第一話 女神さまと会ってみた。
後日談でありエピローグであり、物語の終盤。
俺は彼女と二人歩きながら話していた。
『これからも私の彼女でいてね! ユージ!』
『ああ、好きだユキ』
そして二人口づけを交わした――
からの、スタッフクレジットが流れる。
あー色んな人が関わってるんだなー、とか。
え、あの子ってあの有名なあの声優だったのか!? とか。
なんてことを眺めならがエンドロールが終わり、ゲームはタイトル画面に戻る。
「はー、終わった終わった。クソして寝よ」
そうして”ゲームを終わる”の選択肢をプレイヤーが押したことで――俺はそこで死んでしまったのだった。
俺が死んでしまってどれだけ経つだろうか。
プレイヤーがゲームをやめてしまってからどれほどが経つだろうか。
目をつぶっても真っ暗な世界が広がり、目を開いていても真っ暗な世界が広がっている。
何も見えず何も感じず、自分という存在が闇に溶けていくような感覚。
しかしふと思いついた頃に自分の顔を触ってみれば、ちゃんと人肌があり自分という存在がまだ消えていないとは思う。
どうせならちゃんと死なせてもらったほうが良かったのに、この自我さえ消えれば今のこの永遠にも続くかのような暗闇の世界で苦しまなくても済むのに。
ああ、俺は苦しいのだ。
何も出来ない、何もしてもらえない、それなのにこれまでのことは覚えているからこそ、楽しかった頃を思い出しては一人が悲しくなって、寂しくなって、苦しくなる。
何度もこの暗闇の出口を探したが、時間も分からない中で歩き続けて疲れ果ててしまった。
何度も寝ようと思ったが、睡魔はやってこようもない。
何度も死のうと思って首を絞めたり舌を噛んだが、痛くて辛いだけで死に至らない。
俺はどうすればいい? 俺はどうすればちゃんと死ねるのか、どうすればまた生きられるのか――
”彼女”が隣に居ないこの世界で俺は、どう生きていけばいいのだろう。
これならまだ死んだ方がマシだ。
* *
どれだけ続いていたか分からない暗闇の世界がふと終わる。
意識が続いていた為に少しずつではあるものの、世界に明るさが取り戻されて行くのを身で感じた。
「ん」
すると突然真っ暗な空間に光量のあるスポットライトが俺を真上から照らし出す。
その唐突さに思わず見上げて目が眩む、ああ……久しぶりの光と懐かしい感じすらした。
気づけば俺が立っている場所、その足元の床が真っ白のものに変わっている。
それと何も感じなかったはずの俺の鼻孔をくすぐるような、ミントのような爽やかな香り――
ここは……どこだろうか?
「よくいらっしゃいました、上総ユージロー様――」
そうあたりを見回しながら疑問を思ったのを悟られたようににして、向き合うように絶世の美女が俺の名前を呼んでいた。
その美女に向き直ると透き通るようなしなやかな金髪に碧眼をして、スタイルに関しても秀でたものでモデル並のスラっと感と局部のボリュームを両立させている。
そんな彼女がほんの少し目線を他に向けている間に現れていたのだ。
「あなたには――数多くの女性の心を射止めてきたことを鑑みまして――」
そんな彼女は人間ではないのだろう、スポットライトの光を背にするように舞い降り俺に向かってきているのだから――その姿はさながら天使を想像させた。
「多くの女性を攻略して、魔王を打倒しちょっと世界を救ってほしいのです」
天使ならそんな突拍子もないことを言うだろうか、なんとなくだが言わないだろうな。
だから彼女は天使ではなくて、もっと別の存在に違いなく――
