第二十九話 案内されてみた。
それからニャンパスーさんの案内で実際に町の中心部(といっても住宅と少しばかりの商店がある地帯)と思われるところにやってきた。
そして割と出歩いている人は多い、がやはり高齢の人から亜人までが殆どだ。
さらに一部の町民は時折スマホを取り出しては何か作業をしたりしている、明らかにシワを蓄えたおばあちゃんがスマホゲーっぽいのをやっているのが会話で分かる。
かなりスマートフォンというのが浸透・定着している町のようだ。
かなり異世界の影響を受けているはずのゼクシズでさえスマートフォンは普及していなかった。
なによりスマートフォンの機能を活用するには電波を必要とする、電話回線からインターネット回線やwi-fiなどに至るまでだ。
しかし異世界に携帯キャリア会社があるわけがなく、電波塔もなければ基地局もない……はずなのだ。
だが俺は少しだけ気づきはじめていた、この町で唯一の高層建造物の鉄塔がもしかすると――
「ああ、そうなんですよ。この町でだけスマートフォンが使えるのはユウシャさんが持ってきてくれた”キチキョク”というものおかげらしいんです」
「基地局……ですか」
「それにこの町、かつては鉱石が採れましたからね。スマートフォンの複製に用いる鉱石などの素材も少なからず残っていたんです」
この町は鉱山の採掘量が減り、産業こそ成り立たなくなって衰退した。
しかしあくまでも他の町や王国相手に安定供給出来るだけの採掘量が確保できなくなっただけで、地産地消程度の鉱石は十分残っていたのだという。
おそらくは転生者であり勇者が転生特典に持ち込んだ”基地局”と、スマートフォンを複製するための魔法を使えるものが存在し素材が充実していたからこそ、この町ではスマートフォンが普及したのだろう。
ちなみにスマートフォンの電力に関してはほかの転生者が持ち込んだソーラーパネルを複製することで確保している、ハイテクだ。
基地局はどういう仕組みかはわからないものの、どこからか電波を送受信しスマートフォンを現実と同じように使うことが出来るという。
パケット代は誰が払ってるんだろうか……それこそ転生特典としたから神様が払っているのかもしれない、神様視点でも案外高くついたりして。
「スマートフォンはほかの町には売らないんですか?」
「うーん、前はそう考えたことがあったけど”キチキョク”がないと単なる機械でしかないからね。”キチキョク”もこの町を少し離れただけで使えなくなるし、この町限定になっちゃうんだよ」
「なるほど、そういうことなんですか」
やっぱりこの世界では基本的には異世界はスマートフォンとともに。はできないようだ。
この町だけでスマートフォンが普及した理由というのはそういうことだろう。
ちなみに転生特典でスマートフォンを要求した勇者はその一つだけが使えるだけで、複製しても電波の送受信はできなかったそうである。
神様に基地局を要求した勇者は異世界におけるスマホの普及の為にしたかはわからないにしても、この町でその文化を根付かせたようだった。
「馬車便がある頃はここに旅人もといユウシャさんがやってきて、スマホの魅力を知ってよく定住してくれたものなんだよ」
そう懐かしむように話す。
確かにこの町は平和そうで、田んぼや畑などの多さや家畜の存在から自給自足が成り立っているのかもしれない。
だからこそこの町はスマートフォンと合わせてこの町で完結しているのだ。
そこに転生してきた勇者が来るとどう思うだろうか、現実におけるスマホの使える田舎のようなものだ。
このまま定住するのも悪くない選択肢だと思っても仕方のないことだろう。
「ああ! 誤解しないでね! 君たちに定住してくれと言っているわけじゃないんだ!」
「……いいんですか?」
「もちろん大歓迎はするけどね。それでもユウシャさんには大事な使命があるのも分かってる、でも役目を果たさなくても僕たちはしょうがないと思うけどね」
そうしてニャンパスーさんは言葉を続ける。
「ある意味ゆるやかに住民は減っていくし、衰退もしているんだろうけど、モンスターも襲ってこないしみんな平和に過ごせているからいいんだ」
