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019.その侵入者は―――

 俺とゼルシアがフランケンに入り、四日間。


 この間、何をしていたかといえば、主にゼルシアとの観光=デートをしていたのだが、ずっと遊んでいたわけでもない。当初の目的である、物資の補給。そして、情報の収集を行っていたのだ。


 物資の補給に関して言えば、金貨一枚を手に入れたことでまったく問題がなくなった。


 ヴォルスンドの貨幣価値は金貨一枚=銀貨百枚=銅貨一万枚。


 食料、家財道具、消耗品、地図。スキル:《工房にて(クラフター)》で作れないようなもの、作る気も無い物を中心に買い漁り、どんどん異空間倉庫に放り込んでいる。ちなみに異空間倉庫は区分け、温度調節も出来る便利具合なものなので、食材は痛まないし、便利道具を出すときに慌てて、余分な物を出すこともない。


 地図はヴォルスンドの全国版、そして世界地図だ。前者に関しては精巧なものであるが、後者は想定していた通り、詳細なものではなかった。魔物が支配する土地や情報非公開の国も多く、その辺りは仕方がない。


 そして、情報の収集。こちらは専ら、勇者に関してだ。


 現状、この世界において、女神オーディアとの線が最も濃い可能性がある存在だからだ。


 無論、その存在全てがオーディアに関与している訳ではないだろう。しかし、場合によっては、何人いるかもわからないが半数以上が敵に回る可能性もだってある。


 オーディアが信託やら何やらでその勇者たちに、俺が世界を破壊する魔王、なんて唆せば、我先にとやってくる。そんなのが勇者だ。


 俺が知っている勇者など、魔王時代に相対した勇者だけで、それも相対した時にちょっと話してすぐ戦闘して、最終的には殺してしまっていたので、知らないと同義ともいえる。


 結論から言ってもしまえば。まともな情報は手に入らなかった。


 近隣国だけにしても、詳細不明の帝国はもちろん、多数の勇者を抱えているという神勇宗国 オルディニアも、勇者の人権保護という名目で、誰が勇者でどういった人物、という情報は公開していないのだという。


 唯一わかった勇者といえば、ヴォルスンドの勇者についてだ。


 名をジークフリート。ヴォルスンドに存在する唯一の勇者。俺の知識の中で当てはまる意味は、竜殺しの英雄。


 そして、ヴォルスンドの国号は聞いて回った結果、滅竜王国 ヴォルスンドだという。


 ヴォルスンドの北西の地には多数の竜種が居て、その地を支配する魔王はもちろん竜種だ。


 これだけ条件がそろっているならば、その魔王とは、






「ファフニールだろうなぁ……」


 そして今。


 呟いた俺は、木々の下を歩いていた。そこは拠点が存在する森だ。


 俺とゼルシアは、フランケンから拠点である要衝地の森に一昨日帰ってきていたのだ。


 約一週間、森を空けていた訳だが、特に変わった変化は無く。ミドガルズオルムも未だ西から戻ってきてはいない。


 ミドガルズオルムが眷属化した魔獣、つまりは俺の部下の部下を見ていても変化は無かったので、アルドスの人間が森に入ってきた、ということもないだろう。


 そして、俺は遅めの地盤固めをしている。


 というのも、この森の何処に何があるか、大まかにはミドガルズオルムの報告は聞いているのだが、実際自分で確かめておきたかった。


 スキル:《絵描き人(ドローイング)》を用いて、拠点周辺の情報を蓄積、地図にしたい時は《工房にて(クラフター)》で出力してしまえば簡単だ。


「ここには洞窟があるのか。

 ―――風の流れからして、けっこう深いな」


 地下に向かってゆるやかに延びている洞窟の入り口を前に、頭の中に情報を蓄積する。


「今日はこんなところかな。そろそろ日も落ちそうだし」


 時刻は夕方も終わりごろ。


 拠点の方では、ゼルシアが夕飯を作って待っているだろう。


 俺は地を蹴って、空に躍り出た。方向を東に向け、飛翔を開始する。


「拠点から西側二十キロ。開けた場所もあるし、地上に家を建てるならこっち側だろうな……」


 あの拠点はあくまで、仮の拠点だ。周囲の環境などはあまり考慮しなかったし、なによりあの小屋は狭い。


 (……最初の勇者時代に残してきた家を再現とかしてもいいよなー)


