそれに近しい存在に成長する可能性を秘めた存在に昇華していた。


 しかし、それだけ強力となってくると逆に使いどころが難しい。なにせ、竜たちの力が味方に害するような事があってはならないからだ。


 幸い、竜たちはこちらの言っている事は理解できている。ただ、逆に己の意思をこちら側に伝える『魔力通信』がまだ出来ないようで、コミュニケーションに不都合があるのだ。


 現状はまだ問題が表面化していないが、仮に実戦があるとすれば間違いなく足枷になる。


(どうする……? アルカナムを違う形にして何処かに装着させるのがベストだろうけど、アルカナムは『人』用に調整してあるからな……)


 同じ魔物でもやはり竜は特異な存在だ。正直、俺もわからない事の方が多い。使い方の説明も大変だが、何かしらの副作用が出ては困る。


 考えるのが面倒になってきた。


(…………ミドに投げるか)


 そんな事を三体の前で考えていた時、ふいに俺は後ろに居る者たちに声をかけたのだ。


「――――で、お前ら何か用か? 別に隠れる必要無いと思うけど」


 声に、後ろの茂みから三人が飛び出してきた――――というよりは転げ出たと言う方が正しいか。


 驚いたキリューが躓いてジリオンを巻き込み転んだのだ。ただ、ベリオスだけは少し離れていたからか、巻き込まれずにすんだようだった。


「いてて……まさかバレてたとは」


(……この辺りなら何処で誰が何してるかは大体察知できるんだけど、まあ言わなくていいか)


「まあ、これくらいはなー」


「やっぱサキトさんはすげえなぁ!」


 言われ、肩をすくめてから再度の問いを行った。


「で、もう一回訊くけど何か用か?」


「いや、用って程じゃないんだけど……」


 ジリオンの視線が俺ではなく、竜たちに向いている事に気がついた。


「…………もしかしてこいつらに興味があるのか?」


「え!? あー、いや……」


 言葉を濁すジリオンに、ベリオスが苦笑しながら言う。


「別に言い淀む必要は無いだろう、二人とも。サキト殿、貴方の言うとおり、私たちはその竜に興味があるんだ」


「へえ、こいつら見るとまだ魔人たちの中でも怖がるやつらがいるのに度胸があるな」


 素直に感心する。サラマンダーたちは竜の中でも、もはや大竜といえるレベルの大きさだ。その分、周囲に与える威圧感は大きい。


「こ、怖いのは怖いですよ……。でも、それと同じぐらい……その……かっこいいというか……」


「…………ははは! まあ、そうだよな! 男は竜に憧れるもんだ」


 これ、ヴォルスンドではそうでもないだろうから地域性の性質だろうか、いや年齢だなと思いつつ、話を続ける。


「なんなら触ってみるか?」


「えっ、いいのか!?」


 ジリオンが目を輝かせた。


「噛み付かれたりしませんか……?」


「しないしない、俺がいればな。だいたいこいつらに噛まれたら死ぬぞ?」


 笑顔の言葉に、キリューが顔を青くする。


「サキトさん、それ冗談でも笑えないって」


「ああ、悪い悪い。本当に大丈夫だよ。ミドからも言われてるし、人を襲うことは無い」


「――――ふむ、では失礼する」


 言って先陣を切るのはジリオンではなく、ベリオスだ。


 彼はすっとジルニトラの鱗に触れると、


「……すごいな」


「あ、ベリオスずるいぞ! 俺だって!」


「あー、三人とも。触るのは良いけど、とりあえずジルニトラ――その黒いやつだけにしとけ」


 言葉に三人が振り向いた。キリューが、


「え、何でですか?」


「その深緑色のやつはプライド高いのか、触られるのはあんまり好きじゃないみたいだからな。赤いのは好奇心旺盛で噛むなって言ってんのに噛むからな」


「怖っ! じゃあ、今ベリオスが触ってるのは?」


「そいつは元々大人しい上に分別もついてるからな。大丈夫だろ、多分」


「多分……」


 などと言いつつ、ジリオンとキリューもジルニトラの鱗に触れる。


 ジルニトラの黒の鱗に触れた二人は、先程のベリオスと同じように感動したようで、


「おお、すげえ! やっぱ竜の鱗は頑丈なんだな!」


「す、すごい……! 僕、竜に触ってる……!」


 興奮する二人に見て笑いながら、ベリオスがそういえば、と切り出した。


「サキト殿、先程は何か悩んでおられたが……?」


「あ? ああ、うん。こいつらの運用方法をなー」


 俺は三人に対し、先程考えていた内容を告げる。


「――――なあサキトさん。それってさ、誰かと組ませるとか、無理なのか?」


「ん?」


 言われた言葉に、首を傾げた。


「いや、こいつらに誰かが乗ってさ。そしたらそのアルカナム、だっけ? それだって問題なく使えるだろうし、サキトさんたちとも連携とか取りやすいんじゃないかなってさ」


「……あー、それなー……」


 いや、俺も考えなかった訳ではない。竜と共に空を駆り、空中の支配者となる存在。


 だが、戦う力を鍛え、スキルを身につけた魔人たちもさすがに竜相手には気が引けるらしい。仕方の無い事だ、と思う。竜は魔王という特異な存在を除けば魔物の中でも頂点にいるような存在であり、生物としての畏れがあるんだろう。


 こちらから言えば、魔人たちも竜と共に戦う方法を模索するだろうが、そのように仕方なしの心持ちで組んでも良い事は無いだろう。


(だから、この線は無い――)


 否定の言葉とその理由を言おうとして、俺は言葉を止めた。


 その代わり、違う内容を口にする。


「……いや、居るな……」


 そう、俺の目の前にちょうど三人いるではないか。


 だから、とりあえずの問いを投げる。


「なー、お前らさ。竜騎士とか興味ある?」

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