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011.人間の国へ

 森林北東部。湖に面している森のはずれに俺とゼルシア、ミドガルズオルム、そしてフラウがいた。


 魔竜状態のミドガルズオルムの背に乗って、ここまできたため、拠点下で話していた時からまだ一時間ほどしか経っていない。


「本当にここまでで良いのか?」


 前方、フラウに話しかける。


「はい! この辺り一帯は危険な魔獣とかはいないはずなので、後は湖に沿って行けば戻れます」


「うーん、やっぱり町まで送ろうか? 俺も色々見ておきたいし」


 実はこっちの方が本音なのだが、言うはずもない。


「だめですよ! みなさんの魔力すごいんですから、いきなり行ったら町に魔王様がやってきたって大騒ぎになっちゃいます!」


「……それもそうか」


 フラウの話では、北にある魔物の町は、魔王たちの戦いから逃れてきた魔物たちの町だという。つまり、強い魔物はいないだろうし、そこにいきなり魔王クラスの魔力を持った者が行くのはナンセンスだろう。


「わかった。じゃあここでお別れだ」


「はい。送っていただいて……あと、助けていただいて、ありがとうございました」


 フラウが俺たちに向かって深く礼をする。


「いいさ。俺たちだってフラウから話を聞きたかったわけだし。しばらくこの森に居るつもりだから、何かあったら訪ねてくればいいよ」


「はい。さっきはあんな風に言いましたけど、皆さんのこと、ちゃんと家族にも説明したいですから。また来ます」


 言って、フラウが踵を返そうとした時だ。


「フラウ様、少々お待ちを」


 ゼルシアがフラウを呼び止めた。彼女は自身の翼、その黒の方から羽を一本引き抜き、フラウに手渡した。


「これをお持ちください。特に何かに使えるわけではないのですが……御守りみたいなものです」


「わ……、ありがとうございます!」


 フラウが表情を緩め、羽を受け取る。俺たちに対しての警戒は、もう無いようだ。


「それじゃ、今度こそ。さようなら!」


「おう、またなー」


 フラウがかなり遠くに行ってから、俺はゼルシアに話しかけた。


「……珍しいな。ゼルが誰かに羽を渡すなんて」


 天使の羽は、世界や文化によっては、加護が得られる物とされることが多い。

 

 実際、羽単体ではそのようなものはないはずだが、それでも魔人である俺の伴侶、天使と堕天使の属性を備え持つゼルシアの羽はそこにあるだけでかなりの価値を持つ、と思う。


「特に理由などはございません。

 ……ただ、なんとなく渡しておきたくなったので」


「ふーん。いいんじゃないか? そういうの、俺は大事だと思うし」


 昔のゼルシアなら意味を見出ださない行動は絶対取らなかった。それが今はできているのならば、それは進化していると言っていいし、それこそ《進化する者(エボルター)》を持つ俺の隣に相応しいというものだ。



●●●



 というのが、少し前の話で、今は既に拠点へと戻ってきていた。気付けば日は暮れ始めており、森の中はかなり暗くなってきている。ここを除いては。


「よし、それじゃあ今日の成果発表会といこうか」


 俺の言葉が夕飯兼報告会の開始の合図となる。


 目の前には、帰ってくる際に獲ってきた動物の肉や果実などができる限りの調理で置かれている。


「盗賊退治から始まって、計画したのとはだいぶ違う一日になっちゃったが、成果として、ジョルトやモンドリオ人間側、加えてフラウの魔物側と良好な接点ができた。一日でどちらとも接触できたのは良い意味で予想外だったな」


「人間社会と魔族社会。それぞれの事情も多少ではありますが見えてきましたね。この世界には多数の勇者と魔王が存在しており、ここより北の地では三人以上の魔王が戦を繰り広げている、と」


「勇者も、人によってはなかなか困ったやつがいるみたいだしな……。

 ―――ミドの方はどうだった?」


 小竜状態に戻っているミドガルズオルムに問いかける。


『うむ、事前に言ったとおり、森の南西を中心に見てまわった。まず、森の西側だが、深い渓谷になっていて、あれを渡れるのは有翼種か魔法が使える者だけだろう』


「渓谷かー……。あ、ちょっと待ってくれ。《絵描き人(ドローイング)》を起動する」


 言って、そのまま実行する。


 空中に向かって俺が指を滑らすと、黒の線が描かれる。この森周辺でわかっていることを記述していき、地図を作っていく。


「ちなみに渓谷の向こうは何があった?」


『確認できたのはせまい草原と小高い山だな』


「なるほどな。渓谷の方はいずれ下の方に降りて何か無いか確認しても良いかもな。じゃあ、南の方は?」


 個人的には南の方角(そちら)の方が気になっていた。なにしろ、モンドリオたちがやってきたのはそちらの方にある国だからだ。


『基本はやはり草原だ。他と異なるといえば、森から距離はあるが、大河が流れており、その更に奥、人間の町があったことだ。東にあるものとは規模がだいぶ異なるがな』


「町か……」


 アルドスは町、というよりは集落と言っていい程度のものだったので、最寄の町はそこになるだろう。


「…………サイバイバル生活もすぐ飽きるだろうしなぁ」


『何を考えている、王よ』


 必要最低限の物は、俺の異空間倉庫にあるが、オーディアに呼ばれるのはいつだっていきなりだったので、前の世界に置いてきてしまった物は多い。


 アルドスの住人の服装は見た限りではかなりばらばらな感じで、あれが基準ならば、今の俺がそのまま人間の町に行ってもうまく溶け込めるだろう。言語もまた然り。


「魔王の方も気になるけど、どっちかっていうと人間側、勇者事情が気になる。今まで複数の勇者が存在した世界、ってのは体験したことが無いし、勇者となるとオーディアが絡んでいる可能性もある。

