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第十六話 準備してみた。



 始まりの町ゼクシズは、転生者などによって俺たちが生前住んでいた世界に近い環境が整備されてきた。

 ある意味冒険しない転生者にとっては最も住みやすい土地なのだろう。

 きっとこの始まりの町の平均レベルが高いのも、冒険者としてこの町を出ていったものがこの町恋しく出戻りしているのかもしれない。

 

 一応俺だってレベルは上がった、それでも”また”死ぬかもしれない。

 だから本当なら俺みたいな弱い冒険者はこの町で生涯を終えるべきなのだと思う、その方が自分が痛い眼にも遭わなければ誰かを悲しませる結果にもならないはずだ。

 しかし女神さまは言ったのだ――


『とにかく! ユージロー様が魔王を倒せないなら妹の特典はなかったことになりますから、いいですね――』


 そう言われたらしょうがない、妹のミユを人質にするなら逃げられない――許されない。

 女神さまが俺とミユを引き離さない条件は俺が魔王を倒すことらしい、始まりの町がこれまで発展するほどに散々勇者を召喚してきても魔王は倒せないでいる時点で無茶振りに思えて仕方ない。

 それでも俺は――



 愛する妹の為なら魔王だって倒すし、もし魔王が俺の妹を徹底的に害すようなら――殺すのもいとわない。



 だから俺は魔王を倒して、晴れてミユとの幸せで平穏な生活を手に入れる。

 その決意はずっとこの心の中に存在しているものだった、そうして俺は最初の一歩を踏み出すのだ。





 この町を出るにあたって、今の生活には別れを告げなければならない。

 毎日のように食べられた日本食やジャンクフードもこれで最後かもしれないし、トイレのウォシュレットともさよならだろう。

 そして今日は俺のバイト最終日だった。


「今までお世話になりました」

「……行くんだね」


 働いていたジャヌコの店長に頭を下げる。


「はい」

「一か月前から君が辞めるのは聞いて承諾もしているけれど、寂しいものだね」


 俺がミユにレベルを認められてから実は一か月が経っており、その時に一か月後辞めることを店長に伝えていた。

 この町に来ておおよそ三か月以上の時間が経とうしていた、俺が弱いせいで三か月も滞在してしまっていたのだ。


「すみません」

「そんな! 謝ることじゃないんだよ!」


 そうして中年の転生者店長はしみじみと話す。


「いやあね、冒険者という職業柄ちょっと働く程度で短ければ数日で『冒険に出るんで』って辞める子も多かったんだよ。だから君みたいに三か月近く働いてくれたのは珍しくてね」

「そうなんですか……」  

「それに一か月前に知らせてくれたのも君が初めてなんだ。大体は一週間前ぐらいで、酷い時はドタキャンしてドロンとかシフトを組むこっちの身にもブツブツ」


 店長としても今までのバイトに思うところはあったらしい。


「君は働き者だし真面目だしありがたかったよ、良ければまた働きに来てね……なんて冗談だよ」

「すみません、俺……魔王を倒さないといけないので」


 バイト中の世間話で俺が魔王を倒すことが目標なのは伝えていた、店長は「頑張ってね」と笑いもせず真剣に返してくれたのが印象的だった。

 

「頑張ってね。私はこう見えてこの異世界に魔王を倒しに来たはずなんだけどね、生前ブラック残業で疲れたところでビール一気飲みが効いて死んだせいで、酔っ払いままに仕事中気分で女神さまにレジスターくださいなんて言ったものだから……こうして勇者として活躍出来るはずもなく勇気もなく、せめてノウハウを生かしたくてここで起業してみたんだ。笑える話だろう?」

