第十七話 旅立ってみた。
「待ちな――私も、あんた達の旅に同行させてもらうよ」
俺たちの前に立ち憚ったのは、初見時とは比べると驚きのシェイプアップを果たした”宿屋おっふすていくおふ”店主のミサさんだった。
気のせいか肌ツヤも良く、髪の毛もサラサラとブロンドがかったロングヘアーで、ぽちゃ好き初級向けとも言える体型の程よいむっちり感を残したまま、ボンッキュッボン!
彼女を見て今ではもうダイナマイトなどとは言えないだろう、肝っ玉母さん的な印象から一気にちょい年上なむちむちお姉さんである……いかん、これはストライクゾーンだ。
そう、俺が内心でミサさんについて熱弁しているは彼女の格好故だった。
そう、ミサさん着ているのは――俺が期待していた例の僧侶服にこれとなく類似したものだったのだ。
全身青タイツに前がけを緑の貫頭衣を身に着けている、例の僧侶服のカラバリとも言えるものだった……異世界での考案者マジGJ部。
などと感動している場合じゃなかった。
「え、ミサさんなんで……」
「なんでもへちまもないよ、あんたが私が付いて来たら百人力って言ったんじゃないか」
「……言ったのユウ兄?」
へちまってこの世界にあるの? という疑問はよそ。
ちょっと待ってログで確認するから…………言ってる、言ってるけどジョーク的な意味合いだったんだが!?
「いや、でも宿の方は大丈夫なんですか!?」
「あんたとデートした時に留守番してもらった姪っ子のミトに任せるんだよ」
ミトちゃんまさかの新店主だった! 俺と出かける上で留守番してもらったのは今日の布石だった!
そしてミユが「は? デート……?」とこめかみピキピキしてる、あとで説明するんで待ってほしい。
「でもそんな……どうして俺の頼みを聞いて、来てくれるんですか?」
「……そりゃあんたが放っておいたら死にそうだからだよ、実際二回死んでるし」
「面目ないです」
「私が勝手にそう思っただけさ、気にしなくていいよ」
実際ミサさんには二度も命を助けられている。
この世界ではS級僧侶が身近に居ない場合は、遺体などを教会に誰かが連れて行かないと蘇生することが出来ないという。
そしてそこそこ強くなったとはいえ、勇者なのに冒険者だというのに貧弱な俺は……また死んでしまうかもしれない。
死に甘えている節すらあるのかもしれない、死んでも生き返られるからと心の奥底でタカをくくっていのだろう。
しかしそれもこの町に居たから、ミサさんの存在があったからで……旅立ってしまえばミサさんの存在はない、ミユがワープを使うなどして引きずってくるしか俺の蘇生方法はないことになる。
それを危惧していないわけじゃなかった、でもミサさんにはその生活があるからと無理強いは出来なかったのだ。
そんなミサさんが冗談めかして言った言葉を信じて、そして付いてきてくれた――これほど心強いことはないだろう。
「……宿屋の店主とか、あの町に未練はないんですか?」
「無い、と言っちゃ嘘になるけどね。でもあんたをみすみす行かせて、私の知らない場所で死んでもらう方がよっぽど嫌なのさ」
「ミサさん……」
こんなにも思ってもらう資格が俺にはあるのだろうか、こんな見ず知らずの俺なんかに……。
――なんてことを俺は思わない。
実際俺は彼女を攻略済みなのである、たった一言二言かもしれない会話でもミサさんの心を射止めてしまった。
ああ、これが<ギャルゲースキル>を有す俺の功罪よ……と有頂天になるつもりもない、基本的には。
ミサさんが明らかにダイエットをして身体を絞っていたのは分かっていたし、俺と教会に行く際にわざわざ店番を立てたことの意味も察していた。
そしてそもそも教会に行ったのが――この町を離れることを、俺たちのパーティに付いて行くことを考えて、信徒としてこの町の教会で最後の祈りをする為だったとしたら。
だから俺にはもとからミサさんに対する下心が存在していたのだ、俺たちの旅にS級僧侶のミサさんが付いてきてくれないか、と。
そうしてミサさんは……ちゃんとそんな提案をしてくれるのだ、願い叶ったりと言ったところだろうか。
「どうだい、私はまだいけると思うんだよ。」
「俺を二度も助けてくれたんですから、いけますよ」
「そ、そうじゃなくてね……最近の私、これでも絞ってみたんだよ。どうだい?」
「あっ…………いい、と思います。綺麗です」
「っ! そうかいそうかい! なら、頑張った甲斐あったねえ!」
そもそも女神さまが俺を選んだ理由が女の子を攻略して仲間を増やし、魔王を打ち倒すというのだからそれに則っている。
言うなれば女神さまの意思あっての行動でもあるのだ、文句なら女神さまと俺への半々にしてほしい。
……俺の発想がゲスだとかクズだとか思ってくれていいさ。
基本的に元ギャルゲー主人公として女性限定博愛主義を目指している俺ではあるが、全てが等しいわけじゃない。
俺にとってミユは絶対だ、他の誰よりも、どんな事象よりも優先される。
そのために俺は手段を選ばない、求められればミユの為に悪魔へも魂を売るだろう。
俺は何に代えても、妹とのこの生活を守らなければならないのだ。
それは他人を犠牲にしてでも、異性の俺へ向ける好意を利用してでも、自分を犠牲にしてでも――
例え俺が死んでも。
文字通りの”死んでも”この生活を守る、すぐさま生き返って俺はミユとの日々を手放さない――そうとっくの昔に誓っていたのだ。
何度死んだっていい、何度傷ついたっていい、何度も辛くて悔しい思いをしたっていい、なによりもの優先順位がミユにはある。
俺は自分よりも、他の誰よりも――妹のミユを兄として、愛しているのだから。
兄が妹と結婚しちゃいけないなんて法律なんかでは縛られていたが、それをしたところで死ぬわけじゃない。
だから俺は現世の頃愛しているからこそ妹と結婚した、だが一人の男としてではないのだ――それは兄として愛しているからこそ、どこの馬の骨とも分からない男にやるぐらいなら俺でいい。
もっとも俺の愛情は一方通行かもしれない、この世界におけるミユが俺の事を好いていてくれるかは分からないのだが。
それでも兄が妹を守らないでどうする、ミユの意思なくして俺の元を離れるなんてことはあってはならない……それが例え女神による力だったとしても。
こうしてミサさんと話している間にミユは嫉妬によるものか、不機嫌さを増している。
それでも俺のとる行動が例えミユを不機嫌にしても、俺は――手段を選ばない。
「……ならお言葉に甘えてもいいですか?」
「任せておきな! こう見えて元王国軍のエースだからね、頼りにしておくれ!」
そうして大きな胸を自分で叩いて太鼓判をする、頼もしいものだ。
「はい、ありがとございます! よろしくお願いします! ……ミユも、そのいいよな」
「……確かにユウ兄弱っちいから、しょうがない、かも」
しぶしぶと言った様子でミユも了承してくれる、俺を想ってくれるミユの優しさよ!
「じゃあよろしく頼むよ、回復と寝床づくりなら任せておくれ!」
「はいっ」
そうして俺とミユとスラスラと、ミサさんの四人での旅が始まった。
魔王を打倒し、ミユとの平和な生活を手に入れる為に女性に守られる様な、実質のヒモのような、全然強くもないし誠実なわけではなくとも――俺は手段を選ばない最弱勇者になる。




