初心
蜩の声が響く中、僕は向かっている。
今、僕の頭の中で当時の事が蘇ってきます。
当時の僕も今と同じ様に向かっていました。
蜩の奏でる物悲しさも当時のままです。
違っているのは、時代、僕の年齢、
そして、僕の目から見える景色。
客観的に見れば、さほど変わってはいない景色。
その景色が僕の目には当時と今で、
全然違って見えるのです。
少し不思議には思いますが、今の僕は当時とは違って、
その不思議を楽しむ事すら出来るようになりました。
そうなんです。
当時と今で、なによりも変わったのは僕の心なんです。
そして、もう、すぐそこ、という所まで来ました。
当時の僕は過去を振り返っている余裕もありませんでした。
未来に絶望し、過去から逃げるように、向かったのです。
とうとう、見えてきました。
あそこです。
あそこで僕は終わるはずだったのです。
そして、たった今、到着しました。
僕が当時も今も向かっていたのは、此処なのです。
此処で僕は終わるはずでした。
しかし、終わる事は出来ませんでした。
そして、今の僕が始まったのです。
『最後の風が吹くところ』
此処で僕の心は世界を裏切りました。
最後の風が僕に囁いたのです。
「こんな世界なんて裏切ってしまえ」と。
最後の風に唆された僕は、
言われるがままに世界を裏切ってしまいました。
でも、それで良かったと思っています。
世界を裏切る事で〔覚悟〕が出来ました。
その〔覚悟〕が今の僕を形作ってもいるのです。
世界に裏切られたと感じていた僕が、
世界を裏切る事で〔覚悟〕と出会う。
なんとも不思議で可笑しな縁ですね。
そして、僕は今、こうして再び〔覚悟〕と相見え、
〔初心〕を思い返す為に此処へとやって来たのです。
『最後の風が吹くところ』
以前の僕が終わるはずだった所。
今の僕が始まった所。