第十八話 歩いてみた。
……と、まぁ「手段を選ばない」「好意を利用してでも」「妹が第一の最弱勇者」とか僕はキメ顔で語ったものだったが。
あくまでそれは最後の最後に判断を迫られる時であって、別に何も無ければいい話なのである。
この四人か、これからまだ見ぬヒロイン達も含めて誰も傷つかず誰も犠牲にせずに魔王を倒せてしまえば何の問題もない。
てか俺の妹最強だし、そんな妹にも勇者特権がある死ぬことはないだろうし、正直俺の語ったこと気にしなくていいと思う。
…………誰に言い訳してるんだろうか、俺は。
ともかく俺も表面上では妹がちょっと好きな弱いだけの勇者でしかない、それで済むのに越したことはないのだ――
始まりの町ゼクシズを出てチョコミント平原を歩いて行く。
名前の由来はとにかく黒に近い茶色の土が基本の山無し谷無しの平地が延々広がり、ところによって底に群生した苔によって池の水面が光の反射で明るい緑色に見える為。
…………いや、どう考えてもこれ名付けたの転生者あたりじゃね? この異世界にチョコミントの文化あるの?
どうやら転生者によってミントの繁殖力並の勢いで転生元の文化が伝播していると考えて良さそうだ。
転生した場所がうっそうと茂る森の中だったのに対して、ここは膝下までほどの草が時折生える程度で見晴らしがとてもいい。
草木があまり育ちにくいあたり土に栄養がなかったりするのだろうか……などとどうでもいいことを考えてしまうのは、この歩き旅が暇だからにほかならなかった。
「何もいないねー」
「そうだなー」
「大分狩っちゃったもんね」
「だなー」」
はじまりの町の住民はサボりがちな町周辺のモンスター討伐クエストを片っ端からやった結果、ほとんどのモンスターが絶滅してしまった。
ちなみに倒したモンスターに関してははじまりの町に売っているので今は潤沢に食材があることだろうと思う。
……もっとも、モンスターが本当の意味で絶滅した場合は肉類などの調達があの始まりの町では難しくなるかもしれない。
今歩いていて思うのは、もしかすると俺たちがやったのはこの地の生態系を壊してしまったのではないのかと、ちょっとした罪悪感が募る――ことはないんだなそれが。
クエスト募集した方が悪い、俺は悪くない。
そもそもはじまりの町で魔王も倒しに行こうとせずにぬくぬくとやっている連中なんて知ったことか、肉が無いなら大豆でも食ってろ。
というか森まで戻って食材調達すればいいし、ゼクシズから一週間ぐらい歩くけど。
「しかし……あんたたちがこれをやったのかい?」
ミサさんが目を丸くしながら周囲を見渡して言う。
「ええ、どちらかというとミユばかりですけど」
「えっへん」
そうして誇らしくするミユ、かわいい。
『ブルブルブル』
しかし俺がミユばかりと言ったのが面白くなかったのか、ミユに次いで活躍したスラスラが声をあげるように体を震わせた。
「ああスラスラも頑張ったな、えらいえらい」
『よい』
実際スライムの大半はスラスラが、食材にも薬剤にもならないような石系モンスターなどもスラスラが消化して倒している。
しかし石でさえ消化できるスラスラの消化能力しゅごい……俺のマグナムが溶かされなくてよかったと思う、転生どころか転換するハメになるとこだった。
「すごいねえ……確かにあの町の冒険者は仕事してなかったけど、一か月弱ぐらいで根絶やしにするなんてねぇ」
「まぁなにせミユですから」
「え、えっへん」
べた褒めしたら照れるミユかわいい、あとでCGギャラリー鑑賞しよう。
「そういえば皆歩きで良かったのかい? 歩いて次の町まで三日はかかると思うけど」
「仕方ないですよ、馬車のタイミングも悪かったですし」
一応この異世界では交通というものが存在しており、始まりの町ゼクシズと次の町を結ぶ馬車便が存在していた。
しかしもともとが週一に荷持つ輸送も兼ねて来るのみにして、馬車主体調不良でここ数か月運休状態なのだった。
バス停ならぬウマ停に貼られた無情の運休のお知らせよ……過疎地域のコミュニティバスじゃないんだから。
「そうかい? 私は別に歩くの苦じゃないどころか、運動になっていいけどね」
この歩きの道程をミサさんは好意的に捉えているようだった。
「ねえねえユウ兄」
「なんだ」
「ワープ使った方が早くない?」
「俺はそれにトラウマがあるから」
ワープしたことでチュートリアルを飛ばして貧弱なままそこそこのレベルが要求されるはじまりの町に来てしまったトラウマ的なことがある。
……というのは表向きの理由で、ミユは忘れているかもしれないがワープもといテレポーテーションはMPを大量消費する。
そうなればミユのMP回復の為に……エロいことをしなければいけないもので、正直ミサさんが一緒だとやりづらいというか。
「俺が弱いままのせいで次の町でまた三か月過ごすとかやってられないしな」
「それは……そうだけど」
「だから頼むよミユ、俺が強くなる為とせっかくだから旅を楽しむと思って協力してくれ」
「……そこまで言うならいいけど、私もこーいう異世界旅憧れてたし」
そうしてミユを説得する、実際俺も進行と同時のレベル上げの大切さを知ったのだ。
強くもない者がズルしちゃいけないのだと、身に染みて分かった三か月ほどだった。
