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第三十七話 テレパシってみた。

 ゆったり豪華なマイ宅のおかげか、俺の疲れもすっかり取れた。

 昨晩のミユのMPチャージ! でいくらムラムラしまくっても、旅の疲れには勝てなかったよ……とあのあと長い時間でこそないが熟睡、深い眠りだったのか質の高い眠りだったのか分からないにしても疲労はほぼ完全に回復状態にあった。

 あのマイと入った温泉の効果もあったのかもしれない、今なら高速道路で言うところのサービスエリア四つ分は休まず走破できそうなスタミナ充電済みだ。

 ……いやまぁその例えは親の受け売りだけど、あくまで俺の生前は高校生までだけど!


 こうして朝早くこの<シルバーリング>に別れを告げる――こともなく、マイが住んでいたこの家の掃除を”立つ鳥跡を濁さず”とばかりにみんなで軽く行ったほか、家の譲渡手続きほかを終えるだけで昼になっていた。

 昼食を兼ねた町人とのお別れ会的なことも行われた、涙ぐんでいた老夫婦もおりマイがこの十年でこの町に愛されていたのだろうということが俺には分かった。

 かくしてマイは惜しまれながらもこの町を出ることとなる、俺たちも割と惜しまれてしまった……十年来の旅人とはいえ一泊二日しかしていないのに。

 多くの町民が関所に集まって手を振っている、たまに振り返るマイの表情も少し寂し気な要素が見えた。

 十年という時間はそんな関係を作るに足るものだったのだろう、なんにせよマイが惜しまれるような存在で俺は良かったなぁ……と内心思うのだった。




 

 そうして少しのんびりした旅立ちは昼過ぎ。

 しばらく歩いても平穏そのままで、それは<シルバーリング>の基地局もとい電波塔の影響で、町周辺にモンスターが寄り付かない傾向にあるのだった。

 スライム群生地とモンスター不毛地帯を跨ぐチョコミント平原の次の土地、たきのこの森という場所を進んでいく。


 植物は普通に生えているが”モンスター”の類は見当たらない。

 マイの占術結果によって害のないことが証明済みの、小さな虫や鳥類などが時折飛んでいる程度だった。

 生前の地球と大差ない気候を要するこの世界においては日差しがあればあるだけもちろん暑い、そんな中暗すぎず照りすぎないような少しだけひんやりとした木陰の下を進んでいく。

 かつてのメインルートだったのか、草は多少生えているものの人の手によって森は開けており、進む分にはなんら問題ない。

 途中には朽ち果てたバス停標識のようなものもあった、かつての馬車便の停留所みたいなものだったのかもしれない、十年近く定時運行がないというのだから自然に飲まれていくのも仕方ないのだろう。


 草木に関しても特段自分の見慣れないものは群生していない気がする。

 未だ青々としたネコジャラシ的な草も見受けられるほか、たまにタンポポのような植物も生えているし日本の自然風景そのままだ。

 チョコミント平原を中心に群生しているスライムなどのモンスターがやってこないだけで、電波の影響を受けない生物の生態系が守られているのかもしれない。

 そう考えるとこの土地は魔王によるモンスターの侵略を受けていない、この世界のオリジナル的な自然環境なのかもしれない、さすがに草木を転生特典で持ってきては栽培なんてことはしていないだろうし……してないよな?


 それにしても気候といい環境といい、どうにも前世界と類似しているように思われる。

 もっとも転生において、神様の判断によってある程度の適した土地を割り当てられていると考えてみる。

 さすがに俺たちみたいなのがマイナス何十度の世界に放り出されたら死んでいる、周囲が毒に満ちていても死んでいる、そこのところ転生する基準があるのかもしれない。


 そこまで考えて、この世界のこの国において国家主導の各種町間の積極的なインフラ整備は行われておらず、事実上勇者の転生特典を頼りにした町ごとの発展した文明であることも推し測る。

 現に今も住人が多数いる<シルバーリング>との他地域との交流は遮断されており、この一応は開けた道でさえ放置されている。

 国家といっても名ばかりなのか、それとも地方自治が確立しているのか、はたまた――モンスターの発生で政治どころではないのか。

 まだ二つ目の町、二つ目の土地を見ているに過ぎないだけに<シルバーリング>がレアケースという可能性もあるが、各地方自治体で完結できる行政能力を持っているのならば国による統治は必要とされていないのかもしれない。

