魔法のない異世界で魔法使いになった俺
俺、オズワルドは今年で15歳になる。
しかし、その精神年齢ははっきり言ってオッサンだ。なぜなら俺はサトウヤスヨシという40歳で病死した人間の記憶持ったまま生まれてきたからだ。
この世界はヤスヨシの記憶にある世界とはまるで違う世界だ。あらゆる便利な道具に囲まれ明日の命も保証されるような世界じゃない。
生まれたばかりの頃、俺はいまから努力すれば秀才天才として持て囃され、エリートコースまっしぐらだと思って必死に両親の会話を聞いてこの世界の言葉を覚えた。
3歳になる頃に字を覚えようと思った俺は、この貧乏な村に唯一ある本である、祈りの書を教会の神父様に敬虔な風を装って何度も読み聞かせてもらい、大まかに内容を暗記した頃それを本の文字と照らし合わせて全てではないが文字を覚えた。
そして5歳になる頃、俺の夢は砕かれた。どんなに頭が良くてもこんな貧乏な村の村人Aの家では将来は狩人か農民、腕に自信があってもせいぜい傭兵か使い捨ての兵士くらいにしかなれないという現実を知ってしまった。
その選べる職業も、この世界には15歳になると洗礼の儀というものがあり、そこで神様に成人を認めてもらうと同時に与えてもらえる恩恵でほぼ決まる。万が一、いや億が一の確率で当たりの恩恵はあるらしく、それを与えられれば大出世は見込める。逆に同じ確率で全く意味の解らない恩恵を与えられると農民が確定するどころか畑すら貰えないということもあるらしい。
つまりは15歳でほぼ職業が決まるのだからそれまでなにを準備していても無意味になるかもしれない。
俺は、最初の内はそれでも体力を作っておけば大丈夫、それに字を読み書きできることが役に立たないわけがない、と自分に思い込ませて体力作りを始め毎日続けていた。
しかし、村の大人達を見ているとこれが現実なんだ、と突き付けられているような気がして、俺のモチベーションはどんどん下がり。
12歳になる頃には、朝から家の手伝いをして終わったら集まって遊びに出かける同い年の子供と同じ普通の子供になっていた。
男は俺とコム、村長の息子ディン、村唯一の鍛冶屋の息子トマの4人。女は隣の家のケリィとフーの2人。合わせて6人が俺と同い年で村で悪ガキ6人組と呼ばれるメンバーだった。
狩人の真似をして山に入っては隣の村の猟区まで入って怒られたり、やってきた悪行をあげていくときりがない。そしてだからこそ俺達6人には仲間意識、結束力、絆。そんな言葉では片付かないほどの結びつきがあった。
特に隣の家のケリィとは仲間以上の仲になっていた。
村の習わしで特殊な恩恵を与えられない限りは洗礼の儀を終えた新成人は、街へ行き狩人組合に登録し、そのまま半年間はそこで狩人の教育を受け、その後で村に帰るか街で暮らすか自分で決めるというものがある。
ほとんどの人は街に恐れをなして村に帰ってくる。俺達も帰ってくることを前提で話をしていた。
だから俺とケリィは戻ってきたら一緒になろうという約束をしていた。
前世は独身だったが今は結婚を約束した相手がいる。洗礼の儀をして街で勉強して戻ればケリィとのバラ色の新婚生活が始まるのだ。
◇◇◇
「こ、これは!?」
神父様が驚きの声をあげた。洗礼の儀ももう終わろうという時のことだ。
最初に洗礼を受けた村長の息子ディンは、剣術の恩恵を与えられた。次に洗礼を受けたフーは料理の恩恵を与えられた。その次のコムは斧術の恩恵を与えられ、トマは力の恩恵という道具や作業関係なく常に使える当たりの恩恵を与えられた。ケリィは風感の恩恵という、明日の天気がわかったり森の中で獲物の場所がわかったりする当たりの恩恵を与えられた。
そして俺の順番になったのだが、神父様は驚きの声をあげたまま硬直してしまった。
沈黙に耐え切れなかった俺が恐る恐る声をかける。
「神父様、俺の洗礼はどうだったんでしょうか?」
神父様は俺の声に我に返ると、申し訳なさそうにして俺の顔を見る。
「オズワルド、……残念だけど君は未知の恩恵のようだ」
未知の恩恵、それは億が一のほとんどない確率で与えられる使い方のわからないはずれの恩恵。
俺は膝から崩れ落ちた。俺の未来はここで終わったのだ、なにもかもが終わってしまった。
そんな俺を見た、ディンとケリィが駆け寄ってくる。しかしどう声をかけていいかわからないらしく、二人はただ肩や背中に手を置いてくれた。
おかげで少し自分を取り戻せた俺は震える声でもう一度神父様に問いかけた。
「あ、あの……。俺の、……俺の恩恵はなんと出たのでしょうか?」
「本当に聞きたいですか?」
「聞いてわかるものかはわかりません。それでも神様が俺に与えてくれた恩恵ならどんなものか知っておきたいです」
血の気の引いた真っ青な顔で、それでも真剣に神父様を見つめる俺の目を見て、神父様は一つ大きく息を吸い込んで――
「わかりました。オズワルド、君の恩恵はマホーの恩恵だ。」
それを聞いた俺はそのまま聞き返してしまう。
「魔法?」
「そうマホーだ。全くなんのことか検討もつかない。神聖国の聖地にいけば前例くらいは見つかるかも知れないが……すまない」
神父様が頭を下げようとするのを俺は立ち上がって止める。
「大丈夫です、神父様に悪いところは一つもありません。ただもう一度だけ確認したいのですが、魔法の恩恵で間違いないですか?」
「あぁマホーの恩恵で間違いない」
「やったあああああああああああああああああああ!」
心からの俺の叫びに、その場にいる全員が俺がショックのあまりおかしくなったと勘違いした。ケリィとフーは俺をみて涙まで流している。
しかし俺は正常だ、純粋に喜んでいる。なぜなら魔法を俺は知っている。正確には今知ったのだが。
恩恵というのは与えられた人間が認識するとその使い方を頭の中に刻んでくれるものだ。
神父様の言うマホーの恩恵を、俺が魔法の恩恵と認識したことでその使い方が頭の中に浮かんだ。どんなことでも出来る万能な前の世界ですら夢物語とされた魔法、それが使える。
この日、俺は魔法使いになった。
◇◇◇
「それじゃあ、行ってくるからね」
ケリィが俺に心配そうな表情を向けてそう告げると馬車に乗り込む。
未知の恩恵を与えられた俺以外の5人が街へ向かう馬車だ。
「離ればなれになるのは辛いけど、俺待ってるから。それに帰ってきたらきっと驚くと思うから楽しみにしてて」
突然明るくなった俺のことを真っ直ぐに見れない様子の5人は手を窓から振ることもせずそのまま馬車に揺られていった。
それを見えなくなるまで見送った俺は、そのまま真っ直ぐに家へ帰った。
「ただいま」
家に帰ると両親が驚いた顔で俺の顔を見る。