確かに緩やかな田舎のような空気が流れている、歩く先でも「旅人さんとは珍しい、ゆっくりしておいき」などと優しい顔で声をかけてくれるおばあさんの姿もあった。
そして言葉通りなら強く引き留めないところに、もしかするとこの町に定住する人は気に入ったのかもしれない。
正直神様に妹を人質に取られなければここを定住先に選んだと思うぐらいに、悪い気はしない。
「話しすぎたね。僕も役人ながら久しぶりの旅人さんに舞い上がってるみたいだ。ええと、それじゃあ旅立つ日まで存分に羽根を休めていってね」
そうして笑顔で会釈して役人のニャンパスーさんは去っていった。
色々と話してくれて参考になった。
「いい人だったね」
そうだな、と俺はミユに頷く。
「しかし妙だねえ。こんな平和で過ごしやすい町に今は誰も来ないなんて」
「そうだよね」
「馬車便が来なくても自給自足できるから、外部との交流をする必要がないのはわかるけどねえ」
来ない理由、役人が何か悪いことを隠している風でもない。
そしてモンスターが始まりの町ことシルバーリングにおける次の町との間にモンスターがいるのにこの町だけは平和な理由を考える。
「……なあスラスラ、さっきから震えているけど大丈夫か」
『この町、なんかぴりぴりする』
震えていて、ぴりぴり、そしてこの町の周囲にモンスターはいるのに町には寄り付かないワケ――
「もしかして、さっきよりぴりぴりするか」
『する』
そうして俺はさっきよりも近づいた鉄塔もとい、基地局の電波塔を見上げる。
「ミサ、ミユ。どうやらモンスターは電波が苦手らしい」
「え」
「……どういうことだい?」
ミサには電波について軽く説明をする、この世界では認知されていない技術だがイメージだけ伝わってくれるだけでいい。
「なるほど、だからこの町だけは平和なんだねえ。そして町近辺から追われたモンスターが自然とルート上に密集しているわけだ」
この町が平和なのに誰も寄り付かない訳、それがようやく説明がついた。
皮肉にも電波がこの町を守る一方で、来客を妨げているということにもなっているようなのだ。
モンスターがそもそも来ないのだからその検証もこの町の住民は行えなかった。
だからこそこの町に来る交通手段が途絶えた時点で、ある意味外界と隔絶されてしまったのだろう。
果たしてこのことを町民というか役人に伝えるべきか悩むところではあるが――悪いがそこまで俺は節介を焼けないし、面倒ごとも御免だった。
実際にそれを言ったところで町民がスマートフォンを手放す、というよりも基地局を停止させる選択をするかは本人のみぞ知ることなのだ。
他人がよそ者がカラクリに気付いたところで干渉することじゃない、平和に毎日を謳歌しているのなら俺からいうことは何もないのだった。
ということもあって居心地は悪くなさそうな街だが、長居する理由もなくなったということだ。
「ってことはスラスラが嫌がるし長居しないほうがよさそうだな」
『たすかる』
やっぱりモンスター的に苦手な電波をスラスラも好ましく思っていないようだ。
「じゃあとりあえず食料とか調達したら、この町を発つかな――」
『すまぬ』
「いいってことよ」
そうして町を歩き商店を見つけた、その時だった。
「やはり占いの結果通りでした! お久しぶりですユージロー様!」
どこか聞きなれた声が俺の耳元に届く、そして俺の名前をそう呼ぶ人の心当たりは一人しかいない。
設定上はミステリアス美人ということになっている、そう言えば聞こえはいいが実際初見時は思考回路が謎めている女性だった。
それはちょっと愛が強すぎる偏った思考の持ち主にして――
「マイ……か?」
姫城マイ、元ギャルゲー主人公の俺にとってのヒロインの一人にして――
「十年待ちました。思わぬ日はありませんでした。ユージロー様が占いの結果で今日この町を訪れることは分かっていました――」
「……」
「もう大丈夫ですよユージロー様。邪魔な女なんて捨ててここで”私と二人で”余生を過ごしましょう」
そうして俺だけを見つめながらも息を荒くし、包丁を構える――かつてはヤンデレな彼女であった。