 物資と情報の入手、一度にこなすなら行くしかないだろ、町に」


「では、私もお供いたします」


 当然、ゼルシアはそう言う。それはそれでありがたいし、俺たちにとってはごく自然なことなのだが。


「どうしようかなー」


 正直、今回はすぐに首を縦にはふれなかった。


 というのも―――嫁自慢みたいだが―――ゼルシアは美しすぎるのだ。


 顔良し、スタイル良し、性格は……俺にとっては良し。そんな女が居れば、寄って来る者も多い。ナンパや商品売り込み程度ならばスルーできるのだが、残念ながら往々にしてそれだけで終わらない場合が多い。トラブルに発展するのだ。そして、行くところまでいくと死傷者が出る。相手に。


 だから、ゼルシアには今回お留守番いただこうかと思っていたのだが。


「私がサキト様のお側を離れることはありえませんので」


 俺の考えを読んだかのような言葉が来た。


「……まあ、フードとかで目立たないようにすればいいか」


『……毎度思うが、決意が脆すぎるというか、王は天姫に甘すぎるのではないか?』


「あぁ!? 三秒の長い葛藤の末の苦渋の決断だぞこれ」


『……そうか、好きにしてくれ』


 それだけ言って何も言ってこないので、納得したんだな。


 と、これで明日以降の計画は決まった。


 俺とゼルシアは人間の町―――というよりは国。


「ミドはどうする? 顕現化解除して、一緒に行くか?」


『否。我を少しばかり遠出しようと思ってな』


「遠出って、何処にだよ? まさか魔王にちょっかい出そうってんじゃ無いだろうな」


 それは()()()()


『それもいいとは思ったがな。残念ながら違う。先程言った西の山。そのさらに向こうに竜種の気配を感じるのだ。今の我の眷属はこの森の魔獣数匹程度しかおらん。この際、増やしておいても良いと考えた次第だ』


 確かに、竜種が支配下におけるのは戦力的には好都合だ。


 とは言え、この周辺は戦火や難を逃れてきた者が多い。


「ほどほどにしておけよ?」


『わかっている』


 本当にわかっているのかは定かではない。なにしろこいつ、抑えてはいるが、昔は世界最強の魔竜で、周りは何も残らないといわれるぐらいの凶暴竜だったのだ。魔王時代当時は、部下にできたのが信じられないほどの存在だった。


「……まあいいか。ゼル、町までどれくらいかかるかわからないからとりあえず今日と同じ早朝出発だ。身支度とかしっかりな」


「かしこまりました」


 夜が深まっていく。



●●●



「この辺りから、街道としてはかなり整備されてるのな」


 次の日、森の南側、かなり行ったところで街道にぶち当たる。しかも、アルドスに延びている農道のようなものではなく、石畳で整備された人間用の道だ。


 かなりきちんとしたもので、馬車などに乗って移動して揺れで苦になるような異世界あるあるにはなりにくそうだ。


「昨日見えたアルドスの道から逆算して、だいぶ西寄りに南下したけど、もう少し行った方が良かったか」


 もし街道に人がいたら困るので、地面すれすれを高速飛翔してきた。よって、詳しい位置関係がわからない。


「いえ、サキト様。前方に河が見えます。おそらく、あれが昨夜ミドガルズオルムが報告していた大河でしょう」


 フードで顔や体格を隠したゼルシアが西の方を見て言った。


「なら、もう少し行けば町が見えてくるか」


 その言葉が現実になるのは、そこからさらに一時間後だった。

 途中、大河を渡る石橋などを越えて、町の門に着いたのが昼前。


「着いたかー。えーと、町の名は……『フランケン』か……」


 何か引っかかるが、まぁ偶然というのもある。

 と、門をくぐろうとしたときだ。


「待て、お前たち!」


 呼び止められた。門を守っていると思われる兵士に、だ。


「あ、はい。何でしょうか」


「ここはヴォルスンド北東端の町、フランケンだ。見たところ、盗賊や難民の類ではないようだが……通行証は持っているのか!?」


 言葉に、内心で舌打ちをした。あるかもしれない、と予想はしていたが、実際にその制度があると面倒だ。


「いえ、俺たちは異国の田舎からやってきた旅人でして。この国の制度には詳しくないのです。ここを通るために、他の方法とかは無いのですか?」


 こういった場合、直接聞いてしまうほうが早い。


「ふん、田舎者か。ならば、通行料を支払って通行証を発行してもらえ。そこの関所でな」


 兵士が指差した方向、門のすぐ脇に営舎があり、兵士や他の旅人のような風貌の者が集まっている。


「ありがとうございます」


 一礼して、営舎に並ぶ者たちの列に加わる。

 列自体、長いものではなく、すぐに俺たちの順番になる。


「通行証の発行をお願いしたいんですけど」


「通行証発行ねー。二人ならヴォル銀貨二枚ねー」


「―――」


 ここで、俺は致命的な事実に気がついた。


 逆に何故、今の今まで気付かなかったのか。





 無一文だった(かねがなかった)



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