第四十話 交渉してみた。/自分語 <ユージロー視点/???視点>
そうして俺たちは前世で家族だったホニさんのとらわれていると思しき奴隷商を強襲――しなかった。
強襲未遂で終わったのだ。
「ただ奴隷商とか、とっくの昔に無くなったはずなんだけどねぇ」
マイやミユだけでなくミサにも人道的な理由から助けざるを得ないことから納得はしてもらえた。
ただ少し首を傾げながら言ったことがポイントだった。
「……え?」
俺がいくらか頭に血が上っていたのは確かなことで、その一方でミサの何気なく言った一言が妙に耳に響いたのも確かなことで。
完全に戦闘態勢で襲い掛かる五秒前に、俺たちの動きは止まり発言主のミサに視線が集まる。
「ひょっとして私かい?」
「ミサ、今なんと」
自分のことを指さしながら「変な事言った?」みたいな表情でミサは俺を見つめたのち――
「奴隷商ってさ、もうないんだよ」
それからミサから話されたことというと――
ミサの記憶通りなら、人権や差別問題から奴隷商という職業自体が根絶やしにされたという。
いわゆる法治がなされていないような世界でも人権や差別などをただす方法があるのか考えてしまうが、”そういう有志の団体”が存在するとのこと。
かつては”亜人・獣人奴隷差別反対ギルド”だったとのことだが、驚くべき勢いで勢力を拡大したのち、この世界全体にまでその考えが広まるまでに至ったという。
結果亜人・獣人の類の奴隷商は根絶され、全員が救出ののちこの社会に再び溶け込む手伝いをその旧差別反対ギルドもとい”亜人・獣人応援ギルド”がするようになったらしい。
「ということはこれは輸送便じゃなく旅団みたいなものなのか……」
「そういうことになるねえ。各地への派遣の為の巡回便みたいだ」
……異世界ということから野蛮な想像を真っ先にしてしまい、複数の亜人を輸送している奴隷商人らと思い込んでしまったのだ。
亜人・獣人応援ギルドの存在も転生者が馴染むようなこの世界では、そういったことに意識が向きがちなのかもしれない。
と、とりあえず強襲しなくてよかった……。
そしてなんやかんやあってホニさんを迎え入れることが出来た。
なんやかんやという間にその旅団、もとい亜人・獣人派遣仲介業者と交渉した末の結果だった。
話し合いにおいて頼りになるのはやっぱり大人であり、ミサやマイがメインとなって俺が付き添い程度で交渉に臨む。
あのあとミサから話された事前情報をもとにした交渉故に話はスムーズに進んだ。
ようはその派遣仲介業者は各地域に亜人・獣人の売り込みをかけているのだという。
そこで注意しなければならない、というか言葉を選ばなければいけないこととして、あくまで「業者は派遣を仲介している」だけであること。
”原則”亜人・獣人派遣仲介会社は本人の同意を元に、各ギルドや街などにおいての派遣を行うべく仲介しているだけであって、決して人身売買の類ではないこと。
実際契約についてをおおまかに聞かされたが、俺たちは「亜人・獣人を雇って給料を出す」という雇用形態をとるということ。
雇用のタイミングで一度派遣業者とその亜人・獣人とのつながりは”原則”絶たれる、もっとも離職した際に派遣業者のもとに復すことも多いらしいが。
歩合制か固定給かは本人らの希望で、派遣業者を介し雇用したタイミングだけに本人ら希望の給料に上乗せした仲介料が発生し業者は収入を得るカラクリのようだった。
もちろんそれだけでは収益を得るのは難しいだけに、前述の”亜人・獣人応援ギルド”から補助金のようなものも出ていて補っているのだという。
……それだけ聞けばシステムはかなり俺の前世界における現代的だった、これもまた転生人が持ち込んできたものなのかもしれない。
ただ実際に派遣業者が連れている亜人・獣人の人々らと対面した際に疑問を抱くことはあった。
全員身だしなみは整っている、決して粗末な環境で過ごしているようには到底思えないほどに彼らの毛つやも良い気がする。
しかし言及してしまえば容姿……というか”ケモ度”の濃さはまちまちで、一部は”躾け”をされた程度には野生的な面々もいる。
こう言ってはなんだが、知能面において果たして自身が歩合給・固定給なのか、派遣業者に雇われているかを判断できるのか疑問に思える亜人……基本的には獣人も存在している。
そうなれば派遣業者はどうやって仲介を本人に申し出ているのだろうか、給料を出したところでの金銭に管理はどうするのか……不明確な点はあるが、考えても結論は出ないのだろう。
ともかくそんな中でひと際冷静で落ち着いて座っていたのがホニさんだった。
