召喚編
「勇者よ。どうかこの世界を救って下さい」
「わかった。任せてくれ」
異世界に勇者として召喚されて調子に乗ってカッコ良く返事をしたものの、
あれから1ヶ月で俺は行き詰まっていた。
弱い、根性なし、口だけ勇者、見掛け倒し、早っ、だっさ、ザコ、召喚して損した。
王城では俺はそんな陰口を叩かれて小さくなって惨めに過ごしている。
つらい。
俺を召喚したお城の人達は迫る魔王の軍勢に対抗しようと、異なる世界からの召喚でスーパーでスペシャルでウルトラでZな超人を期待してたし、俺も自分にそんな能力があるかと期待してたのに、
なんにも無かった。
せつない。
召喚した人達の期待が高すぎて、それなのに魔法も使えなけりゃ剣士としても使えない俺は失望と絶望と諦めのスパイラルから抜け出せず、一人で毎晩ベッドで泣くはめになった。
つらい、せつない、もう死のうか。
最初は勇者として豪華な部屋を用意されていたが、今では使用人の空き部屋のひとつで過ごしている。追い出されないだけまだましなのだろうか。
使用人の残り物だけど、ご飯ももらえるし。涙という調味料のおかげでいつも塩味だけど。
「私達の都合で呼びつけて、本当に申し訳ありません」
神官のお姉さんが優しく慰めてくれる。
「もうちょっと頑張ってみようか?」
双子の魔法使いが丁寧に教えてくれる。
「身を守れる程度には鍛えてやるぞ」
騎士のおっさんが根気強く俺の相手をしてくれる。
神官さんと双子魔法使いと騎士のおっさん、この4人が俺を見捨てずにいろいろ世話をしてくれるので、俺も自殺を思い止まって今もなんとか生きている。
神官さんには神殿の清掃とか教えてもらって、最悪、下働きでも生きていけるように仕込んでもらったりしている。
有名だったり高名だったりする神官、魔術師、精霊使いに召喚術師に戦士、剣士、その他いろいろ、中には暗殺者とか怪盗もいたけど、全員が俺にスキルとか憶えさせるのを諦めて匙をなげた。
何一つ身につかなかった。
自分のステータスを見てもたいしたことはなく、俺しか持ってないような特殊なスキルとかアビリティとか超能力とかスペシャルなものは全然無かった。
頑張ってみたもののどうにもならない。いったいどうすりゃいいのか。俺が来てから1ヶ月、魔王の軍の進行は止まらずこの国の危機感は募るばかり。
それに比例して俺の扱いも酷くなる。さっきもすれ違うお城のメイドさんに、
「チッ」
と舌打ちされてゴミを見るような目で見下された。
つらい、せつない。
「どうした? 集中しろ」
騎士のおっさんとの剣の訓練中に注意される。妙な違和感を感じてそれに気をとられていた。この違和感がなんなのか、この世界に来てからたまに感じるこの感覚はなんなんだろう?
ダメもとで騎士のおっさんとの稽古中にひとつ試してみる。
「なんだ? 今の技は!」
騎士のおっさんに驚かれた。これか? これが異世界の人間の力なのか? マジで? これでいけるっていうなら、なんとかなるのか?
俺が手に持った剣を見ていると、空中から高笑いが聞こえる。そこには黒いひし形が広がり中から黒い鎧に身を包んだ剣士が現れて飛び降りた。
「転位? 魔王の手の者か!」
騎士のおっさんが叫んで剣を構える。城の騎士達が集まって黒い鎧の剣士を取り囲む。
「我は魔王軍、四天王のひとり! 勇者がいるというので来てみれば、ろくに剣も振れない小僧では無いか。失望したわ」
「ひとりで来るとは侮りおって! かかれ!」
黒い鎧の剣士を囲んだ騎士達が一斉にかかる。しかし、黒い剣士はそれを鼻で笑って。
「侮ってはいない。実力の差を教えてやろうか? 暗黒旋風斬!」
一撃で騎士が全員吹きとばされる。おっさんが身を挺して俺を守ってくれたが、代わりにおっさんが背中にケガを負う。
「おっさん!」
「ぐ、お前は逃げろ、奴には勝てん」
俺が勝てないというより、あの四天王という剣士に勝てるのってこの城にはいないと思うんだが。たった今、全員一撃で吹っ飛ばされたし。
それに、もしこの技が使えるのならば、
俺に勝機はある、かもしれない。
「みんな下がってくれ。俺がこいつの相手をする」
せっかく召喚されたんだ。1回くらいはカッコつけたい。カッコ良くなりたい。これで失敗して死んでもこの城の無駄飯食らいがひとり減るだけだし。
この城の人達にずっと白い目で見られるくらいなら、ここで死んでもいいだろう。
剣を片手に下げて黒い剣士の前に進む。黒い剣士はカカカと俺をあざ笑い。
「小僧、異世界から来たというが、俺の前に立つにはレベルもステータスもひと桁足りんな」
「レベルとステータスとスキルだけが強さだというなら、その思い違いを正してやる。本当の実力の差を教えてやろうか?」
ニヤリと笑ってめいっぱいハッタリをかます。俺、今だけちょっとカッコ良くない? これでメイドさんや騎士の従者やお姫様に『いつまでいるの?』とか『帰っていいよゴミ虫』とか『期待して損した』とか、聞こえるようにぼそりと言われなくて済むかな?
