MISSION 2 ピンチな出会いにご用心 1
MISSION 2 ピンチな出会いにご用心
1
「……ハッ!」
一挙に視界が戻り、僕は顔を跳ね上げた。
慌てて周囲を見渡す。雑多に積まれたダンボール箱やらパイプ椅子やらが目についた。自分の手元には合成皮革のスリッパと雑巾。僕の両脇のダンボール箱には、同じ作りのスリッパが大量に収められていた。
ようやく思い出した。僕、物置部屋で来客用スリッパを磨いていたんだ。明日、ここ九路松高校の体育館で四校交流戦の壮行会が執りおこなわれる。春の定例行事を翌日に控え、僕たち応援団は総出で会場設営の任にあたっていた。そのなかで僕は出席者に出すスリッパの用意を命じられていたんじゃないか。
百足は下らないスリッパを雑巾で一個一個拭き、埃を落としていたところだ。だけど単純作業を続けるうちにうとうとしてしまったらしい。完全に現実から遠ざかっていたようだ。
そうだよなあ、あるわけないよなあ。応援団の内部にライバル校の機密情報を探る諜報部なんて秘密組織があって、旧校舎の地下に人知れず部室を構えていて、応援団長とチアリーダー部長がその組織を率いているとか。
まして諜報部の一員になった僕が女装をしてハニートラップを命じられるとか。
どんな法螺話だよって感じ。無意識のしわざにしても荒唐無稽すぎる。
口の端からこぼれかけたよだれを拭い、僕はすべての幻想をぶち壊すひと言を口にする。「なんだ……夢、か」
「夢、か――じゃないわよ。最終話でもないのになに禁じ手を使おうとしてるのよ」
絶妙なタイミングでツッコミを入れられ、僕は反射的に振り返る。
物置部屋の入り口で、呆れ顔の涼子さんが腕組みをしていた。
「お疲れさま。ていうか説明乙」
皮肉げに鼻を鳴らすと、涼子さんは扉を閉ざして室内に入ってきた。壁に立てかけてあったパイプ椅子を一脚手に取り、涼子さんは僕のそばに腰を降ろす。僕に見せつけるかのように美脚を組むものだから、目のやり場に困る。
「……ていうか、扉、閉めちゃうんですか……?」
薄暗い部屋に年上の女性とふたりきりというシチュエーションは、ちょっと落ち着かないのですが……。
「明日の諜報活動についてちょっと話したいと思ってね。安心しなさい、襲ったりしないから」
涼子さんはにっこりと微笑む。襲う襲われるの立場が逆な気もするが、現に僕は昨日、涼子さんに襲われているのでなにもいえない。
「私が襲っただなんてひどい言い草ね。きみ、諜報部に入ったらなんでもするっていったじゃない。だから合意の上よ」
心外だといわんばかりに口を尖らせる涼子さん。ひどいのはどっちですか……。僕、西大島団長に取り押さえられた状態のまま気づけばセーラー服に着替えさせられてたんですよ?
セーラー服。
そう、昨日あった出来事はすべて、まぎれもなく現実だ。諜報部員となった僕は、セーラー服を着させられ、ハニートラップに従事するよう命じられた。髪をツインテールに結わえ、女装をした僕には「アオイ」なる名が与えられた。今後、ハニートラップ要員として活動する際はその名で呼ばれるらしい。
あんまりだ……。諜報部への加入についてはたしかに承諾した。校内の各クラブが対外試合を戦うために有益となる情報を集めてくるのが諜報部の任務だ。各部の勝利をサポートするという意味では、こうした諜報活動も「応援」の一環といえなくはない。そう納得したから、僕は涼子さんたちの誘いに応じた。でも、ユニフォームが女装だなんて話は聴いてない!
だいたい、なんでもするとはいったけど、それは「男を磨くためなら」って条件つきだ。それなのに女装とか……。男の花道を全力で逆走してるじゃないですか!