「オズ、お前街は?」
「あぁ俺、未知の恩恵だったから行けなかったわ」
笑顔でそう話す俺を見て、母さんは泣き崩れ、親父は強く俺を抱き締めた。
「大丈夫だ、この村にはお前を馬鹿にするような奴はいない。絶対守ってやるからな」
「親父、痛いよ。大丈夫、大丈夫。それより俺の話を聞いてよ。母さんも泣かないで」
俺は無理やり親父を振りほどいて、二人が落ち着くのを待った。
母さんはまだ目に涙が浮かぶようだが、このままだと泣き止まなそうだったので俺は話し始めた。
「実は俺が与えられたのは魔法の恩恵っていうんだけど」
「マホー、聞いたことないな。神父様が未知とおっしゃるんだから俺達にわかるはずもないが」
真剣な顔でそう言う親父とそれを聞いてまた泣き出しそうになる母さん。
だから俺はすぐに続けた。
「実は俺は魔法を知ってるんだ。おかげでちゃんと恩恵の使い方は俺の頭の中に刻まれたよ」
「なんだって!?」
親父は驚きの声をあげた。神父様ですら知らないようなことを自分の息子が知っていたのだ、その驚きは当然の物だろう。
「でも、これを自由に使える様になるまでには時間がかかるんだ」
魔法には魔力が必要、ゲームのような話だがそういうものらしい。そして魔法を使えば使うほど魔力は増え出来ることも広がる。
しかし今の俺の魔力は少なすぎる。徐々に増やしていくしかないのだ。
「親父、うちの借りてる土地に畑にならない荒地あるだろ? あそこ貸してくれないか?」
「あんな場所でなにする気だよ」
「魔法の練習だよ。闇雲にやるよりなんかに貢献した方がいいだろう? それから同じように借りてる土地に使えない荒地がある家の人にも声かけておいてほしいんだ」
「おまっ! いや、わかった。俺の方から声をかけておいてやる」
「ありがとう親父。しばらくいなくなるはずだったのに余計な面倒までかけて」
「気にするな。未知の恩恵与えられて追い詰められて帰ってくるよりマシだ」
すると、ようやく理解できたらしい母さんが俺を抱き締めた。
「オズ? 誰もあなたが未知の恩恵だったからって攻める人はいないわ。だからあなたも急いで結果を出そうとしないでね」
「わかってるよ母さん。俺は焦ってなんかいない」
「ふふ、そうね。今のオズ、なんだか昔のオズみたいね。あの頃みたいにキラキラした顔してるもの」
15歳にもなって――いや55歳にもなってか――母親に撫でられて嬉しい気持ちになった自分を恥ずかしがりながら、俺は母さんの腕からすり抜けて自分の部屋に戻った。
◇◇◇
一人の部屋で、ついに俺は魔法を使う。
魔法は想像すればそれに見合った魔力を消費して発動できる。詠唱や魔法陣みたいなものが必要ないことに少しガッカリしつつ俺は最初の魔法をイメージする。
右手をなにかを指差すようにして、それを上に向ける。
何度も「俺の指はロウソクだ、そしてその指先には小さな火が灯っている」と小声でつぶやきながら目を閉じて火の灯るロウソクをイメージし続ける。
しばらくすると、指先から熱を感じ始めた。ゆっくり目を開けると人差し指の先、ほんの少し離れた位置に小さな火が浮かんでいる。
成功だ。俺はそのまま周囲を燃やさないように少しづつ火力を上げていく。更に指からどんどん離れた位置に飛ばしたりそれを戻したりとその火を動かすイメージをする。
動かし始めてから1分くらいした頃だろうか、火は突然消えてしまった。何度出そうとしても火は出てこない。魔力切れだ。
魔力が切れても体調が悪くなるといったことはないようだ、しかし残りの魔力の量が感覚では全くわからないのは問題がある。
魔法は次第でイメージでどんなことでも出来る。次に魔力が回復したら自分の魔力残量がわかるようになる魔法をやってみようかな。
俺がそんなことを考えていると、扉を叩く音がした。母さんが昼ごはんに呼びに来てくれたみたいだ。
俺は色々考えるのを辞めることして部屋を勢いよく飛び出した。
◇◇◇
昼食後、一度部屋に戻った俺はもう一度火を出す魔法を使ってみた。火は最初の時より簡単に出すことができた。今度はその火をすぐ消して次の魔法をイメージする。
自分の魔力を数値化したものが見える様になる魔法だ、結局考えるのを辞めることが出来なかった俺は昼食を食べながらこの魔法のイメージを作っていた。
数値化するとしてなにを基準に1とするか悩んだが、今の自分の最大魔力を20とすることにした。それが自分の視界に半透明なウインドウのように表示されるイメージ。
ないものをイメージするというのは思ったより難しいことだったようで、発動するまで1時間以上がかかった。前世のゲームのイメージがなかったらもっとかかったことだろう。
ようやく発動した魔法を見ると最大20現在16と表示されている。イメージしている間にかなり回復していたようだ。
この魔法自体は燃費がいいようでずっと発動してみているがなかなか現在の部分が15にならない。しかも発動したら止める魔法を発動するまで発動し続けるイメージで作っているので、止める魔法を使うか魔力が切れるまで自動で使い続けられる。つまり他の魔法をイメージすることができるのだ。
俺は魔力を見えている状態で火の魔法を使ってみた、指先に火が灯ると視界にある半透明なウインドウの現在の部分が15になる。そしてそのままの火を維持していると1分ほどで魔力が14になった。
次は火力を上げて、その次は火移動させてみて。魔力が1になるまで減る量を見ながらいろいろ火を操ってみた。
魔力が1になって火を消す、昼前に魔法を使った時より長い時間魔法を使えた気がする。ふとウインドウの最大の部分を見ると32となっていた。思っていた以上に魔力の上がりは早いようだ。それに感覚的なことで正確ではないかもしれないが最初に使った時より2回目の方が効率的に魔法を使えているのかもしれない。
俺は魔力の表示を消して太陽の位置を見た。この貧乏な村には時計がない。いやこの世界そもそも時計はないのかもしれないが……、とにかく時間を正確に計る手段はない。そこで俺は太陽の位置で大まかな時間を計り、魔力の回復速度を調べた。
太陽の位置で計れる時間はがんばっても1時間刻みだが全く分からないよりましだ。俺は太陽の位置をみて大体1時間立った頃に魔力を表示する魔法を使った。表示は最大32 現在12。
大体1時間で10くらい回復するのか、それとも約30%回復するということなのか。俺は回復した分を急いで1まで消費した。最大は39、そこから1時間待って再度魔力を表示すると現在15。どうやら魔力の回復は最大魔力量に対して割合で回復するみたいだ、これは嬉しい結果だった。
