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073.再会と知らせ

 フランケンの東関門のさらに東、長い街道を一台の馬車が走っていた。


 少し大きめの馬車を二頭の馬が引き、それを一人の御者が操っている。


 そして馬車の中には、困った表情を浮かべた青年と不満そうな麗しい少女が乗っていた。


「クリム、やはりもう少し抑えられないかい?」 


 揺れ動く馬車の中、青年、ジークフリートは目の前に座る少女、クリームヒルトに問う。


「……無理よ。私、魔力を抑えて生活した事なんて無いのよ?」


 巨大な大槌を横に置き、クリームヒルトが眉をひそめて言う。


「フランケンではそんなに漏れ出ていなかったと思うんだが」


「それは……国の外に出るなんてあまり無い事だもの」


 そっぽを向いたクリームヒルトが口を尖らせた。


 つまりは気が昂ぶっているという事か。仕方が無いとは思うが、今回は場所が場所だ。


「オルディニアとも近いし、何より目的地が特殊だ。さすがに北の魔王たちがこんな遠くの魔力を拾えるとは思ってないけれどね」


 ヴォルスンドとしては北の魔王たちには極力関わらないという方針を取っている。


 理由は簡単だ。ヴォルスンドと彼らの支配地の間に宿敵である竜どもが巣食っているからだ。


 無論、竜といずれかの魔王が手を組む、という可能性も話には挙がったが、竜の長であるファフニールが、なにより竜という存在がそんな事を許すようなものかという事で、議論は収束に向かった。


(竜どもに感謝する訳ではないけれど、正直楽ではある……)


 これは国王や他の重鎮の前では言えない事だな、と内心で苦笑した時だった。


「――ん?」


 ふと、ジークフリートは違和感を感じた。


 馬車が減速しているのだ。


(……目的地であるアルドス付近まではまだ先だった筈だけど)


 そう思っているうちに、馬車は完全に停止してしまう。


 ジークフリートは立ち上がり、馬車の小窓を開けた。そこから、馬を操る御者と会話できるようになっているからだ。


「……どうしましたか? 目的地まではまだ距離があるはずですが」


 問うと、御者は困惑した表情を浮かべ、答えを返してきた。


「人が立っているんです。背格好からして、賊の類ではないと思うのですが……」


「人……?」


(こんな何も無いところにか?)


 周辺、村などがあるとも聞いてはいない。商人だろうか。


 ジークフリートは小窓から御者の向こうを見やる。


 確かに居る。男だ。年齢的に青年という感じで、装いから確かに賊には見えない。ただ、


(あの衣装、村人が用意できるようなものでもない、ヴォルスンドの一般的なそれとも違う。それに商人にしては身軽すぎるな……)


「……避けてもらえばいいのでは?」


 至極当たり前の提案をするが、御者は首を横に振った。


「いえ、それよりも馬たちが何故か足を止めてしまったのです。こちらの言う事をうんともすんとも聞かない状態でして……」


 どういう事か。ジークフリートの中で、ある程度の予測が立てられていく。


「ジーク? どうかしたの?」


 後ろで、クリームヒルトが首を傾げて訊いてくる。


「いや、少しね。クリムはここで待っていてくれ」


 そう言って、ジークフリートは馬車内に立て掛けてあった剣を手に取り、ドアを開けて外に出た。



●●●



(さて、どうしたもんかな……)


 眼前に馬車を置き、俺は頭を悩ませていた。


 少し前、ゼルシアから警告があり、各員に指示を出した後の今だ。


(ゼルの言うとおり、確かにモデっさんとこで前に会った二人の魔力だな)


 馬車の中からそれらを感じる。特に、おそらく少女の物と思われる魔力が強い。ゼルシアがこの距離で感じ取れたのもそれが要因だろう。


 そして、ゼルシアの感知能力が正しい事はすぐにわかった。馬車から、宿屋フルムで出会った青年が降りてきたからだ。


 その姿は前とは異なり、帯剣だけでなく鎧も着込んだフル装備だ。


(さてさて、そんなご立派な準備してこの辺りに何の御用なのかね)


 盗賊退治ならばまだ良い。だが、周辺一帯を縄張りにしていた盗賊集団は俺たちで捕縛、フランケンに送ったはずだ。その事後確認という線もあるが、ならば、()()が来る必要は無い。


 ヴォルスンドの勇者と姫。


 名はそれぞれ、ジークフリート、クリームヒルトだったか。


(伝説の人物と同じ名前……まあ、偶然では無いよなぁ)


 北欧神話と繋がりのある存在。あの国の勇者と姫がそういう名であるという事は、ヴォルスンドという国名からある程度連想できた。


(――――でも、『シグルズ』じゃないのはなんでだろうな?)