「急がば回れともいうでしょう? まずは自分を変えるための第一歩は踏み出せたんだから、これからよこれから」
適当に流しますよね……。逆走した先に目的地があるとしたらそりゃもう高次元空間での話でしょ。
「そもそも、なんで僕なんですか。男の僕が女装してハニートラップとか、普通におかしいでしょ」
ハニートラップって峰不二子みたいなセクシーな女性の専売特許じゃないんですか? いやこの際セクシーかどうかは脇に置くにしても、少なくとも女の人がやるもんでしょ。だって色仕掛けで男を惑わせてお宝のありかを訊きだしたり、自分の目的に協力させたりするのが、ハニートラップなんだから。
「なにいってるの。男の子だから適任なんじゃない」
しかし涼子さんは僕の抗議をあっさりと一蹴した。男だからハニートラップに適任? 耳を疑わざるをえない発言だ。
「……いちおういっておきますけど、僕、ソッチの気はないですからね?」
見た目のせいでたまに勘違いされちゃうんだよな……。そうした嗜好の人を差別するわけでは決してないけれど、僕自身の性的対象は女の子である。
「分かってるって。別にボーイズラブをやれっていってるわけじゃないわ。きみにはちゃんと女の子としてハニートラップをしかけてもらうつもり」
いや、ちゃんと女の子ってなんですか。僕は男ですよ?
「ハニートラップってさ、ターゲットの懐も懐、親愛の情にまで潜り込んで情報をかすめとるでしょう?」
僕のいぶかしげな視線を知ってか知らずか、涼子さんはそのように話を進めた。
「ん……まあ、そうですね。しかけられたほうはスパイに心を許したからこそ、門外不出の機密を漏らしちゃうわけですから」
たしかに、金銭や利害ではなく感情を利用してターゲットを陥れる点がハニートラップの特色かもしれない。女性工作員の虜となったターゲットは、彼女に振り向いてもらうためにあの手この手を尽くし、ついにはいっちゃいけない秘密までしゃべってしまうわけだ。そう考えると、一度ターゲットを落としてしまればコストをかけずに情報を入手できる手段なのか、ハニートラップは。
「ところが、思わぬ対価を支払うことになる場合もあるの。お金なんかじゃ到底代えられない、それこそ諜報組織を壊滅に追いやりかねないくらい大きな対価をね」
涼子さんが急に真面目な顔つきになったので、僕も思わず息を呑んた。
「な、なんですか、対価って……?」
「感情――この場合は執念とでもいったほうがいいのかな。とにかく人の気持ち、とりわけ痴情ってやつはお金や地位なんかよりずっと重いってことよ」
「どういう――ことですか?」
僕が眉を曇らせると、涼子さんは深くため息をついた。複雑な思いを胸から追い払うかのように。
「ターゲットのなかには、自分のなにもかもを捨てても愛した女を守りぬこうとする男もいるってことよ。たとえ自分が騙されてるだけだと知ったあとでもね。こうなると、工作員のほうにもそれ相応の危険が及ぶことを覚悟しなくちゃならない」
僕は渇きを呑みこんだ。涼子さんは具体的な話をしているわけじゃない。なのにその話はやけに生々しく感じられた。
「それはつまり……工作員のほうがつきまとわれたりするってことですか?」
「ストーキングされるくらいならなんとでもなるけどね。怖いのは、工作員のほうが相手の強い感情から影響を受けちゃうこと」
「影響……ですか?」
「情が移ってしまうってことよ。相手から好意を向けられているうちに自分のなかでも相手が特別な存在になってしまう。そして、相手と同じように、自分の身がどうなってもかまわないって思いはじめる。こうなることがなによりも危険なの。その結果、一歩間違えれば組織は壊滅的なダメージを受けるってことは想像つくわよね?」
「……」
沈黙は肯定だった。もしも自分のせいで応援団が諜報活動をおこなっていることが外部に知られたら……そう考えるとぞっとした。応援団は非難の嵐にさらされるだろうし、九路松高校のほかのクラブにも累が及ぶ恐れだってある。もちろん諜報活動が秘密工作である以上、どんな作戦でも発覚のリスクはつきまとうのだろうけど、たしかに人の感情が深くかかわるぶん、ハニートラップは破滅の道により近いのかもしれない。
容易に情報を引き出せる可能性を秘める反面、感情に押しつぶされてしまう危険もある――ハニートラップはいわば両刃の剣ということか。