ほぼ人間の女性のような容姿で背丈は成人まで、俺たちの世界における女子中学生ほどの容姿ながら耳にはイヌミミのようなものが生えている。
どこか俺たちをじっと見て見定めようとするしの仕草は確固たる自分の意思を持っているようにも思えた。
希望交渉の結果ホニさんが相手方のテーブルに就いた。
本来ならば悪しき奴隷商人からホニさんを救出してハッピーエンド! 一緒に旅しようぜ! というストーリーラインを考えていなかったと言えば嘘になる。
だが実際は”最低限”派遣業者やこの世界において影響力を持ったギルドによって手厚く保護・人権の類が保証されている上での雇用。
すっかり俺の中で燻っていた”熱さ”もなりを潜め、現状を出来る限り正しく理解できるようになっていった。
「この度は雇っていただきありがとうございました。ホニと言います」
もともと敬語を話す人だった。
自称神様だというのにそれを免罪符などにもせず利口で優しく、物腰は柔らかく、申し訳程度に一人称が”我”なだけのホニさん。
「植物干渉系の魔法は使えますし、家事もいくらかできます。あなた様がたは雇用主なんですから遠慮しないでくださいね」
俺から見ても、マイから見てもホニさんだった。
あとでミユらと再会させてもホニさんであることに疑問を抱かなかった。
ただ彼女は――
「ところで……我とあなた様とでは何か面識があるのでしょうか?」
そう、すべてを忘れていた。
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私が天界に生まれてからは何不自由なかった。
容姿も優れ、幼い頃から才女と呼ばれ、時を経るごとに外見も中身も磨きがかかっていった。
傍から見ればいい子に育っていたんじゃないかと思う、実際規律も破らず、人も裏切らず、間違った心を持つことなく生きてきた。
でもどこか私にはこの狭苦しい、何もかもが決まっている世界が退屈だった。
普通に過ごしていたら普通に女神職に就き、普通に仕事をしてきたらいくつかの世界も救えた。
私の仕事は「選んで」「諭して」「導く」だけのこと、それだけなのに私が送り出した勇者は決まって世界を救ってしまった。
それがなんだか上手くいきすぎて面白くなかった、多少は間違っても良かったのに。
そんな時にふとしたことで上司の不正の現場に遭遇する。
それはこの世界の仕組み、ルールの抜け穴、面白いやり方――私にとってそれらは刺激的で魅力的なものだった。
私はそれを「楽しそう」、だと思ってしまった。
だから私もやってみることにした。
もしかしたら少なくない女神がやっていることなのかもしれない、それでも黙殺されてきたか、大甘な処罰で済んでいたかどうか。
それとも――必要悪として、伝統的にも存在してきたのかもしれない。
それは誰かの利益の為に、というよりも自分の利益の為に、自分の利益を守る為に誰かの不正を見逃してもいたかもしれない。
最初はそれで成績が格段に伸びるようになったのが嬉しかった。
でもそれ以上に私の判断で世界が狂い、変わっていく様を見るのがとてつもなく「楽しかった」。
女神様だって万能じゃない、世界に直接干渉出来ない私たちには勇者を送り出して、たまにはアドバイスをするぐらいしかできない……ということになっている。
ただ私の場合は狙って「成功」と「失敗」を重ねてきた、あくまでそれはパターン化せず、誰にも知られないよう自分の考えにおいてやってきた。
だから私の気分次第で「救われた世界」もあれば「滅んだ世界」だってある。
本当にその日の気分による。
今日出勤する時に空を見て雲が厚かったから世界を滅ぼす方向にだとか、サイコロを振って偶数が出たから世界を救っちゃったりとか。
「今回はどうしようかな」
そう思いながら職場の自分のデスクに座り、転生準備の出来た勇者リストをパラパラめくる。
その時ふとしたページ、勇者に、一人の女性に目が留まる。
「へぇ……」
別に彼女が気に入らなかったとかそういうわけでもない、その美貌に嫉妬したとかでもない、面白い顔をしているわけでもない、なんというか共学で高校生とかのクラスだったら結構モテたんじゃないかって具合の普通に可愛い女の子。
あまり重要視はしてないけど持前の<能力>についても面白いかもしれない、これはいいかも、これがいいかも、これにしたい。
見知らぬ女性のはずなのに、どこかで会ったような不思議な感覚、デジャブだったっけ。
例えるとして前世で顔を合わせていたかのような、知り合いだったかのようなそんな感じ。
もし本当にそうなら笑っちゃうけど。
「きーめた!」
そうして私はリストからその一枚を抜き取って自分のデスクを後にする。