 言語に関しても自動翻訳で気づくことのない可能性はあるが、単純な好奇心で公用語なのかはたまた地方ごとに言語が違うのか、調べてみてもいいのかもしれない。


 ……まぁそれらの考えは単なる暇つぶしであって、俺としては好奇心とかよりも愛する妹第一なんだけど。

 どちらかというとミユにとって過ごしやすい環境を見定めている、といったところ。

 転生こそしてしまったが、色々転生特典にあふれたこの世界なら前世と遜色ない生活が送れるかもしれない……その方が良いとも考えてもしまうのだ。

  




 基本的に俺が先頭となってサブの短剣で伸びた草などを切り払い、後ろにミサとスラスラが肩に乗ったミユが並び、後方にマイが占術で行先を占いながら進行している。

 情けない話だが、モンスター群生地帯に突入するとスラスラ無しでは俺はお荷物の雑魚勇者になってしまう、現在スラスラは電波の影響を受けて省エネモード中故に頼れないのは仕方ない。

 加えて今後戦闘が起こる場合に備えて、メイン火力のミユとサポートのミサの体力温存を測るべくの陣形だった。

 しかしこう徒歩ばかりというのは旅するにしても埒があかない気がしてくる、それを言ってしまえばミユの移動魔法でひとっ飛びなのだが……まぁ過程を飛ばすと何かしら悪いことがあるわけで。

 ということでこの土地にあった、何かしらの荷馬車の購入・雇用を検討すべきかもしれない。


『聞こえますか、ユージロー様』

「え」

「何? ユウ兄」


 思わず振り返った俺にミユが不思議そうに首をかしげる。


「今マイの声が聞こえたり……しなかったよなあ」


 このマイの声は耳に聞こえてくる感じではない。

 そして案の定ミユも聞こえていない様子だった。


「先頭代わる?」

「いや大丈夫大丈夫」


 疲れていると思われているかもしれない、ダイジョーブ! こちとら高速道路のサービスエリアを以下略。

 それにしてもこれは――


『テレパシーのようなものです』


 どうやらマイの声はテレパシーのようなもので俺の脳に直接届けられているらしい。


『なるほど……ってこうすればいいのか、てすてすマイ』

『はい、会話問題なしですね』


 口を開かず”マイ”という存在を意識して思考すると、マイのテレパシーの一方通行でなく相互通行となり会話の類が出来るようだ。

 ちなみに後に試したが、回線を開けるのはマイだけであって、俺が呼び掛けてもテレパシーが機能することは出来なかった。

 ギャルゲー主人公の俺にもテレパシー機能のようなものは使えなかったのだった、現時点ではマイ特有の能力と言っていいのかもしれない。

 ということは今の状態はマイからテレパシー能力を任意で貸与してもらっている状態なのだろう、そう考えるとすごい。


『はい、通信用に使えるかと思いまして』


 マイは占術・呪術を使うと言うが、探知だけでなく通信系も出来るのか……これはなかなか能力盛り盛りな気がするな。


『ところでユージロー様』

『なんだ?』


 そうマイは基本的に話し方にあまり抑揚がない、というか。

 平常時から変わらない淡々としたテンションで、とんでもないことを言ってくるのが彼女式なのであって――


『”昨晩はお楽しみでしたね”』

「えっ!?」

 

 それには思わず声をあげてしまう。


「ユウ兄!? 何いきなり驚いたような声あげて!?」

「いや、ちょっと足踏み外しそうになって驚いただけだから気にしないでくれ」

「もう、気を付けてよね」

「悪い悪い」


 案の定ミユに不審がられてしまう、リアルほどほどテレパシーほどほどに意識を振り分けなければ。


『ミユ様とのイチャイチャは終わりましたか』

『いや、あれがイチャイチャに入るなら物足りなさすぎるんだが』

『そうですよね、ベッドの上でのイチャイチャの方がよろしいですよね』


 ……ば、バレてる?

 昨日の例のMPチャージ現場がマイにはどういうわけか知られてしまっている……?


『いやあ、たまには兄妹二人きりになって昔話でも――』

『ミユ様の胸の感触はいかがでしたか』

『ごめんなさい、申し開きもございません』


 完全にバレてるやつじゃん! 