 今、この森の主は実質的には俺たちだ。環境など配慮する必要はあるが、ある程度の好き勝手は自由だ。


 ミドガルズオルムが竜種を眷属化してくるのならば、それらが休む場所も必要だ。


(うーん、明日からは周囲探索と平行して、機工人形たちに環境整備させてもいいかも)


 今後の計画を考えながら飛んでいると、前方に明かりが見えてくる。


 今日は外で食べよう、とゼルシアに提案していたので、彼女が火を焚いているのだろう。


『おかえりなさいませ、サキト様』


 拠点上空まで来ると、迎えの声がきた。


 地上に降りると、後ろ髪を結ってエプロンを着けたゼルシアと、


「ただいま。美味しそうじゃん」


 焚き火の横、余った木材で出来たテーブル上に、フランケンで購入してきた食材から作られた夕飯が置かれている。


「本日は焼き魚を中心に、副菜など数点です」


「おー。こうなってくると米とか欲しいな。フランケンだと取り扱ってはなかったけど」


 俺は椅子に座りながら残念がる。


「聞いた話では、ヴォルスンドは小麦に似たものが中心のようですので、難しいかと」


 俺の隣に位置取ったゼルシアが言う。


「そうなんだよなぁ。小麦だけでも出来ることは多いから、今後いろいろ試していこうか……いただきます」


「どうぞ、召し上がってください」


「…………ん、美味しい。やっぱ上達したなあ、ゼル」


「ありがとうございます」


 天使であった彼女は当初、趣味らしいものは一つも持っていなかった。そこから、俺との旅で身につけた趣味の一つがこれだ。


 曰く、味付一つで大きく変わることに興味を抱いたらしい。あとは俺が喜んでくれるのがうれしいとか。良い妻だ……。


(ゼルが料理し始めた頃、ちゃんと基本的なことは教えておいて良かったなぁ、初めはレシピどおりにやってみるとか)