「元ギャルゲー主人公の、上総ユージロー様」
俺、上総ユージローは元ギャルゲー主人公である。
とは言ってもギャルゲーの主人公であることを俺は最近まで認識していなかったのだが。
俺がギャルゲーの主人公であることを知ったのは――俺が事実上死んでしまう寸前に自覚をしたのだ。
基本的にギャルゲーといえば、すべて攻略し終えてすべてのCGを回収してしまえばプレイヤーには新鮮味などなく、そこでゲームを完全に終えてしまうことも多い。
そのあとのゲームの行先はデータ削除か、はたまた中古として売られて行くか、それともデータの海に埋もれていくだけか、もうヒロインと話すこともない俺としては死んでしまうに等しいことだったのだ。
ギャルゲーにおける主人公とは、そのギャルゲーをプレイするプレイヤーの分身ともいえる存在で――創作者の分身でもある。
予め創作者によって自分の容姿・性格などが決められており、更には俺の発する言葉でさえも創作者の手によるものなのだ。
だから俺という存在は創作者によって生み出され、創作者によって動かされることでしかない――操り人形に他ならなかった。
しかしそんな自覚を今の今までしていなかった、これまでは自分が自分であると普通の人間の一人であると確信していたのだ。
そうこの空間に来る前、スタッフクレジットが流れ出した時にふと俺は頭の中に情報が流れ込んでくるようにして――理解した。
俺をマウスとキーボードで操るプレイヤーの存在を、創作者の存在を。
人間だと思っていた自分が架空の存在だった、作られた存在だったと知るのだ……多少なりともショックだったが、腑に落ちることは幾らかあった。
たまに俺が考えていることと口にしていることが食い違うことがあった、俺の行動と挙動が噛みあっていないことがあった。
俺ならこう考えるのに、俺ならこう行動しているのに――見えない何かによって突き動かされる感覚があったのだ。
だからこそ今はあっさりと俺が”元ギャルゲー主人公”であることを受け入れていた……もっとも受け入れること自体も創作者によって仕組まれた人格なのかもしれないが。
「……俺が世界を救う?」
「はい。残念ながら今まで現実から転生させてきた方々は尽く結果を残してはくれませんでした、たいていは可愛い女の子ばかりの序盤の町で平和に生涯を終えてしまったり、やたら死んでは繰り返してばかりで進まなかったり、スマホのデータ通信量超過で回線速度が低下して上手く使いこなせなかったり……」
なんとなく直感だが、そこまでにしておいた方がいいと思う。
「だから趣向を変えてみました。たまには創作から転生させるのもいいよね」
いいよねって言われてどうしろと。
「それに――ギャルゲー世界ではあなた様は百人切りだったそうですから」
「それは言い過ぎだ」
ざっと二十人程度の女子を攻略したに過ぎない……攻略という言葉を使ってるあたり、俺も自分の存在をいよいよ完全に受け入れているようだ。
「そうは言うが、創作者が俺にそう仕組むように女子にそう惚れるようにしたに過ぎないんじゃないか」
「いえ、確かにギャルゲーの主人公という方は星の数ほどいます、しかしあなた様は……」
そうして彼女は少し溜めるようにして――
「攻略不可能なはずの妹様を攻略したのですから」
……は?
「……なんだって?」
「ですから、原作に無い。創作者が意図していない、本来ならばサブキャラクターでしかない妹様を攻略しているのですよ、あなた様は」
「そんな……まさか……!」
あんなに可愛い妹が攻略対象外とか、創作者はクソなんじゃないか!?