気が付くともう日が傾いている。1日部屋の中で何かに没頭したことなんてすごく久々だった。
なんだか充実した1日を過ごせた俺は夕食を食べ、魔力を空になるまで消費するとすぐに眠りについた。明日使いたい魔法を想像しながら。
◇◇◇
翌日、俺は起きてすぐ魔力を消費し、朝食を食べ、いつものように畑の手伝いをした。
昨日1日家に居たから気付かなかったが、俺の恩恵のことは村中に伝わっていたらしく、すれ違う顔見知りの村人たちに「辛いだろうががんばれよ」と優しく声をかけてもらった。
畑仕事が終わると、俺は親父を連れて畑に使えない荒地のスペースにやってきた。
「確かにここを使える様にできたらすごいことだ。だが実際ここを畑にするとなると話は違う、ここの土には栄養がねぇ」
「それをどうにか出来るのが俺の魔法だよ。まぁ親父、騙されたと思って木の枝とか雑草とか腐った野菜とかここに集めてきてくれよ」
俺は不安そうにする親父にそう言って、ここに来るまでに拾ってきた木の枝や草を置いて収穫用のかごを背負い森へと走り出した。
森の入り口で木の枝や葉っぱ、草などをかごに詰め込んだ俺が荒地に戻るとすでに親父が戻ってきていた。
「種にしようとして腐った野菜だ、本当にこんなんでいいのか」
「大丈夫、大丈夫」
かごをその場にひっくり返して、親父に離れてみてるように指示を出す。
イメージは昨日眠りに落ちる瞬間まで考え、今日もさっきまでずっとしていた。
固まった大地をほぐし、拾い集めたものから栄養を貰い、畑としてよみがえらせる。
俺が大地に手を当ててから数分の時間が過ぎた。何も起こらないまま過ぎる時間に親父が声をかけてくる。
「おい――」
その瞬間、俺の手を当てている場所から前方の大地が波打つように揺れ始め、拾い集めて山となっていた草や木などは炎をあげて燃え上がり始めた。
燃えて灰になったものが波打つ大地に飲み込まれていく。そうしてしばらくすると突然大地が波打つのを辞めた。その大地は畑として現在使っている場所よりも良い土壌に見える。
「ふぅー、思ったより広がらなかったなー。この広さだとあと2回分は集めてこないと全部畑にできないな、なぁ親父?」
ひとまずの成功に喜びながら俺は振り返りながら親父にそう言うと、驚いた表情のままで固まっていた親父がゆっくりと俺に近づいてくる。
「すげぇじゃねぇかマホーの恩恵!」
親父は興奮しながら俺の頭を乱暴に撫でる。
「いてぇよ親父。それより次の分集めてくるぞ」
「おう、俺に任せろ。今度はオズの分も集めてきてやる、お前はここで休んでろ」
そう言うと親父は慌しくその場からいなくなった。
◇◇◇
俺が村所有の荒地を栄養ある土壌に変え始めて1ヵ月がたった。
村には荒地がなくなり豊かな畑が広がっている。畑の脇には水路ができて、絶えず水が流れている。水路は俺が魔法で作った、水は魔法で見つけた地下水脈を魔法で吹き出すようにして、そこにできた池から流れてくるようになっている。
村に住む人はみんな、俺が未知の恩恵を使えるようになったこと知っている。
神父様も興奮気味に俺を訪ねてきて俺から聞いた話をまとめて神聖国の聖地に手紙を送ったらしい。
面倒なことにならなきゃいいけど。でもまぁ神聖国まで手紙送ったとしても最短で半年かかる。そこですぐ使者が送られれば1年だが、おそらく話し合いの後手紙もしくは神父様を呼んでの詳細確認の後になるだろうからきっと何かあっても数年先の話になるだろう。
俺の村改造計画はまだ続けられる。
俺は今、村長と二人で話をしている。
内容は外壁と門を作ることと、洗脳した魔物を飼い、繁殖させて狩り以外で肉を得てはどうだろうかという話だ。
外壁と門の話は村長はすぐに許可をくれた。村全体を囲み、畑なども外壁の中に納めて安全に作業ができ、作物も魔物に荒らされないようにするのは村長としても理想だったようだ。
しかし洗脳した魔物を飼育する話は、まだ俺の魔法に対してそこまで本当にできるのか?という気持ちが強く村の長としては許可できないとのことだった。
なので俺は外壁、門を作った後で外壁の外で試しに数頭洗脳してみせ、それが大丈夫だったら村に魔物の牧場を作ることを許可して欲しいとお願いして、なんとか村長の許可を貰った。
外壁を作るのは今の俺には簡単な話だ。許可をもらった翌日には村全体を厚く高い壁が囲んでいた。
門は村の鍛冶職人、トマの父親のゴルマと相談しながら作ることになった。いつも門の開閉に俺が立ち会うことは出来ない、中にいる誰にでも開閉ができる、しかし外からでは簡単に開けれない。そんな門をゴルマと一緒に考えたが結局思いつかず片側だけで大人5人の力でようやく動く扉が2つで両開き門ということにした。
村長に外壁と門を確認してもらい、許可が出たので外壁の外に簡易な柵を作って、狩人の大人達にウシ型の魔物モームを生きたまま捕獲してきて貰ってその中に入れた。
傷ついた状態で捕獲された3匹のモームを治癒の魔法で治したあと洗脳の魔法をかける。洗脳にかかったら右前脚を上げて首を縦に何度も振る様に指示すると3匹ともすぐに言った通り行動した。
1匹1匹魔法をつかって調べると予想外のことが起きていた。洗脳するつもりがモームは改造されてしまったのだ。食肉にもなり牛乳もとれる、温厚で暴れることはなく、仔を増やしやすい新種の魔物モーム改が出来てしまった。
当然、長い時間を必要としないで村長は村の中に牧場を作ることを許可してくれた。牧場は怪我で狩りのできなくなった狩人だった人達を中心に運営されることになった。モーム改をもっともっと増やしたいので、狩人の大人達には追加で捕獲をお願いすることにした。
◇◇◇
モームの改造と牧場作りから3カ月たった。
俺は村に新たにできた役所の村長の椅子に座っている。
先月税の徴収にきた領主様の使いが、この村の変わりように驚き、前村長から何があったのか聞いたところ、未知の恩恵を使いこなす若者がやったと正直に答えたそうだ。
それから数日で領主様から前村長宛に手紙が届いた。内容はいつになるかわからないが時間が出来たら直々に視察に行くということ、そして「短期間でそれだけ村を豊かにできる人間がなぜ上の立場にないのか、すぐにでも村長を変わるべきであろう」という一文が書かれていた。
代々村長の家系にあった前村長は領主様の指示をすぐに受け入れられず、村人達と話し合って決めると手紙を運んできた使者に告げた。すると使者はその場に自分も立ち会うと宣言してきた、使者は領主様の腹心の部下の一人だったらしい。
使者を交えた村の大人達の話し合いには当事者でもあるので俺も参加した。ただ始まる前に前村長に「余計なことを言わず黙って話を聞いるだけでいい」というようなことをやんわりと諭すように言われたので黙ってその場にいるだけだった。