 え、何? この世界って盗聴器・隠しカメラの類って存在するの? 転生特典ぐらいでしか持ってこないだろうけど、さすがにそれはやめてよ。


『いえ機械の類は用いていません。私――占術が得意ですから』

『もはや占術の域を超えている気がするんだが!?』 


 俺とミユの逢引きに、ベッドの上、加えてMPチャージ現場まで把握されている。

 かなり恐ろしい精度といっていい、俺の便利機能を更に高性能化したかのようなものだ。


『私の家でお楽しみだったんですね』

『まことに申し訳ございません』


 そりゃそうだ。

 十年の時を経て再会し、風呂場でのマイの真意を聞くような出来事を経て、舌の根の乾かぬ内に別の女とイチャコラしているわけである。

 そりゃマイも怒るよ。

 

『……別に怒っていませんよ?』

「マジで!?」

「ユウ兄がマジでどうしたの!?」

「いやちょっと動物と対話してた」

「……マジでどうしたの?」


 やめてくれ可哀想な目で見ないでくれ、実際動物とも話そうと思えばできるし。

 試しにそこにいるウサギっぽいのに話かけたら「ムラムラする」と言っていた、発情期なのかもしれないがそれを俺に言われても。


『動物、間違っていないですね』

『ごめん、でもマイと言うわけもいかないだろ……』


 まさか隠れて二人でテレパシって密談ちゃってるなんてミユには言えない。


『本当に怒っていないのですよ。というか私の認識としてはユージロー様は複数女子との交際経験がある、と思っていますので』

『う……』


 そこを突かれると痛いところではある。

 俺は前世界のギャルゲーにおいて各ヒロインを攻略した、もとい複数の女の子と付き合った。

 もっともその度に時間や記憶をリセットして双方知らない状態から再開していたのだが……思い出した今となっては、そういう認識になってもおかしくはない。


『正直私も愛してもらえるなら問題ありません、ユージロー様のような方を独占できるとは思っていませんから』

『……』


 なんというか、マイは丸くなっていた。

 容姿的にはもともと良かったスタイルを崩すことなく大人になっている印象だけに、そういう意味で丸くはなっていない。

 もちろん精神的な面のこと。

 

