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お気に

ノブレスオブリージュ

作者: 都築優

 峰子ちゃんがうちに遊びに来た、彼女は実は年上なのだがなんだか妹のような感覚で、

 昔付き合っていたというか、結婚を親に反対されて別れた、そんな関係だ。

 あの時の事はあまり思い出したくもなかったが彼女の飼っている犬は特別に可愛かった。しばらく会わなかったし連絡もしなかった。浮気な性格で貞操観念がない、他人との距離感が分かっていない、例えばエスカレーターで通常一段開けて乗るところをびっちり詰める。前の知らない他人と異常に近いありていに言えばボーダーラインを理解していないのだ。

 面倒だったが決心して新調したスーツなんか着て親に挨拶に行ってしまう程は(遊びだったら出来ないんじゃないかな)本気になっていた。

 それで、いいとこのお嬢だったから土下座して頼んだ。

 ケーキを出されてそのお皿を手元にやったり、皆が手を付ける前に食べないだとかの常識は、なかったのはまあ反省点だった。

 今の仕事を始めてまだ一年少々ってのも効いたみたいだ。

 決定打は将来の展望を聞かれて答えあぐねた事だろうと思う。プレゼンとか無理。そんなのスラッスラ言えちゃう奴とか逆に信用出来ない。でも母親は引っ込んじゃって二度と出てこなかったし彼女も途中で見捨てた目をしていた。

 まあそんな性格だとは知ってたしそんな家族だって事も聞いていた。普通の家だから、と。

 批判ではなくて、だからこの人がこうなったのは当然の結果だなあとか、辛そうだし辛さに気づいてなさそうだし、手に余る。そんな業は感じた。心より形、そういう時代か世の中なのだ。

 じゃあ戦力不足が否めないところを無理押し。当然の結果なのだが、ダメと言われて落ち込むのは避けられない。

 しばらく続いたけど先の見えない関係に耐えられなくて連絡を絶った。

 医者とか最悪弁護士とかならね、でも底辺だし。

 それでも何とかしたかった、これは幼い思いだろうか。

 頭を地面につけた横で、諦めちゃって我関せずみたいな彼女の目は忘れられん。


 それが一年ぶりくらいにウチまで来たのだ。で、事情を聞いてもはっきりしない、お茶とか色々出して接待。狭いアパートに女の子が来るのは久しぶりだ。でもいつの間にか外でスマホを触ってたり、電話してたりする。寒そうだから上着を持って行ってやる。そういうところ知ってるわ、昔の恋人に裏切られて傷ついた話をした時この子に、私は絶対そんな事しないからねって言われたんだけど、

 その昔の恋人に、更にもういっこ前に裏切られた女の子の話をした時も、同じ事を言われたんだった。「私は絶対そんな事しないからね」

 何回痛い目見てんだって、見る目がないんだろう。たしか寺山修司がルーレットのゼロばかりに賭け続けるババアの話を書いてたけどそれに近いのかも知れないのだが?

 で、その犬が昨日から何処にも居ないのだとついに告白された。

 わんこ元気? ……実はね。

 実家暮らしの彼女の飼っていた天使のように可愛らしい白犬が逃げた、

 そのあまりのショックでここに来てしまったんだと言う。ウチまで連れられて来てバス足拭きマットにお小水を垂れたり(トイレシート変わりに)、一緒に散歩したり、最中に嫉妬で邪魔されたり、小さいフワフワの犬はもともと大の苦手だったのだが(飛び掛られて頸動脈に噛みつかれてぐるんぐるん回転されたら人間とて危うい、然れど大きな犬でもないのに警戒するのも外聞が悪い)それをわんこ大好き人間に洗脳したのがそのキューティーエンジェルマイスィートハニーだった。オスだけど。結婚などなくてもこの駄犬だけでも、と思えるほどに愛くるしい。


 なので逃げたと聞いて彼女以上に不安になった。

 前に仕事で通った西成のドヤ街に小さくてモコモコな野良犬が汚れて痩せて走り回っていたのを思い出した。

 愛玩犬、奴らは全然タフじゃないし危険察知の能力も恐ろしく低い。

 ダメだ。絶望しか想定出来ない。

 背中をさすって「大丈夫、きっとすぐに見つかるよ」と落ち込む彼女を慰める。

 でも何が出来る?


 小高い丘の上に建つ我がアパートは、夕暮れになると散歩の各種の犬と飼い主が俯瞰出来る。たまに細長いボルゾイだとか、豚まで散歩させてる人もいる。近くでミニ豚を飼っていて、豚は犬より賢くその辺の小僧くらいの知能だそうだ。

 救急車が通る時など鳴くように、オオカミが何キロも離れた遠くの仲間に存在を伝えるように、遠吠えで奴らはコミュニケーションを取っている。

 この音声ネットワークだ。遠吠えの鳴き真似をして、ここでお前を待ってるぞ迷い犬、って伝えよう。

 言葉はつまり意志だ。強い意志があれば大抵の事は伝わる。

 運良く散歩の時間帯で出歩く人々犬々の数も多い。今なら、この好機を逃さなければどこかにいるあいつに届くに違いない。

 ちなみに彼女の家からここまでは市を一つ二つ跨いでいる。ギリギリだろうか。

 屋上に出ると両手をメガホンにして吠え鳴いた。

 少しならず恥ずかしくもあるが背に腹は変えられない。

 犬々は怪訝な目でこちらをチラ見する。おざなりに吠えてくれる奴もちらほらいる。

 あまり乗りが良くないが、そこは情熱だ。


 ピンポンが鳴って下に住んでいる相撲取り二人が二階のうちの部屋にやって来た。

手に大きなカバンを下げている。アミアミの付いた奴だ。まさか。

 その中にはなんとわんこ。飛び出してくる少し汚れた白犬。

 埋め込まれたICチップから飼い主を探してくれたらしい。何でウチに?と聞けば登録の住所がそうなっていたのだとか。

 スマホを片手に彼女は愛犬を抱き寄せる。ぺろぺろ。

 結果オーライ。

 力士が登録者の名前を確認している、聞くと、だが、あれ? 彼女と苗字が違う。


 苗 字 が 違 う 。


 どういう事?

 彼女はすました顔で、え? だって、


「け、結婚したん?」


 笑顔で、犬を連れて出て行った。

 力士は幕内とか幕下とかそんな有名な奴じゃなくて見習いくらいの奴だ、髪の毛も結ってないし名前も知らない。相撲自体あんまり知らない。


「どうもありがとうございました」


 お礼を言うと、


「事情とか、言わんでええから! 別に聞きた無いから!」


 と半笑いで階段を降りて行く。

 とりあえず冷蔵庫にあったビールの缶を持って追いかけ、お礼に渡して詰まらない物ですが、飲んでください。

 こんな小さい部屋に二人で住んでるのか、相撲部屋じゃないのか、本当に力士なのか分からないけど二人はホモなのかな、とちょっと思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 丁寧でスッキリした印象。 [気になる点] 題名が意味わからない。 [一言] 謎、課題、捜索とテンポ良く進み、犬々とコミニュケーションを図る場面で、荒唐無稽な話かなと思いきや、偶然、相撲取り…
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