話し合いが始まると村長は最近の村で起こった出来事を聞きたいと明らかに本筋と違う話をしようとしたが、大人達は口を揃えて「俺のおかげで暮らしが豊かになった」と話し始めた。
そんな中でケリィの父親が冗談で言った一言が場を一層盛り上がらせることになる。
「許可欲しい許可欲しいって村長いつもオズ坊に捕まってたよなぁ。あれみて俺、オズ坊が村長だったら今より早く村の開発が進んじまって街にでもなるんじゃねぇかって思ったぜ」
「ははは、そりゃあいいな。オズワルドが村長か、はははは」
「よっオズワルド村長、あっはっはっは」
酒が入っていないとは思えないほど盛り上がっている。そしてそんな騒がしい場で3人だけが静かだった、俺と冷静な表情で何かを考える使者と顔を青くしている村長だ。
しばらく笑い声が止まなかったが、突然使者が立ち上がると場が静まり返る。
「実は今日ここに集まっていただいたのは、領主様が村を大きく変革させ豊かにしたその少年に即刻村長にするべきである、とおっしゃったので皆さんにそれを話し合って頂くためでした」
「えっ?」
驚きの声は至る所からあがった。
しばらく大人達はみんなザワザワとしていた。そんな中、鍛冶職人のゴルマが立ち上がる。
「俺は賛成だ。村長には世話になったが村の発展を考えると話は別だ。オズワルドは賢い、それに歳に不釣り合いなほど落ち着いていて現実が見えている。まぁやってることは現実離れしてるがな……。俺は一緒に仕事してコイツになら任せられると思った」
ゴルマがそう言うとケリィの父親も立ち上がる。
「猟に出れなくなった手負いの狩人達に仕事をくれたのは他でもないオズ坊だ。俺も賛成しよう」
すると「俺も賛成」という声が大きくなり、俺と俺の親父、使者、前村長以外全員が立ち上がった。
一度全員が落ち着くのを待って使者が俺の方を向く。
「どうかな? 君にやれるかい?」
「こんなに言ってもらってるんだから引き受けます。でも条件が一つ」
「条件?」
「俺、村から出たことないし世間どころか世界を知らないと思うんですよ。だから今街で勉強してる俺と同い年のやつらが帰ってきたら俺、街に勉強に行こうと思ってるんです」
これはずっと考えていたことだ。ケリィにはもう半年待って貰うことになるけどきっと彼女なら聞き入れてくれるだろう。
「ほぅ……。君は勉強熱心なんだね」
「知りたがりの子供なだけです。えっと、だから俺が街に行ってる間の村長をディンに任せたいんだ」
「ディンっていうのは村長の息子だね? どうして彼に?」
「あいつは村長になるための勉強をいつもしていました。俺は開発とか発展なら自信はあるんですけど正直内政とかはからっきしなので。それに折角俺みたいな若造に任せて貰えたんだから今の村長に頼るよりもディンに任せたいんです」
「……わかりました。領主様にはそのように伝えておきます」
そう言ってその場を使者が出て行ったことで話し合いが終わり、俺は村長になった。
村長になってからはやりたい放題している。まずはゴルマと大工のコート、ロート兄弟と協力して村の家々を木の家から石造りの家に作り替えていった。
俺が魔法で大雑把に作った家を3人に仕上げてもらう、という感じなので1日5軒というハイペースで家は作り替えられていった。
次にトイレだ。今まで汚物は肥溜めに捨て発酵させ肥料にしてきたが、今ではモーム改の牛糞があるので臭い思いをして人糞を集めておく必要はない。
なので下水道を作った。処理装置などはないので流れた先はどこか遠く海に流れていくシステムになっている。各家に水を入れるのは手動だが一応水洗トイレを導入した、捨てに行かなくていいから評判がいい。
次に作ったのは公衆浴場だった。村から遠くに見える火山付近にある温泉を引っ張ってきている。常に新しいお湯が流れてくるので24時間誰でも入れる。
男湯と女湯を作り、全身洗える液状石鹸もちゃんと備えている。
液状石鹸は作り方がわからなかったが、植物性100%というワードを思い出し、モームの時のように植物を改造して液状石鹸を分泌する植物を作った。魔法は本当に便利だ。
建物だけではない。モーム改の加工体制も整ってきた。メスは乳牛にするので加工されるのはオスだけだ。肉は食肉加工、革は衣服や道具に使う。
モーム改は妊娠から出産まで3カ月、1回の出産で2~3匹の子供を産み、年中発情期だ。子供の成長速度は現在観察中と言ったところだ。
メスモーム改のメスすべてが最初の出産を終えたところで、現在の数がオス6匹、メス9匹、子供21匹。増えすぎだ、加工に回す人手が足りない。
今月に入ってから拠点を持たず移動しながら狩りをする狩人のパーティーが村の猟区で狩りをする許可を取りに俺のところに挨拶にきた。その際に試作していたモーム改の革を使った外套を試験的使ってほしいと頼んで渡したところ、その評価は思った以上に高かった。
なので革の加工にも力を入れていきたいと思っているのだが、飼育員だけでいっぱいいっぱいになってしまっている。
他にもやりたいことはあるが人が足りなすぎるので先送りになっている。
どこかに集団移民の団体でもいないかな……。
◇◇◇
夕暮れ時、隣村からの使者が駆け込んできた。
隣領の村が貧困に耐えかねて、村人達が山賊になりこの近くの村を襲ったらしい。すでに領主様には使いが出ていてすぐにでも討伐隊が組織されるだろうが気を付けるようにとのことだった。
「わざわざありがとう、このまま村に帰るのか? それとも騒ぎが収まるまでこの村にいるか?」
そう聞くと、隣村からの使者は村には家族がいるので帰ると言うので、俺が一人で送ることにした。
理由はこれを口実に村を出てその盗賊になった村人達を探すためだ。
こんな頑丈そうな外壁に囲まれた村を襲うのはなりたての盗賊では無理だろう、きっとこの村には来ない。
使者を隣村まで送った俺は、魔法で盗賊を探す。人が密集している場所で、集落のない場所。
反応があったのは森の中だった。すでに夜、こんな時間に大勢で森の中にいるんだ、間違いないだろう。そして、都合がいいことにここに向かって移動している様子だった。
俺はそこまで魔法で空を飛んで移動した。
しばらく飛んでいると、松明の明かりがいくつも見えてきた。盗賊達だ。
俺はその先頭の男の前にゆっくり降りた。先頭の男は周囲を警戒していて空から降りてくる俺に全く気が付かなかった。
「止まれ」
「ヒッ、なんだあんたいつの間に現れた」
荒事に慣れてないような印象のする男は俺を見るなり、大きく後ろに下がった。