「だからこそ賭けてみるのです、創作されたに過ぎないはずのあなたが起こした奇跡を私は期待しているのです」
「……期待されても、俺は元日常系のギャルゲー主人公だ。戦闘能力なんて皆無な俺に世界を救えと?」
俺のいた世界には戦いも事件もない、平和な世界で俺は女子達と付き合っていたに過ぎないのだ。
だからこそいきなり世界を救えと言われても、それが恐ろしい世界ならば俺は即死しかねないだろう。
「ということも考えて、あなた様にはなんでも一つだけ願いを叶えてさしあげられます。全知全能の力でもいいですし、不老不死でもいいでしょう、もっと特定の能力でさえも与えることは容易です。ようは転生特典ということですね」
なるほど……ギャルゲー主人公としての俺を見込んだ上に、そのなんでも一つだけの願いを与えることで最強のギャルゲー主人公にしてしまう算段なのかもしれない。
確かに俺が転生する世界がどんな場所かは分からない以上、力を付けておいて損はないだろう、能力を持っていたことに越したことはないだろう。
ただ――
「それは一つだけ、なんでも……なんだな?」
「はい。言ってくだされば、物でも者でも」
「そうだな――」
彼女は最強の剣だったり、または女神さまだったり望めば良いとでも言いたげだった。
しかし俺は――”者”という言葉のニュアンスを聞き逃していなかった。
「じゃあ妹で」
「…………はい?」
俺があっさりそう答えると彼女は絶世の美女らしからぬぽかんとした表情で俺を見つめるのだった、まるで正気かと疑うように。
「正気……ですか? なんでも手に入るんですよ!? 屈強な身体でも、使いつくせないお金でも、それこそ私でも――」
「いや、妹一択だ。それ以外に望むものはない」
「そうですか……そうですか……」
まるで彼女は「もしかしてミスキャストだったかも」とでも言いたげなジト目で俺を見る、意味が分からない。
「ではあなたの妹、上総ミユでよろしいですね……」
「ああ。もちろんそのミユは”俺の妹”のミユだからな」
「分かっていますとも……はぁ」
ため息なんてついている、幸せが逃げるというからやめた方がいいと思うぞ。
「それでは、いってらっしゃい勇者様――私、女神オルリスはあなた様の健闘をお祈りしています」
そうして俺はスポットライトの光に吸い込まれる様にして――異世界に転生した。
* *
気づくと立っていたのは森の中だった。
「――――」
そして俺は、ギャルゲーの主人公の頃に着ていた服装そのまま……で装備は無しらしい、無地シャツにジーンズとやる気のないファッションセンス。
正直妹さえいればいいと思っていた俺だが、果たして丸腰の俺がこの異世界でこの先生き残ることが出来るのかといれば、正直厳しいだろう。
「――――」
しかし転生特典が一つだけだと言うから妹一択にしてしまったわけで、もう一つぐらいおまけにつけてくれても良かったのではなかろうか。
そもそも転生させたのが日常ギャルゲー主人公の俺というのがそもそも間違っている気がするし、まだバトルあり能力ありなギャルゲー主人公を転生させた方が――
と、ふと考えてから俺が一択した妹はどこにいるのかと見渡してみると――
「――! ――!」
居た、それも隣に。
俺の妹のミユは全体的に小柄で体系的にも凹凸の少ない、俺と二つ歳が離れた次女だった。
そこに童顔的な顔の作りで目は丸く大きい、髪の毛は肩ほどまでに延ばして天然がかった栗色かがったセミロングヘアー。
そんな兄バカと言われてもしょうがないが”かわいい”妹の着ているものは、半そで無地シャツにプリーツスカートのラフで簡素なもの……いつもの私服そのものといったところか。
兄妹ファッションへのこだわりが無い為に、どちらも無地シャツにズボンかスカートを履くというのは似たところかもしれない。
しかし何故さっきから妹の声が聞こえないのだろうか、実際妹のミユは俺に何か声を荒げているように見える。
まさか……ここに着て俺は時差ボケならぬ異世界ボケ的に耳が……?