「そこで、女装ハニートラップ要員の出番なのよ!」
涼子さんががらりと口調を変えた。重くなりすぎた雰囲気を無理やり明るくしようとでもするように。
「ノンケの男同士なら変に痴情がもつれることもない。こっちを女だと信じてる相手はともかく、きみのほうがターゲットに入れ込む心配はないでしょ?」
「も、もちろんですよ」
僕は慌てて頷いた。この答えには嘘も強がりもない。
異性愛者の男同士なら恋愛感情を抱く可能性がはじめから排除されている。だからハニートラップ要員としては男が適任。そういう理屈らしい。
「きみにはこれからハニートラップをやってもらうけど、くれぐれもこれだけは約束してね。自分の身を滅ぼす真似だけは、絶対にしないで」
口調こそ軽かったが、僕を見据える涼子さんの目には強い意思が感じられた。だから僕もそれなりの覚悟をもって応じる。
「わ、分かりました。変なことにならないよう、充分に気をつけます」
「ま、蒼君の場合、変な動きを見せた時点で部室のパソコンに入れてある恥ずかしいデータが自動的にネット上に拡散するようになってるから、安心なんだけどね」
「それ冗談じゃなかったんですか!?」
ここまでの深刻さを一気に吹き飛ばす現実だった。というか、昨日の出来事はやはり現実だったのか……。
「勉強机の二段目の引き出しに隠してある手紙はすでに文面のコピペもすんでるから、いつでもアッブローダブル・トゥ・インターネット」
「自宅にまで侵入されている!?」
データどころか現物まで盗まれてるじゃないか! それはもう諜報じゃない。窃盗だ。
「冗談だって。知ってるのは手紙の宛先と隠し場所だけよ」
涼子さんは肩をすくめるけど、信用ならないなあ……。帰ったら絶対隠し場所を変えよう。出せなかったラブレターの宛先、いやそんな手紙がある事実を握られてるだけでも赤面ものなのに、中身までさらされてしまったら僕はもう生きていけない。あの手紙は危険だ……。やはりベッドの下に隠しなおそう。
やけにシリアスな感じで釘を刺されたから僕もその気になっちゃったけど、はじめから裏切る選択肢なんて潰されていたんじゃないか……。真面目に受け答えしたこっちが恥ずかしくなる。というか、誓約のあとで脅しの材料を提示するとか、どんな後出しジャンケンだよ。
弱みを握られている以上、僕は涼子さんに従わざるをえないわけだ。僕らの関係のほうがハニートラップよりもよっぼどターゲットとスパイらしいじゃないか……。同じ諜報部員同士なのに……。
「そもそもですね、女装してハニートラップとか、うまくいくんですか? スパイだって勘づかれる以前に、男だってバレたら終わりじゃないですか」
そもそもばかり言って申しわけないけれど、やはり根本的に無理がある気がする。だって女装だよ? 下手すりゃひと目でバレかねないし、そうでなくても相手の気を引けないでしょ、普通に考えて。
「そこは自信を持ってもらっていいわ。アオイちゃんのかわいさといったら全盛期のしずかちゃんなみだから」
「……それ、見る人によってしずかちゃんの全盛期がいつか違うから比較の意味がなくないですか?」
いや、しずかちゃんはいつだってかわいいですけど。
「それにね、ちゃんと今回のターゲットの好みも調査済みだから、ピンポイントで相手のツボを突いていけるし」
「え!? ハニートラップの相手、もう決まってるんですか!?」
急展開に驚きの声をあげた僕に、涼子さんは呆れ顔を返してきた。
「昨日ちゃんと教えたでしょう。ひと晩で忘れちゃったの?」
だから昨日のことはよく覚えてないんですって。特に後半は積極的に抹消したい記憶だ。すでにトラウマと化している気もするが……。
「ほら、こいつよ」
涼子さんは一枚の写真を僕の胸元に突きつけた。雑誌を切り抜いた顔写真のようだ。
「これって……、三鷹泰君ですか?」
「さすが中学時代、野球部のマネージャーをしてただけあるわね。ここいらの高校野球事情にはそれなりに通じてるみたいじゃない。そう、そいつは明大烏山高校野球部のエースピッチャー、三鷹泰。彼が今回、あなたにハニートラップをしかけてもらうターゲットよ」
高らかに宣言をすると、涼子さんは三鷹君の写真をぐしゃりと握りつぶした。いやそれだと三鷹君を葬るみたいなニュアンスですけど……違いますよね?