 北欧神話ベースであれば、そちらの名が優先されると思ったが、やはり似ているだけなのだろうか。


 やはりこの世界について、まだまだ知らないことが多い。


 ただ、ある程度ヴォルスンドの情報は蓄積されてきている。


 そもそも何故、勇者と姫の名がジークフリートとクリームヒルトであり、彼らがそうであると、俺がわかっているのか。


 理由は簡単だ。魔石の採掘場を見つけたあの日の午後、フランケンのヤーガンにつけてある機工人形から、彼とジークフリート、クリームヒルトが面会したと俺に報告があったからだ。


 彼らにつけている機工人形は上位シリーズに位置づけられており、自己判断や俺との高度な魔力通信ができるような仕様になっている。よって、その面会にこっそりと同席した機工人形から、彼らの名や顔を含んだ情報が魔力通信で俺の頭に入ってきた訳である。





 余談ではあるが、俺の事をある程度知っているヤーガンとその秘書的な立ち位置にあるビオラには、彼らの本国であるオルディニアに俺の事を報告しないように強く要望を出している。


 ただし、それが守られないのであれば、


(口封じ…………は物騒だけど、なんにしろ一度強めの対処をしなくちゃいけなくなる)


 方法は色々とあるが、そうならないのが一番いい。それにヤーガンの性格的にその辺りはわかっていそうではあるので、あまり心配していないのも事実だ。






 よって今は目の前の相手に集中した方がいい。


 とりあえず馬車を停めたはいいが、ここから先はほぼアドリブだ。


 問題はジークフリートとクリームヒルトが何の用事でこの先に行こうとしているかだ。


 盗賊問題の後処理ならば、やはり彼らである必要は無い。


 アルドス関連だったとしても彼らが来る理由が見つからない。もしそうならモンドリオが来る筈だ。


 あの盗賊一味から俺らやアルドスの事件に関しての情報が漏れたという事も無い。彼らを拘束した後、俺とゼルシアで記憶操作の魔法で一晩の記憶をまるっと消したからだ。


 盗賊といえどあくまで一般人で、加えて無抵抗状態なので魔法は失敗はしていない。よって、盗賊たちはアルドス襲撃から捕まった後までの記憶が無く、『気付いたら牢屋に居た』とかそんな状態な筈だ。


 で、あればだ。ジークフリートとクリームヒルトは何をしに、こんな辺境地までやってきた?


 俺も油断していた節はある。ジークフリートたちがフランケン入りして警戒はしていたのだが、ヤーガンとの面会であくまでフランケンの視察という事で来ているという情報を得て、その警戒を緩めてしまった。


(……っ)


 俺は内心で舌打ちをした。思い浮かぶ選択肢が狭まってくる。


 今後の事を考えるとヴォルスンドとの関係を悪化させるのはどう考えても悪手だ。


 だから、戦闘になるような事だけは避けたい。しかし、彼らをこのまま進ませるべきではないのもまた確かなのだ。


 そんな事を考えている間に馬車からジークフリートがこちらに近づいてきた。


 彼は俺の姿を観察するように見て、


「――――君は……あの宿にいた客だね」


「……覚えてるとはびっくりの記憶力」


 あの時、俺は魔力を放出もしていなければ、特に魔法の類も使っていなかった。違和を発見したこちらはともかく、向こうからすれば俺はただの一般客に見えたはずだ。そんな相手を覚えているとは驚きだ。俺だったら忘れてると思う。


「服装が違うから最初はわからなかったけどね、僕は君の言うとおり記憶力が良い方だから。

 ――それで? どうしてこんなところに? いや、そもそも君は一体誰だい?」


 当然訊いてくるよなー、と思いつつ、とりあえず先程考えた台詞を返す。


「俺はアルドスの人たち――というよりリーダーであるジョルトさんから雇われててね。この辺、盗賊も多いし。それでいつもの商人が使ってる馬車じゃないものがこっちに向かってるときたもんだ。一応確認はするし、停めもするさ」


 尤もらしい理由だ。


(まるっきり嘘な訳でもないし)


 とは言え、それまでだ。この理由だけでジークフリートたちを退かせることはできない。


「僕たちはこの先の地で、ある調査を行うように国王から命じられている。そこを退いてくれないか?」


「ある調査って、何を調査するんだ」


 返しの問いに、ジークフリートは数秒間を空けてからこう答えてきた。


「……それを君に言う必要は無いよ」


「だったらすんなり通す事は出来ない。さっきも言ったけど俺は用心棒だ。何の調査かは知らないが、それがもし、この地を脅かす事に繋がる調査なら見逃す訳にはいかないんだよ」