「おい、なんだ!」
「なにがあった!?」
「と、突然人が現れたんだ」
「何だとぉ?」
盗賊達が会話を終えると強面でガタイのいい男が俺の前まで歩いてきた、おそらくリーダーなんだろう。
「てめぇなにもんだ!?」
「俺はこの先にある村の村長をやっているものだ」
俺は自分の村の方角を指差した。
「あの壁に囲まれたおかしな村か!」
おかしな村と呼ばれて少し腹が立ったがここは我慢して話を続けることにした。
「その通りだ」
「こりゃあツイてるぜ。この先の村を襲おうと思ってたがどう見ても貧乏な村だったからな。てめぇを人質にしてあのおかしな村に行った方がいいもんにありつけそうだ」
「一つ確認しておくが、お前ら貧乏で村を捨ててきたやつらなんだろう? 俺の村に住むつもりはないか? 人手が足りなくてな、お前ら全員に森の奥に残っているやつらを足してもまだ足りないくらいだ。当面の面倒もみてやる、どうだ?」
「確かに俺達は貧しくて村を捨てて逃げてきた。だがな! 人を襲って働かずに食っている今の性分が合ってるんだよ。おい、こいつを殺さない程度に痛めつけて縛っておけ」
リーダーの男がそう言うと俺を取り囲むように数人の男達が動き出す。
俺はその男達を見回してから。
「そうか……残念だ」
そう告げて、俺を取り囲む男達を含むその場にいる全員の盗賊を魔法で空に浮かばせた。
「な、なんだこれはっ!?」
「ヒッ、ととと、飛んでる」
驚きの声をあげてどんどん高くへと飛んでいく盗賊達を追いかける様に俺も空を飛び、リーダーの男に告げる。
「全員この高さから落ちてもらう。まぁ落ちたところで下は森だ、木に引っかかって生き残るやつが少しはいるかもしれないがな」
そう言って雲と並ぶ高さで盗賊達の上昇を止めた。
「ば、馬鹿言うな! この高さで生き残れるわけねぇだろうが」
「そうか? まぁどの道、痛みはないさ。落ちてる途中で気絶できるらしいからな」
「待て、待ちやがれ!」
「心配しなくても森の奥に残ってるやつらの場所もすぐに同じ場所に送ってやるよ。同じ方法でな」
俺がそう言うとリーダー含むまだ気を失ってない盗賊達は更に慌てふためく。
「森に残ってる連中だけは助けてくれ!」
「なぜだ」
「あそこにいるのは俺達が盗賊で食料を調達していること知らない女子供と年寄りしかいない。狩りをしてそれを売った対価で食料や衣類を買ってきてると信じてるやつらなんだ」
「ではなぜ俺の村への移民を断った」
「仲間には勢いあまって人を殺してしまったやつもいる。移民できたとしてもそいつらは処罰されてしまう。そいつらを見捨ててまで移民しようとは思わねぇ」
「……なるほど」
「だから頼む、森に残ったやつらだけは助けてくれ。俺達が死んだあとなら村に連れて行ってもらってもかまわねぇ。俺達は魔物にやられたことにしてくれるとありがてぇ」
「お前はリーダー失格だな。最初にすべて話せば俺にはそれをなんとかする手段があった。それにも拘わらず自分が負けるとわかるその時までそれを話せなかったのはお前が盗賊としてやっていけると驕っていたからだ」
「返す言葉ねぇ……」
「人を殺したのはどいつだ?」
「……」
「なんとかする手段があると言ったはずだ、答えろ」
「そいつらだ」
俯きながらリーダーの男は数人の男を指差した。
「わかった。とりあえず下に降りるぞ」
俺は空に浮かべた盗賊達をゆっくりと地上に降ろして、自分も地上に降りた。
気絶している者もすべて魔法で起こしてから俺は話始める。
「コイツら以外もだれか、森に残ってるやつに受け入れてくれる村があったと知らせに行け。夜の移動は危険だから明日迎えに来ると」
俺が指示すると一番最初に俺を見つけた先頭を歩いていた男が数名連れてきた道を走って戻っていった。
次に俺は人を殺したという5人に視線を向けた。5人の血の気は完全に引いている。
「確認する。人を殺したのはわざか?」
俺の質問に怯えながら5人は「わざとじゃない」と答える。女を襲うことと人を殺すことだけはしない、奪うのも食料と少しの衣類に限定してすべてを奪ったりはしないと決めごとがあったらしい。殺してしまった理由は仲間が囚われそうになり助けようとして思わず力が入ったとのことだった。が――
「2人嘘をついている」
俺が2人の男を指差した。
「俺には話しているのが嘘か本当かわかる。お前らを空に飛ばすより簡単なことさ」
俺がそう言うと指差された男2人はぷるぷると震え出す。
リーダーの男も驚きながら2人に問いかけた。
「お前らどういうことだ?」
「す、すまねぇ。調子のっちまったんだ。獲物もって無抵抗な人を追いかけてるうちに調子にのっちまって殺したんだ」
「お、俺は、俺達が大変な思いをしてる時に普通に生活しているやつらが許せなかった、だから」
「どっちも救いようがないな。他の奴らはなんとかしてやるがこいつら2人は無理だ、助けようという気すら起きない」
2人の話を聞いて唖然とするリーダーの男。
「言っておくけど。こいつら2人が人を殺した責任はお前にもある。そうだろ? 人を殺すチャンスを与えたのはお前なんだから」
「……」
俺はこの二人をどうするのかリーダーの男に任せて、残りの3人の方を向きを変えた。
「お前たちも理由どうあれ人を殺してしまった罪がある、これはとても重い罪だ。しかしお前たちにはあの二人と違って救いようがある」
ごくりと唾を飲み込み、自分の処遇を待つ3人に俺は続けた。
「お前たちには村の外で生活してもらう。と言ってもひどい扱いはしない。猟区である森への入り口に小屋を建ててそこで生活してもらう、仕事は主に森の様子の観察と村の狩人の支援。毎日交代で決められた道を日に3度巡回する仕事、そしてその間に狩人が休憩にきたらもてなし、狩人が人手が足りないと言えば手伝う。10日に1度は別々にではあるが休暇として村への滞在を許す」
欲しかったのは森の見張り、しかし入口とはいえ森に隣接する場所に住むのは危険と隣り合わせだ。最悪、小屋そのものが魔物に襲われるかもしれない。まぁ小屋に関しては俺が頑丈に作るけど。
3人のうちの一人が恐る恐る手をあげて問いかけてきた。
「あ、あの、家族は村に住まわせてもらえるんですかね?」
「当たり前だろ? なんで人を殺したお前の罪をお前の家族もかぶらないといけないんだ?」
俺がそう答えると3人は顔色を取り戻し、深々と頭を下げた。
しばらくするとリーダーの男がこっちに戻ってきた。そして俺に頭を下げる。
「受け入れを感謝する。あの二人は俺がこの手で殺してきた」
「上に立つ者の責任か」
「あぁ……俺もこれで人殺しだ。処遇はあんたに任せる」