と、思ったところでさっきから気になっては居たのだが俺の視界の端に、なんだか歯車を模した様なマークが浮かんでいる。
なんとなしに触ってみると――
ああ、分かった。
そうだ、俺は知らなかったがこれはどうやらギャルゲーのプレイヤーが操作するボタンのようなものらしい。
視界の端に指を持っていき二度ほど突くと俺の目の前にパソコン画面におけるウィンドウのようなものが現れる、そこにはオプションとあり押してみると音声という項目が目についたので更に押すと――ステータスバーのようなものが現れた。
そのステータスバーには”VOICE””BGM””SE”というものがあり、なんとなく”VOICE”のゼロになっている音量バーを上げにかかると――
「ちょっと!!! 聞いてる!!??」
「わ」
やばい、音量デカすぎた。
というかなんとなくギャルゲーの音量設定がゼロっておかしい気がするんだが、なんでそんな設定にしたんだよ。
という内心の文句と、いよいよブチ切れ気味な妹を見かねて各音量を調節すると――
「ユウ兄!」
「あー、聞こえる聞こえる」
「聞こえてるならちゃんと返事してよね! ……もしかして耳が聞こえないのかと思って不安になったんだから!」
そう、こう怒っている妹のミユはあくまで俺を想って怒ってくれていたのである。
超可愛い俺の妹、一度結婚しちゃった妹である――もちろんギャルゲーでの話だが。
「悪い悪い、なんか音量設定がゼロになってた」
「音量設定……?」
「なんかこう、視界の端に歯車とか浮いてたりしない?」
「……?」
何十もの女子を攻略している間、ほぼずっとミユを見ていただけあってこの反応は本当に心当たりが無い様子だ。
なるほど、どうやらこのギャルゲーにおけるオプションというものを認識し操作出来るのは元ギャルゲー主人公の俺ぐらいと思って良さそうだ。
「それよりユウ兄どゆこと!? 私がギャルゲーのサブキャラクターで、ユウ兄はギャルゲーの主人公だってことは分かったけど! ”現代に転生して魔法無双”する願いを女神”アイシア”に伝えたと思ったら、話してもらった世界と違うとこに転生してるんだけど!?」
どうやらミユはミユでギャルゲーのサブキャラクターから現代に転生しようとしていたらしい、それがもしかすると俺の願いが横やりに入ったことで異世界に転生してしまった……?
「多分俺のせいだな」
「なんでよ!」
「女神オルリスに願いを聞かれたから欲しいものは”じゃあ妹で”って言ったからこうなったんだろうな」
「なっ!?」
俺としては異世界転生する上で欠かせないのは妹のミユである。
無人島に何を持って行くかと聞かれれば妹のミユである。
もし最後にありつける食事があるならば妹のミユに全部あげる。
正直、これまで攻略してきた女子のどんな子よりもミユが一番可愛い。
「ほ、ほんとに? なんかすごい力とか貰ってたりしないの?」
「ないんだなそれが」
音量調節に使ったオプションとかは意味無さそうだし。
「ふ、ふーん……ほかのどんなものより私だったんだ……へー」
「そういうミユは横やりで転生させちまったけど、もらった特典の方はどうなってるんだ?」
「これ」
「これ?」
ミユがそうして見せたのは――魔法少女アニメで使っていそうなおもちゃのステッキだった。
「……そうか、懐かしむ為に欲しかったんだな」
「違うもん! 魔法無双したいって願ったらこれを手に持ってたんだもん!」
しかしどう見ても音が出て光るだけのおもちゃにしか見えない。
「なら試しにそのボタン押してみたらどうだ?」
「え? うーん、そうだなあ……じゃあ”エクスプロージョン”」
ミユがそのおもちゃのステッキのボタンを押しながら、なんとなくの魔法名を呟くと――
一瞬にして目の前の森が消え去った。
いやいや、軽く町ぐらいの規模が爆発して消えたんだが!?
そして森があった場所には大きくクレーターが開き、未だに底には炎が燻っている。
「お前……」
「ま、魔法無双出来ちゃうみたい?」
どうやら俺が別の女神さまから横取りしたミユは特典そのままに連れてこれてしまったらしい。
こうして最弱勇者な俺と、最強魔術師の妹による異世界冒険譚が幕を開けるとか開けないとか。