「こちらは王命だ。その程度の理由で、はいそうですかと引き下がる訳にはいかない」


「だけど、ここやここから先がヴォルスンド領土では無いのも事実だ。勇者様とは言え、領土でない所で好き勝手するっていうのは道理に合わないんじゃないか?」


 俺の言葉に、ジークフリートが眉をひそめた。言葉の意味を、そしてそれが正論である事を理解しているからこその表情だろう。


 そして、今ので解ったことがある。ジークフリートたちはアルドスが目的地ではない。


 俺は、自分をアルドスの用心棒だと名乗った。


 だが、ジークフリートは『この先』に用事があるとしか言わなかったのだ。


 アルドスに用事があるのならば、それこそ用心棒である俺に対し、アルドスに用があるといえば良い。無論、俺が騙っている可能性があるからと言われればそれまでなのだが。


「黙って聞いていれば、無礼な男がいるものね」


 と、ここでジークフリート側に新たな人物が参加する。


「クリム、馬車で待っているように言った筈だけど」


「そうね。だけど、その男が私たちの邪魔を続けると日が暮れちゃうわ。だったら私も手伝おうかと思って」


 その手には、その姿にまったく似合わない凶器が握られていた。


 大槌。対象を粉砕する事だけを考えたような武装。


「強制排除――脅すつもりか?」


「あら、ここは空白地で、私たちが相応の立場では行動出来ないと言ったのはそちらでしょう。でも、逆に捉えればここは無法地帯に近い。邪魔してきた人間を退けただけでは罪にはならないわ」


「ヴォルスンドの姫は中々過激な方だな。というか無法地帯ならば何をしてもいいと?」


「いいえ、違うわ。例えば、盗賊は略奪を目的として迷惑な存在。私たちは逆に迷惑をかけられていて、それを退けるだけだもの。一緒にされては困るわね」


「すごいな姫様、一方的な理論だ……」


 言うが、この姫は厄介だと思う。戦闘能力云々ではなく、その考え方が、だ。あくまでこちらを悪だとする考え――――否、自分たちが絶対の正義だとする考えと言った方が正しいか。


 そして思考するより先に手が出るタイプなのだろう。事こういう場面に至っては面倒くさいにも程がある。戦闘を仕掛けられた場合、対処しなければならないからだ。


(やっぱりゼルみたいな女の子が一番いいな!)


 脳内再確認を取っていると、ジークフリートが右手を上げた。


「…………はあ、仕方が無い。クリムが暴力的になってもいけないし、調査内容を言おう」


「ちょっとジーク!?」


 その言葉はどっちに対してだろうと思うが、これはこちらも予想外だ。


「仕方が無いよクリム。この人が言う事もまた事実だ。ならば、こちらも事実を言って、正当な事を証明すれば良いだけだろう。

 それに、理由を知ればアルドスの傭兵をやっているという君だって僕たちを受け入れざるおえないと思う筈だよ」


「どういう事だ?」


 俺がジークフリートたちをわざわざ招き入れる理由など、そう浮かばない。


「僕たちはね、竜を追ってきたんだ」


「……竜?」


 ふと、ここで嫌な予感がした。それもかなりだ。


「そうだ。数週間前、ヴォルスンド最北部で魔竜ファフニール並の体躯を持つ竜が発見された。幸い、目撃した兵士たちは無事だったが、報告によればその竜は三体の竜を連れたまま東の地に去ったらしい」


 つまり、その竜がこの要衝地、またはその付近を根城にしているのではないかと。そう彼らは疑っているのだ。


(大正解だよ、その推理!)


 というより、


(またミドが原因かよ! あいつ、マジで災害級だな!)


 いや、元々そういう存在ではあるのだが。


(こうなりゃ原因のミドでも使って強引に引き離すか?)


 ここから西北西辺りからミドガルズオルムを出現させれば、ちょうど竜の支配地から飛来したと思わせられる。


 その後のヴォルスンドが取るであろう国としての防衛行動の事を考えると取りたくない選択肢ではあるが、今はそうも言っていられない。


『おい、ミ――』


 その時だ。俺はふと、ジークフリートたちの後方にある存在を感知した。


 同時に視界でもすぐ捉える事ができた。


「あれは……」


 魔獣だ。だが、野良の魔獣とは様子が違うところがある。馬車を引いているのだ。


 それは以前にも見たことがある馬車であり、俺はこの馬車の持ち主を知っている。


「モンドリオさん?」


 馬車が停まり、降りてきた人物の名を俺は呼んだ。


 同じようにジークフリートがモンドリオの方を向いて言った。


「ヘルナル伯爵お抱えの商人の方ですか。

 何故ここに? この案件はボクとクリムだけで動くという話でしたが」


「も、申し訳ございませんジークフリート様! しかし、緊急事態ゆえ、お許しを!」


 モンドリオは焦りの表情を浮かべ、矢継ぎ早に言葉を続けた。


「フランケンに竜が出現したのです!」

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