 生前、高校生だった俺がまともに料理することは無かったが、それでも覚えていること、学んでいることはそこそこあった。


 逆にそんな教えからここまで上達したゼルシアを褒めるべきだろう。


 主食がパンなのは、個人的に微妙だが、全体的に美味しいので、すぐに食べ終える。


「ごちそうさま」


 両手を合わせた言葉に、ゼルシアがお粗末さまでした、と言って食器を集める。


「あー、洗うなら俺も手伝うからそこ置いといていいぞー。今はちょっとゼルに意見もらいたいことがあってさ」


 拠点の場所変更についてだ。本格的なことについては、ミドガルズオルムが戻ってきてからになるが、大まかなことについては事前にゼルシアに話しておきたい。


「実は……―――ん、ちょい待ち」


 ふと、気がつくことがある。


 俺たちから少し離れた位置。方角で言えば南側だが、森の中、何かの反応がある。


「……生命反応あり。人間のようですが」


 ゼルシアも認識したのか、南側を睨む。


「普通に考えれば、アルドスの人間の可能性が一番高いけど……あの町の人間が、こんな時間に一人で森に入るわけがない」


 反応は一人分だ。だが、魔物を恐れるような集団の人間が、魔獣がいる森に一人で入るとは考えにくい。


 ならば、次に可能性が高いのは、


「盗賊の類でしょうか。魔力反応はそこまで大きくありません」


「ああ。それにしたってこの森に一人で入ってくる意味はわからないが……どうやらこっちに向かってくるな」


 周囲、明るいのはここだけだ。


「ゼル、テーブルと椅子、あと食器に幻影魔法をかけてくれ。焚き火は俺が消す」


 指示をしながら、焚き火に手をかざし、鎮火する。


 そのまま、上に上がり、拠点横に二人で移動した。


 この拠点にも幻影魔法がかけられている。ただの人間が見てもそこには何も無いようにしか見えない。


「……さて、お客さんの登場だ。焚き火が消えてから移動速度が上がったみたいだけど、何を目的に来たのやら」


 普通、このくらい森の中で迷い入ったのであれば、明かりが見えた時点でそっちに走り出すはずだ。


 だが、この反応の主。移動はかなり遅かった。まるで、こちらに気取られないようにしたいようだった。


「……来ました」


 魔力による強化でこの暗闇だろうが、視界は十分に取れている。


 そして、現れたのは、


「……冒険者、か……?」


 身なりが難民や盗賊のものと異なる大柄の男が来た。


 きちんとした服装、防具と、


「剣と、大盾か。でかいな」


 大柄なその身体を、隠せるほどの盾を背負っている。


 魔物討伐パーティーで言えば、タンク役。


 そんな男が一人で何をしに来たのか。


 先程まで俺たちが夕飯を取っていた場所まで来た男は、周囲をうかがっていた。


 そして、しばらくして、


「ここにいるのはわかっている! 出てこい!」


(出てこいと言われて、出ていくやつがいるかよ―――普通にいるか……)


 とは言え、俺たちがわざわざ出て行ってやる意味は見出せない。


 反応が無いことに、舌打ちをした男は、再度口を開いた。


「出てこないか。話があるんだがな! Fランクでありながら、グレイスホーンを撃退した新人冒険者……、否、()()さんによ!」


 その言葉は俺の気を惹いた。


 あの男はここに俺が居ることをわかっており、そして、普通の冒険者でないことにも気付いている。


「ゼル、ちょっと話を聞いてみようか」


「よろしいのですか? はったりである可能性もありますが」


「その時はその時。踏み込んでくるなら斬るだけだ」


 言って、俺は枝から飛び降り、ゼルシアもそれに続く。


 降下中に、焚き火を再度魔法で点火し、周囲を明るくする。


「うおっ!?」


 大柄の男が、こちらを見るや否や、剣に手をかける。


「驚くなよ、そっちが呼んだんだから」


 肩をすくめて言うが、男は警戒を解かない。


「やっぱ居やがったか……お前に聞きたいことがある!」


「まず名乗れよー」


 なんと呼べばいいのかわからなくなるので、とっとと聞いておく。


「っ、俺の名はジンタロウだ! お前は!?」


「サキト。こっちはゼルシア。

 ……へえ、その名前の感じ……。元、日本人か」


 俺の名であるサキトはともかく。ジンタロウという響き、アクセント含め、日本があった地球以外、どの世界でもそんな名前聞いたことが無い。


「その言葉、やっぱお前も勇者……転生者か!」


 転生者。俺も自分以外の転生者に会うのは初めてだ。魔王の時に相対した勇者はどちらも現地の勇者だったからだ。


(しかも、日本人ときたか……)


 なんとなく、親しみが湧くが、それが続くかはジンタロウ次第だ。


「……で? 言葉通りならあんたも転生者、勇者様なんだろうけど、その勇者様が俺に何か用事か?」


 他の勇者からの接触は驚いたが、今のところ、接触の理由がわからない。


「……ああ、用事ならあるさ。お前は()()()なのかを聞きたくてな」


「……どういう意味だ」


 意図が掴めない、そんな俺の様子を見た男は、言葉を変えてきた。


「―――女神オーディア。この名に心当たりはあるか」


 まさか。


 女神オーディアの刺客がついに送られてきたのか。


「……ある」


 俺は、人魔刀剣(アルノード)を抜く準備を整える。


 俺の言葉に、男は一度息を飲み、少し間を空けてから、


「……だろうなぁ……。()使()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 直後、剣を抜いて襲い掛かってきた。

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