「そうか、ならあの3人と同じで森の入り口に住んで貰おう。詳しい話は3人に聞け」
「わかった……。それと、あんた――」
「オズワルドだ」
「オズワルドさん――」
「気持ちわりぃから呼び捨てにしてくれ」
「あ? あぁわかった。オズワルドのその不思議な力はどんなことでも出来るのか」
「ん? まぁ大体はそうだな」
そう答えるとリーダーの男は土下座を始める。
急に土下座をされて俺が驚いているとリーダーの男が大きな声で懇願してきた。
「頼む、村の仲間を救ってくれ。元々俺達が村を出た理由は村で病が流行したことで領主に支援を打ち切られたからなんだ」
リーダーの男の話を簡単にすると、感染しない風土病のようなものがこの男の村には昔からあった。しかし突然その病が流行し、村の女子供のほとんどがその病に侵された。
その病は、程度によっては死に至ることもあるという。村を捨てて出てから既に病で5人の子供が死んだそうだ。
「流行した原因が不明。いやそもそも病の原因すら不明なのか。普通の治療院や薬師ではお手上げだろうな」
「あぁ、移民したくても病気を理由に移民も断られ続けて……」
「まぁだからと言って盗賊はないけどな」
「返す言葉もない」
「よし行くぞ、ついて来い」
「行くってどこに?」
「お前らの仲間の場所だよ。今の話流れなら治しにいくに決まってるだろう?」
「治せるのか!?」
「俺はなんでもできる魔法使いだからな」
◇◇◇
リーダーの男ことカシンの案内で俺は森の奥にある拓けた場所まで歩いてきた。
この開けた場所で火を絶やさなければこの辺りの魔物ならほとんど大丈夫だろう。
そんなことを考えながら大きなテントのようなものの中へと案内されるがままに入った。
中では具合悪そうに汗を流して横になっている人達がぎゅうぎゅう詰めになっていた。
人数まではわからないがパッと見た感じ苦しそうにしているのは子供が多いようだ。
治療に当たっていた元治療師から話を聞くと。この病の症状は発熱、頭痛、腹痛。ここにいる程度の軽い人達は我慢できるくらいの症状らしい。「症状の重い人はどこに」と聞くとみんな死んだと言われた。
「この中で一番症状の重い人を教えてくれないか? その人を治してみてからペースを考えたい」
怪我の治療は何度もやったが病気の治療は数える程度だし人数が人数だ。1人当たりの消費魔力が知りたい。
魔力はあれからインフレレベルに増えたのでベースとする魔法を決めてその1発を1と表示するように変えた。そんな俺の今の魔力値は最大3590、現在2308だ。大人数を空に飛ばして、上空でしばらく会話してたのでかなり減っている。
「待ってください、治せるんですか? 原因もわかっていない病気ですよ?」
俺の言葉に元治療師が驚く。まぁ驚くのも無理はないだろう、しかし俺の場合原因なんて関係ない。人が魔法を受けて体内のどこにも異常がなくなり元気になるイメージ、それだけでいいのだから。
「大丈夫です、それより早く教えてくれませんか?」
俺の言葉に戸惑いながらも頷いた元治療師は、すぐ近くで寝ている小さな女の子の側に座って背中をささえ身体を起こした。
「この子です」
寝ているようだが、顔は赤く、息も荒い。俺はその子の額に手を当てる。掌に人の体温とは思えないほどの熱を感じた、逆に女の子は俺の手が冷たくて気持ちいいのか寝ながらではあるが少しだけ表情が和らいだ気がする。
俺はそのままの体勢で目を閉じ、治療のイメージを開始する。10秒、いや20秒くらいだろうか、彼女の寝顔が苦しみから解放された。消費した魔力量は10。思ったより減らなかった、これなら全員すぐに治せる。
俺が女の子の額から手を離すと元治療師は信じられないものをみたという驚愕の表情をしていた。すぐさま女の子の額に手を当てたり、身体に耳を当てたりして、更に驚く。
「そんな、本当に治ってる」
元治療師のその声にテントの隅で邪魔しないように立っていたカシンが俺に対して深々と頭をさげた。
「大人から治していくから治った大人はここから出て行ってくれ、奥まで歩いて行けない」
そう言って俺は出入り口に近い場所にいる大人から順に治して、テントのスペースを広げていった。
大人の治療が終わる頃テントの中はすごく広々として見えた。俺は休まず子供と年寄りの治療も済ませた。
全員の治療終わる頃、時間はきっと日付は翌日のものになっていただろう。村には出てくるときに親父には遅くなる、もしかしたら朝に帰るかもと伝えていたので心配はしていないだろう。
「ようやく終わったな」
満足気にそう言う俺の横では元治療師とカシン、そして子供の親などが泣きながら深く頭をさげて礼を言っている。
疲れたので止めさせる気力もなく、片手をあげてその礼に答えるだけしていた。
その日は俺もその場で野宿をした。飛んでで帰ってもよかったのだが、どうせ迎えにまたこなきゃいけなかったので面倒になったのだ。
朝起きたら病気が治っていた子供達は大騒ぎ、日の光でマジマジとみた俺の顔がまだ子供だったことでの大人達の驚きの声をあげ、今日は朝から騒がしかった。
この場所からウチの村までは直線距離なら遠くはないが、足場の悪い山道で魔物もでる。なので大きく迂回して移動することになったのだが、大人数なので何度も休憩を取り、休憩のたびに人数確認しないとだれかしらいなくなっている。
朝から普通に歩いても昼前につくはずの距離の村に、俺達がついたのは昼を過ぎた頃だった。
すぐに役所から人を呼び、人数の多い家族を優先して空き家に、一人身は集合住居に、親のいない子どもは神父様へと案内されていった。
各家族の代表にはその場に残ってもらい詳しい家族構成を教えてもらいそれをメモしていく。そして今日中に公衆浴場を利用することと今日のところは食堂に食事を用意して貰える様に手配するので役所の人間に従うようにと告げてその場で解散した。
色々あったが無事村人を増やすことに成功した。俺は家族構成をメモしたもの眺めながら、誰にどの仕事を振ろうかとニヤニヤしながら自宅に帰った。
◇◇◇
あれから2カ月がたった。
新しい村人もすっかり村に馴染んでいる。
モーム改の子供は二カ月で成体に育つということがわかり、牧場では増えすぎるモーム改に焦っているがすでに俺の手を離れたところで管理されているのでそちらに任せている。
モーム改の革を使った外套だが。いつぞやの流れの狩人パーティーが色々なところで宣伝しているらしく、是非仕入れたいと領内はもちろん、遠い領地や王都からも商人からの連絡が殺到している。それに関しても俺が関与しないでなんとかできるようになっている。
