第四十六話 終わってみた。
人は死んだら惜しまれ、悲しまれ、悼まれる。
例え死にかけたとしても心の奥底から心配をしてくれて、気持ちを揺れ動かしてくれて、そして感情をぶつけてくれる。
そんな仲間が近くにいることは俺にとって幸運なことなのだろう。
だから死んでもいいや、死んでも大丈夫、死んでやり直せるならいい。
なんてこと――絶対にない。
ただこの時までは”そういう”考え方が出来る自分だっただけの話。
本当のことを思い出して、すべての認識が変わるまでは刻一刻と迫っていた。
* *
「ユウ兄のバカあ!」
目覚めは頬の痛みだった。
ヒリヒリとした痛みに思わず目を開くと、目元いっぱいに涙をためて俺を覗き込むミユの姿があった。
そして背中の感触から木のベンチの上、ミユの背景にあるのはデザインが凝らされた作りの教会の天井らしい。
女神アイシアから転生者以外の蘇生のカラクリなどを聞き出したところで、女神に送り出されて俺は蘇生を果たした。
教会という場所からして例の神官によるものか、はたまた設備は整っているからこそS級僧侶なミサによる仕事か……少なくともミユの軽いビンタを除けば身体に痛みはなかった。
「すまん」
「また私を置いていこうとしたあ!」
別に死のうと思ってはいなかった。
ただ死ぬのなら俺の方が都合がいいとは思っていた。
それをミユはなんとなく察したのだろうと思う……だから彼女は怒っている。
「ごめん」
「……正直ユウ兄なら生き返れるとは思ってたけど、もし今度はダメだったらって……思うんだから」
ミユとしては出来る限り声を小さくして”そんな元も子もない”なことを言う。
しかし場が場である以上、生き返れない者も多いこの教会にミユなりに配慮しつつも俺を叱責しているのだろう。
俺が現在のところは蘇生率100%だからミユも「きっと今度も大丈夫」という考えがないわけじゃないのだろう、女神から裏付けのある俺とマイじゃなくてもそう思えるのだ。
「悪かった、気を付けるよ」
「気を付けるんじゃなくて、もう二度と死なないで」
「……ああ」
俺のその返しには嘘のニュアンスが混じっていた。
ミユ以上に生き返れること、そしてやり直せることを確信している俺は――いざとなったら多分死ねるのだろうと思う。
死に慣れるなんて、無い方がいいのに。
やり直すことが前提なんて、無い方がいいに決まってるのに。
それでもミユが生き返れるとしても、死ぬ場面を見ることは自分が死ぬよりもずっと辛い。
生き返るからなんて保証があったとしても、一度本当に死んでいるのだ。
それを俺は前の世界で見ているからこそ、自分の命を投げうってでも優先する……だから二度目がないとは限らない、というのが実際の本心だった。
『……なんとなく理由は察せますが死ににいきましたね』
未だグズるミユを身体を起こして頭をなでていると、いつものマイの脳内通信。
顔は見えないが声は聞こえる、そしてその語気などから彼女が多少怒っていることが分かる。
『スマン、こうでもしないとスラスラが生き残る保証がなかった』
現にスラスラはキューブ状に戻って抗議の意を込めて俺の首にぺちぺちと身体を当てている。
喋れるのに喋れないのはMPが切れかけているのかもしれないが、はたまた無言の抗議というヤツなのかもしれない。
『私に伏せて優先順位をミサ、(友人の)〇〇。次いでスラスラとしていたわけですね。確かに私の考えが足りませんでした、勇者枠なら生き返ることは出来るでしょうが、モンスター転生枠だとどうなるか、未知数でしたから。ですが――』
『ああ、察しが早くて助かるな』
『……先に言ってくだされば私にも出来たことはあったはずです』
だいぶ年上になって、精神も成熟した彼女が拗ねていた。
……いかんこう、ギャップというものが……これが脳内通信越しでなければ萌え度マシマシに違いなかっただろう。
『悪かった、今度からはそうする』
『はい、そうしてください』
そう返し終わると少し遠目に俺を見る実際のマイが安堵の表情を浮かべていた。
「無理しないでおくれよ」
「大丈夫なんですか……?」
「無事そうで良かったぬ」
それからして僧侶として奔走していたというミサだけでなく、まだ仲良くなり切れていないホニさんと友人も俺のことを気にしてくれたようだった。
「マイ、被害はどんな感じだったか?」
「私たちが多少動けていただけ違ったと思います」
マイには伝えてあるやり直しのこと、マイはやり直し前のことを覚えていないが俺の話からある程度の推測で言っているのだろう。
ということは想像以上に防衛に成功したのかもしれない――この町に限っては。
やり直す前の世界では時間軸的にほぼ同じタイミングでこの町”アクトス”への道中でのエンカウントしたのを思うと、やはり各地同時攻撃が展開されたのだろう。
それも時間で考えると一日もかからなかった、半日ですらない、もし時間で測るならば一時間ほどのごく短時間の耐久戦が繰り広げられたのだ。
もちろんそんな短時間ではMP消費が多い上に上級魔法との噂の”テレポーテーション”を全世界的に活用で来たかは不明で、他の場所を案じる余裕すらなかっただろう。
これが魔王軍による作戦ならば……いや、作戦と考えていいのだろう、それを実行できたことが恐ろしい。
しかしそれにしては引き際があっさりすぎること、殲滅するほどではなく人を襲った上でモンスターが息絶えて迎える終結。
果たしてそれが魔王軍による「こちらの陣営は幹部クラスのモンスターを使い捨てに出来るほど潤沢に軍を率いている」というメッセージなのか。
それにしてはあまりにもコストパフォーマンスが悪いのではないかと思う、各所展開においてもMPを消費する”テレポーテーション”のような移動術式を用いたはず。
人間への宣戦布告にしても無駄が多すぎる、それがどうにも前世界から変わらないやり方をしていて気になっていた。
そう、そのことをもっと気にしておけばよかった……というのは結果論でしかない。
むしろそれを気にして、ある程度の推測が出来ていたとしても――
「なんだよ、これ……」
俺が目を覚ましてから半日、未だモンスターの爪痕が残る”アクトス”の町で町民の救護活動・ボランティアの類をしていた。
いわゆる勇者な転生者の俺たちはそこらへんの戦闘職よりも力を付けていた、一応は魔王討伐を目標に戦闘経験を積んできただけはある。
前情報あり、時間予測も出来た俺たちの連携で多少は町を守れた……とは思う。
ホニさんの希望でもあったのが大きかった、そしてホニさんも縦横無尽の活躍をし総力戦で臨んだからこそ死傷者はだいぶ抑えられた。
……前世界が数百人規模で亡くなっていることを思えば、不意打ちの有無は大きかった。
人命優先故に建物を壁などにしたこともあり、町の建造物の多くは半壊、教会などが避難場所に指定されているも町民全員がすぐには集まらなかった。
今は動けるものが先導するなりして救助活動を行い、一部孤立していた家族などを手当てなどをしていた――そんな時だった。
目の前の光景は見ているだけでは意味がわからかった。
一瞬にして空から色が消えた。
周囲から音が消えた。
いやな静寂と不気味な空を見上げてほんの瞬きをした程度。
人の驚くような声につられて目線を前に戻すと、目の前の町の建造物が何かに分解されるように光になって消えていく。
町を歩いていた住民でさえも、光へと変わっていく、
こうして今まさに逃げ遅れていた一人の女児を教会に連れ出そうとした俺も消え――――
そうして世界が終わった。
どんどん遅れて申し訳ないです




