第四十二話 全滅してみた。
結果から言うと、ホニさんと最後まで打ち解けることは叶わなかった。
記憶を失ったままのホニさんは終始他人行儀で、なにかしら思い出せる記憶などを語ってもまるでピンとこない様子だった。
完全に見た目は”あの”ホニさんで、喋りも性格面においてもホニさんと間違うはずがないのに、根底の魂のところで別人のような――
だから結局のところ最後まで打ち解けなかった。
かといって別にホニさんが離職したわけではない、俺たちがクビにしたわけもない。
すべてが終わってしまっただけだった。
* *
ギャルゲ―機能におけるセーブする作業をし続けて、半年が経った。
魔王城への道すがら、ホニさん以外に元友人と出会うことが出来た……というのも彼女は俺たちの世界からの転生者にして勇者であっても、俺にとってのヒロインというと違うのが実情だった。
ただある誤算としてはその友人と出会うことになる訪れた一つの町があまりに入り組んでいたせいで、その友人との遭遇に時間を要してしまったこと。
道中においても苦戦したタイミングが幾らかあった。
だからこそ魔王城への道のりは時間がかかってしまった――というより間に合わなかった。
とあるモンスター群生地点、なんのことはないその場所に点在していたモンスターが――突如として凶暴化した。
ミサ曰くは「幹部クラスだよ!」と語るその鬼のような強さに、俺たちは苦戦を強いられた。
「え」
目の前でミユが即死技を食らう。
弱体化・防御無視・貫通のような重度の呪いを受けた状態では、いくら最強魔法少女のミユでさえひとたまりもなかった。
――俺の目の前でミユが死んだのだ。
言葉で表せばたったの一言、事実から目を逸らすことなく現状を細かく理解しようとしなくてもその結論になる。
それも内蔵すべてをぶちまけるようにして、人の形を成さないほどの爆発死、呪いによる弱体化によって通してしまった魔法が身体の中心で炸裂したと考えるのが妥当だろう。
血しぶきだけじゃない、どこかもわからない内臓片も俺は浴びることとなった。
俺は共にいたスラスラの能力”スライムガード”によってすべての衝撃を吸収出来ただけで――
たまたま俺が生き残ってしまった。
「あ……あああああああああああ」
俺が死にやすかったのには違いない。
そしてミユもまた決して死なないわけじゃなかった。
死ぬときは死んでしまう、当たり前のことを今更思い出したのだ。
少なくとも俺たちは生き返ることが出来るだけで、死なないわけじゃない。
「すまな――」
そんな俺の、俺たちの悲しみや絶望をモンスターは待ってくれない。
ミユに駆け寄って蘇生に必要な魔術をかけにきたミサが――モンスターに殴殺された。
横殴りにされたミサは吹き飛ばされ、地面に衝突して動かなくなった。
「ユージロー様!」
呆然としていた俺に襲いかかるモンスターの攻撃をかばってマイが死んだ、炎で焼き尽くされた。
肉の焦げる匂いが鼻につく。
「スラスラ!」
仲間の中では一番懐いていたスラスラを突き飛ばして――ホニさんがモンスターの足に踏みつぶされた。
地面が深く沈み込むほどの足跡にはホニさん大の人間が潰された痕跡があった。
「あ」
道中であった友人はモンスターの毒液を浴びて、身体中があちこち腫れあがった状態で息絶えていた。
それは女っ気どころか色気もないがスタイルだけはスレンダーだった友人の死に方としては、あまりにもあんまりなものだった。
仲間が死んでいくのに、俺には何もできない。
無力感に苛まれ、ただ茫然と立ち尽くしていた頃、かと思えばモンスターが途端に動きを止めたのだ。
そして前触れもなくすべてがタイミングを合わせたかのように息絶えた。
まるで役目を果たしたかのように、一瞬にして何者かによって生命力を根こそぎ持っていかれたかのようにして一匹残らず動かなくなった。
それから俺はボロボロのスラスラと一緒に、その大事な人だったはずの亡骸や、判断が付かないような破片までを引きずりながら何十キロメートルも歩いた。
どうにか能力を用いて探し・たどり着いた教会は地獄絵図だった、ひどいけがをしたものが運び込まれ続け、うめき声や泣き声も聞こえ喚起しきれていない異臭が充満する。
そんな中での蘇生出来る儀式の場に全員を連れてきた。
「……かしこまりました」
ひどく疲れた様子で目元にくまを作った妙齢の女性神官のもと、儀式が執り行われる。
無条件に勇者を生き返らせることが出来た。
跡形もなかったミユがどうにか持ってこれた腕から蘇生に成功した。
消し炭になり灰となっていたマイが灰の中から五体満足で蘇る。
踏みつぶされてせんべいのようになったホニさんが形を取り戻す。
毒が回り体のあちこちが異常なまでに腫れあがって毒殺された友人も健康体で蘇った。
ただ――
「ああ、この方は――神様に決めてもらいましょう」
境界を統べる神官はサイコロを取り出したかと思うと、それを足元に放った。
出た数字はこの世界における数字の”四”だった。
「ああ、なんということでしょう。彼女に運はありませんでした……来世で健やかにいられるようお祈りいたします」
蘇生の失敗、拒否――そう神官によって判断が下されたのはミサ一人だけだった。
そしてそれで儀式が終わったかのように「はい、次の人」のような事務的な表情を俺に向け続けていた――それがとにかく気に入らなかった。
「どういうことだよ」
思わず口と一緒に手が出た。
神官の胸倉を思わず掴み上げて、怒気を込める……冷静さなんて欠いていた。
「……彼女は運が無かったのです、お受け止め願います」
「なんで、だよ」
運が無かった、その一言で人一人の生死が決まってしまうのはどうしても納得がいかなかった。
「……この出目は、”一”以外出してはならないのです」
「な……」
それは言うなれば、六面体のサイコロのうちの出目の一つ”一”のみ。
六分の一の確率でしか生き返ることが出来ないってことじゃねえか……!
