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女王の庭師  作者: シレンシノ
三女オーレリアの初恋
7/18

Early love(2)


「いやあ、本当に助かりました」

 そう言って頭を下げたシャリエに、「どうしてお前が先に礼を言うんだ」とニルはすかさず口をはさんだが、黙っていろとばかりに無視された。

「これは見ての通り無礼な態度で人と小競り合いを起こすのが大好きでしてね、犬も歩けば棒にあたるじゃないですが、少し目を離すとすぐにトラブルを起こすんですよ」

「今回のは完全に事故だろ。トラブルに巻き込まれたんだ」

「喧嘩を売ってたのは誰かな?」

 シャリエにぴしゃりとやり込められ、ニルはぷいと横を向いた。

 謎の青年、マシュー・ハイアットが案内したハイアット家の町屋敷は、バンデン市民の憩いの場、メイフィア・パークの脇にあった。本来社交のための別邸である町屋敷は、領地にある大邸宅と比べると段違いに狭いのが特徴だが、このハイアット邸は植物庁の建物がすっぽり入るほどの大邸宅だった。ネオクラシック様式の白い屋敷は、華麗で荘厳、まさに大貴族の邸宅である。

 植物庁のオフィスの十倍はあるだろう応接室で、上質な本革のソファの上にニルは座っていた。ニルの横にはシャリエが、向かいにはマシューの他に、彼の寄宿学校時代からの友人だというジェイラス・グレンという青年貴族も座っている。

「ちょうどグレンとリックザ・パークで乗馬をしてきた帰りに通りかかったんです。ああ、本当に今日はなんて幸運な日だろう」

 ハイアットはまだうっとりとするようなにやけ笑いを浮かべている。シャリエに小声で

「こいつ大丈夫か?」

 とささやくと、

「俺もわからん」

 という大いに不安な言葉が返ってきた。

「クリムさん、貴方の本を読みましたよ。『赤大陸の植物生態学ガイドブック』。それから先月号の『サイトロジー』に寄稿された論文も」

「お前、本とか出してんの!?」

 完全に素の表情でおののくシャリエを、今度はニルが無視する番だ。

「別に本は僕の単著ではないし、論文だってごくごく短いものだけどな」

「いやいや、貴方はうちの業界ではものすごい有名人ですよ。貴方がすごくなかったら、そこら辺のプラントハンターなんてみんな赤子のようなものです。なんたってあの王立プラントアカデミーをたったの四年で卒業してしまったんですからね、それも15歳で!」

「あの、失礼ですがうちの業界というのは……?」

「植物業界ですよ! まさかお会いできるなんて。田舎に持って帰るいい土産話ができましたよ」

 あっけにとられていたシャリエは、やがてやっと呼吸を整えるように、切れ切れに言葉を発した。

「本当にその……、彼の、ファンなのですね。てっきりあの場を切り抜けるための、方便かと……」

「僕は機転のきくほうではないので、咄嗟に嘘なんかつけませんよ」

 その言葉通り、そのからっと晴れた笑顔から素直で正直者の印象を受ける。あまり貴族らしくはない印象だが。

「僕は子供の頃、プラントハンターになりたかったんです。植物が好きで、それこそ一日中野山を走り回っているような子供だったので。正直貴方がうらやましいですよ、一日中植物のことだけを考えていられるんだから」

「国家庭師なんてならないのが身のためですよ」

 シャリエが目を三角にしてこっちを見たが、ニルは無視して続けた。

「たった一つの小さな草のために、家族も友人も恋人も、時には自分の命さえも顧みず、無事に帰ってこられるかもわからない見知らぬ大陸を探検するなんて稀代の大バカ者か狂人しかやりませんよ。田舎の領地でのんびり家庭菜園でもしてる方がよっぽど人生有意義だ」

「いやあ、やはり貴方は面白い」

 ハイアットはニルの言葉に機嫌を悪くするどころか、腹を抱えて笑った。

「彼は変わり者で、貴族の遊びにはとんと興味がないのですよ。美しいレディよりも奇妙な草のツルの方に興味がある」

 そんなハイアットを見て、グレンが呆れたような口調で言った。低音で落ち着きのある、帝国軍人のような声だ。

「君にだけは変わり者だなんて言われたくないよ! 君だって頭こそ切れるけれど、いつもは無口で無駄口なんてものは一切叩かない。僕と同い年のはずなのに、すでに老齢の風格すらあるじゃないか」

「最後の一言は余計だ」

 グレンは拗ねたような口調で、だがまったくの無表情で言い返した。

「お二人は仲がよろしいようだ」

「寄宿学校から同窓ですからね。竹馬の友です」

「ただの腐れ縁ですよ」

 ハイアットとグレンから正反対の答えが返ってきたところで、そういえば、とニルが訊ねた。

「子爵が育てている花というのは」

「そうでした! いやつい話に夢中になってしまって」

 そうしてハイアットが抱えてきたのは、鉢植えにまっすぐと咲く大輪の花だった。

「ほう、バル・サックスですか」

 赤大陸の名峰、カグフ山脈の高地原産の多年草だ。幾重にも重なった薄い花びらに色鮮やかな原色の花を咲かせる。その地では活力の源とされ、「太陽の花」という名前で親しまれている。大輪の花はとても状態が良かった。なるべく原生地と似たような環境で育てているだろうことがうかがえる。

「バンデンは暖かいですから、専用の部屋を作らせて温度や湿度を管理しているんです」

「見事ですな。しかし青い花色とは珍しい……」

「異なる品目同士を掛け合わせて、品種改良をしてるんですよ。でもなかなか青という色は難しい」

 エルトラントでは今、植物の品種改良が大ブームだ。ニルのような国家(ロイヤル)庭師(プラントハンター)が世界各地から運んできた新種の植物も、生育に成功するや否やすぐさま品種改良がおこなわれる。

「今日助けていただいたお礼に特殊な花の保存方法をお教えしましょう。先月発明したばかりの技術で、花を美しいまま最低一週間残すことができます。もし切り花にしたくなったら、連絡してください」

 ハイアットが育てているという他の花も鑑賞し、三時を少し過ぎる頃、ニル達は屋敷を後にした。



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