第十五話 祈ってみた。/クエスト受けてみた。
長いこと町に住んでいて、この町のシンボル的なところながら一度も踏み入れていない教会にやってきた。
もっとも俺は生前無宗教だったので、そんな俺が入っていいものか分からない店とそもそも教会という場所がどういうところかピンと来なかったのだ。
そんな時に今日はミサさんが――
「お祈りにいくんだけど、来るかい?」
そうして僧侶服……期待したわけじゃあないんだよ。
僧侶服と聞いてRPGにありがちな全身オレンジタイツに十字の書かれている貫頭衣を身に着けているような、微妙にエロティック――なものではなく。
いわゆる生前住んでいた世界のシスターが着ているようなもので、トゥニカと呼ばれる黒色のワンピース状の上衣に、白い頭巾と黒のベールを被るもの。
ほどほどにむちむち感の残るミサさんの僧侶服姿が見たかった……けどこれはこれで、いつもの肝っ玉母さん的な雰囲気が鳴りをひそめてお淑やかに見えるので不思議である。
「自分宗教とか良く分からないんですが……」
「別にいいんでないかね? この町の場合あんたみたいな子がよく来るから、いつからか寛容になったよ」
一応僧侶にしてシスターなミサさんがそう大雑把に言うあたりモヤモヤしつつも、確かに続々と訪れる冒険者を宗教が違うからと追い出していくわけにもいかなかったのだろう。
「そういうものなんですか」
「そういうもんだよ、ただ1Gでもいいからお布施しておくと”サービスが”利用出来るからオススメだよ」
「わかりました、じゃあご一緒させてください」
「よしきた、ならおばさんと教会デートと洒落こもうじゃないか」
デートとか言っちゃうあたりこの人本当に信徒なんだろうか、むしろ意外と大半が大雑把なのかもしれないが……と思いつつ二人で教会に向かった。
そういえばミユはまたどこかへ買い物に行っていていなかった、ミサさんが俺が一人の時を誘ったのも偶然なのである……多分。
ちなみにミサさんが店を空けている間は俺と同い年ぐらいのミサさんの姪っ子ことミトちゃんが店番をしているとのこと、なかなか可愛らしい子だった。
それから俺とミサさんは教会にやってきた、入ってみると全体的に古い作りながらも街のシンボルだけあって掃除が行き届いており清潔な印象を受けた。
何かの絵をを象ったであろうステンドグラス越しに入ってくる光が柔らかく降り注いでいる。
ミサさんの言われた通りに入り口付近に備えられたお布施ボックスのコイン投入口に10Gほど入れると、ジャヌコなどでも買えるポーションが一つ出てきた。
地味にこれ自販機のシステムだと思うんだが……こういうところも転生者などに影響を受けているのかもしれない。
教会の役割はといえば信徒がお祈りする場所がメインであるが、神のご加護が与えられやすい場所ということで傷を癒したり・場合によっては死者を蘇らせることが出来るのだという。
RPGにおける教会と似たようなものと考えて良さそうだ、そんな中でミサさんはS級僧侶だけあってか教会の場所に頼らずに蘇生することが出来るといったところだろうか。
教会の適当な場所にミサさんは立つと「主の祈り~」と祈りの言葉を連ね始めた。
俺は別に神を信じちゃいないが、一応神社の祈願的なノリで祈っておく――これからもミユと一緒に過ごせますように。
もっとも神頼みなんて最後の手段で、俺が弱いのだから俺が死なないように、ミユが悲しまないように出来る限りの努力をしようと常日頃俺は思い続けているのである。
初めてモンスターを倒した翌日のミサさんと出かけて帰ってきた直後にあたる、俺とミユは冒険者センターを訪れていた。
冒険者登録をする為にやってきた以来のことであり、俺は自分のレベルを笑った受付の人を忘れた日はなかった……お前も攻略してやろうか!
今はレベル55やぞ!