「い、いえそんな」


 割と笑えない話だった。


「でもね、この異世界で日本式に物を売るのは悪くないよ。だから今の暮らしには満足してるんだ、女神さまには呆れられてそうだけどね」


 そうして微笑む店長の表情に邪気はなかった、本当にこの生活を悪く思っていないのだろう。


「魔王が力を付ければ今は平和なこの町もどうなるか分からない、だからもし君に……調子の良い話だけどね。魔王を倒してもらえたらと、思うんだ」

「……分かりました。俺、魔王倒してきます」

「うん、頑張ってね」


 そうして俺は最後の給料袋を手にジャヌコを後にした。

 きっとこの町にはもう戻ってこないかもしれない――とか言ってるとミユのテレポーテーションであっさり戻って来そうな気もするが。

 ともかく俺の気持ちは魔王を倒すことに向けている、これ以上は留まれないのだ。





 バイト上がりに荷物を大分まとめる。

 ミユがいつの間にか買い揃えた私物は亜空間的な布袋に投げ込んでおいたらしい、自分たちで出来る程度の掃除も済ませ、もう今日寝て起きれば宿を引き払う準備は出来ている。

 もちろんその旨をミサさんに伝えてある、この住み慣れた我が家……のような存在ともお別れだ。

 「出来ればミサさんが付いてきてくれたら百人力なんですけどね、俺弱いですから」と冗談めかして「今までお世話になりました」のような真剣に挨拶をする。

 もっともその時ミサさんの返しが「そうなのかい」とあまりにあっさりしていたことが妙に引っかかるのだが……気にし過ぎだろう。

 

 俺が最後のバイトに出かけている間にミユは町の店を回ってポーションや食材などを買い集めていたらしい。

 ミユ曰く「ハァハァ……ユウ兄が何度傷ついてもいいように……買い揃えておかなくちゃ」などと言葉だけ聞くとイケナイ感じではあるものの、俺の身を案じてのことなのだ。

 実際この町を出れば俺にディープにしてダイナマイトな蘇生術を施してくれたミサさんは居ないのだから、自分たちの身は自分たちで守らなければならないのだ。

 傷ついたら自分で治し、自分たちでその日を暮らせる寝床を探し、腹が減ったら自分たちでご飯を作る、そんな当たり前の生活がはじまるのだから。


 そしてスラスラももちろん付いてくる、スライム語翻訳でちゃんと会話して『ブロロロロロ(役に立つよ)』と奮い立っていた。

 確かにスラスラがいれば心強いだろう、同時に俺にとっての癒しである上手放せない。


「おやすみユウ兄……」

「おやすみミユ」

『すみ』


 そうして俺は日課の<セーブ>を終えて眠りに就いた。



* *



 そう何度も来るとは思わなかった、女神さまの居る場所。

 勝手に呼ぶのならば女神の間に俺はまた立っていた。


「旅立つのですね! いやぁ、良かったですよ! このまま他の勇者みたく踏み倒されるんじゃないかと戦々恐々でした!」


 魔王を打ち倒す特典をあげているとは言っても、そんな借金債務者みたいな言い方しなくてもいいと思う。 


「なあ女神さま」

「なんですか?」

「俺が魔王を倒したら、俺はミユと一緒に過ごせるんだよな?」


 確認しておきたかったところだった。

 俺が今いる魔王を打ち倒さないとミユはいなくなる、ことは分かっている。

 なら魔王を倒したら? ここで聞いておかなければならないことだった。


「もちろんですよ、約束します! そのあとはどうぞ妹様との余生をお暮らしください」

「……その約束忘れないでくれよ。いざ倒したら”そんな約束してましたっけ?”なんて惚けられたら――」

「と、惚けられたら?」

「あんたを倒しにいくから」

「ひ」


 俺はそんな怖いを顔をしたつもりはないのだが、金髪の女神さまは大層怖がった様子だった。


「ミユと引き離されない上で俺が完全に死なない限り、魔王を倒すつもりなんで」

「”死”についてはご安心ください。コストのかかっている(・・・・・・・・・)勇者様をあっさり失なわせることなんてしませんから」

「……ってことはミユも生き返るんだな? まさか俺だけ死なないなんてことないよな? な・い・よ・な・?」


 これも聞いておかなければならないこと、というよりもそうでなければならないこと。

 もし違うようなら――


「っ!? そ、そうですね! 妹様も勇者の加護を受けていますから問題ありません!」

「そうかわかった、ありがとう女神さま」

「ゆ、ユージロー様ってギャルゲー主人公出身なのにどうしてそこまで殺伐としているんですか!?」

「そんなつもりはないんだがな……単に妹が大事なだけだ、兄として当然だろ?」


 妹のミユの為なら俺は魔王を殺し――神も女神さまも殺すだろう。

 そうならないことに越したことはないが、俺にとってのすべてを奪われることを考えれば仕方のないことだ。



* *



 亜空間布袋は便利ではあるがそのまま持ち歩くのはダサいということでミユはポシェットを、俺はリュックを買った。

 亜空間に投げ入れると探すのに少し時間がかかる為で、すぐ使いたいものはリュックに詰め込む発想で購入をしていた。


 そうして俺とミユとスラスラは宿屋を旅立とうとした――その時だった。



「待ちな」



 そうして俺たちの前に立ちふさがったのは――ミサさんだった。


「私も、あんた達の旅に同行させてもらうよ」 

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