こうしてひたすら歩いただけで朝出発の昼が過ぎ、日が落ちて夜がやってくる。
この異世界の宇宙体系? がどうなっているかは分からないが、太陽の昇りかたから沈み方まで前居た世界と何ら変わりない。
もっとも違ったところで暑すぎたり寒すぎたり酸素がなかったり毒が満ちてたり重力が強すぎたり弱すぎたりするかもしれないのだが、そういう変わったところは今のところないのだった。
まぁ環境の違いが原因で転生して即死なんて洒落にならないわけだが……つまるところ、ちょっとファンタジー風味で環境に関しては現世と変わらないと思って良さそうだ。
生物的にも俺たちは人間だからこそ腹は減る、朝食こそ名残飯とばかりに”洋食屋いぬや”で腹ごなしをして街を出たものだが、昼からはこのコンビニも移動販売車もない平原では手持ちのものか現地調達になる。
ちなみに昼食はジャヌコで買ったサンドイッチセット、さすがにラッピング技術は普及していないものの耐久性そこそこでも持続性がいまいちな”簡易結界”を用いることでその日中の保管は可能となるものだった。
適当にあった岩に三人とスラスラが腰をかけて昼食とする。
そういえばスラスラにはペットショップやジャヌコで買っておいたゼリーを食べさせている、ゼリー状のものを好むこともあって嬉しそうに身体を揺らして食べていた、可愛い。
そんな何のことはない三人と一匹のランチ風景だったのだが、その時のミサさんが少しだけ不審な行動を取っていたことに俺は気づきもしなかった。
「ここまでにしておくか」
「だねー」
「あいよ」
『プルプル』
そうして夜がやってくる。
本当ならテントの一つや二つ仕入れて起きたかったものだが、もとの値段設定が高いのは……最悪ミユに借金してでも買えたとして。
そもそもが売り切れ・品切れ状態で買えないというのが現実だった、というか取り扱いはあるのだがこの異世界においてはわんおふ品のようなこともあって道具屋に入荷してはすぐに売れてしまうのだという。
寝袋に関しても売り切れ気味で、売れ残っていたのが巨大な芋虫の死骸を殺菌消毒剥製状態にした上で中身をくり抜いた寝袋ぐらいだった。
見た目こそ悪いが保温性にも優れ、値段もそこまで高くなかったのだがミユの猛反対によって買うことはなかった。
その結果兄妹で購入した寝具はといえば、耐熱・耐寒・耐久性に優れた……枕。
野宿するならば平原に枕を置いた上で厚着して寝るというワイルドなスタイルとなる。
だいぶ現世っぽい要素が多いことで油断していたが、あくまでここは異世界にしておそらくはまだ未発達な世界。
守られた町さえ抜けてしまえば寝ることさえ自分で努力しなければならないのだった。
「ここ拠点にしましょうかミサさん」
「そういえばあんた達ってアウトドア道具とか持ってるのかい?」
「殆ど無いですね。今日も厚着して寝ようと思ってたぐらいです」
「それじゃあ良くないよ! なあに宿屋をやってた上に王国軍では衣住を任せれた私に任せておきな」
するとミサさんはしょっていたリュックからシーツ素材? のような布袋に包まれたボールと水の入ったガラス瓶を取り出した。
「なかなか面白いもんでね……よっと」
ミサさんはボール入り布袋に水をぶっかけたでありませんか、すると――
「「おお!」」
布袋入りボールが瞬く間に膨れあがり、球体になる――こともなく、出来上がったのはベッドに他ならなかった。
「こうして簡易ベッドの出来上がりっと!」
俺とミユがリアクションしてしまうほど、ミサさんが一瞬にして展開した簡易ベッドには目を見張るものあった。
布袋と思われていたのはベッドの表面素材というか、直方体のおおまかな形を再現する為のものにして伸縮性に優れたもの。
気になる中身はといえば、水分を吸ったことで何十倍にも膨れ上がったボールによって埋められ、触ってみればウォータベッドのような感触を実現していた、
「すごいですねこれ」
「だろう? 水を吸って膨張するモンスターをもとにしたベッドなのさ」
「水を吸って……」
そうして俺は気づいてしまう。
これはもしかして――
「これってもとはスライム、とかだったりします?」
「……うん、そうなるね。魔法によって半死状態にしたスライムはね、凶暴性はなくなるけど水さえあげれば膨れあがる特性は残るんだよ」
「……なるほど」
かつてペットショップでスライムというモンスターにはゼリー状のものが好ましいが、水分でもいいと言っていた。
そしてこのスライムという種族がものを吸収したり、自分の意思によって肥大化されることでスライム一体に対して人一人分の大きさになることも聞いていたのだ
つまりは――
「スラスラ……」
スラスラの同種族の成れの果て、経験値やお金を残して死ぬことも許されない”道具”にされてしまったモンスターの姿だった。
「……ちょっと配慮が足りなかったね、ごめんよ」
「いえ、俺はいいんですけど――」
スラスラがこいつらのことをどう思うかは――
『うま』
……『うまそう』らしい、そうだよなゼリー状だもんな。
今になって思えばこの平原でスライムを倒す時も別に躊躇なかったし、俺が考えるほど同種族においての仲間意識はないのかもしれない。
とりあえずスラスラが本当に食べそうな雰囲気を漂わせていたので一応注意しておいた上で夕食のゼリーをあげた。




