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024.助けを求められたら

「―――……助けて、ください!」


 ゼルシアの側から、ふらふらと覚束無(おぼつかな)い足でこちらに寄ってきてしがみついたフラウがそう口にした。


 その様子はひどく憔悴していた。


「落ち着けフラウ。助けてやるから、ちゃんと説明、できるか?」


 俺はフラウと視線を合わせて言い聞かせる。


 すると、フラウはだんだんと息を整えて落ち着いていく。


 これは魔力による一種の暗示だ。以前、盗賊やグレイスホーンに対して行ったのと同種のもの。ただし、今回は殺気や圧による恐怖の塗りつけではない。


「……落ち着きましたか? フラウ様」


 光魔法で周囲を照らしたゼルシアが語りかける。


「は、はい。すみません。あたし、取り乱して……」


「大丈夫だ。とりあえず、何があったか教えてくれるか?」


 俺の促しに、フラウがぼつりぼつりと言葉を作り始めた。


「夕方の事でした……。あたしはいつもどおり、母さんの手伝いをしてたんですけど、いきなり外から叫び声が聞こえたんです。

 外に出てみたら、みんな同じように様子を確認しようと外に出てたんですけど、その時、町の東側で煙が上がったんです」


 最初は火事かと思ったフラウだったが、町の雰囲気が変だった事に気付いたらしい。


「それで、広場に行って、何がどうなってるのか、他の方に訊こうと思った時に……そいつは来たんです……」


「……()()()?」


「ニンゲンの、男の子でした。たぶん、ニンゲンの年齢で言ったらあたしと同じぐらいの大きさの……」


 ということは十代後半。しかし、魔物の町―――しかも、広場だというなら中央付近だろう。そんなところに人間の子どもがどうやってたどり着いたのか。フラウのように湖で流されて、というのならまだ話は通じるが……。


 しかも、その辺りも要衝地であるはずだ。湖のさらに東に人間の集落があるのだろうか。


 ふと、フラウの言葉に引っかかりを覚えたのか、ジンタロウが口を開いた。


「……おい、ちょっといいか。相手はただの子どもだろう? 何故、そいつなどと、まるで悪魔でも来たかのように言うんだ」


「それは―――って、ニンゲン!?」


「あー、大丈夫だフラウ。一応俺たちの味方だから。でも確かに気になるな。人間の子ども相手ならフラウでも怖くはないだろ?」


 俺の言葉に、フラウが顔を横に振った。


「ち、違うんです。あれは普通の子どもじゃなかった……そいつが広場にやってきて、それに気付いた近くに居た男の方がそいつに近寄って行ったんです。どうするつもりか、わからなかったんですけど」


 保護するつもりだったか、それとも……極端に言って殺すつもりだったか。魔物が人間相手に抱く感情は、フラウ以外の者についてはまだわからない。


「それで、その方がそいつに触ろうと手を伸ばした瞬間でした。逆に、そいつが伸びてきた手に触れたんです。

 そしたら……そしたら、その男の方が、腕から、崩れていって……」


 目の当たりにした恐怖を思い出して、フラウが震えだした。


 ゼルシアがフラウの肩を抱いて、落ち着かせる。


「―――ありがとうございます、ゼルシアさん。

 それで、その光景を見たあたしたちは一斉に逃げ始めたんです。それを見て、そいつは笑いながら、あたしたちに向かって走ってきたんです。普通じゃ考えられない速さで追ってきたそいつは次々とみんなに触って―――みんな、崩れていきました。それで、あたしもそいつに触られて……」


 崩れて、死ぬ。そう思ったとフラウが言った。だが、フラウは多少の傷はあれど、健在だ。


「―――フラウ。前にゼルが渡した羽があるだろ? あれ、今持ってるか?」


「え、は、はい。いつも服の内側に……って、ぼろぼろになってる!?」


 フラウが出したゼルシアの羽は、道端に落ちて踏まれたような状態になっている。


「な、なんで? 大切にしてたのに……」


「……否、その状態が正しい。だろ?」


 フラウから受け取った羽をゼルシアに見せる。


「はい。どうやら加護が発動したようですね……、このような形で発動するとは思っていませんでしたが」


「どういう事だ?」


 訳のわからぬ、という顔のジンタロウに、俺は前にゼルシアがフラウに自らの羽を渡した事を説明する。


「その人間に触られてもフラウが死ななかったのは、ゼルの羽の加護で能力が無効化されたからじゃないかな」


「そんなこともできるのか……。しかし、触って崩れなかったのを、その人間が見たら、興味を持つんじゃないのか、お前さんに」


 ジンタロウの問いにフラウが否定した。


「ううん、そいつはみんなを触って崩れるのを確認するのでもなく、次々って感じでしたから……。それで、すぐに隠れたあたしは、家族のところに逃げたんです。すぐに逃げようって言うために……。

