Gift of corolla(5)
クイーンアレックスの前日誕生会は、宮殿の広間でにぎやかに行われた。アンソニーは毎年、この日が好きでたまらなかった。外国に嫁いだ次女のエリザベス以外の全員が、普段は遠い領地や田舎の寄宿学校にいる兄弟たちが、全員この日だけはヴィラン宮殿に駆けつけ、家族水入らずで過ごすからだ。
最初は手編みのカーディガンのはずだったマルヴィナのプレゼントは、いつのまにかベストになり、手袋になり、帽子になり、パーティー当日には結局マフラーになっていた。エルトラントの冬がいくら長いとは言っても、四月に毛糸のマフラーはないんじゃないかとアンソニーは思ったが、アレックスの真っ赤に燃えるスカーレットの髪を同じ色のマフラーはよく似あっていた。
他にも、二番目の兄でジュネラザール公のセオドアが赤薔薇と金箔で豪華に飾り付けをした馬車を持って来たり、三番目の姉のオーレリアが用意した天井にくっつくほどのケーキをみんなで食べたりした。
「次はアンソニーの番よ。今年は何かしら」
オーレリアに呼ばれたアンソニーは、背中に隠していた花の冠を、そっとアレックスの頭の上に乗せた。その瞬間ドライフラワーのはずなのに、花冠からは甘い花の香りがふわりと広がった。あのとき丘の頂上で嗅いだ甘い香りと同じ香りだ。
「姉上のお好きな、シルベスター・ニッチバックの花を飾りました」
「アンソニーったらわざわざその花をホックスの丘まで取りに行ったんですって」
マルヴィナがアンソニーの隣りでつけ加えてくれる。
「それはすごいな……」
冠を受け取ったアレックスの表情に、いささか戸惑いが浮かんでいるように見え、アンソニーは不安になった。
「この真ん中の大きな花のことですよ」
「あ、ああ、もちろんだ。わかっているとも。この甘い香り、わたしの大好きな香りだ」
アレックスは大きく鼻で空気を吸い込み、にっこりとほほ笑んだ。
「ありがとう、アンソニー」
「お似合いです、姉上。お誕生日、おめでとうございます」
どちらかといえば、自分も欲しいと手を上げていたのはアレックス以外の姉たちだったが、それでも首には赤いマフラーを巻き、手には緑色の大きな宝石をあしらったブレスレット、ドルトガー帝国風のドレスという妙ないでたちに加え、花の冠を被ったアレックスは、目にうっすら涙を浮かべながらアンソニーを抱きしめてくれた。いつもは強い女王も本当は泣き上戸なのだ。
「アンソニー様」
プレゼントの披露が一通り終わり、それぞれが歓談を再開した頃、乳母のタミーがアンソニーをそっとバルコニーに呼んだ。
「なに?」
「さきほど国家庭師の方がこられまして、アンソニー様にこれを、と」
「ニルが!?」
差し出されたのは小さな箱だった。簡素な包装を破るように開けると、中に入っていたのは紅茶の瓶だった。蓋を開けると、シルベスター・ニッチバックの花の香りがバルコニーに広がる。箱の底に小さなカードが入っていることにアンソニーは気がついた。
お世辞にもうまいとは言えないが、堅く、真面目そうな字で、「女王陛下のお好きな紅茶です」と書かれていた。
今度会ったらありがとうと言おう、とアンソニーは思った。そしてこの前のこともきちんと謝ろう、と。でも花の紅茶なんて、まるで女の子みたいじゃないか、と少しだけ笑いながら。
「でも陛下がお好きだなんて初めて知りましたわ。本当に花のことなら何でも知ってらっしゃるのねえ」
紅茶の瓶を月明かりにかざしながら、タミーはアンソニーに向かって感心したように言った。アンソニーはまるで自分が褒められているようにうれしく、鼻の頭をかいた。
「だって女王の庭師だからね」
「Gift of corolla」―了―