始まりの夜
ピーターパンがやってくるような大きな窓があった。
その部屋には小さなベッドが二つ仲良く並んでいた。
その部屋にいるのは小さな双子男の子と女の子。
男の子の名前はトビー
女の子の名前はアニー
パパのお仕事は、有名ホテルの警備員。ママは、家で翻訳家。
パパは警備員だから夜はお仕事でずっと帰ってこない。
ママは何本も翻訳の仕事を掛け持ちして四六時中仕事部屋で辞書を片手に原稿と睨めっこ。
だから、夜は部屋にこもりきり。ベビーシッターのおねえさんが帰ったあとは、トビーとアニーはベッドの上でママの邪魔にならないよう静かに二人で絵本を読んで眠るが日課となっていた。
「一体何の本読むの?」
トビーがアニーに聞いた。
「白雪姫にシンデレラ オズの魔法使いとか」
「そんなのやだよ! 一緒に読むんだろ。 女の子っぽいじゃないか!僕は女の子じゃない」
アニーの提案にトビーは首をふって嫌がった。
「アランビアンナイトとか 蛙の王子様とか ドラゴンの話もあるわ」
「ソレ昨日読んじゃった」
「そんなのずるいわ! 私 遠慮して読まなかったのに」
「あっ これなんていいんじゃないかな」
ぷんぷんと怒るアニーを尻目にトビーは本棚から真っ黒なカバーの付いた古びた絵本を取り出した。
「題名が書いてないわ それ絵本なの?」
パラパラと頁を捲ると確かにそれは絵本だった。
けれど、すでにボロボロで埃が床に少し落ちるのをみてアニーは眉をゆがめる。
「こんな絵本あった?」
「確かおじさんが古書店からお土産にかってきてくれた奴だよ とても数が少なくて貴重な絵本なんだって手紙でいってたよ。本棚に突っ込んだまま一度も読んでなかったんだ。」
おじさんは、おかあさんの弟で、写真家なのでいつも世界を回っていた。
時々やってきては現地で見つけためずらしいお土産を二人に持ってきてくれていた。
そんなわけでこの絵本もそのうちの一つだった。
「じゃあ それもしましょう。今日はトビーが読む番よ。でもこれ埃だらけであまり手に持ちたくないわね」
アニーはそう言って埃だらけ絵本をトビーに持つよう押し付けた。
「わかったよ」
トビーは頷いて絵本を手にもって表紙を捲って声にだして読み始めた。
それが始まり。
『物語を作ろう。
昔の物語は屍の中に
暗い森を越える長い行列。
丸い月が浮かぶ空は真っ赤に染まって。
漆黒の棺と参列者達を不気味に照らす。
これはおそらく葬式であろう。
しかし、不謹慎にも参列者たちは皆ニヤニヤと笑っていた
最前列にいるのはほっそりとやつれた男 顔を白く塗りつぶし赤い鼻をしていた。
男はニヤニヤしながら、突如 ゲラゲラと笑い声を上げた。
男はひょいと棺の上に乗りあがると上着のポケットから自分の身の丈ほどもある大きなトランペットを取り出して、口に当てた。
パンプク プク プク パープ パープ
どこか間の抜けた音が響いてた。
始まりの笛を吹いて男は軽くお辞儀をした。
男は静かに本を開いた。
「むかし むかし あるところに・・・」
それは世界の物語。
語りを終えると物語を宝箱にしまって鍵をかけた。再びトランペットを口に当てて
パンプク プカプカ プーパーパ
タカタカ タカタカ
男の後に続いて、タイコの音が追いかける。
タイコの奏者は数えて7人。
みな黒いローブですっぽり身を包み男と同じように赤い鼻がフードの奥から外に突き出していた。
身長は男より頭三つも低く、タイコを叩くその腕は画用紙のように白く目立っていた。
パープク パープク タカタカ パープク プクプク タカタカ
タカタカ タカタカ タカタカ
「れーでぃ すあん じぇんとる めん!」
男が合図を告げた
ゲラゲラゲラゲラ
笑い声が響く 同時に棺が男の重みに耐えられなかったのかピシリと音をたてた。
ゲラゲラゲラ
パンプク プカプか プーパーパ
始まりの音に男は驚いて 振り返った
「今日の物語はもうおしまい」
けれど、始まるその音に男は驚きが隠せなかった
「あたらしい物語の始まり始まり」
パーン
銃声が一つ男の眉間に穴が開く。
男の化粧は剥がれ落ち、ただの怯える人となった。
男は重力に従ってだけど、物語をいれた宝箱をしっかり抱えて墓穴に落ちていった。
「守るのだ この小さな物語を」
バキンと鍵が壊れた 小さな鍵だもの しかたない しかたない
ゲラゲラゲラ ギャハハハハ
空は赤く点滅をし始めた
チカチカ チカチカ
赤信号みたいに光っていた。
宝箱の鍵が壊れて 物語は逃げ出した。
物語を追いかけて
捕らえて ねじって 籠に入れた。
とたんに剥がれた化粧が喋りだす。
「さあ主人公を探しにいこう おわりは喜劇になるか?悲劇なるか?それは誰にもわからない」
ゲラゲラゲラ ゲラゲラゲラ
男が穴の中に消えていく最中でも観客の笑い声は鳴り止むことはなかった。』