「あ、そっか。明大烏山って今年の四校交流戦でうちと当たるんでしたっけ」
四校交流戦というのは九路松市内にある四つの高校の野球部によっておこなわれる練習試合の通称だ。練習試合とはいえ、毎年春先におこなわれるこの一戦に勝てば夏の甲子園予選に向けて弾みをつけられる。毎年どの高校も力を入れる重要な試合である。
「うちの野球部にとっても大事な今シーズン初戦でしょう? 今年はうちにも有望な投手が入ったし、打線の援護ができるように相手ピッチャーの分析を掘り下げたいところなのよ」
涼子さんにしては珍しく熱っぽい口調だった。明大烏山は私立の野球強豪校で、このあたりでは常に甲子園出場を争う一校だ。昨年夏の大会では県予選決勝で涙を呑んだものの、秋には関東大会で優勝。今年春の選抜大会には地域の代表校として出場を果たした。
その躍進の立役者となったのが三鷹泰君だ。出身は九州地方らしいが、リトルシニアでの活躍がスカウトの目に留まり、明大烏山に越境入学をした。いわゆる「野球留学」というやつだ。多彩な変化球を駆使する技巧派のピッチャーで、実力者揃いの明大烏山のなかにあって一年生の秋口から早くも頭角をあらわしはじめた。春の選抜でも全国の強豪校相手に一歩も引かぬピッチングを披露。今や押しも押されもせぬ明大烏山のエースである。プロのスカウトからも注目されているらしく、高校野球専門誌の取材なんかもきているようだ。さっき涼子さんが見せてくれた切り抜きは、その雑誌からとったものだろう。
「なるほど……それで先発が予想される相手校エースの球種を探りたい、と」
「そういうこと。私たちがここ数ヶ月進めてきた調査によると、三鷹泰は今年に入って新しい球種を練習してるみたいなの。春の選抜大会では投げてなかったけど、甲子園予選に向けて今度の試合で試してくる可能性があるわ。それをガツンと叩いてやりたいわけ」
「満を持して繰り出した新しい武器をいきなり叩き折られれば、相手の自信を奪えるってことですね?」
せっかくの新球種が通用しないとなれば、相手は想定していた投球パターンの見直しを余儀なくされるだろう。球種が減るぶん、こちらとしても相手の出方を読みやすくなり、エース攻略の道が開ける。
「でも相手もかなり厳重に練習を隠しててねー。相当探りは入れてきたんだけど、新球種の正体まではつかみきれていないのよ」
涼子さんは悔しげに爪を噛む。意外に熱い面もあるんだな。
「エースの新兵器といえば、相手にとってもトップシークレットでしょうからね」
「そこでアオイちゃんの出番よ!」
涼子さんがいきなり眼前に指を突きつけてきたものだから、僕はのけぞってしまった。背にしていたダンボール箱の山に後頭部をぶつけてしまう。地味に痛い。
「ぼ、僕ですか?」
「周辺から探るのが難しいなら、本人に直接口を割ってもらえばいいのよ。そのためにはハニートラップが最適だわ!」
自信満々に胸に張る涼子さん。ハニートラップという手法にたどりついた道筋がいまいち分からないが……。
「ただ、今うちの諜報部には適任者がいないから諦めかけてたんだけどねー。伴内君から応援団におもしろい子が入ったって聴いて会いにいってみたら蒼君でしょ? たしかに顔はかわいいし体つきは華奢だし、青いリボンもよく似合う。女装してしゃべらせたら正体知ってる私たちですら『この子、ホントに女の子なんじゃないの?』って疑っちゃうくらいの仕上がり。こりゃもうハニートラップやらせるしかないって思うでしょうよ」