役所という組織に人員を回せるようになったのであらゆる事業に担当者ができた。このことによってほとんど俺に頼らずに村が円滑に回るようになったのだ。
それもすべては俺が街へと勉強に出るためであり、もうすぐ帰ってきて俺の代わりに村長になるディンをサポートする為に作った体制だ。
今月に入ってから俺はみんなが帰ってくるのを今か今かとソワソワしながら待っていた。
あれからもう半年たったのだ。早く友人達に会いたい。みんなこの村を見て驚いてくれるだろうか。
◆◆◆
僕達は生まれた村へ続く道を進む馬車の中にいる。馬車の中の空気は重い。
街の狩人組合での半年間に渡る講習日程を終えた僕達四人は街へ残るかどうかという相談もなくすぐに馬車を手配しそれに乗り込んだ。
四人になってしまったのは街にきてすぐのことだった。力の恩恵を与えられたトマが狩人組合で身分証を作成した翌日に騎士団からの勧誘が来たのだ。トマは悩むことなくその勧誘を受けた。
空気が重いのは四人になってしまったということだけが原因ではない。
罠の講習中にコムは誤って自分の設置した罠にかかり右足の膝から下を切り落とすことになった。変わらずいつも明るく振る舞って僕達に心配させないようにしてはいたが村に帰り両親にその姿を見せると思うと気が重いらしい。
コムだけではない、フーは実際の森に入っての魔物狩りの講習中に魔物に襲われ顔を爪で引っかかれた。今のフーは顔のほとんどを布で覆って左目しか見えないようになっているが、右目は潰されて、鼻はちぎられ、口は右側だけ大きく裂かれている。フーは女としての幸せを早くに諦め切り替えて過ごしていたが、両親に自分の顔を見られるのはやはり怖いようだ。
僕とケリィは怪我などはないがそれでも帰るとなると気が重い。僕とケリィは街の教会で結婚の契りを結んでいた。
最初はオズワルドのことで頭を悩める彼女をみんなで慰めていた。しかしトマがいなくなり、コムは片足を失い、フーは顔を怪我して他人に気を遣う余裕などなくなっていた。そんな中で僕だけは彼女を慰め続けた、親友の婚約者である彼女を笑顔にして村に連れ帰るのが僕の役目だと思っていた。
だが気が付くと僕は弱い彼女を守らなきゃいけないと錯覚し、気がついた時には彼女を好きになっていた。それは毎日のように僕に優しく声をかけられ続けた彼女も同じだったようだ。
僕達は若さもあって劣情が抑えられないところまで来ていた。しかし、村の習わしで婚前の男女が交わることは許されない。
だから僕達は街の教会で結婚した。そしてその日の夜から余計な事を考えられなくなるほどお互いの身体にはまり込んでいった。
親友に、オズワルドにこのことを告げなければいけないと思うと僕のため息は止みそうにない。
窓から村の方角をずっと眺めていたフーが驚きの声をあげたところで馬車の沈黙に終わりがくる。
「なに……あれ!?」
裂けた口から息が漏れるようになった自分の声が嫌いで滅多に話そうとしなかったフーが声をあげたことに驚きつつもフーの見る方角を見てみた。
「あそこって……村だよな?」
「なにあの壁……」
遠くからでもはっきりわかるほどの高い壁が村を囲んでいたのだ。すると御者の男が話しかけてくる。
「お客さん達あの村の人かい?」
「はい、半年ほど前に村を出ました」
「それなら驚くだろうよ」
御者の男の話は村で育った僕達にはとても信じられないような話だった。
この半年であの貧乏な村はとても豊かになったというのだ。特に名物の魔物は肉も革も一級品と興奮気味に語るがそもそも僕達には名物の魔物がなんなのかすらわからない。
「この道も半年前ならガタガタだったでしょ? 今はあの村の村長さんのおかげで快適なもんさ」
「村長……」
僕は疑問に思った。僕の父は例え村が栄えても街道を快適にしようなんて思う人間ではない。そんなものは領主様の管轄、それに使う金があるならば貯め込むというのが僕の父だ。
「確か数か月前に変わったんだよ、村長」
御者の言葉は聞こえていたが僕は、いや僕達は理解を超えることの連続になにも言葉が出なくなっていた。
そうしていると馬車は村の門を潜り抜けた。僕達はまだ現実を理解できないままで村へと帰ってきたのだ。
馬車を降りるとやはりそこは生まれ育った村ではないように見えた。家々は立派な石造りに変わり、見たことない大きな建物もある。
僕達が馬車を降りてすぐのところで辺りをキョロキョロしていると背後から聞きなれた声が僕達を呼んだした。村唯一の食堂のおばちゃんの声だ。
ぽっちゃりとして愛嬌のあるそのおばちゃんを思い出しながら僕らが振り返ると。そこには濡れた艶やかな髪を布で拭きながら頬を赤く染めたお姉さんという表現が正しいであろう女性がこちらに向かって歩いてきていた。
僕達は最初こそ誰かわからなかったが、女性の発する声とよくよく見ると残っている面影からこの女性は食堂のおばちゃんであるとようやく認めることができた。
「あんたたち帰ってきたんだねー」
「ただいま、おば、ちゃん(?)」
「うんうん、ディンもケリィも変わらないね。コムとフーは……大変だったんだね。トマはどうしたんだい?」
食堂のおばちゃんは辛そうな顔でコムとフーを抱き締めながら僕の話を聞き、トマが騎士団に入ったことを聞いて驚いていた。
しばらくして2人を解放したおばちゃんは改めて笑顔を作ってこう言った。
「コムもフーももう大丈夫さ、あんたたちまずは自分の家にお帰り、トマのことは私がゴルマさんに話しておくから。風貌は変わったけど村の道も家の場所も前と一緒さ。まずはお父さんお母さんに帰ってきたことを報告するんだ、それから役所に行くんだ。役所ってのはあのおっきな建物さ」
そう言っておばちゃんは大きな建物の方を指差し、僕達が返事するのを待って食堂の方へ歩いて行った。
僕達はまだ混乱したままでそれぞれの家に一度帰ることにした。
◆◆◆
「おぉ、愛する我が息子よ、おかえり」
僕が家に帰ると見たこともないほど陽気な父が出迎えてくれた。
村長を交代したことで重圧から解放されたようなのだが、少しはっちゃけ過ぎている気もする。
「ただいま父さん。この村どうなっちゃってるの?」
「そこから聞く? 聞いちゃう? 聞いちゃいますか?」
若干父さんのノリにイライラしながらも僕は話を聞くために殴るのを我慢して、そのノリをスルーした。
話を聞くと僕らが村を出てすぐ頃から村の変革が始まったらしい、最初は荒地がなくなり、水路ができた。次に外壁と門ができてモームの牧場が出来た。そうしてる間に村長交代になったが、村長が変わった途端に変革は速度を上げていき今に至るそうだ。
「その村長で誰なの?」