 だけど、今度は大人のニンゲンたちが来たんです」


「なんだって……?」


「同じ服や鎧を着てたそのニンゲンたちは武器を持っていて、町のみんなに一箇所に集まるように言ったんです。当然、みんなは反発しました。そしたら、近くに居た魔物を、処刑したんです。それを見た父さんは兄さんや弟と一緒に逃げるようにあたしに言いました。だけど、兄さんと弟は運悪く、途中でニンゲンに見つかってつかまりました……あたしを逃がすために……」


「……」


「あたしは……どうすればいいのかわかんなくなって……そしたら、サキトさんたちのことが思い浮かんだんです。みなさんなら、どうにかしてくれるかもって……」


「……そうか……。一つ、確認したいんだが、その()()()()()()を着ていたニンゲンたちだけど……何か他に気になる事とかは言ってなかったか?」


「気になること、ですか……? ……よくわからないんですけど、()()()()、とか、()()()()とか……そんな事を言っていたような気がします」


 言葉に俺は舌打ちした。


「ジンタロウ。帝国ってのは確か、オルディニアの北東―――ここから東だったよな?」


「あ? ああ……まさか……」


 眉をひそめたジンタロウがその意味を悟ったように言った。


「そのまさかだろうさ。帝国って物語だと事あるごとに悪者扱いされてるけど、この世界も例に漏れないのかよ」


 言うが、事実ゆえにどうしようもないことだ。


「ジンタロウ。お前、こっから長距離走れるか?」


「……浮いていくよりは大丈夫だろうよ」


 問いに、ジンタロウは肩をすくめて、しかしはっきりと答える。


「ならいい。

 ―――ゼル、今度は俺たちが先行する。フラウを治療したら抱えて飛んで来い」


「かしこまりました」


 フラウに対して治療を始めたゼルシアを置いて、俺とジンタロウは地上での加速を開始した。


 フラウは森に入った段階で動きが遅くなったところをゼルシアに発見されたようで、俺たちはすぐに森を出た。


「この草原を湖沿いに行けば、着く筈だ」


 隣を、自動車並の速度で併走するジンタロウに声を飛ばす。


「ああ、前の方を見てみろよ。明るい……、おそらく、さっきあの娘が言っていたとおりの状況だろうな」


 建造物が燃えているのだろう。火炎の明るさと、空には黒い煙が立ち上っているのが、魔力による視力強化で確認できる。


「しかし……いいのかよ」


「何が?」


「この事に介入することについてだ。相手は十中八九、帝国……それも()()()()()()()()()()()()の可能性が高い。どうしたって、敵を作る事になるぞ」


「わかってるさ。だけど、俺は、知り合いに助けを求められたら助けちゃう性質だからなー」


 自分でも損だな、と思う役回りを担う事はけっこうある。


「そうかい。俺からしたら魔物を助ける勇者ってのも聞いたことないがな」


「元魔王でもある俺に言う事じゃないでしょ」


「はっ、確かに、違いない」


 そして、フラウからの助けに答えるのは、他にも理由がある。


「それに、最初にフラウを襲ったやつの事も気になる。能力的にスキルか、魔法なのかわかんないけど、件の帝国と関係ある『勇者』って可能性もあるし、情報は集めておきたい」


「そうだな。聞いた限りだとやばいやつのようだが。

 ……で、着いたらどうするんだ?」


「細かいところはまだ考え中。とりあえず、まだ町の中で帝国の人間が魔物を集めてる状況なら、助け出す。

 あと、例のやつが確認できたら俺が相手をする。その()()()ってのがどういう発動条件なのかしらないが、ジンタロウのスタイルだと分が悪い」


 触る、というのが発動条件なら、空に逃げる事ができないジンタロウではかなり危険が伴う。


「ああ、そうしてくれると助かるね。俺もまだ死ぬつもりはないしな」


 基本の動きは決まった。


「後は臨機応変。初の共闘作戦だ、ジンタロウ。うまくやってくれよ?」


「そっちこそな」


 二人の元勇者が、燃え上がる魔物の町に突入する。



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