……ちなみに町の冒険者の平均レベルが56と聞いて、妖怪一足りない上にこの町レベル高すぎだろうと思うのは後のことである。
「クエスト受けるの楽しみー」
「そうだな」
しかし俺が弱いせいで、本当ならバンバン活躍したかったであろうミユを宿の肥やしにさせていたのは本当に申し訳ない。
「……なんか変なの混じってるね」
「お、おう」
基本的にクエストというのはモンスターの討伐依頼や、未開地区の探索などがメインである。
しかし始まりの町だけあってか――
「キャベツ収穫って、冒険者がやる必要あるのかな」
ちなみに『キャベツ(注・葉野菜、空を飛ばないものだけを指す)の収穫』らしく、本当に異世界で暮らしている農家を手伝うだけらしい。
「ゴミ屋敷掃除なんてものもあるな……」
変わり者の爺さんが売り物と称して自宅にゴミを溜め込んで、異臭や景観を損なう様に周囲からは『ゴミ屋敷』と呼ばれている場所の掃除クエスト。
だいぶ前から依頼が来ているようだが、その依頼の紙が経年で劣化しているあたり誰もがスルーする案件なのだろう。
…………この世界では魔法が使えるんだから最悪吹き飛ばせばいいと思うのだが、発想が乱暴だろうか。
「下水道掃除って……これもうバイトだよね」
「というか割とこの異世界の文明進んでるよな」
なんとなく気づいていたことだが、この始まりの町は石造りを中心とした景観とは裏腹にインフラは整備されている様子だった。
上水道・下水道が整備されている、この時点で相当発展していると思うのだが侮ることなかれ。
一部ではソーラーパネルや魔法を用いた電化がなされている、そりゃ電気が無ければジャヌコのレジスターとか動かないだろうし今更かもしれないが
ガスは流石に整備されていないようだが、魔法で火を起こせるのとガスが普及しなかった代わりにオール電化となっている家庭もあるのだとか。
地下水や湧き水を源泉とした水道の水は、流石にそのままでは飲料には適さないものの、煮沸・濾過すれば飲むことが出来るそうだ。
そんなインフラ整備も魔法による結界を用いて劣化を防ぎメンテナンスフリーとしているとか、下水道掃除というのもどちらかというと結界外に溜まった土埃などをまとめて捨てる作業なのだという。
異世界とはいうが街並みこそレトロなだけで、ある程度は近代化されているという生前過ごした世界の山奥の集落などでは割とよくある発展の仕方をしていた。
これらもきっと転生者が普及させたことなのだろうと思う、そう考えればこの世界における転生者の層は厚いと見て良さそうだ。
ここまでの技術発展と浸透具合はほんの数年では難しいことだろう、十年単位か……それとも。
言うなれば転生者という移民に大きく影響を受けた町であり、世界といったところかもしれない。
「じゃあこれ! 異世界イノシシ討伐クエスト!」
異世界と付ければ異世界風になると思ったら大間違いだと思う。
クエストの依頼の紙に描かれた絵を見るに生前の頃見たイノシシに相違なかった。
「えーとなになに? ”冒険者や旅人に襲い掛かるイノシシが町周辺に大量発生しています。すばしっこく凶暴ですが討伐をお願いします”だって」
依頼主は”ヤマネコサ運送”……実はこの世界異世界でもなんでもなく、生前の世界のどこかなのではないだろうか?
異世界と聞いて連想するファンタジーさが妙に現実的な世界観で薄れてしまっている、これが先輩転生者の功罪か。
「推奨レベル30だしよゆーよゆー、これなら貧弱な兄を持つ私もニッコリ」
「す、すまん」
ちなみにこのクエストが誰の手にも取られていなかったのは、推奨レベルが低いことで報酬が少ないからだったようである。
そこでこの町の冒険者の平均レベルを知ることとなるのだが……一応困ってる人居るのに、報酬低いから受けないってみんな割と現金主義すぎない?
たしかに始まりの町にいる時点でレベル56が平均な時点で、レベル30程度のイノシシなんて道中でいちいち倒していけばいいとは思うのかもしれないが……。
その後俺とミユは普通にイノシシの目標三十頭を討伐しクエスト初達成となった。
スラスラは強力なのだが倒し方が消化するやり方な以上、戦利品を獲ることが出来ないデメリットが発覚した。
一方で俺やミユが倒すことで死骸やこんがり肉を手に入れることが出来る、ちなみにこんがり肉はミユによる魔法で焼き焦がされた結果によるもの。
それからも俺たちはクエストをこなし、レベル以外でも戦闘のノウハウを身に付けながら――旅立ちの準備を進めていたのだった。