 生前の彼女というと独占欲が割と強い子だったのだ。

 実際に幼馴染のユキとのハプニングを誤解されてなんやかんやあって俺が殺されそうになったのだから違いない。

 もっともその独占欲や、彼女がヤンデレ風味になってしまったことにには理由があった、そしてその問題を氷解出来たからこそ今のマイがいるのも確かだった。

 とはいっても生前いくら寛容になっても、複数女子との交際を認めるほど考えが変わっていたかというとそうではない気がする。

 きっとこの世界の十年が、はたまた蘇った何度も繰り返した世界の記憶の影響か、彼女の考えに変化をもたらしたのかもしれない。


『いいのか……? その、俺は正直』

『占術である程度ユージロー様のことも読み取れていますから、ミユ様を愛しているのですね』

『それは兄妹として……ってのもお見通しか』

『そうですね、盗み見るようで申し訳ありませんが』

『いや……』


 それに関しては俺も似たようなことが出来るから何も言えないのだ。

 これでは隠し事は不要だろう、どういうところまで占術の範囲か分からないが……包み隠さないほうがいいに違いない。


『マイ、俺は転生特典にミユを選んでこの世界にやってきたんだ』

『はい』

『俺にとってかけがえのない妹で、それで――好きな人だったから、いや異性だったから』

『はい』

『だから俺は……結果的に言えばミユを選んだわけで』

『はい、ならば私の占術でその結果をなかったことにして私を選んでもらえますか?』

『……え』

『冗談です』


 冗談に聞こえないんだよな……マイが言うと。


『少しだけ私たちよりも思われているミユ様が羨ましく思えますけどね』

『マイ……』


 俺は彼女たちにそれぞれの世界で恋して、自分なりに精一杯愛していたつもりだった。

 でも彼女たちとミユの間にはやっぱり――



『ユージロー様は、私を愛してはくれませんか?』



 そんな、俺にとっては突き刺さる決定的な言葉。

 事実上ミユ一人を選んでしまった俺に対する、問いかけ。


『……』

『私のことはお嫌いですか』

『それはない! 俺にとってマイは大切な存在で……』

『ただ、やっぱり一人を選ぶならミユ様ですよね』

『……否定はできない』


 最低な人間だと思う。

 俺の考えに”ハーレム思考”なんて、恐れ多いものは存在しない。

 だからこそ俺の中で優劣をつけてしまった、ミユ一人を選んでしまった、結果的に他の彼女たちと線引きをしてしまった。


『……十年も待ってこの仕打ちはひどいかもしれませんね』

『…………』


 テレパシーで顔こそ見えないが、そのマイのトーンは沈んでいる。

 実際にマイの言う通りだけあって反論のしようもないし、投げかける言葉も見つからない。

 単純に謝ってしまうことは、マイの尊厳を傷つけてしまう恐れすらある……こう、考えると何もかも経験も知識も足りない俺はやっぱガキなんだな。 


『というのは冗談です』

『……え』

『十年前にすべてを思い出した上で覚悟していました。ユージロー様がどうしようもないシスコンなことぐらいは』

『ぐっ』


 し、シスコンじゃねえし! という生前の口癖がよみがえるが、さすがにそれはシスコンだよ俺。


『なので私も妹になっていいですか? それも冗談ですが』

『マイのそれは冗談に聞こえない!』


 マイが妹か……マイにお兄ちゃんと呼ばれるのを想像して――あれ、意外と悪くないな。

 というか俺は妹を冠するのであればなんでもいいのか、妹節操がなさすぎるだろう。


『そうじゃなければ――ミユ様も、そして私も愛してもらえるようになってもらうほかありませんね』

『……それは冗談じゃ、ないんだよな』

『はい』


 俺は生前から変わらない意識として、自分には一人の女性を愛するぐらいで精一杯なのだ。

 それで選ぶ一人以外を嫌いになるわけじゃない、絶対ない……けど俺には荷が重いと思ってしまう。

 全員の人生を背負えるほど、俺は出来た人間じゃない。


 だから選んだ結果がミユだった、他の彼女たちを俺は切り捨てたに等しいのだ。

  

『覚悟しておいてくださいね。きっとまだ私はマシな方だと思いますよ、ユージロー様をお好きな人でもっと過激な思想はいますから』

『マイよりも、か』

『はい。いくら私が仮初の存在でしかなかったとしても、ユージロー様が私の心を解きほぐしてくれたことに代わりはありません。今もずっとずっと感謝しています』

『それは――』


 俺がやったことじゃなく、俺がやらされたこと……かもしれないのに。



『そして今も愛しています、好きですユージロー様』



『……っ』 


 テレパシー上で本気の告白を改めてされてしまった。


『今は選んでくださらなくてもいいです。きっとこの世界での暮らしは永いことになるでしょうから』

『……お手柔らかに頼む』


 これじゃ俺が攻略されてるみたいだな……どっちがゲームの主人公だか。


『それとですね――』


 するとさっきまでの平坦ながらも、少しだけ感情の入っていたトーンから―― 



『私も愛してくれれば問題ありません』  



 無感情になった、どちらかというとかつてのヤンデレ風味のマイが姿を現す。

 そしてその『愛する』という言葉のニュアンスが、たぶんさっきと違う。


『ミユ様にしたようなことを、私にもしてくれますよね?』


 いわゆるMPチャージというか、性的興奮を覚えるあの儀式というか……。


『いや、それは――』


 俺にはミユという心に決めた人が――


『こうみえて私十年も欲求不満でしたから。ムラムラします』

『それを俺に言われても!?』

『なんなら私の呪術で催眠状態にして責任をとってもらうのもアリですね』


 そういえばマイって占術だけでなく呪術使いだった! というかそれは呪術なのか、催眠術ではないのか!?


『ユージロー様知っていますか? 女性は多少旬を過ぎた頃の方が性欲があるんですよ』

『ノーコメントで!』


 というかマイのその歳で旬を過ぎたってのは多くの女性を敵に回しそうだからやめて!


『覚悟しておいてくださいね、私も案外占術・呪術で魔力を消費するものですから』

『ノーコメント!』


 こうして俺はかつての同級生が、いつの間にか十歳も年上になって性的にも狙われることになった。

 これなんてエロゲー?

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