「それは会ってみてからのお楽しみだよ。ついでに重大発表もあるだろうから心して向かうんだぞ愛する我が息子」
父さんはそう言うと食堂のおばちゃんと同じで役所へ行けというと困惑している僕の背中を押して家の外へと追い出した。
◆◆◆
役所の前にいくと既にフーとコム、ケリィが役所の前に立っていた。話を聞くと全員が家族に役所に向かうように言われたという。特にフーは親にあって顔を見せるなりすぐに村長のところへと急かされてきたそうだ。
僕達は困惑しつつも役所の中へと入った。入口から正面に受付があったそこに座っているのは僕達の1つ年上で小さい頃よく一緒に遊んだソリアという僕達の姉的な存在だった。
「あら? あんたたち戻ってたの?」
「うん、ついさっき帰ってきたんだけど。父さんにここに行くように言われて」
「あーなるほどね、他のみんなも同じって感じ?」
僕達が全員頷くとソリアは小さく何度か頷いて手元のなにかを確認する。
「んーと今村長は、村長じゃないとダメな話してるみたいなの。今、村長の部屋に案内するからそこで少し待ってて」
サリアはそう言うと鈴を鳴らして別の人を呼んでその人に僕達を村長の部屋まで案内するように言った。
僕達はその人の案内で机と椅子、そしてテーブルとソファーが置かれただけの部屋に入ると「待ちください」と頭をさげて部屋を出て行った。
僕達は戸惑いながらもみんなが座れるソファーに座って、村長を待った。
しばらくすると、扉をノックする音が部屋に響き渡った。
3人が僕を見るので僕が「はい」と返事をする。すると、扉が開いて――その先には変わらない笑顔の僕の親友がいた。
「おかえりみんな。村長ことオズワルドだぞ、驚いたか?」
呆然とするしかない僕達4人の一人一人の顔を眺めてからオズワルドは扉をくぐりこちらに近づいてきた。
「色々しなきゃない話もあるけど、まずはそれ気になるから話しながら治しちゃうな」
オズワルドはそう言うとまずはコムの近くに向かう。
「俺の恩恵って未知だったじゃん? それさあ俺理解出来ちゃったんだよ」
そう話しながらオズワルドはコムの肩に手を置く。
「その恩恵っていうのはさ、どんな不可能でも可能にしちゃうすごいやつだったんだよ」
すると次の瞬間無くなったはずのコムの右足の膝からしたが元通りに戻っていた。
「こんなことも出来ちゃうんだよ」
そう言うと昔一緒に遊んでいた頃と変わらない悪戯な笑顔を僕達に向けてきた。
「オ、オズちゃん。私も」
フーが勢いよく立ち上がり顔を覆う布を外した。痛々しい傷と見ていられない顔が露わになる。
オズワルドは悲しそうな顔をしてフーに近づく。
「女の子の顔にこんな傷作るとか、都会の魔物は躾けがなってないな」
そう言うとオズワルドがフーの顔をゆっくりと左から右に撫でる。すると撫でられたところからあの痛々しい傷が消えていった。
フーは自分の顔をぺたぺたと触りながら治ったことを確かめると大きな声で泣き崩れた。
そんなフーを見て、困った顔をしながらオズワルドは僕の方を向く。
話はフーが泣き止むまでお預けになった。
フーが泣き止むのを待ってオズワルドは語り始めた。
実は洗礼を受けて恩恵の名前を聞いた時点で恩恵を理解していたこと。僕達が壊れてしまったと思っていたオズワルドは実は正気だったというのだ。「大丈夫だって言ったろ?」とオズワルドは言うがあの時の言葉を信じれるはずもなかった。
本当は証明して安心させたかったけどあの場では恩恵の力がまだ弱く見せることが出来なかったという。
それからこの村を変えていった色々な話をしてくれた。
怪我の治ったコムとフーもオズワルドとの再会を心から喜び、僕達の街での話をするはずが昔話で盛り上がってしまった。
トマの事を聞いたオズワルドは村から騎士が生まれたことを大々的に発表するべきだなと冗談なのか本気なのかよくわからないテンションで話ていた。
僕達の話は夕暮れになるまで続いた。しかし僕もケリィもそれまで一切結婚したことを話すことは出来なかった。
「そろそろお開きだな。食堂のおばちゃんが新特産品モーム改最上級稀少部位のステーキ用意してくれてるから食堂に向かってくれ。あと俺は準備があるからいけなくなったっておばちゃんに言っておいて、肉はだれか代わりに食ってくれ」
「なんの準備だ?」
コムがオズワルドにそう聞くと、一瞬顔を伏せてからまた懐かしい悪戯な笑顔を作ってこう言った。
「みんなが帰ってきたから今度は俺が半年街に行くんだよ」
「え? お前今村長なんだろ?」
「そうそうだから村長はディンに任せるわ。ちゃんと支援体制整ってるから安心して明日から村長やってくれよな」
「オズワルド、僕は聞いてないぞ!」
「今言ったからなー。あと色んな人に口止めしてたしな。それじゃあ諸君またいつか」
そういうとオズワルドは慌しく部屋から出て行った。
「いいの? 言わなくて」
僕とケリィを見ながらフーがそんなこという。コムも難しい顔をしている、ずっと一緒にいたんだ2人は僕達の関係にとっくに気付いていたんだろう。
気が付くと僕は泣いていた。ケリィもだ。僕は、僕ら2人はオズワルドを信じてあげれずただ裏切ったんだ。あぁ最低だ。
◇◇◇
俺は急いで家に帰ると、簡単な荷物と使う暇のなかった貯金の半分をもって部屋を出た。
食卓についている両親に俺の貯金の半分を差し出すと母さんが何か察したのか俺を抱き締めた。
「帰って、こないつもりなんでしょ?」
「ごめん母さん、でも、俺、ケリィとディンを祝福できないんだ。二人がいる場所に居たくないんだよ」
俺は泣きながら母さんにしがみつく様にした。
「行っておいで。大丈夫、なにかあったらかくまってあげるからその時は戻っておいで」
「オズ、俺達の心配はいらない。なんせ出来た息子が老後の分までしっかり稼いでくれたからな」
「母さん……親父……」
俺は両親に抱きしめられながら深く目を閉じた。魔法を使う為ではなく、この二人の間に生まれたことに感謝をするために。
「じゃあ行ってくる。頻繁には無理だろうけど手紙書くから」
それだけ言うと返事を待たずに俺は家を飛び出した。
家を出てすぐに魔法で空高く飛び上がると、自分が好き勝手変革した村を見下ろしてから街とは反対の方向に全力で飛んだ。
せっかくだから国を出よう。帝国なんていいかもしれない、帝国にはダンジョンがあるらしいと旅人伝えに聞いたことがある。折角魔法を使えるんだ、ダンジョン攻略なんて楽しいかもしれない。
俺は風でかき消されることを前提として大声で叫んだ。
「ネトラレたけど全然悔しくないし!」
こうして涙目な俺の旅が始まった。
読んでいただきありがとうございます。




