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043.冒険者ギルドⅠ

 ふらっと部屋に入ってきた男は、慣れた足取りで俺たちが座る正面のソファーに腰掛ける。そのすぐ後ろ、受付嬢が定位置とでも言うように立った。


「えーと、サキトくんとゼルシアさんだっけ? 見た感じ、思っていたよりも若い印象だねぇ」


「はぁ……」


 何と答えたものか、と思いながら、俺は男を見た。


 歳はおそらく四十半ばから五十半ば。ラフな格好だが乱れているというわけでもなく、どこか飄々としていて、


(……隙が無いな)


 一見して、戦闘には向かない―――どちらかと言えば、どこぞの会社で課長でもやっていそうな、この中年の男は、仮に今ここで部屋の中に強盗が押し入ってきたとしても、軽くあしらってしまう。そのように感じるのだ。


 ただの人間ではない。それだけは確かだ。


(まー、このタイミングで出てくるようなやつなんて、ほぼ限られるんだが)


 答えはほぼ出ている。だから、とっとと答えあわせをしてしまおう。


「……すみません。話がよく見えないのですが、とりあえずなんとお呼びすればいいですかね?」


「あぁ、ごめんね。まずは名乗っておかないと失礼か」


 言って、男はポケットからとあるものを取り出した。


 それは首から下げるタイプの名札。そこに書かれているのは、想像通りの役職だった。


 ニヤリと笑った男は、それを自ら読む事で自己紹介とする。


「―――冒険者ギルド、フランケン支部、支部長。ヤーガン・カルドクス。以後、お見知りおきを願いたいね?」



●●●



「……あれ? 僕が思ったより反応薄いねえ」


 がっかりしたような口調で言うヤーガンを前にして、俺は肩をすくめて言葉を返す事にした。


「それはまあ……、わざわざ別室に案内されて会ってほしいといわれる方です。まず、普通の冒険者や係の人ではないと思っていましたから。こっちは一介の冒険者な訳ですし」


 こちらが要人であれば、この対応もわかるが、この国ではあくまでFランク冒険者のままなはずだ。であれば、こちらではなく、相手側が要人という事になる。


「それもそうか」


 手を合わせて納得するようなヤーガンの仕草に、わざとらしいと思いながら、こちらも言うべき事は言う。


「支部長さんだったら大方は把握してるんでしょうけど、一応……サキトと申します。こっちは妻のゼルシア。Fランクの冒険者です。よろしくお願いします」


 ゼルシア共々、一礼する。


「ご丁寧にどうも。若い上に、夫婦だったとはねえ。姓の登録はされてなかったから、その辺りはわからなかったよ」


 確かに、ギルドメンバーの登録時、俺とゼルシアは名前だけで登録を行った。この世界にも、人間側には姓の概念があるようなので、登録しておいた方が自然だった。


 そう思っていると、ヤーガンがゼルシアのほうに顔を向けた。やはり、フードで顔を隠すのは目を引くようで、


「奥さんは顔を出すのが苦手な感じ?」


「俺が隠すよう命じているだけです。変なものが寄ってきても良くないですから」


「そっかー。この町にもそういうのはざらにいるから、気をつけてね」


「ええ、少し見て回りましたが、裏通りなどはそういうのもあるようですね。留意します」


 こちらの返答に、うんうんと頷くヤーガンを見ながら、俺は右手を額に当てた。


(自分から呼んでおいて本題には触れていかない……相手にするとめんどくさいタイプのおっさんだーこれは)


 ならばこちらも他愛ない話を続けて場を流せばいい、と思うのだが、元々情報や仕事を求めてここに来たのだ。無駄な時間を過ごす意味は無い。


 乗せられるかあ……、とため息をついて、俺は言葉を作った。


「―――それで? そんな話をするために俺たちを別室に案内したわけじゃないでしょう」


「……君、せっかちとか言われない? まだお茶も出てきてないのに」


 出してくれるのかお茶、と思いながら、会話を続ける。


「俺たちも仕事を探しにここに来たもので」


「金貨一枚もあれば、二人なら当分遊んで暮らせると思うんだけど、何か入用なのかな?」


「……いろいろと」


 俺は内心で舌打ちした。


 やはり面倒なタイプだ。下手な事を言えば、そこを起点にさらに穿られる。それも、故意による誘導だ。そのまま、俺たちの情報を引き出し、何者なのかを探る―――それがこの男、ヤーガンの目的だと俺は推察する。


「……本当に帰らせてもらいます」


 そう言って立ち上がると、さすがにそれは困るのか、ヤーガンが引き止めてくる。


「待って待って、ごめんって。本当はお礼言う為に呼んだんだって。お茶もちゃんと出すからもう少しお話していこうよー」


 そこに焦りを感じないのはこれも見越しての流れか。ただ、まともに話をする気があるのであれば、まだ対応する価値はあるかとも思う。


「最初からそうしてくれると助かりますね。現状、胡散臭い感じしかしないですよ」


 皮肉を込めた物言いに、どう返してくるかと思えば、返答を作ったのは本人ではなく、後ろに控えていた受付嬢だった。


「あ、あなたたち! ヤーガンさんは一応、ちゃんとした支部長なんだからあまりそういう態度はだめよ」


「ビオラさんビオラさん。どっちかっていうとビオラさんの言葉の方が傷つくなあ、今のは」


 あっ、と声に出して口元を押さえる受付嬢ビオラさん。やはりこの人天然だろうか、と思った時、部屋のドアがノックされる。


「お、お茶が入ったみたいなので受け取ってきますね! みなさんはお話の続きをどうぞ!」


 それ、受け取ってすぐ状況戻らないだろうか、とも思うのだが、いい加減話を進めたい。


 視線をビオラからヤーガンに戻した俺は、彼に問う。


「お礼、というのはどういうことですか?」


「もちろん、グレイスホーン撃退の件だよ」


 さも当然だという風な口調でヤーガンが言った。


「―――実際、あの状況はかなり危なかったんだ。フランケンに滞在していたBランクの冒険者たちは全員クエストで出払っていたし、Cランクの面々だって、グレイスホーン相手となると準備が必要だ。普通の魔物じゃないからね」


 確かにあの装甲は厄介な代物だ。並大抵の攻撃ではびくともしないだろう。


「グレイスホーン自体、討伐数が少ないからねえ。Cランクっていうのも暫定的なものだし、これを期に上に修正提言してもいいかなあ……と、ありがとうねビオラさん」


 横、茶を持ったビオラが、俺たちの前にそれらを置いていく。


 無意識に《鑑定博士》で自動検知をかけるが、《最適化》がある以上、猛毒を仕込まれていたとしても、大した障害ではない。


「どうもです。しかし、確かギルドのランクはBより上……まあ、Sなんてものは置いておくとして、Aランクもいるんでしょう」


 Aランクの冒険者がどれほどの実力を持っているかはわからないが、ランクとしてある以上、実在はしているはずだ。


「ランクとしてはあるけどね」


 まずそれだけ言ったヤーガンは茶を啜った。そして、今度は彼の方から俺たちに問いを投げてきた。


「君たち、冒険者ギルドについてはどれくらい知ってる?」


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