黒い剣士のセリフをパクったのに怒ったようで、黒い剣士が俺を睨む。
「後悔させてやろうか? 小僧」
何か大技でも繰り出そうと真っ黒な剣を上段に構える。シュシュシュシュシュっと音が鳴って黒い剣に強そうな赤いオーラのエフェクトが発生する。
そんな大技を出されては敵わない。俺は剣を中段に構えて黒い剣士に突進する。
狙いは左のわき腹。真っ直ぐに突っ込まずに少しだけラインを外す。
剣は中段に構えたまま、振らずに突かずに固定して。ただ剣の先で黒い剣士に触れるように。
大技のモーションで硬直中の黒い剣士に全力で突撃する。
「なんだとぉっ?」
黒い剣士がノックバックしながら驚きの声を上げる。俺は構わずにひたすら剣を構えたまま突進、突進、突進。
俺の剣が黒い剣士に触れる度に奴はノックバックする。少しずらしたラインを保ったまま突進を繰り返す。
「バカな? 何故、俺の剣が当たらない?」
「俺とお前のラインがずれているからさ」
奴のHPがゼロになるまで突進を繰り返す。
これぞかつて百以上の冒険をした赤毛の勇者の最初の奥義。新しい冒険に出る度に前の冒険の最強装備を無くす英雄。
新しい冒険には心機一転、新しいボロい装備に変えてピンチを楽しむエキセントリックな性格の伝説の剣士の必殺技。
「これが半キャラずらしだっ!」
その場から動かない固定ボスならともかく、俺の一撃でノックバックする相手なら一方的に攻撃し続けることが可能。
地形に当たってポジションが変わらないように気をつければ、相手が死ぬまでこのままだっ!
「う、嘘だっ! この俺が! 四天王のこの俺が一撃もできずに倒されるなど! こんな、こんなバカなことがっ!」
「何もできないまま一方的に押され続ける気分はどうだ? これで終わりだっ!」
「う、うわあぁぁぁぁ! 魔王様ぁぁぁぁ!」
勝った。倒れた黒い剣士は2度と立ち上がれない。
四天王のひとりを俺が倒した。
「おっしゃあっ!」
拳を突き上げガッツポーズ。やった、俺、やってやった。これでいいのか。こうすれば良かったのか。
俺の闘いを見てた騎士達は唖然としている。
「なんだ? いったい何をしたんだ?」
「スキルなのか?」
「あの四天王が一方的に倒されただと?」
危険な勝負だった。相手が1体だからこそ半キャラずらしで勝てたのだ。半キャラずらしは横からの攻撃に弱い。他に敵がいたならここまで楽に勝つことはできなかったことだろう。
というか、使えるのか半キャラずらし。
これがあれか? チートって奴か?
「あんな技を隠し持っていたのか?」
騎士のおっさんが聞いてくる。
「本当の勇者だったんだな」
驚くおっさんに肩を貸して立ち上がらせる。
「おっさんが稽古をつけてくれたから気がついたんだ。おっさんのおかげだよ」
この世界に来てからの違和感。妙に人の動き方がカクカクしてるな、とか。外を歩くときも移動がなんだか足を置くところが地面の上で決まっているような感じとか。
城の大広間で人がいっぱいいると、ところどころで人が点滅してるのがなんだか奇妙だと思っていたんだが。
どうもここはそういう世界らしい。
さんざん役立たず、ゴミ虫、ニセ勇者、勇者の皮を被った凡人、皮被り、とバカにされ続けた俺が再び勇者と称えられるようになった。
一対一で四天王のひとりを倒したことで、俺にはステータスに表記されない不思議な力があると言われるようになった。
騎士達も王様もお姫様も手のひら返していきなり待遇が変わる。
いや、魔王に攻められてて余裕が無いのは知ってるけどさ。
これまで俺を見捨てずにめんどうを見てくれた騎士のおっさん、神官のお姉さん、双子の魔術師とパーティを組んで魔王を討伐に行くことに決めた。
おっさんのケガを治してもらい、旅の準備をして明日の朝、出発することに。
この世界に召喚されて1ヶ月、ようやく俺の冒険が始まろうとしている。
その日の晩は城の部屋、隅っこのいつも俺が寝泊まりしてる部屋。使用人の為の小さな部屋で寝た。そこに慣れてしまって居心地がいいので。
朝起きると、たて続けにピロリンピロリンピロリンと音がする。
四天王のひとりという中ボスを倒したことで経験値が溜まってたらしく、一晩でやたらとレベルアップした。ステータスを見ると各数値がかなり上がっている。
「あ、そーいうシステムなんだ」
経験値を溜めてもベッドで一晩寝ないとレベルアップしないのか。宿屋かうまごやで寝ないとダメなのか。
立って自分の身体を確認すると身長が3センチくらい伸びてて、腹筋が六つに割れていた。