いや全然分かりませんって……。そりゃあ今の自分が男らしいとはいいませんけど、だからといって男性を虜にできるとは思えない。男らしくないってことと女の子としての魅力を備えているってことはイコールじゃない。そこは区別して考えなければ。
「それで……僕はなにをすれば?」
ハニートラップをしろとはいわれているものの、具体的な手順はまだなにも聴かされていなかった。
おずおずと問いかけると、涼子さんは胸ポケットから一枚のメモを取り出した。中指と人差し指とつまんだそのメモを、涼子さんは僕のほうに投げてきた。
「今日の午後七時、そこに書かれた場所で、作戦決行するわよ」
「ここって国道沿いのファミレスですよね? こんなところでいったいなにを……って、作戦決行!?」
告げられた言葉の意味を理解した僕は目を見開いて訊き返してしまった。それって今夜さっそく三鷹君へハニートラップをしかけるってことですか!?
「交流戦までもうひと月もないのよ? 新球種の正体が判明したあと、野球部のほうでも対策を立てる時間も必要だろうし、これでも出遅れてるくらいなんだから」
「で、でも……僕、準備とかなにもできてないんですけど……」
「大丈夫、作戦は私のほうで考えてあるから。きみはガツンとぶつかって後は流れに身を委ねてくれればいいわ」
そういって不敵にほくそ笑む涼子さん。そんな顔されて安心できますか。いちばん整ってないのは僕の心の準備である。
「……先にいっときますけど、ご期待に添えなくても怒らないでくださいね?」
姑息かもしれないが、予防線は張らせてもらう。失敗を逆恨みされて恥ずかしい個人情報を流出させられたらたまったもんじゃないからな。
警戒心もあらわに涼子さんを窺うが、とうの本人は僕の懸念をあっけらかんと笑い飛ばした。
「今は自信がなくてもしょうがないか。でもやっていくうちにきっと蒼君も自分のポテンシャルに気づくと思うわ。自分を変えたいって思うのなら、まずは今の自分――本当の自分を知らないとね」
思わせぶりな口調でいうと、涼子さんは立ち上がり、大きく伸びをした。
話はおしまい、ということらしい。
「はあ……、どうなっちゃうんだろう、これから……」
ため息まじりのつぶやきが聞こえたのか、涼子さんは部屋の出口で立ち止まった。こちらに振り返った涼子さんは薄く微笑んでいた。
「とりあえずはやるべきことをやるしかないんじゃない? くさい台詞は好きじゃないけどさ、がんばったぶんは誰かがどこかで見てると思うよ? 浜町君も、きみのことを気にかけてたみたいだし」
「え?」
唐突に浜町副団長の名が出て、僕は目を丸くした。副団長が、僕のことを……?
「うん。スリッパの用意を頼んだ一年がなかなか戻ってこないって、なんか怒鳴りちらしてたよ?」
「ちょ……っ! 完全におかんむりじゃないですか、それ!」
傍らのダンボールには磨きおえていないスリッパがまだ半分ほど残っていた。これが全部、浜町副団長の怒りに注がれる油になるのかと思うと背筋が震えた。
「それじゃがんばってね。新人団員君?」
涼子さんは魅惑的なウインクを飛ばすと、ひらひらと後ろ手を降りながら去っていった。手伝ってはくれないんですね……。
残りの約五十足を大急ぎで磨いて体育館へ届けたけれど、待ち受けていた浜町副団長から僕が大目玉を食らったことはいうまでもない。