「もういちど、やらせてくれ」
「申しわけございません」
「あともう一回すれば――」
「後ろが詰まっています!」
その神官の苦痛混じりの決死の訴えに、振り返った俺はいくらか我に戻った。
振り返るとそこには蘇生待ちの人を抱える人の姿があった。
見渡すとそこには生き返ることのできなかった亡骸を抱きかかえる――俺へ憎悪の視線を向ける人々の姿があった。
その視線に俺が殺されるのではないかと錯覚するほどのもので、思わず恐れた俺はミサの亡骸を抱き上げながらその場をあとにする。
実際客観視してみればパーティメンバーの多数が特権によって生き返り、ただ一人だけが生き返れなかったのだ。
特権を持たない、運も持たない一般人からすればそもそもの前提が違う。
もちろん特権を一般人は知らないが、あまりに高確率での蘇生は不正すら疑われる。
現に俺たちが去ったあとに、神官相手に怒鳴る声が聞こえる。
どうしてあいつらはあんなに蘇生できて、どうして俺たちは――
それを聞かないよう、向けられる視線に気づかないよう、俺たちは教会を出たのだった。
その町の公園はかつてはキレイに整備されたものだったようで、転生者持ち込みの遊具もあったことが伺える。
ただ今は強力化したモンスターによって蹂躙され、あんまりな数の人が死に、そんな死体の安置場と簡単な墓場とされていた。
この国においては毒殺や病死以外では土葬だという、俺はたまたま空いていたスペースの土を掘り起こしてミサの亡骸を埋めた。
見つけた木片で十字を作って、ミサの眠る場も突き立てて、たまたま手持ちにあったマヨネーズを供えた。
「こんなことぐらいしか分からないなんてな」
結局のところ、ミサのことを深く知るまでには至らなかった。
だから彼女が好きなものは――マヨネーズということぐらいしか分からないぐらいで。
それでも俺にとって亡くなったことがショックで、赤の他人の神官に掴みかかれるぐらいには、彼女のことを好意的に思っていたことを今さらながら気づく。
もって知っておけばという後悔、彼女の短くない人生色々あったに違いないことを、もっと聞きたかった。
「ちくしょう……」
俺は地面を殴った。
土だからそんなに痛くはないだろうとタカをくくっていたが、案外痛みはあるものだった。
その痛みで少しだけ冷静になった俺は周囲を見渡した。
他のパーティメンバーは悲しみに暮れている、俺以上に親しい間柄でないと無関心なマイでさえ堪えていた印象だった。
……こんなパーティで魔王なんか倒しにいけるだろうか。
正確には今の全員のメンタルで向かうことが出来るのだろうか、時が癒してくれるのだろうか。
……俺もそうだしみんなもそうなのだろう、たった一人亡くなったことがショックなのだと。
俺たちが生き返ってやり直し出来る一方で、やり直しの効かない人たちがいることを再認識してしまったのだ……ろう?
やり直し?
「っ!」
瞬間的に俺は連想する、それは日課になっていても一度も使われなかった死に機能状態だった俺の能力。
一度ぐらい試せばいいのに、ものがものだからと躊躇してここまできてしまった。
そうだ、もしやり直しが出来るのなら。
セーブしたタイミングに戻れるのなら――ミサが生き返れるかもしれない!
「ミユ、すまん」
「え」
「ちょっと戻ってくる」
一日前の野営地点、まだ全員が健在で、誰もがモンスターの凶暴化を知らない頃。
能力行使の副作用が分からない以上、とりあえずは最新のセーブ地点に俺は飛ぶことを賭けた。
「”ロード”!」
その時に俺は戻るのだ。
色々考えていましたが前回の内容からしても、ちょっと空気が変わります。
もう少しゆるっとした異世界旅情を楽しんでも良かったかもしれませんが、この作品の本題を進めることとしますね。




