第二十八話 新しい町に入ってみた。
スライム群生地帯を抜けたかと思うと今度はめっきりモンスターの類が出なくなった。
ミサ曰く次の町は近いということで、町の住民が周辺のモンスターを討伐してくれていたりするのだろうか。
チョコミント平原もようやく終わったのか、少しずつ山が現れ次の町と思われる石壁が遠くに見え始めていた。
こうして俺たち一行は歩みを進めて、次の町へとやってきた。
「ついたねぇ」
「……”シルバーリング”、ですか?」
始まりの町ゼクシズの次の町はそんな名前らしい、ちょっとかっこいい町の名前だ。
直訳して「銀の輪」が何を意味するかは分からないものの、どこか近未来的なイメージがする。
「ミサ、ここってどんな町なんです?」
「あー……うーん、と」
そう聞くとなんだか歯切れが悪く、少しだけ嫌な予感がしてくる。
もしや実は治安が悪かったり、モンスターが住み着いてたりする町だったりするのか……?
「町と云うよりは村、集落だねえ」
そっちかー、なるほど過疎っているということなんだろうか。
この国において始まりの町ゼクシズがそこそこの規模の町だと仮定して、その隣接する町は寂れ気味になってしまったということか。
よくある都会の主要駅の真隣の駅が微妙に栄えてないような感じか。
「しかし何故こんな洒落た名前を……?」
とか疑問に思ったことを口にしてしまった結果――
「なんだァ? てめェ……」
偶然立ち話を聞いていた関所の役人、キレた!
「すみませんでした」
こういう時は素直に謝るに限る、妹第一だが別に波風を立てようというつもりは毛頭ないのだ。
「なんてね、この町が田舎なのはわかっていることだからさ」
正装という感じでもなく、どことなく役場で着ていそう作業服を着た小太りの中年男性役人は自嘲気味に苦笑し言った。
タブーとかではなく当人らもそう思っていることらしい。
「私はシルバーリング西関所の伴頭”ニャンパスー”と申します。シルバーリングへようこそ旅人さん、またはユウシャの方。何もないけど空気とご飯はおいしいからね」
こうして失礼なことを言っても役人は笑顔で迎え入れてくれたのだった。
シルバーリング。
いわゆるもとは鉱山の町で、金や銀などのほか現実におけるレアメタルの類も採掘されていたという。
そんな中で王国で流通する銀製の指輪などアクセサリーの原材料が主にこの町で採取されていたことが、この町の名前の由来の一つらしい。
現実における鉱石を加工する製鉄所や精錬所や鉄工所の類も無いため環境の鉱毒汚染は進んでいないらしく、自然は綺麗なままで川の水も煮沸するだけで飲めるようだ。
かつては鉱石マネーで栄えた町だったが、採掘量の減少と王国主要都市から遠い地理的要因もあって衰退。
今では住人の規模に合った慎ましい町の風景となっており、山や川や田んぼなどが広がる情景となっていた。
「こことゼクシズをと結んでいた馬車便も休止になってしばらくでね、君たちはかなり久しぶりの旅人さんなんだよ」
そうして関所の役人ことニャンパスーさんは暇だからと町を案内してくれる。
とはいっても歩いているのは田舎のあぜ道のようで、時折民家があるだけで田んぼや畑に囲まれ土が固められた道を行く。
しかし土の道と行ってもしっかり固められ、雑草も程よく抜かれて歩き心地は悪くない、人の手が入り整備されているのがよくわかる。
遠くからは牛の鳴き声が聞こえる、家畜なども飼育されているようだ。
もちろん高い建物は存在しない――ただ一つ、遠くに見えるこの情景にそぐわない鉄塔以外は。
「道中にひどいスライム地帯があるし、遠回りの迂回路使ってでもシルバーリングを飛ばして次の町に行った方が都合がいいのもあるんだろうね」
「え、スライム地帯ってそんな避けられるものなんですか」
「強くはないけど量が多すぎるしね、それに観光目的でもチョコミント平原は景色が単調で飽きられるんだよね。だから今は滅多に通る人はいないよ」
……そういえば下調べにおいて次の町の情報をキッチリ仕入れていなかった気もする。
次の町に関しても方位磁石を用いて一直線に歩いていたのだった、それにもと王国軍のミサも何も言わなかったのでそのままスライム地帯を突っ切っていた。
どうやら現在は迂回していくのが基本らしい。
……よく考えてみたら俺は雑魚だが、元王国軍のS級僧侶ミサに、チートレベルの妹魔法使いミユ、異次元レベルの消化能力を誇るスライムのスラスラとパーティは地味に強力だった。
しかもスラスラは鉈に変形してスライムの核を狙って攻撃できる強力スキル持ちときた、あまり苦戦しなかったのは俺以外がすごいおかげだった。
『ブロロロロ』
さっきのニャンパスーさんの言っていたスライム地帯という言葉に反応してか、先ほどから会話できるようになったスラスラが震えている。
ここまで旅人の一人とも出くわさなかったのもそういうわけか。
そして俺たちにゼクシズ周辺のモンスター討伐を依頼した”ヤマネコサ運送”という運送会社が存在しているはずなのに流通において旅の道中出くわさなかったのも――俺たちのルートを避けていたから、なのだろう。
「おかしいねえ、私の頃はメインルートだったんだけど」
そうミサも純粋に首を傾げる。
鉱山の町として栄えメインルートとして使われていた頃はスライムが異常繁殖する前だったのかもしれない。
つまりは情報が古かった、ミサって普通に年上というか……年長者だしな、若い頃はそうだったんだろう。
「……何か失礼なことを思わなかったかい」
「いいえ、今でもお若いですよ」
「もうそれ答え言ってるよユウ兄」
そうミユにジト目で指摘されてしまったと思ったのもつかの間――
「そ、そうかい? そう言われると悪い気はしないねえ」
『ちょろ……ブロロロロ』
ちょろいと言いかけて今更スライムぶってるスラスラも割といい性格しているのかもしれない。
「それにしても本当に久しぶりの旅人さんなんですよ」
「久しぶりっていつ以来なんですか?」
そう聞くとミサの年齢もバレてしまいそうだが、純粋に疑問に思ってしまったのだから仕方ない。
「確か十年ぶりぐらいかな……ちょっと待ってね、今調べるから」
そう言って役人が作業着のズボンのポケットから取り出したのは四角くて薄い機械のような――え?
「あー、十年と三か月ぶりだね。懐かしいなあ、あのヒメキさんもここに定住してそんなになるのかあ」
「え、あのニャンパスーさん。それって……」
「ああ、これ? 旅人さんは珍しがるし、ユウシャさんは驚くんだよね。懐かしい」
そうして少しだけ得意げに見せてきたのは――
「スマホですよ、この町の人は全員持ってます」
スマホ……だと!?
「……マジですか」
まさかの異世界スマートフォン、そしてこの町では全員が持っているらしいとのことだった。




