七夕の夜
「あーぁ、今夜も曇りか……」
どんよりと空を覆う分厚い雨雲を見て、翔がポツリと呟いた。
「まぁ、ココのところ雨続きだったしな。それも仕方あるまい」
「そうだけどさ、はぁ……」
「…………?」
何がそんなに憂鬱なのか翔は空を見上げ本日幾度目かの溜息を吐く。
「なんだ、ホームシックか?」
「ばっ、そんなんじゃねぇよ!」
からかいを含んだ言い方をすると、サッと頬に赤みがさす。
「じゃぁなんだ、さっきから空ばかり見て……」
腰に腕を回し、そっと引き寄せると翔は小さく、
「あっ」
と、声を洩らし視線が絡む。
「日本に行きたい特別な理由でもあるんだろう?」
俺の問いに、翔は静かに首を振った。
「違うっつってんじゃねぇか。……ただ今日は、日本で言う七夕だから、こっからでも見れるかと思ったんだよ!」
「タナバタ? なんだ、それは?」
聞きなれない単語を耳にして問い直すと翔は、
「面倒くせぇな……」
と、呟きながらも日本の風習であるタナバタと言う行事をかいつまんで説明してくれた。
どうやら、アマノガワと言うものは、ギリシャ神話にも出てくるミルキィウェイとよく似ている。
少なくとも、俺はそう感じた。
「なるほど……で、翔はそのアマノガワが見たかったわけだな?」
「あぁ……、まぁ、そんなとこ」
全てを説明し終え、翔は短い癖のある髪をかきあげながら、再び空を見上げる。
さっきより、大分雲は薄くなったとはいえそれでもまだ、星が見えるというレベルにはまだ遠い。
「ミルキィウェイなら、別に今日じゃなくても見れるからいいじゃないか。」
「なんだよ、そのミルキィ何とかってのは。七夕は今日じゃねぇと意味がねぇんだよ。」
ブスッと、小さな子供のように頬を膨らませ、つまらなさそうにまた息を吐く。
なぜ、今日でなければダメなのか、俺にはイマイチよくわからなかったが、いつまでも膨れ面されていてはこっちまで気が滅入ってしまう。
「…………おい、出かけるぞ」
「はっ!? なんだよ、急に」
「いいから、来い!」
これ以上、翔の暗い顔は見たくなくて車のキーを掴むと、半ば無理やり車に押し込んだ。
「おい! だから、いきなりどうしたってんだよ! 事情説明しねぇと、わかんねぇだろ!?」
「五月蝿い。 お前は黙っていればいい」
「はっ!? 意味わかんねぇし……」
車に乗り込み、雲の動きとは反対方向に車を走らせる。
翔は、相変わらずブツブツと文句を垂れていたが、次第に口数が減って大人しくなった。
生ぬるい初夏の風を受けながら、行き交う車もまばらになった道路を宛ても無く走り続ける。
しばらくすると、だんだん雲の切れ間から星が見え隠れし始めた。
「――あ……!」
適当なところで車を止め、外に出て空を見上げる。
雲ひとつ無い満天の星! とまでは行かないが、それでも星達が川のように連なっている様子は肉眼でもはっきりと見えた。
「……お前、もしかしてこのために?」
「翔にこれ以上シケた面されたら、堪らんからな」
これで、満足だろう?
そう尋ねると、翔は嬉しそうに鼻の下を擦りながら、
「サンキュ」
と呟いて俺の肩にもたれかかった。
車のボンネットに凭れて、腰に腕を回すとそれに応えるかのように俺に体重を預けてくる。
「――あのさ、日本では七夕って、別名が『恋人達の日』って言うんだぜ……?」
「ほぉ……、そうなのか?」
「……お前と一緒に見れてよかったよ」
クスッと笑い頬に手が触れる。
熱を含んだ瞳が、俺の姿を映しこむ。
「翔……」
「……っ」
首に腕が回り、それを合図にグッと引き寄せる。
キラキラと輝く星空をバックに、俺たちはゆっくりと口付けを交わした。